12 / 23
8.好きな人
しおりを挟む
碧さんは吹っ切れたのか、帰宅するとまた仕事の話をしてくれるようになった。
「最近アフレコ慣れてきたからか、演技がパターン化してた気がする。もっと役のことを考えて理解して、セリフに書いてあるもっと奥のことを理解してやらないと」
前よりも真摯で、前よりも生き生きとしている気がする。
どんなに少ないセリフでも、台本を読んで考えている時間が増えた。
声優としての碧さんの黎明期。傍で応援することができて嬉しい。このまま帰れなくてもいいような、そんな気の迷いを起こしてしまいそうになる。
今日の碧さんは、いつも以上に長いこと台本を読みふけっていた。
深夜をまわっても、布団に潜って三色ボールペン片手にずっと台本を見ている。
「あ、ごめん。電気消していいよ」
寝ようとした俺に気づき、ケータイのライトをつけようとしている。目が悪くなりそうだ。
「いいですよ、まだ電気つけときます。でも寝なくていいんですか?」
「うん、もうちょっとだけ。今回の役、気持ち作るの大変でさ」
碧さんが台本を置いて起き上がった。俺も並べた寝袋の上に座り込む。
「どんな話なんです?」
「パニック映画。俺は人類滅亡の危機の中で、恋人をどうにか助けようとする役なんだけど」
ふと俺を見つめて、からかうように笑う。
「言っとくけど、恋人って男じゃないよ。普通に女の子」
「わかってますよ。でもそんなに悩んでるってことは、重要な役なんですね」
「映画全体からすると、出番は多くないけどね。けど、愛を囁いたりするのとか意外と初めてなんだ。BLだと俺って受けじゃない? だから恋愛に対しても受け身で、好きだとか愛してるとか言われる側だったから。どう言ったらいいのかわかんなくて」
碧さんがそっと目を伏せた。
「俺、人のこと……そういう意味で好きになったことなくてさ。女にも男にも恋愛的に興味ないっていうか。だから恋をしたり、大切な人がいる役の気持ちがよくわからなくて。恋愛するのも役者には必要だって聞くけど、そのためだけに恋愛するのも違うというか。ってか、無理に誰かを好きになれるわけないし」
一呼吸置いて、碧さんがゆっくり、でもはっきり呟く。
「でも最近、わかってきた気がする」
胸の奥が小さく疼いた。
13年後も碧さんは独身だ。だからといって、こんな素敵な人にずっと彼女がいないわけがない。
学生の頃とは比べ物にならない、魅力的な女性とたくさん出会える仕事をしているんだ。恋心が芽生えないわけがないだろう。
「誰か好きな人、できたんですか?」
聞きたくない。けど、聞かずにもいられない。
碧さんは膝に頬杖をつくと、ふふんと口角を上げてみせた。
「誰だと思う?」
「ぼ、僕の知ってる人なんですか?」
「さあ、どうだろうね」
この時点で碧さんと共演してる女性声優って誰だ?
俺はガチ恋じゃないという理性は吹っ飛び、いろんな名前がグルグルと頭を駆け巡る。
「やっぱり今日はそろそろ寝ようかな。電気消すよ~」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
電気と共に俺の問いかけもシャットアウトされてしまう。
碧さんの寝息が聞こえてきても、なかなか寝付けなかった。
「最近アフレコ慣れてきたからか、演技がパターン化してた気がする。もっと役のことを考えて理解して、セリフに書いてあるもっと奥のことを理解してやらないと」
前よりも真摯で、前よりも生き生きとしている気がする。
どんなに少ないセリフでも、台本を読んで考えている時間が増えた。
声優としての碧さんの黎明期。傍で応援することができて嬉しい。このまま帰れなくてもいいような、そんな気の迷いを起こしてしまいそうになる。
今日の碧さんは、いつも以上に長いこと台本を読みふけっていた。
深夜をまわっても、布団に潜って三色ボールペン片手にずっと台本を見ている。
「あ、ごめん。電気消していいよ」
寝ようとした俺に気づき、ケータイのライトをつけようとしている。目が悪くなりそうだ。
「いいですよ、まだ電気つけときます。でも寝なくていいんですか?」
「うん、もうちょっとだけ。今回の役、気持ち作るの大変でさ」
碧さんが台本を置いて起き上がった。俺も並べた寝袋の上に座り込む。
「どんな話なんです?」
「パニック映画。俺は人類滅亡の危機の中で、恋人をどうにか助けようとする役なんだけど」
ふと俺を見つめて、からかうように笑う。
「言っとくけど、恋人って男じゃないよ。普通に女の子」
「わかってますよ。でもそんなに悩んでるってことは、重要な役なんですね」
「映画全体からすると、出番は多くないけどね。けど、愛を囁いたりするのとか意外と初めてなんだ。BLだと俺って受けじゃない? だから恋愛に対しても受け身で、好きだとか愛してるとか言われる側だったから。どう言ったらいいのかわかんなくて」
碧さんがそっと目を伏せた。
「俺、人のこと……そういう意味で好きになったことなくてさ。女にも男にも恋愛的に興味ないっていうか。だから恋をしたり、大切な人がいる役の気持ちがよくわからなくて。恋愛するのも役者には必要だって聞くけど、そのためだけに恋愛するのも違うというか。ってか、無理に誰かを好きになれるわけないし」
一呼吸置いて、碧さんがゆっくり、でもはっきり呟く。
「でも最近、わかってきた気がする」
胸の奥が小さく疼いた。
13年後も碧さんは独身だ。だからといって、こんな素敵な人にずっと彼女がいないわけがない。
学生の頃とは比べ物にならない、魅力的な女性とたくさん出会える仕事をしているんだ。恋心が芽生えないわけがないだろう。
「誰か好きな人、できたんですか?」
聞きたくない。けど、聞かずにもいられない。
碧さんは膝に頬杖をつくと、ふふんと口角を上げてみせた。
「誰だと思う?」
「ぼ、僕の知ってる人なんですか?」
「さあ、どうだろうね」
この時点で碧さんと共演してる女性声優って誰だ?
俺はガチ恋じゃないという理性は吹っ飛び、いろんな名前がグルグルと頭を駆け巡る。
「やっぱり今日はそろそろ寝ようかな。電気消すよ~」
「あ、ちょ、ちょっと待ってください!」
電気と共に俺の問いかけもシャットアウトされてしまう。
碧さんの寝息が聞こえてきても、なかなか寝付けなかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
私の余命は、あと三年と三ヶ月。嘘っぱちの無関心と、苦し紛れの嘘。私の存在が消える前に、どうか、最も美しい「死に様」を教えてください。
茉丗 薫
青春
哀しみと、苦しみと、切なさと。
私と、心を覆う『膜』を隔てた向こう側の『世界』と。
みんな私のことなんて、ほとんどわかってないのに……。
これ以上、傷つけないで。
苦しめないで。
どうか、安らかに、逝かせて……。
あぁ、でも。
ただ無意味に、誰の記憶にも残らないままに死んでいくのは、ちょっと。
なんていうか、悲しいし、いやだなぁ――。
隣の家の幼馴染は学園一の美少女だが、ぼっちの僕が好きらしい
四乃森ゆいな
ライト文芸
『この感情は、幼馴染としての感情か。それとも……親友以上の感情だろうか──。』
孤独な読書家《凪宮晴斗》には、いわゆる『幼馴染』という者が存在する。それが、クラスは愚か学校中からも注目を集める才色兼備の美少女《一之瀬渚》である。
しかし、学校での直接的な接触は無く、あってもメッセージのやり取りのみ。せいぜい、誰もいなくなった教室で一緒に勉強するか読書をするぐらいだった。
ところが今年の春休み──晴斗は渚から……、
「──私、ハル君のことが好きなの!」と、告白をされてしまう。
この告白を機に、二人の関係性に変化が起き始めることとなる。
他愛のないメッセージのやり取り、部室でのお昼、放課後の教室。そして、お泊まり。今までにも送ってきた『いつもの日常』が、少しずつ〝特別〟なものへと変わっていく。
だが幼馴染からの僅かな関係の変化に、晴斗達は戸惑うばかり……。
更には過去のトラウマが引っかかり、相手には迷惑をかけまいと中々本音を言い出せず、悩みが生まれてしまい──。
親友以上恋人未満。
これはそんな曖昧な関係性の幼馴染たちが、本当の恋人となるまでの“一年間”を描く青春ラブコメである。
医者兄と病院脱出の妹(フリー台本)
在
ライト文芸
生まれて初めて大病を患い入院中の妹
退院が決まり、試しの外出と称して病院を抜け出し友達と脱走
行きたかったカフェへ
それが、主治医の兄に見つかり、その後体調急変
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -
設樂理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる