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 何とも言えない気持ちで、用意してた夕飯をテーブルに並べた。かさ増しして、煮込み時間も短縮で電気代もかからない節約レシピ。

「やった! ハンバーグ!」

 テンションの高い碧さんが箸でハンバーグに切れ目を入れた。
 できればオーディション落選を慰めるために出したかったが、テープ審査合格のお祝いになってしまった。

  食べてる間も、ずっとSilk Roadの話が続く。審査用のテープを何度も取り直した、でもウィンのセリフが1番手応えがあった。マネージャーもいけると言ってくれてる。

 そんな碧さんに圧倒されながら、ハンバーグを口に運ぶ。

 正直、ファンとしてもこんな浮かれている碧さんを見るのは初めてだ。
 13年後の碧さんはラジオやイベントでもいつも落ち着いていて、特別「この作品に出たかった」「このキャラができて嬉しい」と言うことすらほとんどない。穏やかでクールな、そんな人だ。

 でも今の碧さんは俺と同じ20歳。若いってことなんだろう。

 本当に俺がこの時代の人間だったらよかったのに。
 そしたら未来のことも知らず、全力で応援して、一緒に落ち込むことができたのに。

「もし落ちたとしても、別のところで絶対いい作品に出会えますよ」

 思わず口を挟んでしまった。期待が膨らめば膨らむほど、ダメだった時のダメージは大きい。碧さんのダメージをどうにかして減らしたかった。

 碧さんが僅かに眉間に皺を寄せる。

「綾介くんは、俺が落ちると思ってんの?」
「そういうわけじゃ……でもこういうのは、実力というか運もあるでしょうし」
「言霊ってあるじゃん。そんなこと言われると、それこそ運が落ちそうなんだけど」

 明らかにムッとした顔をして、碧さんが黙り込んだ。

 俺だってわかってる。合否がかかっているときに「落ちる」なんて禁句だ。
 けど、碧さんの中に落ちる可能性を少しでも入れておかないのは怖い。

 碧さんは残りのハンバーグを手早く口に詰め込んだ。
 立ち上がると、鞄を掴む。

「碧さん? やっぱり行くんですか」
「先寝てていいから」

 バタン、と乾いた音と共に玄関のドアが閉まった。
 しまった。完全に怒らせた。
 
 放っておくことはできないけど、追いかけたりしたら逆効果な気がする。
 散々考えて、しばらくしてから碧さんにメールをした。
 
『碧さんの気持ちも考えずに、ごめんなさい』
 
 嘘だ。本当は碧さんの気持ちを考えたからこそ、保険をかけるようなことを言ってしまった。
 碧さんの傷を少しでもやわらげたかった。
 
 微動だにしないスマホを握りしめ、暗い画面を穴が開くほど見つめた。
 何時間経っても返事は返ってこない。既読スルーなのか未読スルーなのか、確認する術はない。

 明け方まで待ち続けたが、碧さんは帰ってこなかった。
 いつの間にか寝落ちしていたらしい。目が覚めるとメールがきていた。

『綾介くんなら応援してくれると思ったのに』

「碧さん……」

 全部俺のエゴだったと、気づくのが遅すぎた。

 未来を知ってる俺は、この先碧さんがどれだけ数多くの作品に出演するかを知ってる。
 それに今年は『スノードロップ』だってある。Silk Roadのオーディションなんて、未来の碧さんからすれば些細なことに拘ってほしくない。

 でも『今』の碧さんに、そんなことは関係なかった。
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