上 下
1 / 85
1 出会い

1

しおりを挟む
 二〇六〇年十月、N国T都――。
 香月純かづきじゅんは夜の街を駆けていた。午後八時を回った首都の繁華街は、多くの人であふれかえっている。大半はすでに酔っ払っており、痩せっぽちの地味な容貌の少年が一人で歩いていても、気にする者などいない。
(あった)
 遙か前方に目指す場所を見つけて、純は息を詰めた。そこには、堂々たる紫色の門がそびえ立っている。その向こうからは、艶めかしいネオンの光が漏れてきていて、すでに妖しい雰囲気を醸し出していた。
 誰にも見とがめられませんように、純はそう祈りながら、慎重に人混みをかき分けて進んだ。
「おい」
 だが、門まであと数歩という所で、純は一人の男に腕をつかまれた。反射的に顔を上げて、純ははっとした。鋭い眼差しで純を見すえていたのは、身長百九十はあるだろう体格の良い男だった。
(よりによって、アルファに捕まるなんて……)


  男女の性の他に、アルファ、ベータ、オメガという三つの性、いわゆるバース性の存在が認められるようになったのは、ここ数十年のことだ。とはいえ、人口のほとんどはごく平均的な人間・ベータが占めている。
 それに対し、人口の一~二割しか存在しないにも関わらず、国を動かす特権階級であるのがアルファだ。彼らは、知力、身体能力等のあらゆる能力に秀でており、容姿も端麗な者が多い。いわば生まれながらのエリートであり、政治家や官僚は、ほぼアルファで占められている。
 そして、アルファよりもさらに希少なのがオメガで、この性は男女問わず妊娠が可能である。だが、オメガの社会的地位は低い。その理由は、月に一度の発情期にある。発情期のオメガは、理性では制御しがたい性的欲求に襲われる。さらには強いフェロモンをまき散らして、アルファやベータを誘惑するのである。三年前にオメガの売春が合法化されるまでは、オメガに対するレイプや暴力事件は、後を絶たなかったものだ。


 純は、この厄介とされるオメガである。十五歳になったばかりの先月、初めての発情期を迎えた。そして同時に、特殊な能力があることが判明したのだ……。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

クオリアの回帰航路

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:32

ロマの王

BL / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:240

Loneliness*Lovesickness

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:52

天翔ける獣の願いごと

BL / 完結 24h.ポイント:134pt お気に入り:341

ある時、ある場所で

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:47

優しくしないで

BL / 連載中 24h.ポイント:14pt お気に入り:42

処理中です...