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第三章 愛しさと拒絶と

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「叔母さ……、どうして」

 瑞紀は、声が震えるのを感じた。美恵子が、にこにこしながら近寄って来る。

「だって、今日だったんでしょう? オーディション。友介さんにこの話をしたらね、すごく興奮しちゃって。菊池アクターアカデミーってどんな所か、見て来いって言うの。中には入れないわよって言ったんだけど、雰囲気だけでもって。立派な建物ねえ」

 叔母は、しみじみと周囲を見回している。日時を教えるべきではなかった、と瑞紀は激しく後悔した。

「上手くいったの?」
「まあ、頑張ってはみたけどね。どうかなあ。ブランクもあるし」

 言いながら瑞紀は、叔母の横に立つ壮介に、そっと視線を移した。彼に会うのは、高校卒業以来だ。今年二十七歳になる壮介は、それなりに社会人としての落ち着きは醸し出していたものの、外見はさほど変わらなかった。背はすらりとして、髪型も服装も清潔感にあふれている。あくまでも見た目は、限りなく紳士的だ。

「瑞紀、久しぶり」

『紳士』は、瑞紀に向かって微笑んだ。叔母の手前、瑞紀も仕方なく挨拶した。

「こちらこそ。壮介さん、今日はお仕事は?」

 今日は平日で、時間も夕方である。すると、叔母が横から口を挟んだ。

「たまたま休みだったんですって。瑞紀くんの話をしたら、せっかくだから一緒に行こうかなって」

 チラと壮介を見やれば、口元には笑みを浮かべているものの、瞳の奥には肉食獣のような光が宿っている。自分への下心は消えていない、と瑞紀は直感した。

「お休みだったなんて、偶然ですね」
 
  軽い皮肉を込めて言ったのだが、壮介は平然としていた。

「不規則な職場だからね」
「ええと……」

 壮介の勤務先はどこだったか、と瑞紀は記憶をたどった。叔母から聞いた気もするのだが、彼の話題には耳を塞ぐようにしていたので、まるで思い出せない。すると、補足するように壮介が説明した。

「ホテルの飲食部門にいるんだよ。今は、そこのマネージャーをやらせてもらってる。HOTELブランって、聞いたことない?」

(HOTELブラン、だと)

 瑞紀は、ドキリとした。小田桐聖の政略結婚相手として名が挙がっている、白井明人の父が経営するホテルではないか。あまりの偶然に、瑞紀は唖然とした。

(俺、ホテルに縁ありすぎじゃねえ……?)

「まあまあ、積もる話は後にしましょうよ」

 瑞紀の混乱をさえぎったのは、叔母の明るい声だった。そして彼女は、とんでもないことを言い出すではないか。

「せっかくだから、お夕飯を一緒に食べない? 瑞紀くんも、まだでしょ。壮介、車で来ているし」

 叔母が駐車場の方を指す。弱ったなと思うが、断る理由が見つからなかった。叔母からすれば、久々に集まったのだから、一緒に食事をするのは当然の流れだろう。腹をくくるか、と瑞紀は思った。叔母と三人なら、壮介だって妙な真似はしないだろう。

「そうですね。行きましょうか」

 無理に笑みを作れば、叔母はパッと顔を輝かせたのだった。
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