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第六章 魔物なんて狩れません!

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 その翌日、真純は、緊張の面持ちで王宮内を歩いていた。心臓は、爆発しそうに高鳴っている。真純は、朝一番に、国王ミケーレ二世に呼ばれたのだ。

(何か、粗相があったとか……?)

 昨日、ルチアーノが何も言っていなかったところを見ると、急な用件と思われる。あれこれ想像を巡らせながら、真純は、指定された場所へ向かった。前回、王族たちと対面した、大広間である。

 前回同様、衛兵らがサッと扉を開けてくれる。一礼して足を踏み入れた真純は、目を見張った。目の前には、国王、王妃、そしてパッソーニがいたのだ。その前では、フィリッポが青ざめた表情でうつむいている。

(フィリッポさんも呼ばれたんだ? 本当に、何なんだろう……?)

 とりあえず真純は、深々とお辞儀をすることにした。

「ええと……、ご機嫌うるわしゅう存じます。国王陛下、王妃陛下、パッソーニ様」

 前回、ルチアーノが挨拶した時のフレーズを思い出して、真似をしてみる。ミケーレ二世は、穏やかに笑った。

「そう固くならなくてもよい。異世界から来られたなら、この世界のマナーを知らなくても当然」

 日本式のお辞儀は通用しなかったようだが、国王は気分を害さなかったようで、ひとまずほっとする。だがミケーレ二世は、こう続けた。

「さて。お二人がそろったところで、用件に入るとしよう。急ですまぬが、フィリッポ殿とマスミ殿に、頼みがあるのだ。魔物退治をお願いしたい」
「魔物……?」

 真純は、きょとんとしながら反復していた。ゲームの世界ならともかく、現実で耳にする機会があるとは思わなかった。

「さよう。クオピボという西方の地域なのだがな。最近、住人を困らせているそうなのだ。お二人には魔術師として、そやつらを壊滅させて欲しい」

 冷や汗が伝うのを感じた。水を発生させた経験しか無い自分に、魔物など倒せるわけが無い。詠唱に慣れ始めたばかりのフィリッポだって、とても無理だろう。二人して絶句していると、パッソーニが咳払いをした。

「いくら異世界の者とはいえ、礼儀がなっていないにも程があるぞ。国王陛下のお言葉に対して、返事はどうした?」
「あっ、失礼しました。でも、その……」

 国王命令に、逆らうわけにはいかないだろうが。かといって、安易に引き受けられる内容ではない。するとパッソーニは、大げさにため息をついた。

「やはりな。自信が無いのであろう? 陛下、ルチアーノ殿下はああ仰っていましたが、この者たちを魔術師として採用することには反対です。そもそも我々は、彼らの魔術能力すらこの目で確認していないのですよ? アルマンティリア王室にお仕えする宮廷魔術師の補佐役になど、とてもできませぬ」
  
  最後を強調しながら、パッソーニがかぶりを振る。自分だって魔術能力など披露していないだろうに、と真純は内心思った。

「宮廷魔術師の補佐役に名乗り出るくらいだ、魔物退治などたやすいことであろう? 見事成功させれば、私もそなたらを認めようではないか」
 
  パッソーニが立ち上がり、尊大な態度で顎を撫でる。ルチアーノに指示を仰いでから、そう答えようか。だがその時、フィリッポが口を開いた。

「当然でございます。両陛下、パッソーニ様、我々にお任せくださいませ。速やかに処理して参ります」

 真純は、フィリッポの横顔を見つめていた。

(フィリッポさん……?)

 三人の名を呼びつつも、フィリッポの眼差しは、パッソーニを捕らえていた。その瞳には、激しい憎悪と対抗心が宿っているように見えて、真純は焦った。ベゲットの敵である彼が憎いのはわかるが、果たして今のフィリッポの実力で、魔物の対処などできるのだろうか。

「おお、引き受けてくれるのか。頼もしいことよ」

 ミケーレ二世は、ほっとしたような笑みを浮かべた。

「護衛は付けさせるゆえ、安心いたせ。では、気を付けて……」

 その時、バタンと扉が開いた。振り向いて、真純は目を見張った。ルチアーノが走り込んで来たのだ。息を切らせている。

「ルチアーノ殿下? 国王陛下のお話の最中ですぞ。何と無礼な」

 パッソーニは、手にした扇でルチアーノを指した。

「長らく王宮を離れておられたせいで、基本的な礼儀もお忘れですかな?」
「礼儀をお忘れなのは、果たしてどちらでしょう」

 ルチアーノは、軽くパッソーニをにらむと、国王の前に跪いた。

「国王陛下。お話の途中に割り込み、大変申し訳ございません。ですがこの者たちは、私が見つけ、連れて来た魔術師たちです。しかもマスミ殿は、私の治療係でもある。それなのに、私に一言の断りも無く遠征を命じられるなど、パッソーニ殿の振る舞いは、無礼としか言い様がございません」

「ううむ、いや、その、だな……」

 国王が口ごもる。すると王妃が、おっとりと語り出した。

「ルチアーノ殿下。その論理は、少しおかしいのではないかしら? 確かに、お二人を見つけられたのは、あなたかもしれません。ですが、いったん魔術師として宮廷に入ったからには、彼らは国王陛下の指揮統括下に入ります。どのような任務をお命じになろうと、それは陛下のご自由ですわ。そして、それにパッソーニ殿が意見なさるのも当然です。宮廷魔術師は、あくまでパッソーニ殿。お二人は、彼の補佐役なのですから」

 ルチアーノが、ぐっと詰まる。王妃は、さらに続けた。

「ああ、でも、マスミ殿の方はルチアーノ殿下の治療係なのでしたわね。その点を考慮しなかったのは、パッソーニ殿の非ですわよ?」

 王妃は、双方をやんわりとたしなめて、公平さを演出しているようだ。だがこの展開はまずいな、と真純は思った。このままでは、フィリッポだけを魔物退治に行かせ、真純は残るという結論になりそうだ。

(フィリッポさんが、心配だ。それに僕には、魔物退治に行かない代わりに、ここで魔法を見せろ、なんて言うかも……)

 ルチアーノも、瞬時に同じことを考えたらしい。素早く答えた。

「いえ。魔術能力を確認したいのであれば、二人に同等の機会を与えるべきでしょう。一緒にクオピボに行ってもらうとして、私も同行いたします。彼らを見出した者として、責任がございますので。幸い、仕事も一段落したところです」

 一瞬安堵した真純だったが、国王はこう答えた。

「いや、それは困る。ルチアーノ、そなたには残って欲しい。実は、ホーセンランド国王が、近日中にお見えになるのだ。まだ王太子と確定したわけではないが、いずれにしてもそなたは、王子として宮廷を支える立場。顔合わせをしないわけにはいかんだろう」

 真純は、思わず王妃の顔を見ていた。

(王妃様は、ホーセンランド王室ご出身。わざと、この時期に呼んだんだろうか。ルチアーノ殿下を足止めするために……?)

 数秒の沈黙の後、ルチアーノは神妙に答えた。

「承知いたしました」
「おお、よかった。では、クオピボには魔術師のお二人で行ってもらうということで。フィリッポ殿、マスミ殿、頼んだぞ」

 国王の晴れやかな声を聞きながら、真純は絶望的な気分になったのだった。
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