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第十二章 価値観は、それぞれなんです

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 真純とジュダは、一瞬絶句した。

(じゃあ、操られたと言ったのは、嘘……?)

「あれは、占星術師が自らの意志で発言したことであろう。状況が変化したため、とっさに便乗して、自分も影に操られたふりをしたのだ」
「きっと、インチキ占い師ですよ!」
  
 ジュダが、わめくように言う。

「パッソーニと同類に決まってます。いい加減なデタラメを言ったか、もしくは何らかの思惑があってああ発言したかの、どちらかですよ!」
「かも、しれぬな」

 ルチアーノは、肩をすくめた。

「だが、たとえ占星術がそう示していたとしても、もう状況は変わった。あの時占星術師が言ったのは、『素顔をさらせぬ国王は不吉』ということだ。私は今や、素顔をさらせる」

 ルチアーノは、にっこり笑った。

「それに。私は、父と同じ轍は踏みたくない。占いなどに振り回されたくはないのだ。たとえ占いが何を示そうと、私は自らの意志と考えで、このアルマンティリア王国を良き国にしていく。そんな国王になってみせる」

 真純とジュダは、大きく頷いていた。三人は、しばらくしみじみと沈黙していたが、ふとジュダがこう言い出した。

「それにしても。ギルリッツェ騎士団への処分、甘くはありませんか? 扇動されたとはいえ、助けに来た我々に刃を向けたんですよ? 挙げ句、あれほど活躍したフィリッポさんを殺そうとするなんて。もし、殿下が蘇生魔法を使われなければ……」

 想像すると、真純もぞっとした。だがルチアーノは、静かにかぶりを振った。

「先にギルリッツェの騎士を刺したのは、近衛騎士だ。そしてその者だけでなく、フィリッポ殿を射た者も、影に操られていたことが確認できている。あれ以上の処分を下そうとは思わない」

「しかし……」

 ジュダは、なおも不満げな顔だ。するとルチアーノは、こう続けた。

「扇動されて心が揺らぐというのは、根本的な信頼関係が確立できていないからだ。ミケーレ二世陛下は、国内に無関心で、各地域のことを顧みようとしなかった。また、近衛騎士団は家柄ばかり鼻にかけ、横暴な振る舞いをしてきた。地方で不満が蓄積しても、ある意味当然と言えよう」

 だから、とルチアーノは真剣に語った。

「今回のことは、良い教訓となった。地方領主たちとの信頼関係を築くこともまた、私の最優先課題だ」

 その時、ノックの音がした。扉を開けて、真純は驚いた。フィリッポが立っていたのだ。ステッキを手にしている。

「フィリッポさん! 起きて、大丈夫なんですか!?」
「すっかり元気ですよ。隠し持っていたチョコも食べましたし」

 微笑むと、フィリッポは部屋に入って来た。ルチアーノが、心配そうに見つめる。

「無理をしない方がよいぞ?」
「そのようにご心配されずとも、大丈夫ですよ」

 フィリッポは、けろりと言った。

「私はどうやら、悪運が強いようです。あのニトリラの大火災でも、九死に一生を得ましたし。今回も、そう。ルチアーノ殿下には、また一つ大きな借りができました」

 そう言うとフィリッポは、ルチアーノの元に跪いた。

「……と、言いますのは冗談で。ルチアーノ殿下、命をお救いくださいまして、まことにありがとうございました」
「それはこちらの台詞だ。頭を上げられよ」

 ルチアーノは、間髪を容れずに答えた。

「あのステッキから回復呪文が見つからねば、私の呪いは永久に解けなかったかもしれぬ。あの場で見つかったからこそ、セバスティアーノ国王の闇魔法を止められた。フィリッポ殿のおかげだ」

「あの紙を発見してくれたのは、マスミさんですよ」

 フィリッポは、やや恥ずかしげに言った。ステッキを撫でる。

「この仕掛けにもっと早く気づいていたら、殿下の呪いも解けましたのに。ちっとも知りませんでした。大切に扱っていたので、部品が取れるようなこともありませんでしたし」

「……確かに、初対面の時から持ってたよな、そのステッキ」

 ジュダが、うめくように言う。

「さすがに、脱力するわ。灯台もと暗しも、いいところだ」
「フィリッポ殿。そのステッキについてわかっていることを、全て話してくれぬか」

 ルチアーノが尋ねる。フィリッポは、記憶をたどるように上を見上げた。

「そうですね。これは、ニトリラ火災の少し前に、ベゲット様がプレゼントしてくださったものですが……。そうそう、ベゲット様はこう仰っていましたね。『大人になったら、役立つ日が来るかもしれない』と」

「大人になったら、役立つ……」

 真純は、思わず呟いていた。フィリッポが頷く。

「ええ、それも、何度もね。当時の私は、サイズのこととばかり思っていました。これをいただいた時、私はまだ九歳で、このステッキは長すぎましたから。でも、今思えば……」

「ベゲット殿は、この未来を予感していたのかもしれぬな」

 ルチアーノが呟く。

「あるいは、心のどこかで、禁呪をかけたことを後悔していたのやも。王妃陛下に騙され、ニトリラを救うためと言い聞かせながらも、彼は罪悪感を覚えていたのかもしれない。それで、信頼する弟子であるフィリッポ殿への贈り物に、そっと忍ばせたのだろう。いつか、見つけてくれることを信じて……」
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