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12.カウントダウン
しおりを挟む3月27日。
碧さんはブルームーンのオーディションに向かった。
大丈夫、碧さんがブルームーンになる未来は決まっているのだから。
頭ではそう思っているはずなのに、身体は正直だった。
家で待っていても仕方がないのだからとバイトを入れてしまったが、失敗した。
朝からずっとそわそわして、ミス連発でお客に怒られ店長に怒られ、最終的に「大丈夫か? 何かあったのか?」と心配されてしまった。
今まで未来が変わるようなことは1度もなかった。でもその1度目が今回だとしたら……
結局、早々に上がらせてもらうことになり、家で碧さんの帰りを待つことにした。
一度だけメールで「今終わったよ。合否は3日後だって」と連絡がきた。
オムライスは合格発表の日に作るとして、今日は違うものを用意する。碧さんはこれから別のアフレコだそうだ。
でも3日後ということは3月30日。今月2度目の満月、そして今年2度目のブルームーンの日じゃないか!
次のブルームーンで恐らく、俺は2023年に強制送還されるだろう。碧さんにはオーディションに集中してほしくて、まだ何も伝えていない。オムライスの約束だけは果たしたいのだが。
「ただいまー」
「おかえりなさいどうでした!?」
帰って来た碧さんにノータイムで飛びつく。
碧さんは呆れたように笑いながら、まあまあと俺を宥める。
「結果はまだってメールしたじゃん」
「そうですけど、手応えとかどうだったのかと」
「悪くない、とは思うよ。でも他の役も振られたから、ブルームーンでは受からないかも」
「そんなことはないです!」
食い気味に言ってしまい、碧さんがちょっと引いてる気がする。ヤバい、不安が空回りしてる。
「すみません。俺の方が心配になっちゃって」
「綾介くんがそんなテンパっててくれると、逆に冷静になれるね」
碧さんの顔に後悔や不安はなかった。
きっとやり切れたのだと思う。後は運を天に任せるだけだ。どうか未来が変わらないように。
「お腹空いてますよね? 夕飯できてますよ」
「ありがとう。3日後のオムライスも楽しみにしてるからね」
胸がヒリヒリするように感じる。
そろそろ、碧さんに話しておかないと。
立ち上がりかけた腰を落とし、碧さんに正座して向き直る。
「碧さん、お話があるんですけど」
「なに? 大事な話っぽい?」
あまり重い話にしたくなかったのだが、つい力が入ってしまった。明らかに碧さんが身構えてる。
「実は急な話なんですが、実家に帰らなくちゃいけなくなりまして」
「え……もしかして、家族に何かあった?」
親と折り合いが悪くて帰れないみたいな設定にしていた。碧さんには申し訳ないが、嘘をつかせてもらう。
「家出同然に出てきて親とは連絡取ってなかったんですけど、姉が仲裁に入ってくれて。それでちょっと帰って来いと言われまして」
ごちゃごちゃした言い訳だったが、親の病気や危篤とかで過剰に心配させたくはなかった。
信じてくれたようで、碧さんが神妙な顔で頷いた。
「話せるなら帰った方がいいね。親とのわだかまりなんて、ない方がいいから。すぐ帰るの?」
「3日後には、帰ろうかと」
3日後……と碧さんが小さく呟いて、それから視線を落とした。
「帰ったら、もうここへは戻ってこないの?」
「……そう、なるかと」
碧さんが黙り込んで、時計の音がやたらと大きく聞こえた。
耐え切れず、無駄に明るい声を出してしまう。
「合格の連絡っていつなんですか? 夜に出ようと思ってるんですけど」
「夕方にはマネージャーが連絡くれるって言ってるけど」
「それなら間に合うと思います」
そう言うと、碧さんが顔を上げてくれた。
いつもキレイな瞳が、ほんの少し赤く見える。
「一緒にオムライス、食べましょう」
「うん!」
子供みたいに大きく頷く碧さんにホッとする。約束だけは果たしていきたかった。
今生の別れじゃない。13年後にだって碧さんはいる。
だけど、こうして近くで対等に話せることはもうない。2023年の碧さんは俺より13歳も年上で、大人気声優という雲の上の存在だ。
一緒に喋ったり、一緒にご飯を食べたりすることなんて、絶対にできない。
何を悲観的になっているんだ。それが当り前じゃないか。
もっと早くファンになっていればという夢が叶って、デビュー間もないころから推しを応援できた。ボーナスステージを貰ったようなものだ。
アニメで碧さんの声を聴くだけで幸せだった。その当たり前の日常にもどるだけだ。
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