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第十章 異世界召喚された僕、牢獄に入りました

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(一体、何でこんなことに……)

 真純は、冷たい石の床にへたり込みながら、呆然としていた。あれからすぐに衛兵たちが駆け付け、真純はこの地下牢に投獄されたのだ。言い訳は、何一つ聞いてもらえない。問答無用、といった様子だった。 

(ルチアーノ殿下。助けて……)

  真純は、空しく周囲を見回した。この前訪れた、ユリアーノが押し込められていた牢と、全く同じ作りだ。まさか、同じ牢に自分が入る羽目になるとは、夢にも思わなかった。

(せめて、釈明させてくれよ……)

 あの黒髪の男の子が、亡き王太子・クラウディオの息子ファビオで、自分が彼に何かしたと疑われていることだけはわかった。全くの濡れ衣だが、それを語る機会が無い。あれ以来、この牢には誰もやって来ないのだ。最低限の食事と水が差し入れられるだけ。どれほど時間が経ったのかすらわからなかった。

(あーっ。ロッシ家にも行き損ねたし……)

 悶々としていたその時、不意にガチャリと音がした。牢の鍵が開けられたのだ。前には、屈強な衛兵二人組が立っていた。

「来い。ファビオ殿下暗殺容疑で、今からお前を審議にかける」
 
  二人は、重々しく告げた。


 やがて連れて来られたのは、初めて国王たちと対面した、大広間だった。正面には、国王と王妃が険しい面持ちで控えている。そして周辺には、前回同様、王族たちと側近らが勢ぞろいしていた。以前とほぼ同様の光景だが、重大な違いが二つあるな、と真純は思った。一つは、パッソーニの姿が無いこと。そして二つ目は……、真純が、拘束されていることだ。

(そうだ、ルチアーノ殿下は?)

 真純はきょろきょろとルチアーノを捜したが、なぜか広間内に彼の姿は無かった。代わりに居たのは、ボネーラとフィリッポだ。だが二人とも、真っ青な顔をしている。

「容疑者が来たところで、審議を始めよう」

 ミケーレ二世は、室内を見渡すと、厳かに語り始めた。

「皆も知る通り、五日前、ファビオが何者かに毒を盛られるという嘆かわしい事件が起きた。聖女の処置が早かったおかげで、幸いにも一命は取り留めたが、これは由々しき事態」

 毒だったのか、と真純は戦慄した。ファビオが無事だったことに安堵すると共に、あれから五日も経過したのかと、驚く。するとミケーレ二世は、エリザベッタ王妃の方を見やった。

「王妃に問う。最後に元気なファビオを見たのは、そなたで間違い無いな?」
「ええ、わたくしと侍女三名でございます。皆、覚えているわよね?」

 王妃は、部屋の隅に控えていた女性たちに声をかけた。あの時駆け付けた顔ぶれだ。女性たちは、こくこくと首を縦に振った。ミケーレ二世が、神妙な面持ちで頷く。

「だが、それから約二十分後に、ファビオの容態は急変。そしてその時、ファビオの部屋に出入りする不審な男を目撃した者がいるのだ……。証人を、ここへ」

 国王の呼びかけに応じて、一人の女性が広間に入って来る。その顔を見て、真純はあっと声を上げそうになった。子供を診てくれと言った、あの女性だったのだ。

「彼女を知る者も多いだろう。今は亡き王太子妃・マヌエラの妹君、ダニエラ嬢だ。そなたが、この異世界人がファビオの部屋に入るのを見たと?」

 王太子妃の妹ということは、クラウディオの義妹ということか。真純は、声を張り上げた。

「違います! 彼女は、王宮の使用人で、ご自分のお子さんが具合が悪いので、薬師の僕に診て欲しいと……」
「無礼者! 国王陛下のお許しも無く発言するでない!」

 王族の一人から、叱責の言葉が飛ぶ。ミケーレ二世も、じろりと真純をにらんだ。

「そして、語った内容はデタラメであるな。もちろんダニエラ嬢は使用人などではないし、そもそも未婚だ。子供などいない。我々を愚弄しておるのか? 弁解するにしても、限度というものがある」

 そしてミケーレ二世は、ダニエラに視線を戻した。

「失礼。話してくれるか?」

 はい、とダニエラは優雅に礼をした。
 
「あの日私は、可愛い甥に会うため、王宮を訪れたのでございます。ファビオ殿下のお部屋に向かおうとしていると、この異世界人が挙動不審な様子でうろうろしているのを目撃しました。挙げ句、部屋に入ろうとするので、私は慌てて人を呼びに走ったのでございます。その間に、このような悲劇が……」

 ダニエラが、目頭を拭う。すると、王族の一人が声をかけた。

「殿下のお部屋に侵入しようとした時点で、あなたは止めなかったのか?」
「きっと、気が動転していたのでございましょう。それに、相手は男性。非力な私では止められまいと、無意識に判断したように思います」

 一同が、納得したように頷く。すると、大きなため息が響き渡った。王妃だった。ダニエラと同じように、目元を押さえている。

「マスミさん。あなたを信じていたのに、なぜこのようなことをなさったのかしら? ルチアーノ殿下をお治ししてくださったこと、感謝していましたのに……。信じたくございませんでしたわ。証拠を、突きつけられるまでは」

 国王が、驚いた様子で王妃を見やる。

「証拠が見つかったと?」
「はい。残念ながら」

 相変わらず目頭を拭いながら答えると、王妃は扉の外に向かって声をかけた。

「連れて来なさい」

 やがて入って来たのは、聖職者のような装いをした女性だった。緊張した面持ちで、国王夫妻の前に跪く。

「アルマンティリア王国一の聖女でございますわ。ファビオの命を救ってくれたのです」

 王妃が説明する。ミケーレ二世は、感謝の眼差しで彼女を見つめた。

「そなたが、ファビオを? 感謝する。何と礼を言えばいいか……」
「いえ、当然のことをしたまででございます」

 聖女が、恐縮した様子で答える。すると、王族の一人が待ちきれないといった様子で口を挟んできた。

「して? 事件の証拠を、そなたが握っていると?」
「はい」

 聖女は頷くと、しっかりした口調で語り出した。

「ファビオ殿下が体調を崩された原因は、毒でございます。そしてその毒は、このアルマンティリア王国には存在しないものでした」

 皆が、どよめく。そして、一斉に真純の方を見た。背筋が寒くなるのを感じる。

(この国に存在しない毒って……。完全に、異世界から来た僕が疑われるじゃないか……)
 
 この際、とがめられても反論しようか。だが、真純が口を開くより先に、王妃の声が響き渡った。

「皆様、落ち着いてください。わたくしも、ひどく動揺しました。マスミさんではない証拠を、何としてもつかみたい。それで、勝手かとは思いましたが、マスミさんのお部屋を調べさせたのです。……ですが、結果は」

 王妃が、ため息をつく。ミケーレ二世は、王妃と聖女を見比べた。

「どうであったと?」
「国王陛下に、恐れながら申し上げます」

 聖女は、青ざめた表情で語った。

「マスミ様のお部屋からは、毒が見つかりました。ファビオ殿下から検出されたものと、同じ種類でございます」
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