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3-1.首輪
しおりを挟む寝間着姿でぺたりとベッドの上に座り、どれだけ時間が経っただろうか。
カーテンから漏れる光で、夜が明けてからしばらく経っているのだと推測する。
小振りなシャンデリアをぼんやりと見上げる合間にも、何度も悪夢のような時間が頭に甦ってくる。
恐怖と痛みしか記憶にない。泣き喚いた喉は熱を持っているようだった。
またじんわりと目に涙が込み上げ、両手でそれを拭った。
身体を割られ、触れたこともない場所をいじられ、挿れられた。
奴隷として酷い扱いをされたことや、他の奴隷から暴行を受けたことはあった。
だが、身体を求められたことは一度もない。成犬になったとはいえ、性的な行為など想像もしたことがなかった。
事が終わった後、風呂に入ることを許された。
長いこと湯で身体を洗い、置かれていたバスローブを羽織り部屋へ戻ると、寝室は何事もなかったかのように片付けられていた。
それから今まで、ここでこうして天井を見つめ続けている。
揺らしていた尻尾は、今は動かす気力もない。
自分は性の捌け口として引き取られたのだろうか、またあんなことをしなければいけないのか。
「でもそれが、ご主人様の望むことなら……っ」
垂れた耳がぴくっと反応した。部屋の外から誰かの声が聞こえてくる。
ルーカスと誰かが喋っているようだ。ルーカスではない声と足音が近づいてくる。
反射的に逃げ出そうと腰を上げるが、身体の奥の痛みに尻餅をつく。
最奥の引きつるような痛みは、ルーカスの昂りを受け入れたのだと改めて突き付けらた。
「まだ寝ているかな」
声と共に扉が開いたが、逃げ場もなければ身を守る物もない。
咄嗟に枕を抱きしめて、ベッドの上で壁際まで後ずさった。
おや? と顔を覗かせたのは、ルーカスと同じ年頃の小柄な男だった。
髪と同じ藍色の目が丸くなり、シェルの全身を眺める。
枕にしがみつくようにしていると、男は苦笑して目元を緩ませた。
「ああ、驚かせてすまない。僕はゼノ、獣医だよ。キミのご主人に呼ばれて診察に来たんだ」
「お医者さん……ですか?」
ゼノと名乗った医者は柔和な笑みを浮かべ、ベッドサイドに跪きシェルと視線を合わせた。
「よく休めたかな?」
「は、はあ……」
ここに来てすぐはぐっすり眠れたが、それ以降は身体を休めてなどいられなかった。
曖昧に頷くと、ゼノはサイドテーブルからスツールを引き出して座った。
「おいで」と手招きされ、シェルは一瞬迷ってから枕を置いてベッドに腰掛けた。
ゼノがシェルの肩に触れる。ビクッと肩を揺らすと、安心させるように「大丈夫」と笑いかけられた。
そして、身体を確認するように肩から腕を撫でる。
「シェル、というんだったね。年はいくつ?」
「18歳です」
「成犬になったばかりか。大型犬にしては痩せているようだね。本来ならもっとガッシリしているはずだけど、栄養失調か……。もしかして、野良だったの?」
「僕はジルドにいたので」
シェルが売られていた場所はジルドと呼ばれる非合法の市場で、違法な商品が売買されている。
ケージに入れられた獣人たちもそうだ。飼い切れなくなった獣人を引き取ったり、野良の獣人を捕まえ違法な値段で売買している。
「ジルドに!? それはまた大変だったね。最近は飼い切れなくて獣人を捨てる飼い主も多いから」
「僕は捨てられたわけじゃないんです!」
膝の上で握りしめた拳に、ゼノが手を重ねた。
ハッと顔を上げるとゼノが微笑んでいて、どこにも拠り所のなかった心が救われる。
「僕、ジルドに連れて行かれるまではお婆ちゃんと暮らしてたんです」
「その人がご主人様?」
「はい。でも突然いなくなってしまって、どうしても会いたくて捜しに行ったんです。そしたら怖い人たちに追いかけられて」
押さえつけられ口枷を嵌められ、無理矢理連れて行かれた。
思い出の詰まった場所から引き裂かれたあの日を思い出し、胸が押し潰されそうだった。
「辛いことを思い出させて悪かったね。でももう大丈夫。前のご主人様とはだいぶ違うだろうけど、ルーカスもキミを可愛がってくれるはずだよ」
「そう、でしょうか……」
弱々しい返事に、ゼノが首を傾げた。
「ルーカスが怖い? 確かにあいつ愛想なんて皆無だし口も悪いし、どう見ても優しそうには見えないね。それでいて……」
「なに吹き込んでんだ」
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