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5-1.BL界の姫様

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 それから、しばらく居候生活は続いた。

 俺の役割は掃除、洗濯、料理など家事全般。
 それから13年後と同じく、空いてる時間にコンビニでバイトをすることにした。
 コンビニでやることは特に変わりなく、むしろ13年前はやることも少なくて楽なくらいだ。これで少しは食費の足しになる。

 ある日、帰ってきた碧さんの様子がおかしかった。珍しくイライラしているというか、不機嫌そうに見える。

 今日はドラマCDの収録と聞いていたけど、何かあった?
 いや、俺のせいかもしれない。

 碧さんに甘えて2週間以上も居候している俺に、いい加減嫌気が差してきた可能性はある。

「すみません」
「え……?」

 夕食中、何を話しても上の空だった碧さんが、やっと俺の目を見てくれた。

「碧さんに甘えてずっと居候してて。近いうちに出て行きますから、ホントに」
「いやいや、待って。何、急に……」
 
 キョトンとした碧さんが、何かに気づいたように手で顔を覆った。

「俺、すっげえ機嫌悪かったよね。ごめん。ちょっと仕事で嫌なことがあって、イライラしてただけ。綾介くんのせいじゃないから」

 少しホッとしたが、聞き捨てならない。仕事で嫌なことくらいあるだろうが、今まで家でそんな顔をしていたことはなかったのに。

「俺でよかったら、愚痴でもなんでも零してください。声優さんの仕事のことは俺にはわかりませんけど、でも聞くだけならできますから」

 碧さんと暮らしてから、愚痴や弱音を聞いたことがなかった。
 俺に言えない話も多いんだろうが、でも何か吐き出したいことがあれば同業者じゃないからこそ聞けることだってあるはずだ。

 碧さんが苦笑を漏らす。

「ありがと、綾介くん」

 そこから少し黙り込んで、碧さんはうつむき加減にぽつりと呟いた。

「今日、ドラマCDの収録だったんだよ」
「最近ドラマCD多いですね。この前も確か」
「ほぼBLだけどね。今回のもそうだけど、元々ゲームだったのが番外編のCD出ることになって」

 BLゲームからドラマCD。
『楓の王子』だ! 18禁のPCゲーム。

 碧さんは主人公の楓役。攻略対象4人の攻め相手に、所謂総受けとなる。
 攻め役の4人の声優は既に売れっ子だったが、碧さんは先輩たち相手に可愛いけれど芯が強い王子を熱演していた。

「ゲームの収録は1人だけど、ドラマCDは全員で収録したんだ。先輩たちと芝居で絡めることは嬉しいし、勉強になるんだけど……」

 碧さんが険しい顔で拳を握った。こめかみがピクついている。

「収録の合間とかに『女の子みたいな声だね』『ちょっと喘いでみせてよ』『本当にシたことあるんじゃない?』とか言ってくんだよあいつら! 男から男ならセクハラにならないとでも思ってんのか、あのおっさんども!」

 プロの発声による大声は伊達じゃなく、碧さんの声が腹の底まで響いてきた。ガンッと机を叩くと、テーブルの上のペットボトルが倒れる。

 呆気に取られていると、碧さんが深く息を吐いた。

「ごめん、大声出して」
「い、いえ! 大変ですよね、職場でのそういうことって。相手が先輩だと拒否することも難しいでしょうし」
「そうなんだよ。はらわた煮えくり返ってたけど、なんとか我慢した。ボールペン2本へし折ったけど」

 意外とバイオレンスなところもあるんだな。いくらキレイな顔でかわいい声をしていたって、そこは20代の男なんだと思い直す。

「やっぱり嫌ですよね。BLなんて……」

 BLに喜んで出てる男なんていないとわかってはいた。
 特に碧さんは受けばかりだから、男として抵抗がないわけがない。その上共演者からセクハラなんてされれば余計だ。

 無邪気に碧さんのBL出演をはしゃいでいたことに罪悪感が芽生える。

「別に俺、BLは嫌いじゃないよ」

 え? と碧さんを見ると、スッキリとした顔をしていた。

「こんな新人を主演にしてもらって、あんな長台詞喋らせてもらえるなんて有り難いことだしさ。妙なこと言われるときもあるけど、でもほとんどの先輩は良い人だから」
「そ、そうなんですね」
「安心して、嫌々出てるわけじゃないから。俺は結構突き詰めたくなるタイプだし、そのうち『BLと言えば君島碧』って言われるくらいになってみせるよ」

 碧さんの目がキラキラしている。なんてカッコイイんだろう。
 大丈夫、あなたは13年後『BL界の姫様』になりますよ。

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