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第一章
第28話 オルゴール
しおりを挟む翌日、今度はおやつを持って来てくれたマドレーヌさんを捕まえた。
もちろん、お母さんの話を聞くため。
「私は奥様がこのお屋敷にいらしてからしか存じませんが」
「それでいいの。お母さんのこと、なんでもいいから教えて」
この屋敷に暮らすようになったのは、お父さんが勇者となり、程なくして私が生まれた頃。
「私を始め、メイドもコックも山ほど屋敷におりましたが、奥様はお嬢さまのお世話をすべてご自分でなさっていました。ですが、産後の肥立ちが悪いようでしたので、微力ながら私も少々お手伝いさせていただきました」
「お母さん、そんなに具合が悪かったの?」
「奥様は気丈に振る舞っておりましたので、ほとんどの者は気が付かないようでしたが。私が気づいたときにも最初はお認めにならず、ようやく『誰にも言わないで。特にアルバートには』と強くおっしゃっておりました」
だから、お父さんはお母さんの体調に気づかなかったんだ。
心配させたくない気持ちはよくわかる。私もそういうタイプだったから。
でも『気づいてやれなかった』って言うお父さんの顔を見たら、言ってあげて欲しかったなと思う。勇者になったばかりでお父さんは忙しかったんだろうけど、わかっていたらきっともっとお母さんの傍にいたはずだから。
マドレーヌさんが潤んだ瞳で私を見つめた。
「お母さまは、お嬢さまのことをとても愛しておられましたよ」
私の両手を、マドレーヌさんが優しく包み込んでくれた。
「そうです。お嬢さま、お母さまのお部屋に入られてみませんか」
「お母さんの部屋!?」
「私が掃除する以外では誰も出入りしておりませんので、お母さまの遺されたそのままになっておりますよ」
「お父さんも、入ってないの?」
「ええ……あれから1度も」
お母さんの部屋。私の記憶にはまったくない。
思い出せるものがあるとも思えないけど、でもお父さんの心を慰められる何かが見つかるかもしれない。
「私、お母さんのお部屋行ってみたい」
「きっと、お母さまもお喜びになられますよ」
マドレーヌさんに連れて行ってもらったのは、入ったことのない角部屋だった。
扉を開けると、柔らかな陽の光がレースのカーテンから射し込んでいた。部屋にはアンティークのような机や椅子、キャビネットが置かれている。その上には細々とした小物が並んでいた。
そして部屋の正面には、額に飾られた大きな肖像画が飾られていた。親子3人、私たちの絵だ。
凛々しくも優しそうな顔つきのお母さんが、生まれたばかりに見える私を抱いている。その横に立つお父さんが、お母さんの肩に手を乗せて愛しげに私を見つめていた。
幸せな、家族の一コマ。
ここが、お母さんの部屋。
「机の引き出し、開けてもいい?」
「ええ、もちろん」
飾りのついた引き出しを開ける。万年筆や羊皮紙、髪飾り。お母さんが使っていたものが入ってる。
と、奥にクリーム色の箱が入っていた。そっと取り出すと、薔薇のカメオと華やかな装飾の宝石箱のようなものだった。
「まあ、それは……!」
マドレーヌさんが両手で口元を押さえた。
「そのオルゴールは、お母さまがお嬢さまに送られたものです」
「私に……?」
そっと開くと、中には3つの四つ葉のクローバーの飾りが入っていた。大きなクローバー2つと、それに守られているような小さなクローバー。
よく見ると、箱の後ろに小さなネジがあった。これ、もしかして……。
何度かまわすと、クローバーがゆっくり回転し始めた。それと同時に、メロディーが流れる。
オルゴールが奏でる懐かしい音色。
懐かしい? 何の曲か全然わからないのに。少なくとも前世の世界にあった曲じゃない。
ということは、赤ちゃんの頃の私が聞いた曲。お母さんに聞かせてもらった、オルゴールの音色だ。
「懐かしいですね」
マドレーヌさんが目を閉じて、オルゴールの曲に耳を傾けていた。
「いつもお嬢さまが眠るとき、お母さまがこのオルゴールを子守歌に流していらっしゃったのですよ」
「うん、覚えてる……気がする」
肖像画のお母さんの顔、オルゴールの音色。
それからこの部屋に残る、微かなぬくもり。まるで私を、抱きしめてくれているようだ。
「お母さん……」
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