61 / 92
クレーマー三号(ホンちゃん)
9
しおりを挟む
「少々、お待ちくださいね」
なつみは、白銀に頼んで灯籠窓を閉じさせると、彼に尋ねた。
「今の仏様って、本当に雪絵さんのご先祖で合ってます?」
白銀は、紙垂リストを確認すると、うなずいた。
『確かに、鞍馬家のご先祖様だね。間違い無いよ』
戒名の先頭の文字は、『本』だった。ホンちゃんと呼ばせてもらうことにして、なつみはううむとうなった。
(あの雪絵さんを、内気とか人見知りとか。親の欲目、じゃなくて先祖の欲目……?)
再び窓を開けさせると、なつみは、慎重に言葉を選んでホンちゃんに話しかけた。
「あのですね。私は、雪絵さんと一緒に働いておりますが。彼女、とても愛想良く参拝客の方々とお話しされていますよ。それほどご心配されることは無いのでは?」
『いやいや』
ホンちゃんは、キッパリとかぶりを振った。
『お言葉はありがたいですが、それは仕事上のことでしょう。私が心配しているのは、私生活のことですよ。あのような引っ込み思案の性格では、ろくに男性と口をきけないのではと思いまして。ほれ、うちは神職の家系ですからねえ。雪絵も、いずれはそういう家に嫁ぐことになるでしょう。その前に、青春というものを経験させてやりたいのですよ』
(十分、楽しんでそうだけどなあ)
なつみは、ますます首をひねった。もろもろの噂はともかく、雪絵は男性参拝客らと、いつも楽しげに会話している。つい昨日だって、順平とその友人らに自分から話しかけ、遊ぶ約束を取り付けていたではないか。SNSも、満喫している様子だ。
「ご先祖様としては、雪絵さんに彼氏を作って欲しい、ということでしょうか」
思案した末、なつみは、そう結論づけてみた。
『彼氏?』
ホンちゃんが、怪訝そうにする。年代的に、通じないようだ。なつみは、慌てて言い直した。
「失礼しました。恋人、という意味です」
『めっそうもないっ』
ホンちゃんは、血相を変えた。
『結婚前の娘にそんなはしたない真似、望むわけが無いでしょう。まして雪絵は、鞍馬家の娘なんですよ? あなただって、神社に仕える身ならおわかりでしょう。それとも、今時の若いお嬢さんだから、貞操観念が乱れているのですか』
さすがに、ムカッとした。なつみがこれまで付き合ったのは、大学時代の一人だけだ。他の巫女たちだって、普通に彼氏の話をしている。なぜそんな言われようをしないといけないのか。だが、これは仕事だ。ここでキレてはいけない、となつみは自分を戒めた。
「今時と仰いますが、恋愛や結婚に関する考えは、現代でも人それぞれですよ。話を戻しますが、あなたは雪絵さんに、恋人を作って欲しいわけではない、と。では、そこにまでは至らないが、もう少し社交をして欲しい、ということでしょうか」
『おお、その通りです。少しくらいは、男性と話す機会を持たせてやりたいと思いましてねえ』
ホンちゃんが、悲しげに眉をひそめる。一体、仏の世界はどうなっているのか、となつみは首をかしげたくなった。現世を見るのに、妙なフィルターでもかかっているのだろうか。そんな本音はしまい込んで、なつみはホンちゃんに微笑みかけた。
「なるほど。ご子孫思いのご先祖様で、雪絵さんも幸せですね。とはいえ、宇迦之御魂大神様もご多忙でいらっしゃいます。私は雪絵さんと一緒に働いている仲ですので、私の方で、彼女を男性と引き合わせるようにしてみます。それでいかがでしょう?」
『何ですか。神様に取り次いでいただけないのですか』
ホンちゃんは、あからさまに不機嫌そうな表情になった。
『仕方ありませんね。あなたじゃ不安ですが、任せましょう。その代わり、期限は一週間ですよ。それ以上は待ちませんからね!』
高飛車な口調で言い捨てると、ホンちゃんは一方的に、その姿を消したのだった。
なつみは、白銀に頼んで灯籠窓を閉じさせると、彼に尋ねた。
「今の仏様って、本当に雪絵さんのご先祖で合ってます?」
白銀は、紙垂リストを確認すると、うなずいた。
『確かに、鞍馬家のご先祖様だね。間違い無いよ』
戒名の先頭の文字は、『本』だった。ホンちゃんと呼ばせてもらうことにして、なつみはううむとうなった。
(あの雪絵さんを、内気とか人見知りとか。親の欲目、じゃなくて先祖の欲目……?)
再び窓を開けさせると、なつみは、慎重に言葉を選んでホンちゃんに話しかけた。
「あのですね。私は、雪絵さんと一緒に働いておりますが。彼女、とても愛想良く参拝客の方々とお話しされていますよ。それほどご心配されることは無いのでは?」
『いやいや』
ホンちゃんは、キッパリとかぶりを振った。
『お言葉はありがたいですが、それは仕事上のことでしょう。私が心配しているのは、私生活のことですよ。あのような引っ込み思案の性格では、ろくに男性と口をきけないのではと思いまして。ほれ、うちは神職の家系ですからねえ。雪絵も、いずれはそういう家に嫁ぐことになるでしょう。その前に、青春というものを経験させてやりたいのですよ』
(十分、楽しんでそうだけどなあ)
なつみは、ますます首をひねった。もろもろの噂はともかく、雪絵は男性参拝客らと、いつも楽しげに会話している。つい昨日だって、順平とその友人らに自分から話しかけ、遊ぶ約束を取り付けていたではないか。SNSも、満喫している様子だ。
「ご先祖様としては、雪絵さんに彼氏を作って欲しい、ということでしょうか」
思案した末、なつみは、そう結論づけてみた。
『彼氏?』
ホンちゃんが、怪訝そうにする。年代的に、通じないようだ。なつみは、慌てて言い直した。
「失礼しました。恋人、という意味です」
『めっそうもないっ』
ホンちゃんは、血相を変えた。
『結婚前の娘にそんなはしたない真似、望むわけが無いでしょう。まして雪絵は、鞍馬家の娘なんですよ? あなただって、神社に仕える身ならおわかりでしょう。それとも、今時の若いお嬢さんだから、貞操観念が乱れているのですか』
さすがに、ムカッとした。なつみがこれまで付き合ったのは、大学時代の一人だけだ。他の巫女たちだって、普通に彼氏の話をしている。なぜそんな言われようをしないといけないのか。だが、これは仕事だ。ここでキレてはいけない、となつみは自分を戒めた。
「今時と仰いますが、恋愛や結婚に関する考えは、現代でも人それぞれですよ。話を戻しますが、あなたは雪絵さんに、恋人を作って欲しいわけではない、と。では、そこにまでは至らないが、もう少し社交をして欲しい、ということでしょうか」
『おお、その通りです。少しくらいは、男性と話す機会を持たせてやりたいと思いましてねえ』
ホンちゃんが、悲しげに眉をひそめる。一体、仏の世界はどうなっているのか、となつみは首をかしげたくなった。現世を見るのに、妙なフィルターでもかかっているのだろうか。そんな本音はしまい込んで、なつみはホンちゃんに微笑みかけた。
「なるほど。ご子孫思いのご先祖様で、雪絵さんも幸せですね。とはいえ、宇迦之御魂大神様もご多忙でいらっしゃいます。私は雪絵さんと一緒に働いている仲ですので、私の方で、彼女を男性と引き合わせるようにしてみます。それでいかがでしょう?」
『何ですか。神様に取り次いでいただけないのですか』
ホンちゃんは、あからさまに不機嫌そうな表情になった。
『仕方ありませんね。あなたじゃ不安ですが、任せましょう。その代わり、期限は一週間ですよ。それ以上は待ちませんからね!』
高飛車な口調で言い捨てると、ホンちゃんは一方的に、その姿を消したのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
22
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる