上 下
227 / 242
最終章 魔法は世のため、人のため

3

しおりを挟む
 教育機関の視察を終えると、真純はルチアーノと共に、馬車に乗り込んだ。ルチアーノが、顔をしかめる。

「特訓したつもりだが、指導方法を改善せねばな」
「そうですね。フィリッポさんの教え方の方が、よほど好評でした」

 もう耳に入っていたらしく、ルチアーノは頷いた。

「先ほど、フィリッポ殿と話した。こちらを手伝ってもらおうかと。快諾してくれたが、そうはいっても、宮廷魔術師と兼務は大変であろうな……」
「講師の講師、という感じで、見本を見せてあげるといいかもしれませんね」

 そんな会話を交わしながら、二人はある土地へとやって来た。現在、ショウガの収穫を行っている場所だ。というのも、ここで働く者たちの中に、要注意人物がいるからだ。それも、三名も。  

「ああ……」

 馬車の窓から収穫風景が見えてきたとたん、真純は頭を抱えたくなった。まさにその三人が、仕事を放置して言い合いをしていたのだ。

「俺は、あんたら二人とは違うからな! 栄えある近衛騎士だったんだぞ!」

 そう言ってふんぞり返るのは、カンパネッラだ。偽証の罪で投獄された彼だが、最近ようやく釈放された。だが、能力不十分につき、騎士に戻ることは叶わなかったのだ。さらに、先ほどの教育機関の講師職も、採用基準に到達しなかった。そんなわけで彼は現在、ショウガ畑で働いている。

「近衛騎士が何だ、しょせん家柄で採用されたくせに。私など、実力で神殿長にまで上りつめたのだぞ!」
 
  怒鳴り返すのは、ユリアーノだ。いったん終身刑とされた彼だが、ルチアーノの裁量により、牢獄を出てここで働いている。ここでの成果いかんで自由の身になれる、という条件付きだ。

「何が実力だ。裏取引のたまものであろう」

 馬車内からユリアーノを見やって、ルチアーノがため息をつく。真純は尋ねた。

「それにしても、本当によかったんですか。このままだと、頑張り次第でユリアーノさんは自由の身になってしまいますけど」

 するとルチアーノは、にやりとした。

「確かにな。だが、その『頑張り』を評価するのは私だ。私が成果不足と認定し続ける限り、奴が自由を得ることは無い」

 つまり、と真純は思った。ルチアーノが、涼しい顔で告げる。

「ユリアーノは永遠に、ショウガ畑の住人かもしれぬな。普通に牢獄で終身刑に処せられるよりも、厳しいであろう」

 間違い無い、と真純は思った。その『永遠』は、きっと確定事項だろう。

「それよりも、あの男こそ、ここで働かせるだけでよかったのか? 極刑でも構わなかったのだぞ?」

 ルチアーノが、三人目を顎で指す。ここへ召喚した医師だ。彼もまた、額に汗してショウガの収穫をさせられている。

「父の意見です。母は、ひどく苦しみながら死んでいきました。だから、あっさり殺してしまうよりも、辛いことをさせたいと」
「あの男は、六十代であったな。確かに、この重労働はこたえるであろう。ま、それを見越して、この仕事を用意していたのだが」

 ルチアーノは、腰に手を当ててうめいている医師を見やった。聞けば、ショウガ栽培の計画を立てている時から、彼をここで働かせようと考えていたのだという。

「ええ。それから父は、こうも言っていました。あの人は、僕らの世界では、とても名誉ある地位に就いていたんです。その地位を取り上げられ、罪人や元罪人と一緒に労働をさせられるのは、きっと屈辱だろうと」

 折しもその時、医師が怒鳴った。

「神殿長といっても、しょせん一地方のトップだろう。私など、一国の神官連合において、理事という名誉ある役職に就いていたのだぞ!」

 ここアルマンティリアでは、医療に携わる者は神官という共通認識がある。早くもその情報を入手し、この世界風に言い換えたか、と真純は呆れた。しかも、日本医師会の理事には、まだ選ばれていなかったというのに。

「眉唾ものだな。ろくに、役に立たないくせに!」

 ユリアーノが言い返す。医師も、負けじと怒鳴り返した。

「メスより重い物など、持ったことが無いんだ。仕方ないだろう!」

 その時、ひときわ大きな声が響いた。

「お前は、内科医だろうが。何がメスだ!」

 この声は、と辺りを見回して、真純は思わず顔をほころばせた。父が、畑の反対側にいたのだ。ボネーラに召喚してもらってから半年、彼は、アルマンティリアと日本を行ったり来たりしている。

 父は、なおも叫んだ。

「おい、お仲間たち。この男は、神官なんかじゃないからな。嘘に騙されるなよ!」
「はあ!?」

 カンパネッラとユリアーノは、そろって血相を変えた。

「神官ですらないのかよ!」
「ほら吹きめ。痛い目に遭わせてやれ!」

 二人が、医師に飛びかかる。そこへ、監督者がすっ飛んで来た。

「こら、またお前らか! 仕事をさぼって、無駄口ばかり……。罰として、作業時間を五時間延長だ!」

 三人は、監督者に引きずられるようにして去って行った。ルチアーノは、それを見届けると、真純を連れて馬車を降りた。気づいた父が、走り寄って来る。何やら、大きなバッグを抱えていた。

「ルチアーノ陛下の馬車でしたか。気づかず、失礼いたしました」
「いや。今回も、無事到着なされたようですな。いかがです、あの光景は?」

 監督者に叱責されている医師を見やりながら、ルチアーノが尋ねる。父は微笑んだ。

「妻が帰って来るわけではありませんが、スッキリはいたしました。何せ我らの世界では、奴はお咎めも受けず、のうのうと暮らしていましたからな」

 そう言うと父は、不意に真剣な表情になった。

「ルチアーノ陛下。お忙しい中恐縮ですが、今回は相談がございます。少々、お時間をいただけませんか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王子様のご帰還です

小都
BL
目が覚めたらそこは、知らない国だった。 平凡に日々を過ごし無事高校3年間を終えた翌日、何もかもが違う場所で目が覚めた。 そして言われる。「おかえりなさい、王子」と・・・。 何も知らない僕に皆が強引に王子と言い、迎えに来た強引な婚約者は・・・男!? 異世界転移 王子×王子・・・? こちらは個人サイトからの再録になります。 十年以上前の作品をそのまま移してますので変だったらすみません。

5回も婚約破棄されたんで、もう関わりたくありません

くるむ
BL
進化により男も子を産め、同性婚が当たり前となった世界で、 ノエル・モンゴメリー侯爵令息はルーク・クラーク公爵令息と婚約するが、本命の伯爵令嬢を諦められないからと破棄をされてしまう。その後辛い日々を送り若くして死んでしまうが、なぜかいつも婚約破棄をされる朝に巻き戻ってしまう。しかも5回も。 だが6回目に巻き戻った時、婚約破棄当時ではなく、ルークと婚約する前まで巻き戻っていた。 今度こそ、自分が不幸になる切っ掛けとなるルークに近づかないようにと決意するノエルだが……。

【完結】王子の婚約者をやめて厄介者同士で婚約するんで、そっちはそっちでやってくれ

天冨七緒
BL
頭に強い衝撃を受けた瞬間、前世の記憶が甦ったのか転生したのか今現在異世界にいる。 俺が王子の婚約者? 隣に他の男の肩を抱きながら宣言されても、俺お前の事覚えてねぇし。 てか、俺よりデカイ男抱く気はねぇし抱かれるなんて考えたことねぇから。 婚約は解消の方向で。 あっ、好みの奴みぃっけた。 えっ?俺とは犬猿の仲? そんなもんは過去の話だろ? 俺と王子の仲の悪さに付け入って、王子の婚約者の座を狙ってた? あんな浮気野郎はほっといて俺にしろよ。 BL大賞に応募したく急いでしまった為に荒い部分がありますが、ちょこちょこ直しながら公開していきます。 そういうシーンも早い段階でありますのでご注意ください。 同時に「王子を追いかけていた人に転生?ごめんなさい僕は違う人が気になってます」も公開してます、そちらもよろしくお願いします。

置き去りにされたら、真実の愛が待っていました

夜乃すてら
BL
 トリーシャ・ラスヘルグは大の魔法使い嫌いである。  というのも、元婚約者の蛮行で、転移門から寒地スノーホワイトへ置き去りにされて死にかけたせいだった。  王城の司書としてひっそり暮らしているトリーシャは、ヴィタリ・ノイマンという青年と知り合いになる。心穏やかな付き合いに、次第に友人として親しくできることを喜び始める。    一方、ヴィタリ・ノイマンは焦っていた。  新任の魔法師団団長として王城に異動し、図書室でトリーシャと出会って、一目ぼれをしたのだ。問題は赴任したてで制服を着ておらず、〈枝〉も持っていなかったせいで、トリーシャがヴィタリを政務官と勘違いしたことだ。  まさかトリーシャが大の魔法使い嫌いだとは知らず、ばれてはならないと偽る覚悟を決める。    そして関係を重ねていたのに、元婚約者が現れて……?  若手の大魔法使い×トラウマ持ちの魔法使い嫌いの恋愛の行方は?

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

【完結】悪役令息?だったらしい初恋の幼なじみをせっかく絡めとったのに何故か殺しかけてしまった僕の話。~星の夢・裏~

愛早さくら
BL
君が悪役令息? 一体何を言っているのか。曰く、異世界転生したという僕の初恋の幼なじみには、僕以外の婚約者がいた。だが、彼との仲はどうやら上手くいっていないようで……ーー?! はは、上手くいくはずがないよね、だって君も彼も両方受け身志望だもの。大丈夫、僕は君が手に入るならなんでもいいよ。 本人には気取られないよう周囲に働きかけて、学園卒業後すぐに、婚約破棄されたばかりの幼なじみを何とか絡めとったのだけど、僕があまりに強引すぎたせいか、ちょっとしたすれ違いから幼なじみを殺しかけてしまう。 こんなにも君を求めているのに。僕はどうすればよかったのだろう? この世界は前世でプレイしたことのある乙女ゲームの世界で自分は悪役令息なのだという最愛の公爵令息を、策略を巡らせて(?)孕ませることでまんまと自分の妃にできた皇太子が事を急くあまり犯した失態とは? ・少し前まで更新していた「婚約破棄された婚約者を妹に譲ったら何故か幼なじみの皇太子に溺愛されることになったのだが。」の殿下視点の話になります。 ・これだけでも読めるように書くつもりですが、エピソード的な内容は前述の「婚約破棄され(ry」と全く同じです。 ・そちらをお読みの方は、少し違う雰囲気をお楽しみ頂けるのではと。また、あちらでは分かりにくかった裏側的なものも、こちらで少し、わかりやすくなるかもしれません。 ・男性妊娠も可能な魔力とか魔術とか魔法とかがある世界です。 ・R18描写があるお話にはタイトルの頭に*を付けます。(3-7とかの数字の前。 ・ちゅーまでしか行ってなくても前戯ならR18に含みます。 ・なお、*の多くは全部ぶっ飛ばしても物語的に意味は通じるようにしていく予定です、苦手な方は全部ぶっ飛ばしてください。 ・ありがちな異世界学園悪役令嬢婚約破棄モノを全部ちゃんぽんしたBLの攻めキャラ視点のお話です。 ・執着強めなヤンデレ気味の殿下視点なので、かなり思い詰めている描写等出てくるかもしれませんが概ね全部大丈夫です。 ・そこまで心底悪い悪人なんて出てこない平和な世界で固定CP、モブレ等の痛い展開もほとんどない、頭の中お花畑、ご都合主義万歳☆なハッピーハッピー☆☆☆で、ハピエン確定のお話なので安心してお楽しみください。

【完結】ハシビロコウの強面騎士団長が僕を睨みながらお辞儀をしてくるんですが。〜まさか求愛行動だったなんて知らなかったんです!〜

大竹あやめ
BL
第11回BL小説大賞、奨励賞を頂きました!ありがとうございます! ヤンバルクイナのヤンは、英雄になった。 臆病で体格も小さいのに、偶然蛇の野盗を倒したことで、城に迎え入れられ、従騎士となる。 仕える主人は騎士団長でハシビロコウのレックス。 強面で表情も変わらない、騎士の鑑ともいえる彼に、なぜか出会った時からお辞儀を幾度もされた。 彼は癖だと言うが、ヤンは心配しつつも、慣れない城での生活に奮闘する。 自分が描く英雄像とは程遠いのに、チヤホヤされることに葛藤を覚えながらも、等身大のヤンを見ていてくれるレックスに特別な感情を抱くようになり……。 強面騎士団長のハシビロコウ‪✕‬ビビリで無自覚なヤンバルクイナの擬人化BLです。

ポメガバって異世界転移したら、冷酷王子に飼われて溺愛されました

夏芽玉
BL
ずっと好きだった相手に、告白することもなく失恋した。心の傷が癒えないまま出勤すれば、ミスの連発。ストレスのあまりポメラニアンになってしまったけれど、それと同時に、オレは異世界転移までしてしまったようだ。 傷心旅行ついでにたっぷり可愛がってもらえれば、すぐに元の姿に戻れるだろうと思っていたのに、どうやらこの世界にポメラニアンは居ないらしい。魔物と間違えられながらも、なんとか冷徹王子のペットになったんだけど、王子の周りでは不審な出来事が多発して…… ※ポメガバースの設定をお借りしています 第11回BL小説大賞に参加します。よろしくお願いします!

処理中です...