ブルームーンの時を超えて~13年前の推しに逢いました~

水都(みなと)

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7-3.

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「碧さん!」

 屋上に辿り着く寸前、声を張り上げた。
 月明かりに照らされた影が、ビクッと震えて振り返るのが見える。

「綾介くん!? なんで、ここに」

 碧さんが目を丸くしているのが見えたが、その問いになかなか答えられない。息切れと安堵と悲痛が喉をつかえる。

「早まらないでください」

 なんとか声を絞り出し、碧さんの元へ駆け寄る。
 呆然としている碧さんの両肩を掴んだ。震えてる……のは、俺の手だ。

「綾介くん?」
「生きてれば絶対にまたチャンスはあります。今辛くても明日まで、明後日まで耐えればきっと希望はあります。まだあなたの命は奪われていない。碧さんは生きなきゃいけない理由がある。だから」
「ま、待って。たぶん、なんか誤解してると思う」
「え……?」

 冷静に碧さんの表情を見つめると、予想していたような悲壮感はそこになかった。
 困惑してるけど、血色のよい肌が月明かりに照らされて、瞳は柔らかく緩んでいた。

「落ち着いて、ね。俺が自殺でもすると思った?」
「……しないんですか?」
「しないよ。逆になんでそう思ったの」
「オーディション落ちたの、悩んでいるようだったので」
「それで死んでたら、俺は命が100個あっても足りないよ。オーディションなんて落ちるのが当たり前なんだから。まあSilk Roadは原作好きだったから、ショックではあったけどさ。でもそれより、あれだけ浮かれた醜態晒した挙句ケンカまでしたのに不合格って、ばつが悪いったらないよね」
「そ、そうですか……」

 体中の力が抜けて、碧さんにしがみついた両手がするりと滑り落ちる。へなへなと座り込んだ俺に、慌てて碧さんがしゃがみ込む。

「大丈夫? そんな心配してたの」
「だって碧さん、全然帰ってこないし連絡も取れなくて……」
「え、ウソ」

 碧さんがポケットからケータイを取り出して、何度もボタンを押した。

「ごめん、収録の後電源つけるの忘れてた。今何時?」
「20時をだいぶ過ぎているかと」
「うっわ! そんな時間になってたの!? 俺ボーっとしてて。ホントごめん!」

 何度も謝る碧さんに、俺は片手を振った。

「いいんです、俺が勝手に心配してただけなんで。とにかく、無事でいてくれてよかった」
「綾介くん……」

 おーい! と男の声が聞こえた。振り返ると、スーツ姿の男性がこちらに歩いてくる。

「君島、まだいたのか? もう下も閉めるぞ」
「すみません。今帰ります」

 ほら立って、と碧さんに引っ張り起こされる。

「俺のマネージャーさんなんだ」
「マネージャーさん!? なんで」
「このビル、うちの事務所だよ」

 ここが!?
 顔を上げると、マネージャーさんが「誰?」という視線を碧さんに向けている。

「彼氏です」
「はッ!? な、何言ってるんですか!」

 でも驚いてるのは俺だけで、マネージャーさんは呆れた顔を浮かべた。

「ついに男好きキャラになったのか?」
「どうせ言われるなら乗っかっておこうかと思いまして」

 碧さんがぺろりと舌を出した。なんだ、冗談か。そうに決まってるけど。
 お疲れさまでしたとマネージャーさんに一礼して、碧さんが俺の手を取った。冷たい。
 
「帰ろうか、綾介くん。夕ご飯、まだ残ってる?」
「はい、もちろん。すぐ温め直します」
「じゃあ、急いで帰ろう。僕もお腹空いた」

 カンカンと音を立てながら、鉄階段を碧さんと下りて行った。


 アパートに帰り、温め直したオムライスとミネストローネを食べる。
 上着も着ずに走り回った身体に、熱が戻ってきた。碧さんもあっという間に平らげてくれた。おかわり作っておくんだった。

「俺さ、悩んでたのは本当なんだよね」

 食べ終わると、碧さんがぽつりと零す。
 それはそうだろう。1時間か2時間かわからないが、帰ることも忘れてぼーっと夜空を見上げていたんだから。

「声優、辞めようかなって」
「え!?」
 
 悩み事どころか、一足飛びに衝撃発言だ。

「もともと親には反対されててさ。俺高校出てすぐ養成所入っちゃったから、今でも『大学行け』って言われてんだよね」
「で、でも、碧さんまだハタチですよね。芸歴2年目じゃないですか。夢を諦めるには早すぎます」
「ダラダラ夢を追うより、早いとこ見切りをつけた方がいいって考え方もあるけど?」
「それにしたって早すぎます! 絶対続けた方がいいです!」

 今碧さんが辞めてしまったら、スノードロップはどうなる!? 碧さん以外にブルームーンをやれる人なんていない!

「一生に一度の人生なんですから、本気でやり切ったと思えるまでやった方がいいです。人生いつ死ぬかわからないんですよ。もし夢を諦めて死んでしまったとして、碧さんは後悔しないんですか? 今際の際にもっとやっておけば良かったと思ったって遅いんですよ」

 ヒートアップした俺に気圧されたのかドン引いたのか、碧さんが息を飲んだ。
 
「そっ、か……。そうだよね」

 碧さんがキツく目を閉じた。少しして、パッと見開いた碧さんの瞳の奥には何かが燃えていた。

「ありがとう。もっと、本気で頑張ってみるよ」
「はい! きっともうすぐ良い結果が出ますから!」
「見てきたようなこと言うじゃん。信じちゃうよ~」
「信じてください!」

 未来を知っているとは言えないけど、碧さんを応援したい気持ちは本物だ。気持ちは伝わっているはず。伝わっていてほしい。

「信じるよ」

 澄んだ瞳が、俺をまっすぐ見つめてくる。

 まだ一部にしか見つかっていない碧さんの声。このまま俺が独り占めしてしまいたい。
 でも、そんなことはできない。碧さんの声は大勢の耳に届くようになり、あの日の俺を救ってくれるのだから。
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