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6.散歩の朝
しおりを挟む翌朝、シェルはすっきりと目覚めることができた。夢も見ないほど深く眠っていたらしい。
ルーカスはまだ寝ているようだった。散歩の前に朝食を摂るのではないかと、シェルはキッチンに立った。
トーストと目玉焼きを作り、それにグレープフルーツをカットする。
コーヒーがいいだろうかミルクがいいだろうかと迷っていると、ルーカスの気配がした。
廊下に顔を出し、グレーのパジャマを着たルーカスに「おはようございます!」と声を掛ける。
ぼんやりとしていたルーカスが、ビクッと足を止めた。
「っ、脅かすな」
「ごめんなさい……」
ピンと立てた尻尾が、見る見るうちに垂れ下がる。ばつの悪そうな顔をしたルーカスが、キッチンに入ってきた。
「朝飯か」
「はい! ご主人様、飲み物は何がよろしいですか?」
「コーヒー」
「わかりました!」
まだ覚醒していないのか、ふらふらした足取りでルーカスが顔を洗いに向かって行った。よく見れば寝癖もついている。
初めて見る抜けた一面にシェルは小さく笑った。
ダイニングに戻ってきたルーカスは、髪も服も整え、見慣れた姿だった。
僅かに緊張が走る。2人で食事を摂るのは初めてのことだった。
ルーカスは無言だったが、黙々と朝食を片付ける。
文句を言われないということは、美味しいということなのだろうか。
目の前でバターを塗り、トーストを齧るルーカスに不思議な感覚を覚える。
「そんなに散歩が楽しみか?」
唐突にそう言ったルーカスの視線を後ろに感じる。振り向くと、無意識に尻尾が揺れていた。
「お散歩も楽しみですが、ご主人様とご飯が食べられて嬉しいです」
素直な気持ちを伝えたが、ルーカスは黙ってしまった。
明日も朝食を用意すると言うと、「必要ない」とにべもなく断られる。
「基本的に、朝は食わない」
「え、そうだったのですか」
呪術祓いという重々しい仕事をこなすには、爽やかな朝食など不要なのだろうか。
今日は散歩があるから食べたのか。それとも、用意してしまったから食べてくれたのか。
「余計なこと、してしまったでしょうか」
「別に。用意してあるなら食べる」
怒っているわけではない様子に胸を撫で下ろす。
ルーカスがカップを手に取るのと同時に、シェルもミルクの入ったコーヒーを啜った。
穏やかなこの雰囲気ならばと、小さく口を開く。
「ご主人様は、呪術師さんなのですよね」
ルーカスが顔をしかめた。しかしすぐに、諦めたように息を吐き出す。
「ゼノに聞いたのか?」
「はい。呪術をかけられた人を助けているんですね」
「そんな良いものじゃない」
吐き捨てるように言われ、シェルが言葉に詰まった。
「人助けをしてる感覚はない。感謝されるよりも恨まれることが多い仕事だからな」
「そんな……でもご主人様は」
じろりとルーカスに視線を向けられ、言葉を飲みこんだ。
「あまり深入りするな。お前を関わらせるつもりはない」
「……ごめんなさい」
シェルの尻尾がしゅんと垂れた。
少しでもルーカスのことを知りたいと思ってのことだったが、軽々しく立ち入っていい話題ではなかったようだ。
グレープフルーツに目を落としていると、ルーカスが不意に立ち上がった。テーブルの皿はいつの間にか空になっている。
コーヒーのおかわりだろうかとシェルが立ちかけると、戻ってきたルーカスの手には白いロープが握られていた。
リードだ。
飛ぶようにルーカスの元へ行くと、リードが首輪に繋がれる。
「行くぞ」
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