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クレーマー一号(ズイちゃん)

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  前原家の人々からは、いっこうに連絡が入らなかった。容疑者は現行犯逮捕された上、早めの消火活動により怪我人は出なかったということは判明したものの、直接無事が確認できないのは不安である。心配しているという留守電は、それぞれに残したというのに。

『じゃあなつみん、僕は神社に帰るね。仕事もあるし』

 白銀は、数時間付き添っていてくれたが、やがてそう言い出した。

「うん……」

 いつもなら、さっさと帰れと活を入れるところだが、なつみはためらった。
 
(何? 私、もしかして白銀さんに居て欲しいとか思ってる!?)

 順平や房代自身の口から無事を知らせられるまでは不安なのは、確かだ。一人では心細いと、無意識に感じていたのだろうか。

(いやいや! 無いから! あり得ないから!)

 渉を脅した時は、ちょっぴり頼もしいと思ったが、あれは錯覚だ。昼間から仕事をさぼって酒を飲んでいるような、しかも人ではなく狐を頼りにするなんて、不覚としか言い様が無い。

(それでも……)

「付いていてくれて、ありがとうございました」

 なつみは、素直に頭を下げた。白銀が、目を見張る。

「正直、順平君やご家族のことは、まだ心配です。でも、今まで白銀さんが一緒に居てくれたおかげで、少し不安が紛れました」

 そのとたん、パシッという豪快な音がした。頭を上げて、なつみは仰天した。先ほどのハリセンで、白銀がなつみの頭を叩いたのだ。

『気弱ななつみんなんて、らしくないよ』

 白銀は、にこっと笑った。

『順平君ならきっと大丈夫だから、元気出せって。……にしてもこれ、本当にいい音出るねえ』
「人の頭で試さないでください!」

 なつみは、ハリセンをひったくった。白銀が、くすっと笑う。

『うん、その調子。それじゃね』
 
 そう言い残すと白銀は、あっという間にロフトへ上がり、そのまま姿を消したのだった。


 便りが無いのは元気な証拠と言い聞かせて、なつみはなるべくこの事件のことを忘れるようにして過ごした。新しい会社への提出書類の準備をし、部屋の掃除をして、夕食を作る。一段落すると、なつみは風呂に入った。片付けをして出て来ると、再びテレビをつける。そこには、『速報』のテロップが出ていた。

『火炎瓶事件で、大学生を逮捕』

 続いて映ったのは、京都市内にある警察署だった。レポーターが、興奮した面持ちで喋っている。

『京都市内にある大学の入学式会場に、火炎瓶が投げ込まれた事件で、現行犯逮捕された男の身元が明らかになりました……』

 そして出たテロップに、なつみは危うく悲鳴を上げそうになった。

『前原渉容疑者(20)』
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