上 下
60 / 84
第四章 真実

しおりを挟む
 数時間後、ようやく全ての準備が整った。
『お疲れ様。あなたたち、先に帰っていいわ。私は、もう少し残るから.明日の実演販売の、イメージトレーニングをしたいの』
 エヴァが言う。ミカは他の店を見て回ると言うので、真凜は一人で帰路に就いた。ちなみに麻生ら社員は、恐らく徹夜になるとのことである。
 従業員用のエレベーターの前で待っていると、女性二人組がやって来た。どうやらここの社員らしく、声高に喋り合っている。
「でも、マジだったんだねー」
「前から、噂あったけどね。社長の一人息子が、身分を隠して、社員に交じって修行してるって」
 聞くともなしに、真凜はぼんやり聞いていた。すると、とんでもない台詞が耳に飛び込んできた。
「だけど、麻生さんがそうってのは、確かなの?」
(――何だって)
 真凜は、思わず女性たちの方を見た。二人は、真凜には気づかない様子で、けたたましく騒いでいる。
「食品部の課長が喫煙所で愚痴ってるのを、ユキが聞いちゃったんだって。御曹司だからって、わがままが通ると思ってやがる、って……。ほら、変な口コミが書かれた店があったじゃん? どこだか忘れたけど……。上の人は出店取り消しにしたかったんだけど、麻生さんが出すって強情張ったらしくて」
 『ドン・ラヴニール』のことだ。真凜はひやりとしたが、話に夢中な女性たちは、真凜がそこの店員とも知らず、盛り上がっている。そこへ、エレベーターが到着した。一緒に乗り込みながら、真凜は耳をそばだてた。
「でも、御曹司イコール社長の息子とは、限んなくない?」
「ええー、その言い方は、絶対そうでしょ。それに麻生さんてアルファだし、年齢的にもそれらしいし……。第一、雰囲気がいかにもお坊ちゃまって感じじゃない?」
「何よ、玉の輿狙い?」
 一人が、クスクスと笑う。
「違うってー。あたしは、そういうの勘弁。だってうちのデパートって、今時世襲制じゃん? 社長夫人なんかになったら、絶対男の子産まなきゃいけないじゃん。プレッシャーだよ」
「心配しなくても、あんたじゃ相手にされないって。どっかいいとこのお嬢さん迎えるんじゃない……」
 エレベーターのドアが開く。真凜は、ふらふらと外に出た。脳裏では、女性たちの言葉がこだましていた。
 ――社長の一人息子が、身分を隠して……。
 ――御曹司……絶対そうでしょ……。
 麻生が言っていた『話さないといけないこと』というのは、これだったのか。真凜は、はたと思い出した。ハンカチをプレゼントした時のことだ。イニシャルの話題の時、彼はこう言っていた。
 ――小さい頃、サインのつもりでよくふざけて書いていたものですよ……。『L・T』ってね……。
  なぜ『T』なのか、とあの時思ったものだ。『藤堂百貨店』は、女性たちも言っていた通り世襲制だ。現社長の名字も、藤堂である。麻生の本名が藤堂なら、『T』でも納得できる……。
 麻生のアパートに帰ると、真凜は彼の所持品を探った。麻生は、この『中世ヨーロッパ展』が終わるまで待ってくれと言っていた。こんなことをしてはいけないのは、わかっている。それでも、いてもたってもいられなかったのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

零れる

午後野つばな
BL
やさしく触れられて、泣きたくなったーー あらすじ 十代の頃に両親を事故で亡くしたアオは、たったひとりで弟を育てていた。そんなある日、アオの前にひとりの男が現れてーー。 オメガに生まれたことを憎むアオと、“運命のつがい”の存在自体を否定するシオン。互いの存在を否定しながらも、惹かれ合うふたりは……。 運命とは、つがいとは何なのか。 ★リバ描写があります。苦手なかたはご注意ください。 ★オメガバースです。 ★思わずハッと息を呑んでしまうほど美しいイラストはshivaさん(@kiringo69)に描いていただきました。

次男は愛される

那野ユーリ
BL
ゴージャス美形の長男×自称平凡な次男 佐奈が小学三年の時に父親の再婚で出来た二人の兄弟。美しすぎる兄弟に挟まれながらも、佐奈は家族に愛され育つ。そんな佐奈が禁断の恋に悩む。 素敵すぎる表紙は〝fum☆様〟から頂きました♡ 無断転載は厳禁です。 【タイトル横の※印は性描写が入ります。18歳未満の方の閲覧はご遠慮下さい。】

安心快適!監禁生活

キザキ ケイ
BL
ぼくは監禁されている。痛みも苦しみもないこの安全な部屋に────。   気がつくと知らない部屋にいたオメガの御影。 部屋の主であるアルファの響己は優しくて、親切で、なんの役にも立たない御影をたくさん甘やかしてくれる。 どうしてこんなに良くしてくれるんだろう。ふしぎに思いながらも、少しずつ平穏な生活に馴染んでいく御影が、幸せになるまでのお話。

薫る薔薇に盲目の愛を

不来方しい
BL
代々医師の家系で育った宮野蓮は、受験と親からのプレッシャーに耐えられず、ストレスから目の機能が低下し見えなくなってしまう。 目には包帯を巻かれ、外を遮断された世界にいた蓮の前に現れたのは「かずと先生」だった。 爽やかな声と暖かな気持ちで接してくれる彼に惹かれていく。勇気を出して告白した蓮だが、彼と気持ちが通じ合うことはなかった。 彼が残してくれたものを胸に秘め、蓮は大学生になった。偶然にも駅前でかずとらしき声を聞き、蓮は追いかけていく。かずとは蓮の顔を見るや驚き、目が見える人との差を突きつけられた。 うまく話せない蓮は帰り道、かずとへ文化祭の誘いをする。「必ず行くよ」とあの頃と変わらない優しさを向けるかずとに、振られた過去を引きずりながら想いを募らせていく。  色のある世界で紡いでいく、小さな暖かい恋──。

お世話したいαしか勝たん!

沙耶
BL
神崎斗真はオメガである。総合病院でオメガ科の医師として働くうちに、ヒートが悪化。次のヒートは抑制剤無しで迎えなさいと言われてしまった。 悩んでいるときに相談に乗ってくれたα、立花優翔が、「俺と一緒にヒートを過ごさない?」と言ってくれた…? 優しい彼に乗せられて一緒に過ごすことになったけど、彼はΩをお世話したい系αだった?! ※完結設定にしていますが、番外編を突如として投稿することがございます。ご了承ください。

【完結】それでも僕は貴方だけを愛してる 〜大手企業副社長秘書α×不憫訳あり美人子持ちΩの純愛ー

葉月
BL
 オメガバース。  成瀬瑞稀《みずき》は、他の人とは違う容姿に、幼い頃からいじめられていた。  そんな瑞稀を助けてくれたのは、瑞稀の母親が住み込みで働いていたお屋敷の息子、晴人《はると》  瑞稀と晴人との出会いは、瑞稀が5歳、晴人が13歳の頃。  瑞稀は晴人に憧れと恋心をいただいていたが、女手一人、瑞稀を育てていた母親の再婚で晴人と離れ離れになってしまう。 そんな二人は運命のように再会を果たすも、再び別れが訪れ…。 お互いがお互いを想い、すれ違う二人。 二人の気持ちは一つになるのか…。一緒にいられる時間を大切にしていたが、晴人との別れの時が訪れ…。  運命の出会いと別れ、愛する人の幸せを願うがあまりにすれ違いを繰り返し、お互いを愛する気持ちが大きくなっていく。    瑞稀と晴人の出会いから、二人が愛を育み、すれ違いながらもお互いを想い合い…。 イケメン副社長秘書α×健気美人訳あり子連れ清掃派遣社員Ω  20年越しの愛を貫く、一途な純愛です。  二人の幸せを見守っていただけますと、嬉しいです。 そして皆様人気、あの人のスピンオフも書きました😊 よければあの人の幸せも見守ってやってくだい🥹❤️ また、こちらの作品は第11回BL小説大賞コンテストに応募しております。 もし少しでも興味を持っていただけましたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。  

愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~

大波小波
BL
 第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。  ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。  白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。  雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。  藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。  心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。  少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。

公爵に買われた妻Ωの愛と孤独

金剛@キット
BL
オメガバースです。  ベント子爵家長男、フロルはオメガ男性というだけで、実の父に嫌われ使用人以下の扱いを受ける。  そんなフロルにオウロ公爵ディアマンテが、契約結婚を持ちかける。  跡継ぎの子供を1人産めば後は離婚してその後の生活を保障するという条件で。  フロルは迷わず受け入れ、公爵と秘密の結婚をし、公爵家の別邸… 白亜の邸へと囲われる。  契約結婚のはずなのに、なぜか公爵はフロルを運命の番のように扱い、心も身体もトロトロに溶かされてゆく。 後半からハードな展開アリ。  オメガバース初挑戦作なので、あちこち物語に都合の良い、ゆるゆる設定です。イチャイチャとエロを多めに書きたくて始めました♡ 苦手な方はスルーして下さい。

処理中です...