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「その首輪、とてもお似合いですね」
「ありがとうございます! ご主人様にいただいたんです」
「ルーカスさんは、すごくシェルさんのことを大切にしているんですね。きっと散歩に出さないのは、あなたを閉じ込めておきたいくらい大事にしてるってことですよ」
「そう、でしょうか……」
ルーカスから与えられる愛情を感じていないわけではない。
ただ、それでも本当に大切にされているのかは疑問が付きまとった。
「ルーカスさんは難しい仕事をしていますから、いろいろと大変なんでしょうね」
「ご主人様のお仕事をご存じなんですか?」
「呪術師様ですよね、みんな知っていますよ。でもそんなすごい人と一緒に暮らすのは苦労もあるでしょう。何かあったのなら、僕に話してみてください」
え? と首を傾げると、トビーは片手を振った。
「いや、なんだか元気がない様子だったので。僕でお役に立てることはないかもしれませんが」
「そんな、お話しできるだけで嬉しいです。家に上がってもらうことは、できないのですが」
「大丈夫、ここで構いませんよ」
笑いかけてくれるトビーがひたすらに優しく見えた。
他愛もない話をしばらく続けると、気持ちがいくらか晴れる。
「今日はそろそろ戻ります。また来てもいいですか?」
「はい、もちろん! あ、でも……」
「わかってます。ルーカスさんのいないときに」
帰って行くトビーが見えなくなるまで、シェルは出窓から動かなかった。
それから、ルーカスが出掛けた後は出窓でトビーを待つのが日課となった。
今日の天気や食事のことを話し、ビスケットを一緒に食べることもあった。
ゼノは何度か心配そうにルーカスのことを尋ねてきたが、まさか抱かれたことを話すわけにもいかず、それだけは曖昧に答えるしかない。
ある時、昔一緒に暮らしていた老婦のことを話した。
「シェルさんは、そのお婆さんが大好きだったんですね。今もお元気なんですか?」
「それが……突然いなくなってしまって」
できることなら今も捜しに行きたい。しかし、そんなことをルーカスには言い出せなかった。言えたとしても、それが許されるとは思えない。
トビーは驚いて、開いた窓からシェルの手に触れた。
「それは心配ですね。僕も捜してみましょう。もう少しお婆さんのこと、聞いてもいいですか?」
慰めるようにそう言われ、シェルは老婦との思い出を語る。
腰が曲がってきた彼女の背をとっくに追い抜いてからも、何度も頭を撫でてもらった。膝枕をしてもらうのも、抱きしめられるのも大好きだった。
遠くまで散歩に行くことはできなかったが、広い庭で手入れされた花々を一緒に見てまわることが大好きだった。
話していくうち、自然と目の奥が熱くなっていく。ずっと一緒だったのに、ある日姿を消してしまった老婦。
もう会えないと諦めてきたはずの気持ちが、今になって溢れ出てくる。
とめどないシェルの話に、トビーは静かに耳を傾けていた。
「独りぼっちは辛いですよね。僕にはわかります」
風が吹き込んできた。出窓に舞い落ちた葉っぱを、トビーが摘まんで捨てる。
老婦と別れてから、ずっと独りだった。
それは今も、変わらないのかもしれない。
「ありがとうございます! ご主人様にいただいたんです」
「ルーカスさんは、すごくシェルさんのことを大切にしているんですね。きっと散歩に出さないのは、あなたを閉じ込めておきたいくらい大事にしてるってことですよ」
「そう、でしょうか……」
ルーカスから与えられる愛情を感じていないわけではない。
ただ、それでも本当に大切にされているのかは疑問が付きまとった。
「ルーカスさんは難しい仕事をしていますから、いろいろと大変なんでしょうね」
「ご主人様のお仕事をご存じなんですか?」
「呪術師様ですよね、みんな知っていますよ。でもそんなすごい人と一緒に暮らすのは苦労もあるでしょう。何かあったのなら、僕に話してみてください」
え? と首を傾げると、トビーは片手を振った。
「いや、なんだか元気がない様子だったので。僕でお役に立てることはないかもしれませんが」
「そんな、お話しできるだけで嬉しいです。家に上がってもらうことは、できないのですが」
「大丈夫、ここで構いませんよ」
笑いかけてくれるトビーがひたすらに優しく見えた。
他愛もない話をしばらく続けると、気持ちがいくらか晴れる。
「今日はそろそろ戻ります。また来てもいいですか?」
「はい、もちろん! あ、でも……」
「わかってます。ルーカスさんのいないときに」
帰って行くトビーが見えなくなるまで、シェルは出窓から動かなかった。
それから、ルーカスが出掛けた後は出窓でトビーを待つのが日課となった。
今日の天気や食事のことを話し、ビスケットを一緒に食べることもあった。
ゼノは何度か心配そうにルーカスのことを尋ねてきたが、まさか抱かれたことを話すわけにもいかず、それだけは曖昧に答えるしかない。
ある時、昔一緒に暮らしていた老婦のことを話した。
「シェルさんは、そのお婆さんが大好きだったんですね。今もお元気なんですか?」
「それが……突然いなくなってしまって」
できることなら今も捜しに行きたい。しかし、そんなことをルーカスには言い出せなかった。言えたとしても、それが許されるとは思えない。
トビーは驚いて、開いた窓からシェルの手に触れた。
「それは心配ですね。僕も捜してみましょう。もう少しお婆さんのこと、聞いてもいいですか?」
慰めるようにそう言われ、シェルは老婦との思い出を語る。
腰が曲がってきた彼女の背をとっくに追い抜いてからも、何度も頭を撫でてもらった。膝枕をしてもらうのも、抱きしめられるのも大好きだった。
遠くまで散歩に行くことはできなかったが、広い庭で手入れされた花々を一緒に見てまわることが大好きだった。
話していくうち、自然と目の奥が熱くなっていく。ずっと一緒だったのに、ある日姿を消してしまった老婦。
もう会えないと諦めてきたはずの気持ちが、今になって溢れ出てくる。
とめどないシェルの話に、トビーは静かに耳を傾けていた。
「独りぼっちは辛いですよね。僕にはわかります」
風が吹き込んできた。出窓に舞い落ちた葉っぱを、トビーが摘まんで捨てる。
老婦と別れてから、ずっと独りだった。
それは今も、変わらないのかもしれない。
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