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11 断ち切る未練

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  ドキリとしたが、ジョルジュは三人を見て無邪気に微笑んだ。
「あ、ヴィクトル殿も来ていたんですか。講話を聴きに?」
 そう尋ねるジョルジュはあっけらかんとしていて、フェルナンは胸を撫で下ろした。この様子からして、カルノーの最後の言葉は、耳に入っていないだろう。ヴィクトルもそう考えたのか、微かにため息を吐くのが見て取れた。
「ジョルジュ、それよりまずは、カルノー殿にお礼だ。貴重なお話を聞かせていただいたのだろう?」  
 促すと、ジョルジュは素直に頷いた。
「はい。カルノー殿、本日はありがとうございました。……ああ、兄様も聴かれたらよかったのに。とても興味深かったのですよ?」
「お前が勉強になったのなら何よりだ。さあ、そろそろ王宮へ戻りなさい。王立学院の課題もあるのだろう?」
 フェルナンとしては早くジョルジュを追い払おうとしたのだが、彼はかぶりを振った。
「でも、その前にお願いが。友人たちにうっかり、兄様が終わり頃来られると漏らしてしまったんです。そうしたら彼らのお父上たちが、やけに興奮し始めて。是非、兄様とお話しされたいと……」
「ジョルジュ……、お前はっ」
 せっかく配慮したというのに。嫌な予感がして逃げ出そうとしたフェルナンだったが、遅かった。男性貴族ら十数名が、小聖堂に駆け込んで来たのである。皆、名だたる高位の家柄だ。そして、一様に目を輝かせている。
「これは、王太子殿下!」
「うかがいましたぞ。祝福の虹が、見られたそうですな」
 彼らは、いっせいにフェルナンを取り囲んだ。謹慎中だからだろう、ヴィクトルは制止すべきか逡巡している。
「それにしても、天からも祝福を受けた次期国王ともなれば、お妃もそれなりのお方を迎えねばなりませぬなあ」
 一人が、勢い込んで言う。フェルナンは、ドキリとした。
「早く迎えられるに、越したことはありませんぞ? 正直、マチアス様の頃も、やきもきしていたのです」
 兄マチアスは、婚約者も決めぬまま亡くなったのだ。まるで、死を見越していたかのようだった。
「いかがでございましょう、是非今度、我が家主催の晩餐会に……」
「そなた、抜け駆けか? 殿下、お捨て置きくださいませ。それよりも我が家には、二人の娘がおりましてな。どちらも独り身でございまして……」
「抜け駆けはどちらじゃ! そもそもそなたの娘らは、二人とも殿下より年上であろうが。厚かましい!」
 貴族らは、フェルナンそっちのけでわあわあと騒ぎ始めた。さすがに放っておけないと思ったのか、ヴィクトルが声を上げる。
「皆様方、失礼を。フェルナン殿下は本日、講話をお聴きになるお時間も無いくらい、ご多忙でいらっしゃるのです」
 皆が、決まり悪そうに黙り込む。ヴィクトルは、さらに続けた。
「そして、殿下のお妃について気遣ってくださるのは、ありがたいのですが。何分殿下は、思いがけない経緯で突如王太子となられたばかり。その件は、まだまだ先のこととお考えいただけると幸いです」
 貴族らが、いっせいにしゅんとうなだれる。フェルナンは少し考えると、彼らに声をかけた。
「……いや。私は、先とは考えていない」
 貴族らは、弾かれたように顔を上げた。ヴィクトルが、目を見開いてこちらを見ているのがわかる。だがフェルナンは、あえて彼の顔を見ずに告げた。
「ヴィクトル殿の発言は、私を気遣ってのことであろう。だが、妃を迎え早く世継ぎを為すことは、王太子としての重要な責務。政務同様、積極的に考えていきたいと思っている」
 フェルナンは、一気に言い切った。最後までヴィクトルの方を見なかったのは、自らの恋心に終止符を打つためだった。
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