6 / 30
3-3
しおりを挟む
「これを付けろ」
ルーカスに突きつけられたのは、白い首輪だった。
バックルの真ん中からは十字のシルバーのチャームが下がっている。
「首輪、もう用意してたのかい?」
「犬には必要だからな」
目の前に立ったルーカスは、首輪のバックルを外した。
恐々首を前に伸ばしたシェルに、首輪のベルトが巻かれる。
首輪と首の間に、冷たいルーカスの指が挟みこまれた。
「苦しくないか?」
「大丈夫、です」
恐ろしいと思っていたルーカスからの、初めて気遣いの言葉。
首元は見えなかったが、代わりにゼノが感嘆の声を上げた。
「よく似合ってるよ。オシャレでいいじゃない。ほら、鏡を見てきてごらん」
シェルはいそいそとドア横の鏡に向かった。細い首筋にはめられた首輪は、さながらチョーカーのようだった。
揺れるチャームを気に入って、シェルは何度も首を振ってみた。
ジルドではめられていた、自分を拘束するだけの首輪とは違う。
「血統書付きになったみたいです」
鏡の中の顔が綻ぶ。しかし、バスローブからチラリと覗いた鎖骨に昨夜の痕を見つけ、さっと顔を伏せる。
その視線の先に立てかけられたモノに、背筋が凍った。
視線に気づいたゼノもそちらを見る。
「鞭も、もう用意してあるんだね」
「ああ」
黒いステッキのようなそれは、木を削って作られたケインだった。
獣人の飼い主は、首輪と鞭を揃えることが義務付けられている。
とはいえ、子犬の頃は老婦に鞭を振るわれたことは一度もなかった。
ジルドの商人に初めて叩かれた鞭は息ができなくなるほどで、その痛みに数日間苦しんだ。
奴隷だった頃も、鞭は一番の恐怖だった。
与えられた一瞬の優しさは吹き飛び、昨夜の恐怖が思い起こされる。
鞭こそ使われなかったが、自分にあれほどの痛みを与えることをルーカスは厭わない。
本来鞭は粗相をした獣人の仕置きのために使われるが、主人の気まぐれによって変わる。
少しでも機嫌を損なえば、新しい主人もまた簡単にその鞭を振るうかもしれない。
バサバサと小窓から何かが聞こえた。
ルーカスがカーテンを開くと、サッと明るい陽射しがシルエットを映し出した。
羽ばたいているのは一羽のカラスだった。
何かを頷くと、ルーカスが息をひとつ吐いて部屋のドアに向かった。
「仕事だ。出てくる」
「いってらっしゃい」
ゼノの返事に、シェルも慌てて頭を下げた。顔を上げると、ルーカスの姿は消えている。
「あの、ご主人様のお仕事って……」
聞くと、ゼノがふっと笑って声を落とした。
「呪術師だよ。とびっきり強力な、ね」
ルーカスに突きつけられたのは、白い首輪だった。
バックルの真ん中からは十字のシルバーのチャームが下がっている。
「首輪、もう用意してたのかい?」
「犬には必要だからな」
目の前に立ったルーカスは、首輪のバックルを外した。
恐々首を前に伸ばしたシェルに、首輪のベルトが巻かれる。
首輪と首の間に、冷たいルーカスの指が挟みこまれた。
「苦しくないか?」
「大丈夫、です」
恐ろしいと思っていたルーカスからの、初めて気遣いの言葉。
首元は見えなかったが、代わりにゼノが感嘆の声を上げた。
「よく似合ってるよ。オシャレでいいじゃない。ほら、鏡を見てきてごらん」
シェルはいそいそとドア横の鏡に向かった。細い首筋にはめられた首輪は、さながらチョーカーのようだった。
揺れるチャームを気に入って、シェルは何度も首を振ってみた。
ジルドではめられていた、自分を拘束するだけの首輪とは違う。
「血統書付きになったみたいです」
鏡の中の顔が綻ぶ。しかし、バスローブからチラリと覗いた鎖骨に昨夜の痕を見つけ、さっと顔を伏せる。
その視線の先に立てかけられたモノに、背筋が凍った。
視線に気づいたゼノもそちらを見る。
「鞭も、もう用意してあるんだね」
「ああ」
黒いステッキのようなそれは、木を削って作られたケインだった。
獣人の飼い主は、首輪と鞭を揃えることが義務付けられている。
とはいえ、子犬の頃は老婦に鞭を振るわれたことは一度もなかった。
ジルドの商人に初めて叩かれた鞭は息ができなくなるほどで、その痛みに数日間苦しんだ。
奴隷だった頃も、鞭は一番の恐怖だった。
与えられた一瞬の優しさは吹き飛び、昨夜の恐怖が思い起こされる。
鞭こそ使われなかったが、自分にあれほどの痛みを与えることをルーカスは厭わない。
本来鞭は粗相をした獣人の仕置きのために使われるが、主人の気まぐれによって変わる。
少しでも機嫌を損なえば、新しい主人もまた簡単にその鞭を振るうかもしれない。
バサバサと小窓から何かが聞こえた。
ルーカスがカーテンを開くと、サッと明るい陽射しがシルエットを映し出した。
羽ばたいているのは一羽のカラスだった。
何かを頷くと、ルーカスが息をひとつ吐いて部屋のドアに向かった。
「仕事だ。出てくる」
「いってらっしゃい」
ゼノの返事に、シェルも慌てて頭を下げた。顔を上げると、ルーカスの姿は消えている。
「あの、ご主人様のお仕事って……」
聞くと、ゼノがふっと笑って声を落とした。
「呪術師だよ。とびっきり強力な、ね」
0
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。
桜月夜
BL
前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。
思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結·助けた犬は騎士団長でした
禅
BL
母を亡くしたクレムは王都を見下ろす丘の森に一人で暮らしていた。
ある日、森の中で傷を負った犬を見つけて介抱する。犬との生活は穏やかで温かく、クレムの孤独を癒していった。
しかし、犬は突然いなくなり、ふたたび孤独な日々に寂しさを覚えていると、城から迎えが現れた。
強引に連れて行かれた王城でクレムの出生の秘密が明かされ……
※完結まで毎日投稿します

【完結済み】準ヒロインに転生したビッチだけど出番終わったから好きにします。
mamaマリナ
BL
【完結済み、番外編投稿予定】
別れ話の途中で転生したこと思い出した。でも、シナリオの最後のシーンだからこれから好きにしていいよね。ビッチの本領発揮します。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。


婚約破棄された悪役令息は従者に溺愛される
田中
BL
BLゲームの悪役令息であるリアン・ヒスコックに転生してしまった俺は、婚約者である第二王子から断罪されるのを待っていた!
なぜなら断罪が領地で療養という軽い処置だから。
婚約破棄をされたリアンは従者のテオと共に領地の屋敷で暮らすことになるが何気ないリアンの一言で、テオがリアンにぐいぐい迫ってきてーー?!
従者×悪役令息
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる