ブルームーンの時を超えて~13年前の推しに逢いました~

水都(みなと)

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 ホッとしている俺に、碧さんの声が飛んでくる。
 
「ところで綾介くん、もしかして俺のBLゲーやったことある? 楓の王子ってやつ」
「は……はい」
「他のBL作品も、聞いたことあるんだよね?」
「ありま、す」

 膝の上で握った拳に視線を落として、絞り出すようにして答えた。耳まで熱くなってるのを感じる。

 この期に及んで嘘をついても仕方ないが、なんだこの羞恥プレイは。

 でも俺はただファンとしてBLを楽しんでいただけだ。けして、碧さんの声を変な気持ちで聞いているわけじゃない。

「綾介くん」
「っ!」

 いつの間に、碧さんが俺の真横に移動していた。
 いたずらっぽい笑みで、俺を上目遣いに見つめている。思わず心臓が跳ねて、また拳に視線を落とした。それなのに、碧さんはなぜか俺に顔を近づけてくる。

「俺のやらしい声、いっぱい聞いたことあるんだ?」
「や、やらしいって……」
「俺が喘いでる声聞いて、Hな気持ちになっちゃった?」

 何を言ってるんだこの人は!?
 ぐいぐいと近づいてくる碧さんから身体を離そうとすると、腕を掴まれて引き戻された。

「なんで逃げんの? 俺のこと好きじゃない?」
「お……っ、男にそんなこと思われるの、嫌なのではっ?」
「好きでもないおじさんたちからセクハラされるのは嫌だけど。綾介くんだったら、いいよ」
 
 いいよって! 何が!

「こっち見てよ」

 碧さんの指が俺の顎にかかり、顔を向けさせられる。
 目の前に碧さんの目が、唇がある。キスでも、できそうなほどに……

「ふっ……ははははっ」

 突然、碧さんが笑い出した。

「じょーだんだよ。ドキドキした?」

 じょ、冗談? からかわれた?
 呆然としてる俺の前で、碧さんがケラケラと笑い続けている。

「勘弁してくださいよ……」
「ごめんごめん」
 
 碧さんの白い肌がほんのり赤くなってる。心臓に悪いが、碧さんが元気になってくれたのならまあ、いいか。

 散々笑ってから、碧さんが「はーあ」と片膝を立てて座り直した。

「BLは今後も極めていきたいけど、やっぱりそれだけじゃね。他の作品も出られるように頑張るよ」
「碧さんなら、きっとすぐに売れっ子になりますよ」
「そんなテキトーなこと言って」

 適当じゃない。来年には『スノードロップ』で碧さんの人気が爆発するのを俺は知ってる。

「そういえば、今度アニメのオーディション受けるんだ。原作人気あるからアニメもヒット間違いなしで、マネージャーからも頑張ってくるようにって言われてるんだよね」
「へえ、なんて漫画ですか? 俺も知ってるかな」
「それ」

 碧さんが含むように笑って、部屋の隅にある漫画本を指さした。

「まだ秘密なんだけど『Silk Road』アニメ化するんだよ」

 あのSilk Roadのオーディション!
 すごい時代にきたもんだ。国民的アイドルのデビュー前夜を知るような高揚感だ。

 しかし、碧さんがSilk Roadに出ていたなんて聞いたことがない。
 wikiの出演情報にも載っていなかったし、そもそも俺だってずっとSilk Roadを見ていたのだから、知らないわけがない。

「原作ずっと読んでたから絶対出たいんだ。何役か受けるつもりだけど、1番やりたいのはウィンかな。俺かわいい系の役ばっかりだからさ、この機会にカッコイイ役を開拓できたらなぁって」

 ウィンは二丁拳銃を使うガンマンだ。ハードボイルド風味なキャラで、男性人気が高い。

 目を輝かせて語る碧さんに、胸が痛かった。
 だってウィンは別の人がやると知っているから。ウィンじゃなくても、碧さんがSilk Roadにキャスティングされることはない。

 こんなに夢に向かって希望を抱いてるのに不合格になんてなったら、とんでもなく落ち込むだろう。どうにかして、碧さんが合格する未来に変えられないだろうか。

 いや、そんなことをしたら合格するはずだった声優さんはどうなる。それはダメだ。
 未来は変えられない。それにきっと、変えちゃいけない。大きなことでも、小さなことでも。

 だけど……

「絶対合格するからさ。そしたらお祝いにご馳走作ってよ!」
「は、はい……頑張ってください」

 頑張ってもダメだとわかっているのに、こんな笑顔を向けられたら応援するしかなくなってしまう。
 この笑顔を曇らせたくなんてないのに。
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