39 / 92
クレーマー二号(テイちゃん)
6
しおりを挟む
なつみは、白銀の方を振り返ると、耳打ちした。
「この窓口って、一時的に閉められます?」
『もちろん』
白銀が、『失礼』と言って、灯籠に手をかざす。すると灯籠は、元の姿に戻った。
「私は受けた方がいいと思いますが、一応、白銀さんに確認しようと」
『ええ~、止めとこうよ』
白銀は、心底嫌そうな顔をした。
『どうせ上手くいったところで、後で文句を付けてくるよ? 期待していたようなお嫁さんじゃなかった、とかさ。……知らんけど』
「知らんのかい!」
こういう時のために持参していたハリセンで、白銀の頭をスパーンと叩く。相変わらず音はしないし感触も無いが、白銀は、わっと頭を押さえた。ノリか、それとも反射か。
『いやいや、まんざら決めつけでもないって。この手の願い事って、トラブることが多いんだよ。みんな子供を過大評価して、高望みするから。前なんか、三つ指ついて息子を出迎えるお嬢さんを! って主張されたことがある』
「三つ指って、いつの時代ですか」
呆れつつも、なつみは譲れなかった。
「けど今回、息子さんは、お母さんが亡くなられた後も、婚活を続けておられるそうじゃないですか。ご自身に結婚する気が無いなら、とっくに相談所なんて止めているでしょう。ご本人のご希望なら、叶えてあげるべきじゃないですか?」
白銀は、眉をひそめた。
『なつみん、前回もその論理だったよねえ』
そのことを言われると、耳が痛い。それでもなつみは言い募った。
「あの時は、私はズイちゃんと直接接したわけじゃないですし……。じゃあ、こうしませんか。実際に息子さんに接触して、本気で婚活する気があるのか調べる。本人に意欲がある場合だけ神様に取り次ぎ、そうでない場合はお断り。取り次ぐ場合には、お母さんに、息子さんが選んだ女性に文句を言わないと約束させる」
『仕方ないなあ、もう』
白銀が、ため息をつく。
「私ね、最初から何でもクレームって決めつけるの、嫌いなんですよ。十把一絡げにしたら、真っ当な主張まで弾かれちゃうかもしれない」
なつみは、前に勤めていたホテルでのことを思い出していた。仕事を増やすのを嫌がった上司は、客の意見を片っ端からクレーム扱いしたのだ。当然改善は見られず、売上も上がらなかった。ちなみにその上司というのが、辞める原因となったセクハラ課長である。
『わかった、わかりました。クレーム処理といったら、なつみんだもんね』
白銀は、渋々といった様子で頷いた。
「そこまで言ってもらうほどのことではないですけど。まあでも、いきなり否定的なフレーズから入るのは、良くないです。まずは相手の話を聞いて、気持ちに共感してあげましょう」
『共感! なるほどね』
白銀は、何かに開眼したように、メモを取り出した(相変わらず紙垂に)。なつみは、そんな彼の着物の袖を引っ張った。
「メモより先に、開庁しないと。ずいぶんお待たせしてます」
『はっ。そうだった!』
白銀が、慌てて灯籠に手をかざす。すると案の定と言うべきか、怒号が聞こえて来た。
『おい、遅いぞ! いつまで待たせるんだ!』
『列ができてんだよ、列が!』
テイちゃんの背後にいるらしき、仏たちの声だった。
「お待たせしてすみませんでした! すぐに伺いますので」
仏たちをなだめると、なつみはテイちゃんに、先ほどの案を提示した。テイちゃんは、あっさりと承諾してくれた。むしろ、喜んでいる様子だ。
『是非、婚活の場にいらしてください。ちょうど、今週末に、紹介されたお嬢さんと会うそうですの』
そう言ってテイちゃんは、日時と場所を告げた。白銀が、横でメモを取る。
『神様の眷属様たちに、うちのマサヤをお見せできて嬉しいですわ。ああ、もうご存じかもしれませんけれど』
私は眷属ではないのだが、となつみは思った。
(あれ? 今、ご存じかもって言った……?)
『渡辺商店ですわ。主人と共に、この伏見稲荷大社の参道に店を構えて、もう五十年。マサヤは、その店主として、今立派にやっております』
ひょえっと、なつみは声を上げそうになった。その店の名には、聞き覚えがあったのだ。
(さっき行った、土産物屋のご主人かよ……!)
そういえば、年齢は四十代半ばだったが。まさか彼だったとは。
『おい、話は終わったんじゃないのか。早くしろ!』
またもやテイちゃんの背後で、別の仏が怒鳴る。なつみと白銀は、大慌てでテイちゃんに、一時預かりの旨を告げたのだった。
「この窓口って、一時的に閉められます?」
『もちろん』
白銀が、『失礼』と言って、灯籠に手をかざす。すると灯籠は、元の姿に戻った。
「私は受けた方がいいと思いますが、一応、白銀さんに確認しようと」
『ええ~、止めとこうよ』
白銀は、心底嫌そうな顔をした。
『どうせ上手くいったところで、後で文句を付けてくるよ? 期待していたようなお嫁さんじゃなかった、とかさ。……知らんけど』
「知らんのかい!」
こういう時のために持参していたハリセンで、白銀の頭をスパーンと叩く。相変わらず音はしないし感触も無いが、白銀は、わっと頭を押さえた。ノリか、それとも反射か。
『いやいや、まんざら決めつけでもないって。この手の願い事って、トラブることが多いんだよ。みんな子供を過大評価して、高望みするから。前なんか、三つ指ついて息子を出迎えるお嬢さんを! って主張されたことがある』
「三つ指って、いつの時代ですか」
呆れつつも、なつみは譲れなかった。
「けど今回、息子さんは、お母さんが亡くなられた後も、婚活を続けておられるそうじゃないですか。ご自身に結婚する気が無いなら、とっくに相談所なんて止めているでしょう。ご本人のご希望なら、叶えてあげるべきじゃないですか?」
白銀は、眉をひそめた。
『なつみん、前回もその論理だったよねえ』
そのことを言われると、耳が痛い。それでもなつみは言い募った。
「あの時は、私はズイちゃんと直接接したわけじゃないですし……。じゃあ、こうしませんか。実際に息子さんに接触して、本気で婚活する気があるのか調べる。本人に意欲がある場合だけ神様に取り次ぎ、そうでない場合はお断り。取り次ぐ場合には、お母さんに、息子さんが選んだ女性に文句を言わないと約束させる」
『仕方ないなあ、もう』
白銀が、ため息をつく。
「私ね、最初から何でもクレームって決めつけるの、嫌いなんですよ。十把一絡げにしたら、真っ当な主張まで弾かれちゃうかもしれない」
なつみは、前に勤めていたホテルでのことを思い出していた。仕事を増やすのを嫌がった上司は、客の意見を片っ端からクレーム扱いしたのだ。当然改善は見られず、売上も上がらなかった。ちなみにその上司というのが、辞める原因となったセクハラ課長である。
『わかった、わかりました。クレーム処理といったら、なつみんだもんね』
白銀は、渋々といった様子で頷いた。
「そこまで言ってもらうほどのことではないですけど。まあでも、いきなり否定的なフレーズから入るのは、良くないです。まずは相手の話を聞いて、気持ちに共感してあげましょう」
『共感! なるほどね』
白銀は、何かに開眼したように、メモを取り出した(相変わらず紙垂に)。なつみは、そんな彼の着物の袖を引っ張った。
「メモより先に、開庁しないと。ずいぶんお待たせしてます」
『はっ。そうだった!』
白銀が、慌てて灯籠に手をかざす。すると案の定と言うべきか、怒号が聞こえて来た。
『おい、遅いぞ! いつまで待たせるんだ!』
『列ができてんだよ、列が!』
テイちゃんの背後にいるらしき、仏たちの声だった。
「お待たせしてすみませんでした! すぐに伺いますので」
仏たちをなだめると、なつみはテイちゃんに、先ほどの案を提示した。テイちゃんは、あっさりと承諾してくれた。むしろ、喜んでいる様子だ。
『是非、婚活の場にいらしてください。ちょうど、今週末に、紹介されたお嬢さんと会うそうですの』
そう言ってテイちゃんは、日時と場所を告げた。白銀が、横でメモを取る。
『神様の眷属様たちに、うちのマサヤをお見せできて嬉しいですわ。ああ、もうご存じかもしれませんけれど』
私は眷属ではないのだが、となつみは思った。
(あれ? 今、ご存じかもって言った……?)
『渡辺商店ですわ。主人と共に、この伏見稲荷大社の参道に店を構えて、もう五十年。マサヤは、その店主として、今立派にやっております』
ひょえっと、なつみは声を上げそうになった。その店の名には、聞き覚えがあったのだ。
(さっき行った、土産物屋のご主人かよ……!)
そういえば、年齢は四十代半ばだったが。まさか彼だったとは。
『おい、話は終わったんじゃないのか。早くしろ!』
またもやテイちゃんの背後で、別の仏が怒鳴る。なつみと白銀は、大慌てでテイちゃんに、一時預かりの旨を告げたのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
22
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる