一年前の忘れ物

花房ジュリー

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未練

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「はい。薬、買ってきましたよ。何か食べて飲んでください。うどんくらいなら、食べられそうですか?」
「気を遣わなくても大丈夫だよ? 置いておいてくれたら、後は自分でやるから」
 とはいえ、倉木はとても放っておける状態では無い。
「俺作りますから、寝ててください。台所、借りますね。その間に、着替えましょう。汗をかいたままだと、良くないですよ」
 玲は勝手知ったる倉木の寝室のタンスから、替えの下着とパジャマを取り出して枕元に置くと、そそくさと台所へ逃げ込んだ。さすがに着替えの現場に居合わせるのはまずい、と判断したのだ。
 うどんを作って持って行くと、倉木は着替えを終え、おとなしく寝ていた。
「はい、これ食べて薬を飲んでください」
「ありがとう。何だか、申し訳ないな。すっかり看病させてしまって……」
 言いながら、倉木はうどんを一口すする。彼はふっと笑みを浮かべると、美味しい、と呟いた。
「お粥も作り置きしておきましたから、今度食べてくださいね。それじゃ……」
 そろそろ帰ろうか、と玲は腰を浮かす。すると倉木は、ふと食べる手を休め、玲を見つめた。
「玲、今の恋人とは、上手くいっているの?」
 玲は絶句した。アレンの存在を、倉木は知っているのだろうか。おまけに彼の台詞は、まるでジュリアンの一件まで見透かしているようだ。
「何だか今日の玲は、寂しそうに見えたんだよね」
 倉木は玲をじっと見据えると、カタンと器を置いた。
「玲が別れたいって言った時、僕はすぐOKしただろう? 分かったんだよ、他に好きな人ができたんだろうって。でも玲が幸せなら、僕はそれでいいと思った。いや、そう思おうとしたんだ」
「……」
「でも、やっぱり見栄は張るもんじゃないな。物わかりのいい大人の男を演じたつもりだけど、さすがにもう限界だ……」
「倉木さん……」
 玲はやっとのことで、声を絞り出した。
「玲のことが忘れられない。毎晩、夢に見るんだよ……。玲、また僕のものになってくれないか?」
 玲が身をかわすよりも速く、倉木が玲の手を握る。そのまま倉木は、玲を引っ張り寄せた。不意を突かれて重心を失った玲は、倉木の胸の中に倒れ込んだ。
「本当は、こんなことを言う気は無かった。薬だけ買って来てと言ったのは、嘘じゃない。でも、玲の悲しそうな表情を見たら、無性に腹が立って……。そんな顔をさせているのは、今の恋人なんだろう? 僕なら、絶対玲を悲しませるようなことはしないのに」
 そう囁きながら、倉木は玲をきつく抱きしめた。
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