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しおりを挟むノアが急いで出窓に手を掛ける。
「フレディ、行きましょう。急いで」
「先に行っててくれ」
扉の前にいるのがアーニーやノーマンなのか、それともアレク兄上か。
誰だかわからないが、逃げてはいけない気がする。
覚悟を決めた俺に、ノアは窓から手を離す。俺の斜め後ろに立ち、息を潜めた。
扉がゆっくりと開かれる。そこに立っていたのは
「兄さん……」
静かに佇む兄さんは、驚いているわけでも怒っているわけでもなさそうだった。
困ったような、寂しげな笑みを浮かべている。
「きっとフレディは、ノアくんと行ってしまうと思っていたよ」
「いつから聞いてたんだ?」
「少し前からね。立ち聞きするつもりはなかったんだが」
少し前というのが、最初からなのか今さっきからなのか。
けど、明らかにしない方がいいだろう。
息を小さく吸い込んで、兄さんの目をまっすぐ見据える。
「俺はノアの傍にいて、ノアの助けになりたい。だから、行くよ」
「それがフレディの、やりたいことなんだね?」
「ああ」
強く答えると、兄さんは息を吐き出した。
「ここにいるよりも君が幸せになれるのならば、喜んで送り出そう。君はもっと広い世界を見た方がいい。私も、弟離れをしないとだね」
エメラルドグリーンの瞳には戸惑いが見えるけど、その奥にはあるのはいつだって俺への愛情だった。
それに気づきも、気づこうともしなかった。
何を言えばいいのかわからない。
兄さんは静かに首を振って、俺の手に布袋を握らせた。丸々膨らんだ袋はチャリ、と僅かに音がする。コインだ。
「これは家から独立するときに渡すことになっている祝い金だ。持って行きなさい」
「いや、でも……」
家出しようと思っていたのに、祝われるなんて想定外だ。受け取るわけにはいかない。
返そうとしたが、兄さんに拒まれる。
「兄上からフレディに持たせるようにと言われたんだよ」
「兄上が!?」
「もう自立するのだから、二度と帰ってこないようにと」
それは祝いではなく手切れ金なのでは……?
どちらにせよ、兄上もああ見えて多少は俺のことを考えてくれていたのかもしれない。兄さんと同じように。
いつの間にか、兄さんの視線はノアに向けられていた。
「ノアくん」
「……はい」
「フレディをよろしく頼む」
深々と頭を下げる兄さんを、俺は初めて見た。
貴族にそんな態度を取られたことはなかったのか、ノアが一瞬たじろぐ。
それから自嘲気味に笑った。
「僕は大切なご令弟を攫っていく男ですよ。恨まれる覚えはあっても、頼まれる謂れはありません」
「ははっ、では遠慮なく君を恨ませてもらうよ」
どこまで本気で言っているのかわからないのが怖い。
でもその曇りのない愛情表現を素直に受け取ることができる自分に驚く。
ダメだ。これ以上湧き上がる感情に浸っていると、決心が鈍る。
兄さんに背を向けると、ノアに手を伸ばした。
「行こう」
「ええ」
手を取り合って、俺たちは出窓に飛び乗った。先にノアが庭に降りて行く。
俺が飛び降りようとした瞬間「フレディ!」と兄さんに呼び止められる。
振り向くと兄さんが瞳を揺らし、ぎこちなく笑っていた。
「元気で」
「うん、兄さんも元気で」
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