59 / 96
15 波乱の晩餐会
3
しおりを挟む
来る晩餐会当日。フェルナンは、共に招待されたナタリーと一緒に、マルソー邸の応接間にいた。出席者は、高位の貴族ばかりだ。とはいえ、ヴィクトルは招待を受けていない。
「ヴィクトル様もねえ。謹慎処分とは、これまた不名誉な」
「その点、代理のラヴァル様のお仕事ぶりは、素晴らしかった! トロハイアの警備強化を、あっという間に対応されましたからな」
そんな囁きが聞こえて、フェルナンは苛立つのを感じた。警備強化を最初に言い出したのは、ヴィクトルだ。しかも襲撃そのものが、ラヴァルの企みらしいというのに。
とはいえ、ラヴァル本人はこの場にいない。マルソーとは犬猿の仲という手前、招待できなかったのだろう。やや安堵したが、油断は禁物だ。
(それにしても、気品の欠片も無い空間であることよ)
これみよがしに飾られた調度品の数々を一瞥して、フェルナンは呆れた。配色も装飾もでたらめだ。金に飽かせて、高価な品々を買いあさったという印象である。
(そしてその金は、鉱夫たちを過重労働させて得たもの……)
それを考えて苦い気分になっていると、マルソー本人がやって来た。気持ち悪いくらいの作り笑顔を浮かべている。
「これはこれは、王太子殿下、ナタリー夫人。ようこそお越しくださいました。マチアス様亡き今、王子殿下三人で、力を合わせて行かねばなりませんからな。シャガール家、マルソー家も仲良くいたしましょう」
ささ、とマルソーが手招きする。やって来たのは、ブリジットにイザーク、ジョルジュだった。
「フェルナン兄様! 来てくださって嬉しいです。ナタリー様も」
ジョルジュははしゃいでいるが、ブリジットとイザークは仏頂面だ。マルソーに促されて、イザークはようやく口を開いた。
「今宵はよろしく……」
渋々といった様子で挨拶しかけたイザークだったが、不意に言葉が途切れた。顔には、驚愕の表情が浮かんでいる。その視線は、フェルナンの背後に注がれていた。
何事かと振り返ると、五名の男女が応接間に入って来るところだった。そのうち四人は、フェルナンのよく知る人物だ。今夜の主賓であるシャガールとギョーム、ヴィクトル、それからアンリ三世の二番目の弟である、ゴーチエ。ヴィクトルからは、叔父にあたる。ゴーチエは、若い女性を連れていた。見知らぬ顔だが、カラーを装着しているところを見ると、パートナーのサブだろう。イザークが凝視しているのは、彼女だった。
(一体、どうしたというのだ……?)
不思議に思っていたフェルナンだったが、そこへマルソーの大声が響いた。
「おお、皆様。ようこそお越しくださいました」
マルソーは愛想笑いを浮かべて彼らにすり寄ったが、ヴィクトルを見て顔をしかめた。
「だが、ヴィクトル殿をご招待した覚えはございませんぞ。失礼ですが……」
「私が是非にとお願いしたのですよ、マルソー様」
穏やかな口調ながら遮ったのは、シャガールだった。
「ご承知の通り、私は王族の方々専用のプレイクラブを、統括する立場にございます。この度、こちらのゴーチエ様が、我がクラブのサブ従業員を身請けしてくださいましてな。ニコルと申すのですが」
ニコルと呼ばれた女性は、ゴーチエの陰におどおどと隠れるようにしている。
「ヴィクトル様は、彼女の身請けに当たり、私とゴーチエ様の間を取り持ってくださったのです。その功労者として、本日はご同席をお願いしたいのですが、いかがでしょうか」
ゴーチエも、大きく頷いている。王弟からの無言の圧力に、マルソーは仕方ないと判断したようだった。
「かしこまりました。では、ヴィクトル殿のお席も設けさせていただくとして……」
「ちょっと待ってくれ!」
マルソーの言葉を乱暴に遮ったのは、イザークだった。母ブリジットの制止を振り切り、五人の元へ突進して行く。
「ニコルが身請けだと? なぜ黙っていた!」
イザークが、シャガールをにらみつける。彼は、冷静に答えた。
「私はクラブの責任者として、守秘義務がございます。たとえ王子殿下であっても、従業員の身請けについて漏らすわけには参りません」
「でも! 女のサブは、ニコルだけじゃないか。他に雇う予定は無いのかっ」
イザークは、必死の形相でわめいている。周囲の者たちは、眉をひそめ始めた。「クラブの話をこんな場で」「はしたない」という囁きが聞こえる。フェルナンは、首をひねった。
(この狼狽ぶりは何だ……?)
このニコルというサブがお気に入りだったのは、わかる。だが、イザークの動揺の原因は、彼女本人というより、女性のサブがいなくなることのように思えた。
「ニコルでないと、駄目なんだ。女でないと!」
イザークは、興奮状態でわめき続けている。そこへ、割って入る声があった。ヴィクトルだった。
「イザーク殿下。それほどまでにニコル嬢にご執心とは存じず、失礼しました。このままでは、収拾が付きませんな。いかがでしょう。この際、ニコル嬢を賭けて対決する、というのは」
「ヴィクトル様もねえ。謹慎処分とは、これまた不名誉な」
「その点、代理のラヴァル様のお仕事ぶりは、素晴らしかった! トロハイアの警備強化を、あっという間に対応されましたからな」
そんな囁きが聞こえて、フェルナンは苛立つのを感じた。警備強化を最初に言い出したのは、ヴィクトルだ。しかも襲撃そのものが、ラヴァルの企みらしいというのに。
とはいえ、ラヴァル本人はこの場にいない。マルソーとは犬猿の仲という手前、招待できなかったのだろう。やや安堵したが、油断は禁物だ。
(それにしても、気品の欠片も無い空間であることよ)
これみよがしに飾られた調度品の数々を一瞥して、フェルナンは呆れた。配色も装飾もでたらめだ。金に飽かせて、高価な品々を買いあさったという印象である。
(そしてその金は、鉱夫たちを過重労働させて得たもの……)
それを考えて苦い気分になっていると、マルソー本人がやって来た。気持ち悪いくらいの作り笑顔を浮かべている。
「これはこれは、王太子殿下、ナタリー夫人。ようこそお越しくださいました。マチアス様亡き今、王子殿下三人で、力を合わせて行かねばなりませんからな。シャガール家、マルソー家も仲良くいたしましょう」
ささ、とマルソーが手招きする。やって来たのは、ブリジットにイザーク、ジョルジュだった。
「フェルナン兄様! 来てくださって嬉しいです。ナタリー様も」
ジョルジュははしゃいでいるが、ブリジットとイザークは仏頂面だ。マルソーに促されて、イザークはようやく口を開いた。
「今宵はよろしく……」
渋々といった様子で挨拶しかけたイザークだったが、不意に言葉が途切れた。顔には、驚愕の表情が浮かんでいる。その視線は、フェルナンの背後に注がれていた。
何事かと振り返ると、五名の男女が応接間に入って来るところだった。そのうち四人は、フェルナンのよく知る人物だ。今夜の主賓であるシャガールとギョーム、ヴィクトル、それからアンリ三世の二番目の弟である、ゴーチエ。ヴィクトルからは、叔父にあたる。ゴーチエは、若い女性を連れていた。見知らぬ顔だが、カラーを装着しているところを見ると、パートナーのサブだろう。イザークが凝視しているのは、彼女だった。
(一体、どうしたというのだ……?)
不思議に思っていたフェルナンだったが、そこへマルソーの大声が響いた。
「おお、皆様。ようこそお越しくださいました」
マルソーは愛想笑いを浮かべて彼らにすり寄ったが、ヴィクトルを見て顔をしかめた。
「だが、ヴィクトル殿をご招待した覚えはございませんぞ。失礼ですが……」
「私が是非にとお願いしたのですよ、マルソー様」
穏やかな口調ながら遮ったのは、シャガールだった。
「ご承知の通り、私は王族の方々専用のプレイクラブを、統括する立場にございます。この度、こちらのゴーチエ様が、我がクラブのサブ従業員を身請けしてくださいましてな。ニコルと申すのですが」
ニコルと呼ばれた女性は、ゴーチエの陰におどおどと隠れるようにしている。
「ヴィクトル様は、彼女の身請けに当たり、私とゴーチエ様の間を取り持ってくださったのです。その功労者として、本日はご同席をお願いしたいのですが、いかがでしょうか」
ゴーチエも、大きく頷いている。王弟からの無言の圧力に、マルソーは仕方ないと判断したようだった。
「かしこまりました。では、ヴィクトル殿のお席も設けさせていただくとして……」
「ちょっと待ってくれ!」
マルソーの言葉を乱暴に遮ったのは、イザークだった。母ブリジットの制止を振り切り、五人の元へ突進して行く。
「ニコルが身請けだと? なぜ黙っていた!」
イザークが、シャガールをにらみつける。彼は、冷静に答えた。
「私はクラブの責任者として、守秘義務がございます。たとえ王子殿下であっても、従業員の身請けについて漏らすわけには参りません」
「でも! 女のサブは、ニコルだけじゃないか。他に雇う予定は無いのかっ」
イザークは、必死の形相でわめいている。周囲の者たちは、眉をひそめ始めた。「クラブの話をこんな場で」「はしたない」という囁きが聞こえる。フェルナンは、首をひねった。
(この狼狽ぶりは何だ……?)
このニコルというサブがお気に入りだったのは、わかる。だが、イザークの動揺の原因は、彼女本人というより、女性のサブがいなくなることのように思えた。
「ニコルでないと、駄目なんだ。女でないと!」
イザークは、興奮状態でわめき続けている。そこへ、割って入る声があった。ヴィクトルだった。
「イザーク殿下。それほどまでにニコル嬢にご執心とは存じず、失礼しました。このままでは、収拾が付きませんな。いかがでしょう。この際、ニコル嬢を賭けて対決する、というのは」
0
お気に入りに追加
140
あなたにおすすめの小説
母の再婚で魔王が義父になりまして~淫魔なお兄ちゃんに執着溺愛されてます~
トモモト ヨシユキ
BL
母が魔王と再婚したルルシアは、義兄であるアーキライトが大の苦手。しかもどうやら義兄には、嫌われている。
しかし、ある事件をきっかけに義兄から溺愛されるようになり…エブリスタとフジョッシーにも掲載しています。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
えっちな美形男子〇校生が出会い系ではじめてあった男の人に疑似孕ませっくすされて雌墜ちしてしまう回
朝井染両
BL
タイトルのままです。
男子高校生(16)が欲望のまま大学生と偽り、出会い系に登録してそのまま疑似孕ませっくるする話です。
続き御座います。
『ぞくぞく!えっち祭り』という短編集の二番目に載せてありますので、よろしければそちらもどうぞ。
本作はガバガバスター制度をとっております。別作品と同じ名前の登場人物がおりますが、別人としてお楽しみ下さい。
前回は様々な人に読んで頂けて驚きました。稚拙な文ではありますが、感想、次のシチュのリクエストなど頂けると嬉しいです。
獅子帝の宦官長
ごいち
BL
皇帝ラシッドは体格も精力も人並外れているせいで、夜伽に呼ばれた側女たちが怯えて奉仕にならない。
苛立った皇帝に、宦官長のイルハリムは後宮の管理を怠った罰として閨の相手を命じられてしまう。
強面巨根で情愛深い攻×一途で大人しそうだけど隠れ淫乱な受
R18:レイプ・モブレ・SM的表現・暴力表現多少あります。
2022/12/23 エクレア文庫様より電子版・紙版の単行本発売されました
電子版 https://www.cmoa.jp/title/1101371573/
紙版 https://comicomi-studio.com/goods/detail?goodsCd=G0100914003000140675
単行本発売記念として、12/23に番外編SS2本を投稿しております
良かったら獅子帝の世界をお楽しみください
ありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる