異世界で吟遊詩人のパトロンになりました

水都(みなと)

文字の大きさ
上 下
58 / 65

22-2.

しおりを挟む

 どこからか声が聞こえた。聞き間違えるわけがない、ノアの声だ。

 でも、ノアの声がするはずはない。
 俺の妄想が生んだ幻聴?

 振り返ってみると、窓の縁から白い手が!

「ぎゃあああッッ!!!?」

 ブラウン管から這い出てくる貞子が思い起こされる。
 ホラー苦手なんだよ俺は!

 しかし腰を抜かしそうな俺の前に、ひょこっと整った顔立ちが現れた。
 ひとつに結んだ銀の髪を振りながら「よっと」と、出窓を乗り越えてくる。ひらりと舞い降りたのは、当然幽霊じゃない。

「ノア……」
「そんな悲鳴を上げられるほど嫌われてしまったなんて。僕の心は深く傷つきましたよ」

 芝居がかった仕草で胸を抑える。
 紛れもなく、目の前にいるのはノアだ。幻聴でも幻覚でもない。

「なんでお前がここにいるんだよ。もう街を出たんじゃなかったのか?」
「その前に、どうしてもあなたに夜這いをかけたくて」
「な……っ!」
「ふふっ、本当にフレディは可愛いですね」

 またからかわれた。この期に及んでなんなんだ。

「そういう冗談はやめろって」
「でも、あながち冗談ではないのですよ」

 ノアの顔がスッと真面目になる。

 いつもの舞台衣装のような服と違い、黒い上下で闇に溶け込むノアはいつもと違って見える。まるで月夜を飛び回る怪盗のようだ。

「僕に連れ去られてはくれませんか?」
「は……?」
「あの夜、あなたが僕を連れ去ったように、今度は僕がフレディを連れ去りたいのですよ」

 連れ去るとはなかなか不穏な言い方だが、つまりは――

「一緒に行ってもいいのか?」
「嫌ですか?」
「そんなわけ……でも、この前はやめとけって」
「僕が連れ去ったことにした方が、いろいろと都合が良いでしょう」

 俺は勘当される覚悟でノアと行くつもりだったが、それでロストラータ家での立場が悪くなることを危惧したのか。
 自分が悪者になることで、俺がムリヤリ連れ去られたことにしようと。

 馬鹿だなぁ。

「もちろん無理にとは言いません。あなたはもう、僕のことなど嫌いでしょうから」

 ノアが長い睫毛を伏せた。

「なんでそうなるんだよ」
「だって、僕の贈ったガラスペンを捨てたじゃないですか」
「それは……」
「悲しいです、とっても。あなたのことを想って一生懸命選んだのに」

 そう言って目元の涙を拭っている。……が、涙が出てないぞ。
 泣きマネだということがわかっても胸が痛い。捨てたのは本当だから。

「……逆だよ。嫌いになれなかったから捨てたんだ。ノアのことを忘れたかったから」

 ぴたりとわざとらしい泣きマネをやめ、ノアが顔を上げた。
 はっきり言わせる気か。それなら言ってやる。

「でも忘れられるわけない。物がなくなったって、お前のことは一生忘れられないってわかってる。それくらいノアのことが、好きになってたから」

 推しにガチ恋なんてしないと思ってた。絶対に叶わないに決まっているのだから。
 下心なんてなくて、ノアの身を守りたくてパトロンになっただけだ。そうだった、はずなのに。

「ペンは絶対に捜す。割れてるかもしれないけど、でも絶対に捜し出すから。だから……」

 ノアがゆっくりと、俺の頬に手を添えた。
 俺の火照った顔に、ひんやりしたノアの手は気持ち良かった。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

失恋して崖から落ちたら、山の主の熊さんの嫁になった

無月陸兎
BL
ホタル祭で夜にホタルを見ながら友達に告白しようと企んでいた俺は、浮かれてムードの欠片もない山道で告白してフラれた。更には足を踏み外して崖から落ちてしまった。 そこで出会った山の主の熊さんと会い俺は熊さんの嫁になった──。 チョロくてちょっぴりおつむが弱い主人公が、ひたすら自分の旦那になった熊さん好き好きしてます。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...