1 / 65
プロローグ
しおりを挟む
寒い。
隙間風が吹き込む窓と立て付けの悪いドアは、段ボールやビニールテープで塞いだ。
それでも寒い。
いよいよ出番かと、四畳半の隅にどかんと陣取っていた石油ストーブを引きずり出す。
数ヶ月前、ゴミ置き場に捨ててあった古い石油ストーブだ。
この部屋は夏は酷暑、冬は極寒。エアコンも扇風機すらない。買う金もない。
ボロ部屋の主である俺は蓮見楓人、20歳。
なんて、ラノベ風に自己紹介するようなたいしたスペックはない。
金なし、職なし、恋人なし。
辛うじて家だけはあるが、明日にはホームレスかもしれない。
灯油がもったいないからストーブを使うのを我慢していたが、そろそろ寒さも限界だ。
埃を適当に払って、丸いダイヤルを掴んで捻った。チチチチと音がした後、ボッと円柱の芯が赤くなる。
完全に壊れていたらアウトだったが、なんとか大丈夫そうだ。今年の冬はこれで凌ごう。
ポン、とスマホから通知音がする。
危ない危ない。そろそろノエルの配信時間だ。
ストーブの前で寝転がってスマホでYouTubeを開く。
待機中の画面には、紫がかった長い銀髪にアメジストのような瞳をした青年のイラストが映っている。
VTuber「紫月ノエル」
眠れない夜に適当にYouTubeを見ていたら、生配信中の彼の動画がオススメに出てきた。
オタクの厨二心がくすぐられるその外見に惹かれタップすると、ノエルの歌声が流れた。
今流行りのアニソンを伸びやかに歌う彼の声は、艶やかで魅惑的で、男の俺でも一気に虜になった。
見目麗しいガワに負けないほど、ノエルの声は中性的で天使のように美しかった。
すぐにチャンネル登録し、過去の動画も見漁った。生配信も必ずチェックしてる。
歌枠はもちろん、ゲーム実況も雑談も楽しかった。
しかし、彼はもうVTuberとして大手で、同接もかなりのもの。
チャット欄は滝のように流れていき「初見です」と呟いたところで、拾われることはない。
気づいてほしければスパチャをするしかないが、俺にそんな金はない。
それでもなけなしの金の中から、俺にとっては大金の1000円を投げた。
「ふーとさん、スパチャありがとう!」
と言われたときの震えるような感動は忘れられない。
それからは配信のたびに投げ銭をした。
毎回1000円投げるのはキツく、500円や250円程度のときもあった。
しかし「ふーと 250円」なんて繊維のような表示は1万円超えの赤スパにどんどん追いやられていく。
「〇〇さん、いつも赤スパありがとう! 最近お仕事大変だって言ってたけどどう? 無理しないでね」
なんて赤スパリスナーが絡まれているのが羨ましくて仕方ない。
繊維客と赤スパの太客とは、当然だが扱いが違う。
俺ももっと認知されたい。ノエルと会話がしたい。赤スパを投げたい。
でも俺には、金がない。
金さえあれば……
部屋が温まってきたからか、眠くなってきた。今日もバイトがキツかったからな。
配信開始まで後10分。少しだけ……5分だけ寝るか……
・
・
・
息苦しさに目が覚める。頭がクラクラして吐き気がした。
ヤバい。これはヤバいと本能が訴えている。
俺のすぐ傍では、石油ストーブの芯が赤々と燃えていた。
寝落ちして何分経った?
部屋の隙間は全部塞いで、換気もしていない。
もしかして、一酸化炭素中毒というやつか……?
マズい。早く、窓を開けないと……早、く……
「いつも赤スパありがとう! 今日誕生日なんだ? おめでとう! じゃあ、キミのためにハッピバースデーを歌うね」
ノエルの天使の歌声が、徐々に遠くなっていった――
隙間風が吹き込む窓と立て付けの悪いドアは、段ボールやビニールテープで塞いだ。
それでも寒い。
いよいよ出番かと、四畳半の隅にどかんと陣取っていた石油ストーブを引きずり出す。
数ヶ月前、ゴミ置き場に捨ててあった古い石油ストーブだ。
この部屋は夏は酷暑、冬は極寒。エアコンも扇風機すらない。買う金もない。
ボロ部屋の主である俺は蓮見楓人、20歳。
なんて、ラノベ風に自己紹介するようなたいしたスペックはない。
金なし、職なし、恋人なし。
辛うじて家だけはあるが、明日にはホームレスかもしれない。
灯油がもったいないからストーブを使うのを我慢していたが、そろそろ寒さも限界だ。
埃を適当に払って、丸いダイヤルを掴んで捻った。チチチチと音がした後、ボッと円柱の芯が赤くなる。
完全に壊れていたらアウトだったが、なんとか大丈夫そうだ。今年の冬はこれで凌ごう。
ポン、とスマホから通知音がする。
危ない危ない。そろそろノエルの配信時間だ。
ストーブの前で寝転がってスマホでYouTubeを開く。
待機中の画面には、紫がかった長い銀髪にアメジストのような瞳をした青年のイラストが映っている。
VTuber「紫月ノエル」
眠れない夜に適当にYouTubeを見ていたら、生配信中の彼の動画がオススメに出てきた。
オタクの厨二心がくすぐられるその外見に惹かれタップすると、ノエルの歌声が流れた。
今流行りのアニソンを伸びやかに歌う彼の声は、艶やかで魅惑的で、男の俺でも一気に虜になった。
見目麗しいガワに負けないほど、ノエルの声は中性的で天使のように美しかった。
すぐにチャンネル登録し、過去の動画も見漁った。生配信も必ずチェックしてる。
歌枠はもちろん、ゲーム実況も雑談も楽しかった。
しかし、彼はもうVTuberとして大手で、同接もかなりのもの。
チャット欄は滝のように流れていき「初見です」と呟いたところで、拾われることはない。
気づいてほしければスパチャをするしかないが、俺にそんな金はない。
それでもなけなしの金の中から、俺にとっては大金の1000円を投げた。
「ふーとさん、スパチャありがとう!」
と言われたときの震えるような感動は忘れられない。
それからは配信のたびに投げ銭をした。
毎回1000円投げるのはキツく、500円や250円程度のときもあった。
しかし「ふーと 250円」なんて繊維のような表示は1万円超えの赤スパにどんどん追いやられていく。
「〇〇さん、いつも赤スパありがとう! 最近お仕事大変だって言ってたけどどう? 無理しないでね」
なんて赤スパリスナーが絡まれているのが羨ましくて仕方ない。
繊維客と赤スパの太客とは、当然だが扱いが違う。
俺ももっと認知されたい。ノエルと会話がしたい。赤スパを投げたい。
でも俺には、金がない。
金さえあれば……
部屋が温まってきたからか、眠くなってきた。今日もバイトがキツかったからな。
配信開始まで後10分。少しだけ……5分だけ寝るか……
・
・
・
息苦しさに目が覚める。頭がクラクラして吐き気がした。
ヤバい。これはヤバいと本能が訴えている。
俺のすぐ傍では、石油ストーブの芯が赤々と燃えていた。
寝落ちして何分経った?
部屋の隙間は全部塞いで、換気もしていない。
もしかして、一酸化炭素中毒というやつか……?
マズい。早く、窓を開けないと……早、く……
「いつも赤スパありがとう! 今日誕生日なんだ? おめでとう! じゃあ、キミのためにハッピバースデーを歌うね」
ノエルの天使の歌声が、徐々に遠くなっていった――
1
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説

男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載


異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる
ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。
アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。
異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。
【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。
αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。
負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。
「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。
庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。
※Rシーンには♡マークをつけます。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる