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最終章 魔法は世のため、人のため
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全員が、息を呑んだ。父が、切々と訴える。
「お聞き及びかもしれませんが、我が家は、父一人子一人の家庭でして。やはり息子の近くで暮らしたいのです。都度都度召喚していただくのでは、ボネーラ様にお手間もかけてしまいますし」
ボネーラは頷きかけて、慌ててかぶりを振った。
「けど父さん、仕事の方はいいの?」
真純はたずねた。父が、きっぱり答える。
「キリの良いところで退職する。すでに、準備は始めているんだ」
「なるほど。そこまでのお覚悟でいらっしゃったか」
黙って聞いていたルチアーノは、大きく頷いた。
「私に異存はありません。ご子息のそばに居たいというお気持ちはよくわかりますし、マスミも喜ぶことでしょう。お父上がこの世界、国に馴染んでいただけるよう、最大限努力いたします」
「とんでもない! すでに十分、馴染んでおりますとも」
父は、間髪を容れずに答えた。
「先ほども申したように、文化は興味深いですし、何より国民の方々が、皆幸せそうだ。偉大なる国王陛下のお力ゆえですな」
さりげなくお追従を交えながら、父が続ける。
「とは申しましても。ただ住まわせてください、というのは気が引けます。何か、仕事をさせて欲しいのですが。ちなみに、あちらの世界では教師をしておりました。教育に関連する仕事なら、自信がございます」
全員の瞳が、パッと輝いた。ルチアーノが、即座に答える。
「それは、大変ありがたいお申し出です。実は今、我が国では、平民を対象として教育に力を入れているのです。折しも本日、教育施設が開校したばかりでして。携わっていただければ、とても心強い。……いや、素晴らしいタイミングですな」
父なら狙ってやって来かねないな、と真純は思った。
「特に難儀しているのが、講師の養成でして。こちらのフィリッポ殿にお願いしようかと思っていたのですが、彼も宮廷魔術師として多忙ですからね。……フィリッポ殿、マスミのお父上に任せてもよいか?」
ルチアーノが、フィリッポの方を見やる。フィリッポは、あっさり同意した。
「マスミさんのお父上なら、信頼できるでしょう。それに私も、確かに忙しいですから。宮廷魔術師の職務自体もですが、後継者の養成を今から始めようと思っていましてね」
真純は、目を見張った。
「もうですか?」
「ええ。実力主義路線に変わった以上、私も責任を持って、次の宮廷魔術師を育てないといけません。最初は、あの十人の魔術師の家系で探したのですが、めぼしい人材がいなくてですね。魔法の能力は高くても、人格に難があったりですとか」
「まるでフィリッポ殿は、人格に難が無いような言い方だな」
からかうように、ルチアーノが言う。この手の応酬は、もはや宮廷では日常茶飯事だ。
「少なくとも、インチキ占いで人を欺くような人間だけは、避けたいということですよ。……というわけで、各地へ赴いて探します。どのみち、魔物退治などで遠征しないといけませんから」
フィリッポの説明は筋が通っているが、真純はやや首をかしげた。いくら宮廷魔術師職が実力を重んじるようになったとはいえ、そこまでして他人を後継者に据える必要があるのかと思ったのだ。今日、女性生徒らはフィリッポに殺到していた。皆が皆、給料目当てというわけでもはないだろう。結婚すれば、フィリッポの能力を受け継いだ子供が産まれるかもしれないのに。その可能性は、全く考えないのだろうか。
とはいえ真純以外の皆は、納得した様子でふむふむと頷いている。ルチアーノは立ち上がると、真純の父の手を取った。
「ではお父上、ようこそアルマンティリアへ。教師として、その手腕を発揮いただきたい」
パチパチと、皆手を叩く。ボネーラは、満面の笑みを浮かべた。
「お困りのことがあれば、何なりと仰ってくださいね。こちらへ永住いただけるとは、ありがたい」
召喚の儀式が、よほど負担だったらしい。すると父は、こんなことを言い出した。
「あっ、それがですね、ボネーラ様。永住はしますが、年に一度は日本へ帰らせていただきたいのですが」
「……はい?」
ボネーラの顔から、さあっと笑みが消えた。
「妻の墓に参りたいのですよ。一人残すのは、寂しいだろうと思いまして」
「……なるほど」
仕方ないと思ったのか、ボネーラは頷いた。ルチアーノが、チラと彼を見やる。
「すまぬな。負担であろうが、頼めるか? できれば、マスミも一緒に。母君の墓に参りたいだろう」
するとそこへ、ジュダが口を挟んだ。
「ボネーラ様。召喚儀式のやり方、教えていただけませんか? 私が、代わりに執り行いましょう」
「おや、よいので?」
ボネーラが、目を見張る。ジュダはきっぱりと頷いた。
「後任として、いずれは引き継ぐ仕事ですから。今から始めても、同じでしょう」
「ありがとう」
真純はジュダに、心から礼を述べた。父も同調する。
「ジュダさん、お世話になります」
「構いませんよ」
ジュダはにっこりした。
「それでお父上が、安心して教育機関のお仕事に専念できるなら、お安いご用です。応援していますからね」
そう言うジュダの口調はやけに熱がこもっていて、真純は首をひねった。
「何だか、すごいやる気だね。ジュダ、平民教育に、そんなに関心があったの?」
するとなぜか、その場に居た全員が絶句した。ルチアーノが、ため息をつく。
「マスミ。そこが良い所ではあるのだが、そなたは純粋を通り越して、鈍い一面があるな」
偶然もあるものだな、と真純は思った。一日で三人もの人間に、鈍いと言われるなんて。
「……はあ。まあよい。ではジュダ、頑張って召喚方法を学んでくれ」
そう言うとルチアーノは立ち上がった。
「では、これにて解散としよう。お父上は、ゆっくりなさっていってください。父子で話されますか?」
「ええ、是非」
父が答える。皆は気を遣ったのか、そそくさと席を立ち始めた。そこで真純は、とんでもないことを思い出した。父がアルマンティリアへ来てくれるのは嬉しいが、その前に打ち明けないといけないことがあるではないか。
(よし、勇気を出すぞ……!)
「お聞き及びかもしれませんが、我が家は、父一人子一人の家庭でして。やはり息子の近くで暮らしたいのです。都度都度召喚していただくのでは、ボネーラ様にお手間もかけてしまいますし」
ボネーラは頷きかけて、慌ててかぶりを振った。
「けど父さん、仕事の方はいいの?」
真純はたずねた。父が、きっぱり答える。
「キリの良いところで退職する。すでに、準備は始めているんだ」
「なるほど。そこまでのお覚悟でいらっしゃったか」
黙って聞いていたルチアーノは、大きく頷いた。
「私に異存はありません。ご子息のそばに居たいというお気持ちはよくわかりますし、マスミも喜ぶことでしょう。お父上がこの世界、国に馴染んでいただけるよう、最大限努力いたします」
「とんでもない! すでに十分、馴染んでおりますとも」
父は、間髪を容れずに答えた。
「先ほども申したように、文化は興味深いですし、何より国民の方々が、皆幸せそうだ。偉大なる国王陛下のお力ゆえですな」
さりげなくお追従を交えながら、父が続ける。
「とは申しましても。ただ住まわせてください、というのは気が引けます。何か、仕事をさせて欲しいのですが。ちなみに、あちらの世界では教師をしておりました。教育に関連する仕事なら、自信がございます」
全員の瞳が、パッと輝いた。ルチアーノが、即座に答える。
「それは、大変ありがたいお申し出です。実は今、我が国では、平民を対象として教育に力を入れているのです。折しも本日、教育施設が開校したばかりでして。携わっていただければ、とても心強い。……いや、素晴らしいタイミングですな」
父なら狙ってやって来かねないな、と真純は思った。
「特に難儀しているのが、講師の養成でして。こちらのフィリッポ殿にお願いしようかと思っていたのですが、彼も宮廷魔術師として多忙ですからね。……フィリッポ殿、マスミのお父上に任せてもよいか?」
ルチアーノが、フィリッポの方を見やる。フィリッポは、あっさり同意した。
「マスミさんのお父上なら、信頼できるでしょう。それに私も、確かに忙しいですから。宮廷魔術師の職務自体もですが、後継者の養成を今から始めようと思っていましてね」
真純は、目を見張った。
「もうですか?」
「ええ。実力主義路線に変わった以上、私も責任を持って、次の宮廷魔術師を育てないといけません。最初は、あの十人の魔術師の家系で探したのですが、めぼしい人材がいなくてですね。魔法の能力は高くても、人格に難があったりですとか」
「まるでフィリッポ殿は、人格に難が無いような言い方だな」
からかうように、ルチアーノが言う。この手の応酬は、もはや宮廷では日常茶飯事だ。
「少なくとも、インチキ占いで人を欺くような人間だけは、避けたいということですよ。……というわけで、各地へ赴いて探します。どのみち、魔物退治などで遠征しないといけませんから」
フィリッポの説明は筋が通っているが、真純はやや首をかしげた。いくら宮廷魔術師職が実力を重んじるようになったとはいえ、そこまでして他人を後継者に据える必要があるのかと思ったのだ。今日、女性生徒らはフィリッポに殺到していた。皆が皆、給料目当てというわけでもはないだろう。結婚すれば、フィリッポの能力を受け継いだ子供が産まれるかもしれないのに。その可能性は、全く考えないのだろうか。
とはいえ真純以外の皆は、納得した様子でふむふむと頷いている。ルチアーノは立ち上がると、真純の父の手を取った。
「ではお父上、ようこそアルマンティリアへ。教師として、その手腕を発揮いただきたい」
パチパチと、皆手を叩く。ボネーラは、満面の笑みを浮かべた。
「お困りのことがあれば、何なりと仰ってくださいね。こちらへ永住いただけるとは、ありがたい」
召喚の儀式が、よほど負担だったらしい。すると父は、こんなことを言い出した。
「あっ、それがですね、ボネーラ様。永住はしますが、年に一度は日本へ帰らせていただきたいのですが」
「……はい?」
ボネーラの顔から、さあっと笑みが消えた。
「妻の墓に参りたいのですよ。一人残すのは、寂しいだろうと思いまして」
「……なるほど」
仕方ないと思ったのか、ボネーラは頷いた。ルチアーノが、チラと彼を見やる。
「すまぬな。負担であろうが、頼めるか? できれば、マスミも一緒に。母君の墓に参りたいだろう」
するとそこへ、ジュダが口を挟んだ。
「ボネーラ様。召喚儀式のやり方、教えていただけませんか? 私が、代わりに執り行いましょう」
「おや、よいので?」
ボネーラが、目を見張る。ジュダはきっぱりと頷いた。
「後任として、いずれは引き継ぐ仕事ですから。今から始めても、同じでしょう」
「ありがとう」
真純はジュダに、心から礼を述べた。父も同調する。
「ジュダさん、お世話になります」
「構いませんよ」
ジュダはにっこりした。
「それでお父上が、安心して教育機関のお仕事に専念できるなら、お安いご用です。応援していますからね」
そう言うジュダの口調はやけに熱がこもっていて、真純は首をひねった。
「何だか、すごいやる気だね。ジュダ、平民教育に、そんなに関心があったの?」
するとなぜか、その場に居た全員が絶句した。ルチアーノが、ため息をつく。
「マスミ。そこが良い所ではあるのだが、そなたは純粋を通り越して、鈍い一面があるな」
偶然もあるものだな、と真純は思った。一日で三人もの人間に、鈍いと言われるなんて。
「……はあ。まあよい。ではジュダ、頑張って召喚方法を学んでくれ」
そう言うとルチアーノは立ち上がった。
「では、これにて解散としよう。お父上は、ゆっくりなさっていってください。父子で話されますか?」
「ええ、是非」
父が答える。皆は気を遣ったのか、そそくさと席を立ち始めた。そこで真純は、とんでもないことを思い出した。父がアルマンティリアへ来てくれるのは嬉しいが、その前に打ち明けないといけないことがあるではないか。
(よし、勇気を出すぞ……!)
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