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クレーマー二号(テイちゃん)
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(何てことを言いやがる!!)
固まった女店員を前に、なつみは顔を覆いたい気分だった。白銀の外見は、どう見ても二十歳前後だというのに。眷属で五十歳は若い方なのか、とか、だったら私の倍以上の年齢じゃん、とか、どうでもいい感想が頭を駆け巡る。
「あ……、あはは。彼、冗談が好きで。あっ、でも成人はしてますよ? 私が保証します」
かくなる上は、飲ませるしかないだろう、となつみは覚悟した。偵察は、自分でやるしかない。白銀が頼りないのは、今に始まったことではないのだ。
『身分証、あるよ!』
「……いえ、結構です」
これ以上関わり合いになりたくなかったのか、店員はすごい速さで注文を取ると、去って行った。白銀が、ため息をつく。
『何だあ。見せびらかすチャンスだったのに、身分証』
「見せびらかすもんじゃないですから。でも、参考までに見せてもらってもいいですか?」
白銀が見せたそうにしているのと、純粋に好奇心から、なつみは尋ねた。白銀が嬉々として、スラックスのポケットから財布を取り出す。出て来たのは、マイナンバーカードだった。ちゃんと顔写真が付いており、京都市在住、二十歳の設定になっている。
『運転免許証だと、僕が調子に乗って運転しかねないからって』
うかりん大正解、となつみは大きく頷いた。そんなもの、実質無免許運転だ。
「うっかり落としたりしないでくださいよ? それから、ここでは二十歳設定なんですから、実年齢を言っちゃダメでしょ」
何だか、幼児のしつけをしている気分になってきた。ハッとしたように、白銀が頷く。
『そうだったね! 気を付けるよ。まあでも、これでいつ職質されても平気だね!』
「大きな声で言わない!」
小声で叱っていると、耳元でこほんと咳払いが聞こえた。また店員が来たかと見やって、なつみは悲鳴を上げそうになった。いつの間にか横に立っていたのは、テイちゃんだったのだ。
「お母様!? どうして、ここに?」
『雅也の守護霊ですと、申し上げたではないですか。常にあの子のそばにいるのは、当然です。それより、何です? こんな距離で、二人の話が聞こえるのですか?』
テイちゃんは、苛立った様子だ。
「そう仰られてもですね。私は渡辺さんのお店に何度か行ったことがありまして、面が割れているんです。気が付かれたら、話がややこしくなりますよ?」
『仕方ないですわね。でしたら私が、事細かに様子をお伝えして差し上げますわ』
テイちゃんは、恩着せがましい口調で言った。
『あのお嬢さんときたら、せっかく雅也が勧めた料理を断ったのですよ? こんなお洒落なお店に連れて来てもらっただけでも感謝すべきなのに、傲慢だとは思いませんこと?』
なつみと白銀は、さりげなく渡辺たちの方を見た。メニューを手にした渡辺が、何やら眉をひそめて文句を言っている様子だ。女性の方は、困惑顔である。
『僕、様子を見て来る。僕なら、顔を見られても大丈夫だから』
白銀が、席を立った。そのまま、トイレを探すようなふりをしながら、さりげなく渡辺たちのテーブルに近付いて行く。白銀にしてはナイス、となつみは内心エールを送った。
「メニューの件は、後ほどとしまして。お母様、今日雅也さんは、予定より十分遅れられましたが。何かあったのですか?」
なつみは尋ねてみた。常にそばにいる、と豪語しているのだから、理由は知っているはずだろう。だがテイちゃんは、けろりとしていた。
『あの子は、一人で店を切り盛りしていて多忙なのですわ。いいじゃありませんの、少しくらい』
苛立ちが湧き上がってくるのを感じた。ちなみに今日、渡辺商店は定休日だ。
「……そうですか。あの、もちろんお相手の女性には、連絡なさったのですよね?」
しきりにスマホを弄っていた女性の姿が、思い起こされる。遅れるにしても、事前に連絡していたら、あれほど不安そうにはしないはずだ。だがテイちゃんは、とんでもない台詞を放った。
『そんな細かいこと、どうだっていいじゃありませんか。うちの雅也が、多忙を縫って、わざわざ会ってあげているんですよ? 何ですか、十分くらい!』
「あのですね!」
社会人としての常識は無いのか、と喉元まで出かかったその時。白銀が戻って来た。
『ちょっと大変。あの女性、貝のアレルギーなんだって。だから、貝が入っていない料理を頼もうとしたら、雅也さん、怒り出しちゃって』
非常識、というワードしか頭には浮かばなかった。
固まった女店員を前に、なつみは顔を覆いたい気分だった。白銀の外見は、どう見ても二十歳前後だというのに。眷属で五十歳は若い方なのか、とか、だったら私の倍以上の年齢じゃん、とか、どうでもいい感想が頭を駆け巡る。
「あ……、あはは。彼、冗談が好きで。あっ、でも成人はしてますよ? 私が保証します」
かくなる上は、飲ませるしかないだろう、となつみは覚悟した。偵察は、自分でやるしかない。白銀が頼りないのは、今に始まったことではないのだ。
『身分証、あるよ!』
「……いえ、結構です」
これ以上関わり合いになりたくなかったのか、店員はすごい速さで注文を取ると、去って行った。白銀が、ため息をつく。
『何だあ。見せびらかすチャンスだったのに、身分証』
「見せびらかすもんじゃないですから。でも、参考までに見せてもらってもいいですか?」
白銀が見せたそうにしているのと、純粋に好奇心から、なつみは尋ねた。白銀が嬉々として、スラックスのポケットから財布を取り出す。出て来たのは、マイナンバーカードだった。ちゃんと顔写真が付いており、京都市在住、二十歳の設定になっている。
『運転免許証だと、僕が調子に乗って運転しかねないからって』
うかりん大正解、となつみは大きく頷いた。そんなもの、実質無免許運転だ。
「うっかり落としたりしないでくださいよ? それから、ここでは二十歳設定なんですから、実年齢を言っちゃダメでしょ」
何だか、幼児のしつけをしている気分になってきた。ハッとしたように、白銀が頷く。
『そうだったね! 気を付けるよ。まあでも、これでいつ職質されても平気だね!』
「大きな声で言わない!」
小声で叱っていると、耳元でこほんと咳払いが聞こえた。また店員が来たかと見やって、なつみは悲鳴を上げそうになった。いつの間にか横に立っていたのは、テイちゃんだったのだ。
「お母様!? どうして、ここに?」
『雅也の守護霊ですと、申し上げたではないですか。常にあの子のそばにいるのは、当然です。それより、何です? こんな距離で、二人の話が聞こえるのですか?』
テイちゃんは、苛立った様子だ。
「そう仰られてもですね。私は渡辺さんのお店に何度か行ったことがありまして、面が割れているんです。気が付かれたら、話がややこしくなりますよ?」
『仕方ないですわね。でしたら私が、事細かに様子をお伝えして差し上げますわ』
テイちゃんは、恩着せがましい口調で言った。
『あのお嬢さんときたら、せっかく雅也が勧めた料理を断ったのですよ? こんなお洒落なお店に連れて来てもらっただけでも感謝すべきなのに、傲慢だとは思いませんこと?』
なつみと白銀は、さりげなく渡辺たちの方を見た。メニューを手にした渡辺が、何やら眉をひそめて文句を言っている様子だ。女性の方は、困惑顔である。
『僕、様子を見て来る。僕なら、顔を見られても大丈夫だから』
白銀が、席を立った。そのまま、トイレを探すようなふりをしながら、さりげなく渡辺たちのテーブルに近付いて行く。白銀にしてはナイス、となつみは内心エールを送った。
「メニューの件は、後ほどとしまして。お母様、今日雅也さんは、予定より十分遅れられましたが。何かあったのですか?」
なつみは尋ねてみた。常にそばにいる、と豪語しているのだから、理由は知っているはずだろう。だがテイちゃんは、けろりとしていた。
『あの子は、一人で店を切り盛りしていて多忙なのですわ。いいじゃありませんの、少しくらい』
苛立ちが湧き上がってくるのを感じた。ちなみに今日、渡辺商店は定休日だ。
「……そうですか。あの、もちろんお相手の女性には、連絡なさったのですよね?」
しきりにスマホを弄っていた女性の姿が、思い起こされる。遅れるにしても、事前に連絡していたら、あれほど不安そうにはしないはずだ。だがテイちゃんは、とんでもない台詞を放った。
『そんな細かいこと、どうだっていいじゃありませんか。うちの雅也が、多忙を縫って、わざわざ会ってあげているんですよ? 何ですか、十分くらい!』
「あのですね!」
社会人としての常識は無いのか、と喉元まで出かかったその時。白銀が戻って来た。
『ちょっと大変。あの女性、貝のアレルギーなんだって。だから、貝が入っていない料理を頼もうとしたら、雅也さん、怒り出しちゃって』
非常識、というワードしか頭には浮かばなかった。
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