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3.ゴミ屋敷
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足の踏み場もない。
というのは、まさにこういうことを言うのだろう。
まだまだ駆け出しの新人声優である君島さんが住んでいたのは、ワンルームのアパート。俺が住んでる部屋と変わりないと思うが、玄関まで溢れ出したペットボトルやお菓子のゴミやらなんやらが、部屋中に散乱している。
「ごめんねー、踏んじゃっていいから適当に入って」
「お邪魔します……」
そう言って、君島さんが床に散乱したいろんなものを踏みつけながら部屋に上がって行った。俺はまさか踏みつけられないので、なんとか掻き分けながら獣道のようなものを作っていく。
そういえば、13年後のラジオでも「片付けが苦手。洗い物したくないから紙皿や紙コップ使ってる。若い頃はゴミの分別もわからなくて放置してた」と言っていた。
部屋にあるのはゴミの上に乗った小さいローテーブルと、隅に丸まった布団。それから、上にタオルやら服やら引っ掛けられている小さいテレビがひとつ。
碧さんから借りたコートは、畳んで部屋の隅に置いてみた。
碧さんがゴミを掻き分けてリモコンを発掘し、エアコンの暖房をつけた。エアコンは白を通り越してグレーになっていて、埃が溜まっているのがここからでも見える。
君島さんがローテーブルの上を占領していたゴミを床に払い落とす。
どこに座っていいかわからなかったが、とりあえずテーブルの傍のゴミの上に座った。
「ビックリしたでしょ、ゴミ屋敷で」
「い、いえ、男の1人暮らしなんてこんなもんですよ」
なかなかここまでの人はいないだろうが、上がらせてもらってるんだから精一杯のフォローをする。
「俺今から夕飯食べるけど、新堂くんもなんか食べる? って言っても、カップ麺しかないけど」
「あ、おかまいなく」
君島さんはチリトマトのラーメンを、俺はたぬきうどんを貰うことになった。そういえばラジオで「自炊はしない」とも言ってたっけ。
あの君島さんと向かい合ってカップ麺を啜るというのは、なんとも妙な気分だ。
「新堂くんって、いくつ?」
「ハタチです」
「なんだ、同い年か。それならタメ口でいいよ」
「それは、ちょっと……」
いくら今は同い年でも、君島さんは君島さんだ。タメ口になんてとてもできない。
「俺、敬語がクセなんで。気にしないでください」
「えー、そう?」
不満げに、君島さんがチリトマトのスープをかきまわした。せっかく距離を縮めようとしてくれたのに、悪かったかもしれない。
「じゃあ、あの……碧さんって、呼んでもいいですか?」
「いいよ。俺も綾介くんって呼ぶね」
「はいっ!」
碧さんはトマトスープで赤くなっている唇で、ふふっと笑った。
「見ての通りだから、その辺で適当に寝てもらうことになるけど大丈夫?」
「はい、もちろん! で、でも俺、何もお礼できなくて……」
今の碧さんはまだ生活が楽じゃないはず。そんなところへタダで居候するなんて申し訳なさすぎる。
せめて何かできることがあれば……
「お礼の代わりに、この部屋の掃除と食事作りをさせてもらうってのはどうでしょう?」
なんとか俺でも最低限の掃除と料理くらいはできる。
碧さんが目を丸くして、赤くなった唇を袖で拭った。
「いいの?」
「はい! 碧さんが良ければ」
「こっちからお願いしたいくらいだよ。俺掃除も料理も壊滅的にできなくて。彼女もいないし、ハウスキーパーとか呼ぶ金もなくてさ」
箸を置いた碧さんが、俺の手を握った。
「ありがとう、綾介くん! 行き場が見つかるまで居てくれていいからね」
碧さんの切れ長の茶の瞳が、俺を映し出している。
こんなに嬉しそうな笑顔も「ありがとう」の言葉も、アニメのセリフじゃなくて俺だけに向けられたものだ。
一人暮らしを始めてから仕方なくやっていた掃除と料理。できるようになっておいて良かったと、心の底から思った。
というのは、まさにこういうことを言うのだろう。
まだまだ駆け出しの新人声優である君島さんが住んでいたのは、ワンルームのアパート。俺が住んでる部屋と変わりないと思うが、玄関まで溢れ出したペットボトルやお菓子のゴミやらなんやらが、部屋中に散乱している。
「ごめんねー、踏んじゃっていいから適当に入って」
「お邪魔します……」
そう言って、君島さんが床に散乱したいろんなものを踏みつけながら部屋に上がって行った。俺はまさか踏みつけられないので、なんとか掻き分けながら獣道のようなものを作っていく。
そういえば、13年後のラジオでも「片付けが苦手。洗い物したくないから紙皿や紙コップ使ってる。若い頃はゴミの分別もわからなくて放置してた」と言っていた。
部屋にあるのはゴミの上に乗った小さいローテーブルと、隅に丸まった布団。それから、上にタオルやら服やら引っ掛けられている小さいテレビがひとつ。
碧さんから借りたコートは、畳んで部屋の隅に置いてみた。
碧さんがゴミを掻き分けてリモコンを発掘し、エアコンの暖房をつけた。エアコンは白を通り越してグレーになっていて、埃が溜まっているのがここからでも見える。
君島さんがローテーブルの上を占領していたゴミを床に払い落とす。
どこに座っていいかわからなかったが、とりあえずテーブルの傍のゴミの上に座った。
「ビックリしたでしょ、ゴミ屋敷で」
「い、いえ、男の1人暮らしなんてこんなもんですよ」
なかなかここまでの人はいないだろうが、上がらせてもらってるんだから精一杯のフォローをする。
「俺今から夕飯食べるけど、新堂くんもなんか食べる? って言っても、カップ麺しかないけど」
「あ、おかまいなく」
君島さんはチリトマトのラーメンを、俺はたぬきうどんを貰うことになった。そういえばラジオで「自炊はしない」とも言ってたっけ。
あの君島さんと向かい合ってカップ麺を啜るというのは、なんとも妙な気分だ。
「新堂くんって、いくつ?」
「ハタチです」
「なんだ、同い年か。それならタメ口でいいよ」
「それは、ちょっと……」
いくら今は同い年でも、君島さんは君島さんだ。タメ口になんてとてもできない。
「俺、敬語がクセなんで。気にしないでください」
「えー、そう?」
不満げに、君島さんがチリトマトのスープをかきまわした。せっかく距離を縮めようとしてくれたのに、悪かったかもしれない。
「じゃあ、あの……碧さんって、呼んでもいいですか?」
「いいよ。俺も綾介くんって呼ぶね」
「はいっ!」
碧さんはトマトスープで赤くなっている唇で、ふふっと笑った。
「見ての通りだから、その辺で適当に寝てもらうことになるけど大丈夫?」
「はい、もちろん! で、でも俺、何もお礼できなくて……」
今の碧さんはまだ生活が楽じゃないはず。そんなところへタダで居候するなんて申し訳なさすぎる。
せめて何かできることがあれば……
「お礼の代わりに、この部屋の掃除と食事作りをさせてもらうってのはどうでしょう?」
なんとか俺でも最低限の掃除と料理くらいはできる。
碧さんが目を丸くして、赤くなった唇を袖で拭った。
「いいの?」
「はい! 碧さんが良ければ」
「こっちからお願いしたいくらいだよ。俺掃除も料理も壊滅的にできなくて。彼女もいないし、ハウスキーパーとか呼ぶ金もなくてさ」
箸を置いた碧さんが、俺の手を握った。
「ありがとう、綾介くん! 行き場が見つかるまで居てくれていいからね」
碧さんの切れ長の茶の瞳が、俺を映し出している。
こんなに嬉しそうな笑顔も「ありがとう」の言葉も、アニメのセリフじゃなくて俺だけに向けられたものだ。
一人暮らしを始めてから仕方なくやっていた掃除と料理。できるようになっておいて良かったと、心の底から思った。
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