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第一章
第29話 クローバー
しおりを挟むお母さんの部屋で見つけたオルゴールは、マドレーヌさんに頼んで私の部屋に持って行くことにした。
お父さんに見せようかと思ったけど、なんとなく言い出しにくい。
昼間は枕の下に隠しておいて、お父さんがおやすみを行って出て行った後、オルゴールを聴きながら眠るようになった。
優しい音色は、徐々にお母さんの声に聴こえてくるような気がした。まるで、お母さんと話をしているみたい。
私へのプレゼントにどうしてこの曲を選んだのかはわからない。けど、私に残してくれたものだ。きっと何かを伝えたかったのかもしれない。
これを選んだとき、お母さんは自分があまり長くないことを悟っていたのだと思う。だとしたら、お母さんの遺した言葉は……
お母さんのオルゴールの音色で眠る、そんな夜が日課になったある日――
「アリシア、今日はお父さんお休みだから街にお出掛けしようか」
「でも、また大騒ぎになっちゃわない?」
「大丈夫。デザートのおいしい店を予約してきた。知り合いの店だし、貸し切りだから見つかることはない」
なんだか芸能人みたいだなぁ。
「じゃあ、お仕度するから待ってて」
「1人で着替えられるか? マドレーヌを呼ぼうか」
「大丈夫、1人でできるから」
お父さんがそう言って私の部屋を出て行った。
と思ったら、ベッドサイドで足を止めている。枕もとをじっと見て……
しまった! オルゴール出しっ放しだ!
「これ……」
お父さんがそっとオルゴールを持ち上げた。蓋を開けると、あのメロディーが流れ出す。
「リリアのオルゴールじゃないか」
「う、うん。この間、マドレーヌさんに頼んでお母さんのお部屋に行ったの。そのときに見つけて……」
「そう、か」
メロディーが徐々にゆっくりになり、そして、止まってしまった。
鳴らなくなったオルゴールをお父さんがサイドテーブルに置く。中に入ったクローバーを見つめていた。
「懐かしいな。うちの名前でもあるクローバー。幸せの象徴だって、リリアが選んだ」
お父さんがベッドサイドに座って、私を見た。その瞳はどこか悲しい色をしている。
「お父さんはお母さんのことを幸せにしてやれなかった。でもアリシアのことは、必ず幸せにするからな」
「お母さんも幸せだったと思うよ。そうじゃなかったら、こんな素敵なオルゴール選ばないと思う」
「優しいな、アリシアは」
ふっとお父さんが薄く笑う。
お父さんは今も自分を責めている。でもそんなこと、誰も望んでいないのに。
「……お母さんが死んじゃったのは、お父さんのせいじゃないよ」
お父さんが目を見開いた。でもすぐに私から視線を外してしまう。
そして、ゆっくり首を振った。
「みんなそう言ってくれる。でもお母さんの病気にお父さんがもっと早く気づいてやれば、もっと支えてやっていれば」
「お母さんは私がお腹にいた頃から具合が悪かったんでしょう」
「ああ、そう聞いてる。アリシアが生まれてからは更に体調が……」
「それなら、お母さんが死んじゃったのは私のせいだね」
お父さんがベッドから音を立てて立ち上がった。
「それは違う! アリシアのせいじゃない!」
「でも、私が生まれてなかったらお母さんは死ななかったよ」
「違う。そんなこと言うもんじゃない。お母さんが悲しむぞ」
「それなら、お父さんもそうだよ。お父さんが自分のせいだって思ってたら、お母さんが悲しむ。……私も、悲しい」
お母さんの気持ちを、本当の意味で代弁することはできない。できたところで、頑なになってしまったお父さんは素直に受け入れてくれない。
でも自分を責めているお父さんを見るのは、私が悲しい。
お父さんが跪いて、私の頭に手を置いた。
「ごめんな。しっかりしなきゃいけないのはお父さんの方なのに。頼りなくて」
「お父さんは頼りなくなんかないよ」
そんな悲しく、ツラい顔をしないでほしい。
お父さんは、1人じゃないんだから。
「お父さん……お父さんには、私もサディさんもいるよ。サディさんはね、お父さんのためにお母さんから魔法を教わったんだって」
「俺のために?」
やっぱり知らなかったんだ。
「あいつ……そんなこと一言も」
「サディさんは、お父さんのこと大好きなんだよ。だから、お父さんのために頑張ったんだって」
こんなストレートに言ったら、茶化されちゃうかな。
と思ったのに、お父さんは当然のようにうなずいた。
「あいつは俺のバディだからな」
バディなら当然ってこと!?
言葉にしなくても信頼し合っている強い絆。
お父さん、サディさんよりよっぽど素直だよ。
「ねえ、今日はサディさんもお休みなの?」
「ああ、あいつも今日は非番だからな」
「それなら、サディさんも一緒にお出掛けしようよ。その方がお父さん嬉しいでしょ?」
お父さんがちょっと驚いた顔をした。その瞬間少し顔を赤らめたこと、私が見逃すはずがない。
小さく吹き出したお父さんは、目を細めて私を見た。
「ありがとう、アリシア」
お父さんがオルゴールを手に取って、ネジを巻いた。
止まっていたクローバーがゆっくり回り出し、私とお父さんの間を静かな音色が流れた。
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