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11 断ち切る未練

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「そうだったのですか……?」
 フェルナンは、目を見張った。はい、とカルノーがにっこり頷く。
「このご恩は忘れませんと、申し上げたではないですか。おまけにヴィクトル様には、何かとご配慮いただいております。これくらい、お安いご用でございますよ」
 聞けばここだけでなく、あちこちの教会を回っては、同じ話を説いたのだという。
「クレマン陛下は有名でいらっしゃいますが、虹の逸話まで知る人は少ないですからね。皆、たいそう感動していましたよ」
「そうか……、ありがとう。いや、ちっとも知りませんでした。ヴィクトルはどうしてまた、そんなことを頼んだのでしょう……」 
  首をかしげていると、重々しい靴音が聞こえた。馴染みある柑橘系の香りも漂う。振り返って、フェルナンはハッとした。当のヴィクトルが、聖堂内に入って来たのだ。
「ヴィクトル!? お前は、まだ謹慎中だろう」
「職務を行っているわけではないから、いいのです。聖堂を訪れるのは、私的な行動ですからね」
 ヴィクトルは、けろりと答えた。確かにラフなチュニック姿で、いつも束ねている髪も、無造作に垂らしている。
「で、先ほどの殿下の疑問にお答えしますと……、実はトロハイアからの帰還後すぐ、妙な噂が一部で広まったのです。いわく、これまで神殿だけには手出ししなかったヴィルトランドが、フェルナン殿下の立太子に当たって、攻撃を仕掛けてきた。これは、不吉な前兆ではないか、と」
「何だと!?」
 フェルナンは、顔色を変えた。
「一体誰が、そのような無責任な……。というより、そんな噂、僕は知らなかったぞ?」
「当然でございます。殿下のお耳には入らないよう、箝口令を敷きましたゆえ」  
  ヴィクトルは、淡々と答えた。
「そして噂の源ですが、恐らくはマルソー伯爵ではないかと。しっぽはつかめておりませんが」
 こめかみが引き攣るのを、フェルナンは抑えきれなかった。確かに彼ならやりかねない。横ではカルノーも、顔を曇らせている。
「というわけで、カルノー様にお願い申し上げたわけです。是非あの虹のエピソードを語ってくだされ、と。私やベイル殿が吹聴するよりも、カルノー様にしていただいた方が、説得力があるでしょう。私どもがすれば、警護の失敗を誤魔化すためかと邪推されかねませんから」 
 じわりと、胸に熱いものが広がるのがわかった。
(こんな対策を講じてくれていたなんて……)
 それも、フェルナンを煩わせないよう、陰でこっそりと。もはや、全てを許せる気がした。ヴィクトルが、どんなサブとどんなプレイをしようが。この二日間、忘れるよう努めていたが、内心では嫉妬でいっぱいだったのだ。ヴィクトルが、どこの誰とも知らないサブにコマンドを発し、果ては触れ、抱いたのかと思うと。
「ありがとう、ヴィクトル。そんな風に、配慮してくれて。僕自身、虹のことをすっかり忘れていたというのに」
 フェルナンは、少し赤くなった。襲撃事件で頭がいっぱいで、そういえば父王にも報告していなかったと思い出す。
「そして、カルノー殿。協力していただき、助かりました。心より感謝します」
 目を見つめて礼を述べれば、カルノーはいやいやと恐縮した。
「私自身、皆に知って欲しかった話なので、よろしいのですよ。お役に立てたなら何よりです。何せフェルナン殿下には、レスティリア史上初のサブの国王として、ご活躍いただかないといけませんからな」 
 カルノーが力強く答えた、その時。軽やかな足音が聞こえた。間を置かずして、朗らかな声が聞こえる。
「いたいた、フェルナン兄様。お捜ししたんですよ?」
 ジョルジュが駆け込んで来る。フェルナンは、思わずヴィクトルと顔を見合わせていた。
(もしや、今の話を聞かれたか……?)
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