29 / 111
第一章
第29話 クローバー
しおりを挟むお母さんの部屋で見つけたオルゴールは、マドレーヌさんに頼んで私の部屋に持って行くことにした。
お父さんに見せようかと思ったけど、なんとなく言い出しにくい。
昼間は枕の下に隠しておいて、お父さんがおやすみを行って出て行った後、オルゴールを聴きながら眠るようになった。
優しい音色は、徐々にお母さんの声に聴こえてくるような気がした。まるで、お母さんと話をしているみたい。
私へのプレゼントにどうしてこの曲を選んだのかはわからない。けど、私に残してくれたものだ。きっと何かを伝えたかったのかもしれない。
これを選んだとき、お母さんは自分があまり長くないことを悟っていたのだと思う。だとしたら、お母さんの遺した言葉は……
お母さんのオルゴールの音色で眠る、そんな夜が日課になったある日――
「アリシア、今日はお父さんお休みだから街にお出掛けしようか」
「でも、また大騒ぎになっちゃわない?」
「大丈夫。デザートのおいしい店を予約してきた。知り合いの店だし、貸し切りだから見つかることはない」
なんだか芸能人みたいだなぁ。
「じゃあ、お仕度するから待ってて」
「1人で着替えられるか? マドレーヌを呼ぼうか」
「大丈夫、1人でできるから」
お父さんがそう言って私の部屋を出て行った。
と思ったら、ベッドサイドで足を止めている。枕もとをじっと見て……
しまった! オルゴール出しっ放しだ!
「これ……」
お父さんがそっとオルゴールを持ち上げた。蓋を開けると、あのメロディーが流れ出す。
「リリアのオルゴールじゃないか」
「う、うん。この間、マドレーヌさんに頼んでお母さんのお部屋に行ったの。そのときに見つけて……」
「そう、か」
メロディーが徐々にゆっくりになり、そして、止まってしまった。
鳴らなくなったオルゴールをお父さんがサイドテーブルに置く。中に入ったクローバーを見つめていた。
「懐かしいな。うちの名前でもあるクローバー。幸せの象徴だって、リリアが選んだ」
お父さんがベッドサイドに座って、私を見た。その瞳はどこか悲しい色をしている。
「お父さんはお母さんのことを幸せにしてやれなかった。でもアリシアのことは、必ず幸せにするからな」
「お母さんも幸せだったと思うよ。そうじゃなかったら、こんな素敵なオルゴール選ばないと思う」
「優しいな、アリシアは」
ふっとお父さんが薄く笑う。
お父さんは今も自分を責めている。でもそんなこと、誰も望んでいないのに。
「……お母さんが死んじゃったのは、お父さんのせいじゃないよ」
お父さんが目を見開いた。でもすぐに私から視線を外してしまう。
そして、ゆっくり首を振った。
「みんなそう言ってくれる。でもお母さんの病気にお父さんがもっと早く気づいてやれば、もっと支えてやっていれば」
「お母さんは私がお腹にいた頃から具合が悪かったんでしょう」
「ああ、そう聞いてる。アリシアが生まれてからは更に体調が……」
「それなら、お母さんが死んじゃったのは私のせいだね」
お父さんがベッドから音を立てて立ち上がった。
「それは違う! アリシアのせいじゃない!」
「でも、私が生まれてなかったらお母さんは死ななかったよ」
「違う。そんなこと言うもんじゃない。お母さんが悲しむぞ」
「それなら、お父さんもそうだよ。お父さんが自分のせいだって思ってたら、お母さんが悲しむ。……私も、悲しい」
お母さんの気持ちを、本当の意味で代弁することはできない。できたところで、頑なになってしまったお父さんは素直に受け入れてくれない。
でも自分を責めているお父さんを見るのは、私が悲しい。
お父さんが跪いて、私の頭に手を置いた。
「ごめんな。しっかりしなきゃいけないのはお父さんの方なのに。頼りなくて」
「お父さんは頼りなくなんかないよ」
そんな悲しく、ツラい顔をしないでほしい。
お父さんは、1人じゃないんだから。
「お父さん……お父さんには、私もサディさんもいるよ。サディさんはね、お父さんのためにお母さんから魔法を教わったんだって」
「俺のために?」
やっぱり知らなかったんだ。
「あいつ……そんなこと一言も」
「サディさんは、お父さんのこと大好きなんだよ。だから、お父さんのために頑張ったんだって」
こんなストレートに言ったら、茶化されちゃうかな。
と思ったのに、お父さんは当然のようにうなずいた。
「あいつは俺のバディだからな」
バディなら当然ってこと!?
言葉にしなくても信頼し合っている強い絆。
お父さん、サディさんよりよっぽど素直だよ。
「ねえ、今日はサディさんもお休みなの?」
「ああ、あいつも今日は非番だからな」
「それなら、サディさんも一緒にお出掛けしようよ。その方がお父さん嬉しいでしょ?」
お父さんがちょっと驚いた顔をした。その瞬間少し顔を赤らめたこと、私が見逃すはずがない。
小さく吹き出したお父さんは、目を細めて私を見た。
「ありがとう、アリシア」
お父さんがオルゴールを手に取って、ネジを巻いた。
止まっていたクローバーがゆっくり回り出し、私とお父さんの間を静かな音色が流れた。
12
お気に入りに追加
727
あなたにおすすめの小説
スキルが農業と豊穣だったので追放されました~辺境伯令嬢はおひとり様を満喫しています~
白雪の雫
ファンタジー
「アールマティ、当主の名において穀潰しのお前を追放する!」
マッスル王国のストロング辺境伯家は【軍神】【武神】【戦神】【剣聖】【剣豪】といった戦闘に関するスキルを神より授かるからなのか、代々優れた軍人・武人を輩出してきた家柄だ。
そんな家に産まれたからなのか、ストロング家の者は【力こそ正義】と言わんばかりに見事なまでに脳筋思考の持ち主だった。
だが、この世には例外というものがある。
ストロング家の次女であるアールマティだ。
実はアールマティ、日本人として生きていた前世の記憶を持っているのだが、その事を話せば病院に送られてしまうという恐怖があるからなのか誰にも打ち明けていない。
そんなアールマティが授かったスキルは【農業】と【豊穣】
戦いに役に立たないスキルという事で、アールマティは父からストロング家追放を宣告されたのだ。
「仰せのままに」
父の言葉に頭を下げた後、屋敷を出て行こうとしているアールマティを母と兄弟姉妹、そして家令と使用人達までもが嘲笑いながら罵っている。
「食糧と食料って人間の生命活動に置いて一番大事なことなのに・・・」
脳筋に何を言っても無駄だと子供の頃から悟っていたアールマティは他国へと亡命する。
アールマティが森の奥でおひとり様を満喫している頃
ストロング領は大飢饉となっていた。
農業系のゲームをやっていた時に思い付いた話です。
主人公のスキルはゲームがベースになっているので、作物が実るのに時間を要しないし、追放された後は現代的な暮らしをしているという実にご都合主義です。
短い話という理由で色々深く考えた話ではないからツッコミどころ満載です。
【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです
ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。
女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。
前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る!
そんな変わった公爵令嬢の物語。
アルファポリスOnly
2019/4/21 完結しました。
沢山のお気に入り、本当に感謝します。
7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。
2021年9月。
ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。
10月、再び完結に戻します。
御声援御愛読ありがとうございました。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
悪役令嬢は所詮悪役令嬢
白雪の雫
ファンタジー
「アネット=アンダーソン!貴女の私に対する仕打ちは到底許されるものではありません!殿下、どうかあの平民の女に頭を下げるように言って下さいませ!」
魔力に秀でているという理由で聖女に選ばれてしまったアネットは、平民であるにも関わらず公爵令嬢にして王太子殿下の婚約者である自分を階段から突き落とそうとしただの、冬の池に突き落として凍死させようとしただの、魔物を操って殺そうとしただの──・・・。
リリスが言っている事は全て彼女達による自作自演だ。というより、ゲームの中でリリスがヒロインであるアネットに対して行っていた所業である。
愛しいリリスに縋られたものだから男としての株を上げたい王太子は、アネットが無実だと分かった上で彼女を断罪しようとするのだが、そこに父親である国王と教皇、そして聖女の夫がやって来る──・・・。
悪役令嬢がいい子ちゃん、ヒロインが脳内お花畑のビッチヒドインで『ざまぁ』されるのが多いので、逆にしたらどうなるのか?という思い付きで浮かんだ話です。
転々と追いやられてもなんとか生きてます
みやっこ
ファンタジー
転校して上手くいかないなと思ってたら、異世界に転移した不運な女子高生フク。しかも転移した理由は、選ばれし者に腕を掴まれていたからだった。もちろん選ばれていないフクは、異世界の言葉もわからない。
全く何一つとしてわからないまま、働かざる者食うべからずで、魚をさばいて干す職につき、なんとか覚えた挨拶だけを頼りに、転校先でできなかった、人間関係の構築に奮闘する。
友情と恋は挨拶と笑顔だけでも手に入れられるのだろうか。というお話です
小説家になろう様にも投稿させて頂いております。
だから聖女はいなくなった
澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」
レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。
彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。
だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。
キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。
※7万字程度の中編です。
メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
積みかけアラフォーOL、公爵令嬢に転生したのでやりたいことをやって好きに生きる!
ぽらいと
ファンタジー
アラフォー、バツ2派遣OLが公爵令嬢に転生したので、やりたいことを好きなようにやって過ごす、というほのぼの系の話。
悪役等は一切出てこない、優しい世界のお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる