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クレーマー一号(ズイちゃん)
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『えーと。何か、ごめんね?』
青年は、困ったようにぽりぽりと頭を掻いた。何やら、気弱そうな雰囲気だ。
『いや、まさか僕の声が聞こえるとは思わなかったから。君、もしかして神職の家系とか?』
「……違いますけど、身内に巫女ならいました。伏見稲荷大社の」
幽霊相手に真面目に答える必要は無いのだが、ついなつみは答えてしまった。青年が、あまりに人なつっこいからだろうか。
『なるほど』
何がなるほどなのか、青年が頷く。だが次の瞬間、彼はきえっという奇声を発した。ぷるぷると震えながら、なつみに向かって手を合わせる。
『お願い、お願い! 言いつけないで!』
「そんなことできるわけないでしょっ」
なつみは、腰に手を当てると、青年をキッとにらみつけた。
「大家さんには、事情を説明しなくちゃ。その後、お祓いでも何でもしてもらって、ちゃんと成仏してください!」
『大家? 成仏?』
青年は、一瞬きょとんとした顔をした後、パタパタと手を振った。
『あれ、もしかして僕のこと、幽霊か何かと誤解してる? 違うよ?』
「幽霊じゃなきゃ、何なんです! お祓いから逃げようったって、そうはいきませんからね!」
相手が悪霊だったら怖いのでは、などという懸念は、なつみの脳裏には浮かばなかった。筋を通したい性格なのだ。たとえ幽霊相手でも、そこは譲れない。
『だから、幽霊じゃないって。たはー、こんな失敗がバレたら、先輩たちに叱られるなあ……』
青年はぶつぶつ言いながらも、座り直した。正座をして、なつみを見つめる。
『僕の名前は白銀。漢字は、白色の白に、金銀の銀。伏見稲荷大社の神様の、眷属だよ。ま、一番下っ端だけどね』
「けんぞく?」
なつみは、目をパチクリさせた。聞いたことはある。神様のお使いだ。色々な種類があるけれど、お稲荷さんなら狐だろう。
『そう。証拠、見せようか?』
言うなり青年……白銀は、パッと姿を変えた。そこには、毛並み美しい一匹の白狐の姿があって、なつみはおおっと声を上げた。顔の両脇だけ毛が銀色になっていて、人間の姿でもそこは忠実に反映しているのだな、と妙に感心する。きっと、それが名前の由来だろう。
『これで信用してもらえたかな』
数秒の後、白銀は元の姿に戻った。はあ、と頷いたものの、疑問は山積みだ。仮に本当に伏見稲荷大社の眷属だとして、なぜこんな場所にいるのか。
「白銀さんは、どうしてここに?」
尋ねると、白銀は口ごもった。いや、その、と呟きながら、チラとなつみを見る。
『言いつけたりしない? その、お身内の巫女さんに』
「いえ、彼女はもう亡くなってますから。というか、言いつけるって……」
なつみは、はたと気が付いた。
「もしかして、仕事のさぼりですか!?」
『いや、その。実は、このアパートのロフトって、異界と通じやすくなってるんだよね。それでちょっと、遊びに来てみたというか……』
房代は知らないのだろうが、何という部屋を紹介してくれたのか、となつみは唖然とした。一方白銀は、そっと視線を逸らしている。なつみは、それを見逃さなかった。
「遊びに来たってどういうことです? やっぱり、さぼりなんですね!?」
本当に神様の眷属なら、相当失礼な物言いをしていることになるが。だがなつみの性格からして、仕事を怠ける者は、誰であろうが許せないのだ。
『だって、今戻ったら、確実に神様に叱られる……』
「何をやらかしたんです?」
なつみは、まなじりをさらに角度十度ほど吊り上げた。
青年は、困ったようにぽりぽりと頭を掻いた。何やら、気弱そうな雰囲気だ。
『いや、まさか僕の声が聞こえるとは思わなかったから。君、もしかして神職の家系とか?』
「……違いますけど、身内に巫女ならいました。伏見稲荷大社の」
幽霊相手に真面目に答える必要は無いのだが、ついなつみは答えてしまった。青年が、あまりに人なつっこいからだろうか。
『なるほど』
何がなるほどなのか、青年が頷く。だが次の瞬間、彼はきえっという奇声を発した。ぷるぷると震えながら、なつみに向かって手を合わせる。
『お願い、お願い! 言いつけないで!』
「そんなことできるわけないでしょっ」
なつみは、腰に手を当てると、青年をキッとにらみつけた。
「大家さんには、事情を説明しなくちゃ。その後、お祓いでも何でもしてもらって、ちゃんと成仏してください!」
『大家? 成仏?』
青年は、一瞬きょとんとした顔をした後、パタパタと手を振った。
『あれ、もしかして僕のこと、幽霊か何かと誤解してる? 違うよ?』
「幽霊じゃなきゃ、何なんです! お祓いから逃げようったって、そうはいきませんからね!」
相手が悪霊だったら怖いのでは、などという懸念は、なつみの脳裏には浮かばなかった。筋を通したい性格なのだ。たとえ幽霊相手でも、そこは譲れない。
『だから、幽霊じゃないって。たはー、こんな失敗がバレたら、先輩たちに叱られるなあ……』
青年はぶつぶつ言いながらも、座り直した。正座をして、なつみを見つめる。
『僕の名前は白銀。漢字は、白色の白に、金銀の銀。伏見稲荷大社の神様の、眷属だよ。ま、一番下っ端だけどね』
「けんぞく?」
なつみは、目をパチクリさせた。聞いたことはある。神様のお使いだ。色々な種類があるけれど、お稲荷さんなら狐だろう。
『そう。証拠、見せようか?』
言うなり青年……白銀は、パッと姿を変えた。そこには、毛並み美しい一匹の白狐の姿があって、なつみはおおっと声を上げた。顔の両脇だけ毛が銀色になっていて、人間の姿でもそこは忠実に反映しているのだな、と妙に感心する。きっと、それが名前の由来だろう。
『これで信用してもらえたかな』
数秒の後、白銀は元の姿に戻った。はあ、と頷いたものの、疑問は山積みだ。仮に本当に伏見稲荷大社の眷属だとして、なぜこんな場所にいるのか。
「白銀さんは、どうしてここに?」
尋ねると、白銀は口ごもった。いや、その、と呟きながら、チラとなつみを見る。
『言いつけたりしない? その、お身内の巫女さんに』
「いえ、彼女はもう亡くなってますから。というか、言いつけるって……」
なつみは、はたと気が付いた。
「もしかして、仕事のさぼりですか!?」
『いや、その。実は、このアパートのロフトって、異界と通じやすくなってるんだよね。それでちょっと、遊びに来てみたというか……』
房代は知らないのだろうが、何という部屋を紹介してくれたのか、となつみは唖然とした。一方白銀は、そっと視線を逸らしている。なつみは、それを見逃さなかった。
「遊びに来たってどういうことです? やっぱり、さぼりなんですね!?」
本当に神様の眷属なら、相当失礼な物言いをしていることになるが。だがなつみの性格からして、仕事を怠ける者は、誰であろうが許せないのだ。
『だって、今戻ったら、確実に神様に叱られる……』
「何をやらかしたんです?」
なつみは、まなじりをさらに角度十度ほど吊り上げた。
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