異世界で吟遊詩人のパトロンになりました

水都(みなと)

文字の大きさ
上 下
60 / 65

22-4

しおりを挟む

 ノアが急いで出窓に手を掛ける。

「フレディ、行きましょう。急いで」
「先に行っててくれ」

 扉の前にいるのがアーニーやノーマンなのか、それともアレク兄上か。
 誰だかわからないが、逃げてはいけない気がする。

 覚悟を決めた俺に、ノアは窓から手を離す。俺の斜め後ろに立ち、息を潜めた。

 扉がゆっくりと開かれる。そこに立っていたのは

「兄さん……」

 静かに佇む兄さんは、驚いているわけでも怒っているわけでもなさそうだった。
 困ったような、寂しげな笑みを浮かべている。

「きっとフレディは、ノアくんと行ってしまうと思っていたよ」
「いつから聞いてたんだ?」
「少し前からね。立ち聞きするつもりはなかったんだが」

 少し前というのが、最初からなのか今さっきからなのか。
 けど、明らかにしない方がいいだろう。

 息を小さく吸い込んで、兄さんの目をまっすぐ見据える。

「俺はノアの傍にいて、ノアの助けになりたい。だから、行くよ」
「それがフレディの、やりたいことなんだね?」
「ああ」

 強く答えると、兄さんは息を吐き出した。
 
「ここにいるよりも君が幸せになれるのならば、喜んで送り出そう。君はもっと広い世界を見た方がいい。私も、弟離れをしないとだね」

 エメラルドグリーンの瞳には戸惑いが見えるけど、その奥にはあるのはいつだって俺への愛情だった。
 それに気づきも、気づこうともしなかった。
 
 何を言えばいいのかわからない。
 兄さんは静かに首を振って、俺の手に布袋を握らせた。丸々膨らんだ袋はチャリ、と僅かに音がする。コインだ。

「これは家から独立するときに渡すことになっている祝い金だ。持って行きなさい」
「いや、でも……」

 家出しようと思っていたのに、祝われるなんて想定外だ。受け取るわけにはいかない。
 返そうとしたが、兄さんに拒まれる。

「兄上からフレディに持たせるようにと言われたんだよ」
「兄上が!?」
「もう自立するのだから、二度と帰ってこないようにと」

 それは祝いではなく手切れ金なのでは……?
 どちらにせよ、兄上もああ見えて多少は俺のことを考えてくれていたのかもしれない。兄さんと同じように。

 いつの間にか、兄さんの視線はノアに向けられていた。

「ノアくん」
「……はい」
「フレディをよろしく頼む」

 深々と頭を下げる兄さんを、俺は初めて見た。
 貴族にそんな態度を取られたことはなかったのか、ノアが一瞬たじろぐ。
 
 それから自嘲気味に笑った。
 
「僕は大切なご令弟を攫っていく男ですよ。恨まれる覚えはあっても、頼まれるいわれはありません」
「ははっ、では遠慮なく君を恨ませてもらうよ」

 どこまで本気で言っているのかわからないのが怖い。
 
 でもその曇りのない愛情表現を素直に受け取ることができる自分に驚く。
 
 ダメだ。これ以上湧き上がる感情に浸っていると、決心が鈍る。
 兄さんに背を向けると、ノアに手を伸ばした。

「行こう」
「ええ」

 手を取り合って、俺たちは出窓に飛び乗った。先にノアが庭に降りて行く。
 俺が飛び降りようとした瞬間「フレディ!」と兄さんに呼び止められる。
 
 振り向くと兄さんが瞳を揺らし、ぎこちなく笑っていた。

「元気で」
「うん、兄さんも元気で」

 ありがとう、と言い残し、ノアの隣に飛び降りた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

花喰らうオメガと運命の溺愛アルファ

哀木ストリーム
BL
αからの支配から逃げるには、この方法しかなかった。 Ωの辰紀は、αが苦手とする強い匂いを放つ花を、ヒートが始まる前から祖母に食べさせられていた。 そのおかげでヒート中にαに襲われることから逃れていた。  そして祖母が亡くなったある日。両親に売られてしまった祖母の形見を探しに骨董品屋に向かうと、先に祖母の形見を集めているαの有栖川竜仁と出会う。彼を騙して祖母の形見を回収しようとしていたが、彼には花の匂いが効かなかった。それどころか両親が隠したはずの首輪の鍵を持っていて、番にされてしまう。 「その花は、Ωを守る花ではない。喰らわれるのは君の方だよ」  花の中毒症状から救おうと手を差し伸べる竜仁。  彼は、祖母を苦しめたαの孫だと知りーー。 11月から更新します。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

男子高校に入学したらハーレムでした!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 ゆっくり書いていきます。 毎日19時更新です。 よろしくお願い致します。 2022.04.28 お気に入り、栞ありがとうございます。 とても励みになります。 引き続き宜しくお願いします。 2022.05.01 近々番外編SSをあげます。 よければ覗いてみてください。 2022.05.10 お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。 精一杯書いていきます。 2022.05.15 閲覧、お気に入り、ありがとうございます。 読んでいただけてとても嬉しいです。 近々番外編をあげます。 良ければ覗いてみてください。 2022.05.28 今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。 次作も頑張って書きます。 よろしくおねがいします。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

【番外編更新】小石の恋

キザキ ケイ
BL
やや無口で平凡な男子高校生の律紀は、ひょんなことから学校一の有名人、天道 至先輩と知り合う。 助けてもらったお礼を言って、それで終わりのはずだったのに。 なぜか先輩は律紀にしつこく絡んできて、連れ回されて、平凡な日常がどんどん侵食されていく。 果たして律紀は逃げ切ることができるのか。

処理中です...