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11.約束
しおりを挟む「どう?」
「そうですねぇ……」
碧さんは、帰ってきてからずっとブルームーンのセリフを練習していた。「聞いてほしいんだけど」と頼まれ、意見を求められている。
ブルームーンのセリフを生で聞けるなんてと無責任に喜んでいたが、何か違和感がある。本物だから何もおかしくないはずなのに、何が違うのだろう。
「ちょっと軽い? 感じがしますかね」
「結構声低くしてるつもりなんだけど、もっと下げた方がいい?」
「いや、声の高さって言うよりなんていうか……もっとミステリアスな感じと言いますか」
初めての青年役ということで、碧さんは一生懸命慣れない低音ボイスを作っている。
でも恐らく、問題は声のトーンじゃない。演技だ。
しかし、ド素人の俺にはそれをなんて伝えればいいのかわからない。このオーディションで碧さんはブルームーンに受かるのだから、今演技力が足りないとも思えない。
必要とするのは理解力? 読解力? ブルームーンへの興味関心だろうか。
「ブルームーンは何度も時空をループしていて、その世界線によっては主人公のまひろと出会えないこともあったんですよね。出会えてもまひろを救えないこともあった。今回ようやく出会えたけれど、また救えないかもしれない。喜びと不安、悲しみや憤りが[[rb:綯 > な]]い交ぜになっているわけですよ。そして独りで戦い続け、永遠とも呼べる時間を生きてきた運命を」
つらつらと話してしまったが、碧さんの視線を感じ我に返る。
いかん、オタクの悪いところが出た。
「……と、資料に書いてありました」
「そこまで詳しく書いてなかったよ。すごいね、あの短い説明だけでそこまで読み取れるんだ」
資料には名前と見た目年齢(18歳くらい)、そして「まひろを救うために、悠久の時をループしている孤高の青年」の一文のみ。オーディション用のセリフも多くはない。
でも俺はスノードロップのテレビ放送、劇場版2作、OVA、コミカライズ、ノベライズ、ファンブック、すべてに目を通して、何度も考察してきた。
2010年の時点では製作スタッフよりもブルームーンのことを知っている自負がある。
書いてないことまで伝えるわけにはいかないが、最大限碧さんには感じ取ってもらいたい。彼の孤独、そして運命を。
碧さんは口元に手を当てて、しばらくじっと考え込んだ。長い睫毛を伏せると、世界の音が消えてしまう。
「僕はずっと、君を待っていた」
囁くようなその声は、ブルームーンだった。
「……っ」
「綾介くん!?」
目の前が滲んで、息が詰まった。
彼に出会ったあの日の記憶が、胸に押し寄せてきた。
「すみません……ちょっと、感動しちゃって」
「そんなに!? 綾介くんは感受性豊かだなぁ。キミがブルームーンやった方がいいよ」
「いや、滅相もない……」
目頭を押さえると、瞼の奥に浮かぶブルームーンを感じる。
そっと目を開けると、碧さんが心配そうに見上げていた。なんとか笑って誤魔化す。
「でもすごいです。さっきまでと全然違いましたよ。碧さんじゃなくて、ブルームーンが喋っているようでした」
「最初はブルームーンの境遇を自分だったらどう思うか考えたんだよね。でも、大事なのは俺に引き寄せることじゃない。彼の気持ちを理解することかと思って」
「なりきる、ってことですか?」
「ちょっと違う、かな。ブルームーンの言葉を俺が代わりに言わせてもらってる感じ。直接聞くことができないから、俺がブルームーンの気持ちを汲み取ってあげないと」
わかったようなわからないような。俺は声優じゃないからあまりピンとこない。
でもとにかく、碧さんはブルームーンを掴めたんだ。
「絶対合格できますよ」
力強くそう言うと、碧さんが照れ臭そうに下を向いた。
「お願いがあるんだけど」
「はい、なんでも言ってください」
「合格したら……合格しなくてもさ、またオムライス作ってくれる? 今度は冷めないうちに食べるから」
はにかみながら見つめてくる、その姿も声もまるでピュアな少年のようだ。
この人にはこれからも、声優界の荒波が待ち受けているだろう。俺がずっと傍にいて支えたい、応援したい。
でもそれは、叶わぬことだから。
「とびっきり美味しいの作ります」
「ありがとう、綾介くん」
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