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2 初恋と失恋

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  元々ヴィクトルは、フェルナンの教育係を務めていた。彼は、指導中はひどく厳しかったが、勉強でフェルナンが成果を上げると、優しく褒めてくれた。
『素晴らしい。フェルナン殿下は、のみこみが早くていらっしゃいますね』
 ヴィクトルにそう言われて頭を撫でられると、フェルナンは何とも形容しがたい恍惚感に襲われた。まだ覚醒前だったが、今にして思えば、当時からサブの片鱗があったのだろう。
 今では滅多に笑わなくなったヴィクトルだが、その頃はまだ、時折笑顔を見せてくれた。元々切れ長の瞳は、笑うといっそう細くなり、少年らしさすら感じさせた。ヴィクトルのその表情が見たくて、フェルナンは懸命に勉強を頑張ったものだ。
 だがそんな折、フェルナンは、侍女たちがヴィクトルの噂をしているのを耳にしたのだった。
『まあっ、ヴィクトル様って、ナタリー様にご執心なの?』
『それで彼、どんなご令嬢にも、見向きをなさらないのね……』
 最初は、信じられなかった。だが、当時ナタリーは二十八歳。女盛りの美しさだった。そしてヴィクトルは、十九歳になろうかというのに、浮いた噂が一つも無かった。
(でも、まさか。母上には、父上がいらっしゃるというのに……)
 根も葉もない噂に違いない。そう思い込もうとしたフェルナンだったが、侍女たちはこう続けた。
『ナタリー様って、嫁がれた頃、ヴィクトル様を本当に可愛がってらっしゃったものねえ』
『ヴィクトル様にとっては、きっと初恋だったのね。あの頃のナタリー様って、とってもお可愛らしかったもの……』
 フェルナンの母ナタリーは、下級貴族の娘だったが、その美貌を見初められて、十七歳でアンリ三世の第二夫人となった。
 一方ヴィクトルは、当時八歳だった。アンリ三世の弟である父・テオドルと、母を相次いで亡くしたばかりだった彼は、王宮でひとりぼっちでいることが多かったのだという。
 そしてナタリーもまた、慣れない宮廷暮らしで不安を抱えていたらしい。それを紛らわすためか、ナタリーはまるで実の弟のように、ヴィクトルを可愛がったのだという。
(知らなかった……)
 フェルナンは、愕然とした。生まれていない頃のことなど、知る由も無い。母とヴィクトルにそんな絆があったなんて、初耳だった。
 とりとめなく思い出話を繰り広げた後、侍女たちは最後にこんなことを言った。
『でも、これって完全にヴィクトル様の片思いよね。ナタリー様は、国王陛下一筋だもの……』
 どうしてこんなにショックを受けているのだろう、とフェルナンはその時思った。
(ああ、そうか……)
 自分は、ヴィクトルに恋をしているのだ。フェルナンは、はっきりと自覚した。十歳の年だった。
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