上 下
3 / 23

3.ゴミ屋敷

しおりを挟む
 足の踏み場もない。

 というのは、まさにこういうことを言うのだろう。
 まだまだ駆け出しの新人声優である君島さんが住んでいたのは、ワンルームのアパート。俺が住んでる部屋と変わりないと思うが、玄関まで溢れ出したペットボトルやお菓子のゴミやらなんやらが、部屋中に散乱している。

「ごめんねー、踏んじゃっていいから適当に入って」
「お邪魔します……」

 そう言って、君島さんが床に散乱したいろんなものを踏みつけながら部屋に上がって行った。俺はまさか踏みつけられないので、なんとか掻き分けながら獣道のようなものを作っていく。

 そういえば、13年後のラジオでも「片付けが苦手。洗い物したくないから紙皿や紙コップ使ってる。若い頃はゴミの分別もわからなくて放置してた」と言っていた。

 部屋にあるのはゴミの上に乗った小さいローテーブルと、隅に丸まった布団。それから、上にタオルやら服やら引っ掛けられている小さいテレビがひとつ。
 碧さんから借りたコートは、畳んで部屋の隅に置いてみた。

 碧さんがゴミを掻き分けてリモコンを発掘し、エアコンの暖房をつけた。エアコンは白を通り越してグレーになっていて、埃が溜まっているのがここからでも見える。

 君島さんがローテーブルの上を占領していたゴミを床に払い落とす。
 どこに座っていいかわからなかったが、とりあえずテーブルの傍のゴミの上に座った。

「ビックリしたでしょ、ゴミ屋敷で」
「い、いえ、男の1人暮らしなんてこんなもんですよ」

 なかなかここまでの人はいないだろうが、上がらせてもらってるんだから精一杯のフォローをする。
 
「俺今から夕飯食べるけど、新堂くんもなんか食べる? って言っても、カップ麺しかないけど」
「あ、おかまいなく」

 君島さんはチリトマトのラーメンを、俺はたぬきうどんを貰うことになった。そういえばラジオで「自炊はしない」とも言ってたっけ。
 あの君島さんと向かい合ってカップ麺を啜るというのは、なんとも妙な気分だ。
 
「新堂くんって、いくつ?」
「ハタチです」
「なんだ、同い年か。それならタメ口でいいよ」
「それは、ちょっと……」

 いくら今は同い年でも、君島さんは君島さんだ。タメ口になんてとてもできない。

「俺、敬語がクセなんで。気にしないでください」
「えー、そう?」

 不満げに、君島さんがチリトマトのスープをかきまわした。せっかく距離を縮めようとしてくれたのに、悪かったかもしれない。

「じゃあ、あの……碧さんって、呼んでもいいですか?」
「いいよ。俺も綾介くんって呼ぶね」
「はいっ!」

 碧さんはトマトスープで赤くなっている唇で、ふふっと笑った。

「見ての通りだから、その辺で適当に寝てもらうことになるけど大丈夫?」
「はい、もちろん! で、でも俺、何もお礼できなくて……」

 今の碧さんはまだ生活が楽じゃないはず。そんなところへタダで居候するなんて申し訳なさすぎる。
 せめて何かできることがあれば……

「お礼の代わりに、この部屋の掃除と食事作りをさせてもらうってのはどうでしょう?」

 なんとか俺でも最低限の掃除と料理くらいはできる。
 碧さんが目を丸くして、赤くなった唇を袖で拭った。

「いいの?」
「はい! 碧さんが良ければ」
「こっちからお願いしたいくらいだよ。俺掃除も料理も壊滅的にできなくて。彼女もいないし、ハウスキーパーとか呼ぶ金もなくてさ」

 箸を置いた碧さんが、俺の手を握った。

「ありがとう、綾介くん! 行き場が見つかるまで居てくれていいからね」

 碧さんの切れ長の茶の瞳が、俺を映し出している。
 こんなに嬉しそうな笑顔も「ありがとう」の言葉も、アニメのセリフじゃなくて俺だけに向けられたものだ。

 一人暮らしを始めてから仕方なくやっていた掃除と料理。できるようになっておいて良かったと、心の底から思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

髪を切った俺が芸能界デビューした結果がコチラです。

昼寝部
キャラ文芸
 妹の策略で『読者モデル』の表紙を飾った主人公が、昔諦めた夢を叶えるため、髪を切って芸能界で頑張るお話。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

宇宙との交信

三谷朱花
ライト文芸
”みはる”は、宇宙人と交信している。 壮大な機械……ではなく、スマホで。 「M1の会合に行く?」という謎のメールを貰ったのをきっかけに、“宇宙人”と名乗る相手との交信が始まった。 もとい、”宇宙人”への八つ当たりが始まった。 ※毎日14時に公開します。

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない

セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。 しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。 高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。 パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。 ※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。

処理中です...