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クレーマー三号(ホンちゃん)

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「前原、知り合い?」

 友人らが、意外そうな顔をする。うん、と順平は得意げにうなずいた。

「受験の時、家庭教師してもらってたんや」
「巫女さんが、家庭教師?」

 皆、ますますぴんとこなさそうな表情だ。邪魔にならないよう、なつみは授与所を出ると、順平らと話し始めた。雪絵は他の客の相手をしているが、チラチラとこちらの様子をうかがっている。

「……というわけで、たまたまわからない所を教えてあげたのがきっかけだったんです」

 かいつまんで事情を説明した後、なつみは順平をまじまじと見た。

「元気にしてる? 一回生だと、まだそれほど忙しくないのかな?」
「今んとこ、余裕。試験も終わったことやし、皆で遊びに来たんや」

 そういえば夏休みか、となつみは合点した。

「皆さん、大学のお友達?」

 はい、と一同はうなずいた。

「こうやって、つるんで遊びに出かけられるのも、今くらいですよ」
「ほんま、それ。国家試験が近付いたら、それどころや無いもんなあ」

 出身はバラバラなのか、標準語の学生もいれば、関西弁の学生もいる。そこへ、華やかな声がした。

「なつみはん、私も交ぜてもらってええ?」

 雪絵だった。いつの間にか、授与所を抜け出て来ている。持ち場に戻れと言いたいところだが、見れば客は途絶えている。軽く紹介するか、となつみは思った。

(てか、何で今だけ、私を名前呼び?)

 そんな風に呼ばれるのは、初めてなのだけれど。首をかしげつつも、なつみは雪絵に、元教え子とその友人たちだと説明した。

「まああ、そうやったん? ええなあ、なつみはんには同世代のお友達がいはって。……ほら、こういう職場って、若い人との出会いが無いやろ? うちなんか、さみしいもんや」

 言いながら、雪絵は目を伏せた。同世代というほどでも無いけどな、となつみは内心思った。二浪の順平はともかく、大学一回生の彼らと、二十四歳のなつみや雪絵では、結構な年の開きがある。

  しかし、順平の友人たちは、いっせいに気の毒そうな表情になった。しばし顔を見合わせた後、彼らはこんなことを言い出した。

「よかったら、今度一緒に遊びに行かへん?」
「そうそう、皆で行きましょう!」

「ほんま? 嬉しいわあ」

 雪絵は、パッと顔を輝かせた。

「ところで、さっき国家試験がどうとかゆうてなかった? それって……」
「僕ら、F大医学部なんです」

 一人が、得意げに胸を張る。すると雪絵は、目を見開いた。甲高いトーンで叫ぶ。

「えええ、ほんまなん? えらいわあ。うち、お医者さんと会うなんて、初めてや」
「いやいや、まだ卵ですから」
   
  男子学生らは、そろって照れくさそうな顔になった。雪絵が、にっこり微笑む。

「未来のお医者さんやろ? うち、応援してるさかい。……あ、もう仕事に戻らな。ほな、出かける約束、忘れんといてな? 破ったら、許さへんで?」

 雪絵は、あっという間に彼らと連絡先を交換していく。その素早さに、なつみは感心したのだった。


 その日の午後は、いつも通り仏対応だった。五時で仕事を終えたなつみは、白銀と話していた。

『今日も、くだらない相談ばかりだったね』
「本当にね。『菩提寺ぼだいじの住職が代替わりして、若い住職が頼りない』だなんて。子孫、関係無いじゃん」
『もっとひどいのも昔あったよ。住職の顔が気にくわん、とか』

 やれやれ、となつみは肩をすくめた。

「仏様って、もっとこう子孫のことを考えているものかと思っていたんですけど。案外、そうでも無いんですね」
『人、いや仏によりけりって感じかな。でも僕、こんな相談ばっかり対応してきたんだよ。偉いでしょ?』

 褒めて、と言わんばかりの白銀を、なつみは冷ややかな目で見た。

「対応できないから、私が駆り出される羽目になったんでしょうが」
『その通り! なつみ殿には、感謝しておるぞ?』

 そこへ、聞き慣れた声が飛び込んで来た。この伏見稲荷大社のご祭神のトップ、宇迦之御魂大神、通称うかりんだ。『現世の流行を取り入れる』がモットーで、なぜかいつもゴスロリ風の振り袖を身にまとっている。今日も華やかな出で立ちだ、と思ったなつみだったが、ふと目が点になった。

「あの、うかりん様? そのブーツは一体……」
 
 よく見れば、宇迦之御魂大神の足元は、編み上げブーツだった。
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