異世界で吟遊詩人のパトロンになりました

水都(みなと)

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プロローグ

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 寒い。

 隙間風が吹き込む窓と立て付けの悪いドアは、段ボールやビニールテープで塞いだ。
 それでも寒い。

 いよいよ出番かと、四畳半の隅にどかんと陣取っていた石油ストーブを引きずり出す。
 数ヶ月前、ゴミ置き場に捨ててあった古い石油ストーブだ。
 この部屋は夏は酷暑、冬は極寒。エアコンも扇風機すらない。買う金もない。

 ボロ部屋の主である俺は蓮見楓人ふうと、20歳。
 なんて、ラノベ風に自己紹介するようなたいしたスペックはない。
 金なし、職なし、恋人なし。
 辛うじて家だけはあるが、明日にはホームレスかもしれない。

 灯油がもったいないからストーブを使うのを我慢していたが、そろそろ寒さも限界だ。
 埃を適当に払って、丸いダイヤルを掴んで捻った。チチチチと音がした後、ボッと円柱の芯が赤くなる。
 完全に壊れていたらアウトだったが、なんとか大丈夫そうだ。今年の冬はこれで凌ごう。
 

 ポン、とスマホから通知音がする。
 危ない危ない。そろそろノエルの配信時間だ。

 ストーブの前で寝転がってスマホでYouTubeを開く。
 待機中の画面には、紫がかった長い銀髪にアメジストのような瞳をした青年のイラストが映っている。

 VTuber「紫月しづきノエル」

 眠れない夜に適当にYouTubeを見ていたら、生配信中の彼の動画がオススメに出てきた。
 オタクの厨二心がくすぐられるその外見に惹かれタップすると、ノエルの歌声が流れた。

 今流行りのアニソンを伸びやかに歌う彼の声は、艶やかで魅惑的で、男の俺でも一気に虜になった。
 見目麗しいガワに負けないほど、ノエルの声は中性的で天使のように美しかった。

 すぐにチャンネル登録し、過去の動画も見漁った。生配信も必ずチェックしてる。
 歌枠はもちろん、ゲーム実況も雑談も楽しかった。

 しかし、彼はもうVTuberとして大手で、同接もかなりのもの。
 チャット欄は滝のように流れていき「初見です」と呟いたところで、拾われることはない。

 気づいてほしければスパチャをするしかないが、俺にそんな金はない。
 それでもなけなしの金の中から、俺にとっては大金の1000円を投げた。
「ふーとさん、スパチャありがとう!」
 と言われたときの震えるような感動は忘れられない。
 
 それからは配信のたびに投げ銭をした。
 毎回1000円投げるのはキツく、500円や250円程度のときもあった。
 しかし「ふーと 250円」なんて繊維のような表示は1万円超えの赤スパにどんどん追いやられていく。

「〇〇さん、いつも赤スパありがとう! 最近お仕事大変だって言ってたけどどう? 無理しないでね」
 なんて赤スパリスナーが絡まれているのが羨ましくて仕方ない。
 繊維客と赤スパの太客とは、当然だが扱いが違う。

 俺ももっと認知されたい。ノエルと会話がしたい。赤スパを投げたい。
 でも俺には、金がない。

 金さえあれば……


 部屋が温まってきたからか、眠くなってきた。今日もバイトがキツかったからな。
 配信開始まで後10分。少しだけ……5分だけ寝るか……
 




 息苦しさに目が覚める。頭がクラクラして吐き気がした。

 ヤバい。これはヤバいと本能が訴えている。
 俺のすぐ傍では、石油ストーブの芯が赤々と燃えていた。

 寝落ちして何分経った?
 部屋の隙間は全部塞いで、換気もしていない。
 もしかして、一酸化炭素中毒というやつか……?

 マズい。早く、窓を開けないと……早、く……

「いつも赤スパありがとう! 今日誕生日なんだ? おめでとう! じゃあ、キミのためにハッピバースデーを歌うね」

 ノエルの天使の歌声が、徐々に遠くなっていった――
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