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第四章 時に愛は、表現を間違えがち

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 その日の夜、真純は部屋で、薬学書とにらめっこをしていた。

(うん、やっぱりキキョウだ。間違い無い)

 ルチアーノが離宮から取って来させた植物は、図鑑に載っているものと完全に一致した。風邪も流行っているとのことだし、この地域の患者に服用させたいところだが、問題は方法だった。

(根っこの部分が咳に効くらしい、ってのはわかるんだけど……)

 何と言っても、真純はまだ薬学部二年生なのだ。この植物をどう利用すればいいのかまでは、わからなかった。

(とりあえず、すり潰してみる……?)
 
  悩んでいたその時、ノックの音がした。真純はハッとした。

(そうだ、湯浴みの時間だ!)

 また前回のように、エレナを待たせてはいけない。あたふたと廊下に飛び出した真純だったが、思わず目を見張った。てっきりエレナが立っているかと思いきや、そこには馬丁の男がいたのだ。旅の初日に、真純に暴言を吐いた男である。

「えっと……、こんばんは」

 我ながら間抜けな挨拶だとは思ったが、とりあえず真純はぺこりと頭を下げた。それにしても、何の用だろう。身構えた真純だったが、馬丁は意外な台詞を吐いた。

「今日から、マスミ様の湯浴みの支度は、俺がさせていただくことになったんで! よろしくっす」
「あなたが、ですか」

 口調は軽いが、彼の顔には笑みが浮かんでいて、真純はますます面食らった。この態度の変化は何なのだろう。

「はい。ルチアーノ殿下のご命令で。湯を運ぶのって、結構体力要るっしょ? 女の子にさせるのは酷だって仰ってね」

 確かに、そんな会話をルチアーノとしたことがあったが。真純は、念を押した。

「はあ。でも、あなたはそれでいいんですか? その……」
「おー、そうだった。旅の初日は、失礼なことを言ってすいませんでした」

 馬丁は、思い出したようにポンと手を叩いた。

「俺たち、マスミ様のことをすっかり誤解してたみたいで。ジュダさんが、出発前に言ってました。マスミ様は、あくまで回復魔術師として殿下のお相手をしているだけで、男好きでも何でもねえって。本当に、ごめんなさい」

 真純は、ほっと胸を撫で下ろした。

(よかった。ジュダさん、ちゃんと誤解を解いてくれたんだ……)

 だが馬丁は、こう続けた。

「聞いてた話と、正反対だったんすね! マスミ様は、二十歳の今まで、男はもちろん女とも縁の無い、とっても清らかな方だって。口づけすら経験無かったって、本当ですか!?」
「はあ……、まあ、そうですけど……」

 誤解が解けたのは喜ばしいが、そこまで赤裸々に語られると、情けないものがある。案の定、馬丁は憐れむような眼差しで真純を見た。

「回復魔術師様ってのも、難儀な役割ですねえ! 俺、普通の男でよかったわ~。あ、俺十九歳なんすけど、女房に三人目のガキができたとこで。養うためにも、頑張って働きますよ!」

 どうやら彼は、真純が回復魔術師であるがゆえに、純潔を保ってきたと思っているらしい。単に恋愛に縁が無かっただけなのだが、と真純は遠い目になった。
 
(しかもこの人、僕より年下で、三人の子持ちなの!? 何と言うか……)

 負けた気分だ、と真純はがっくりとうなだれたのであった。

「んじゃ、これから準備を始めますけど、いいですか?」

 馬丁が尋ねる。頼みますと真純が答えると、彼は意味深な笑みを浮かべた。

「湯浴みするってことは、今夜は殿下と久々にってことっすよね? しばらく、宿、別でしたもんね。そりゃ、張り切らなきゃ」

 あっけらかんと大声で言うと、馬丁は早速駆け出して行った。真純は、思わず頬を赤らめた。

(そうだよな。久しぶり……)

 その時、背後で物音がした。振り返って、真純はぎょっとした。そこには、フィリッポが立っていたのだ。大荷物を持っている。

「フィリッポさ……。まさか、今夜から早速宿に!?」

 フィリッポは頷くと、真純をまじまじと見ている。そこで、真純はハッとした。明らかに、今の会話は聞こえたのではないか。

(せっかく、殿下の愛人じゃないって納得してもらえたのに。また、誤解されたりしたら……)

「ええとですね、フィリッポさん。僕は、つまり、その……」
「禁呪を解くためだ」

 不意に、ルチアーノの明瞭な声が響く。真純は、またもや目を見張った。廊下の反対側から、彼が歩いて来るではないか。すでにガウン姿である。

「回復呪文以外で呪いを解く方法は、回復魔術師との交接だそうだ。信頼できる者の調べであるから、間違い無い。現実に、効果は出ておる」

 微妙な関係を考慮してか、ボネーラの名前は出さなかったものの、ルチアーノの自信満々な口調に、フィリッポは当惑顔になった。本当かと問いたげに、真純を見やる。真純は、仕方なく頷いた。

「殿下の仰る通りです」
 
  フィリッポは、しばらく唖然としていたが、やがて巻物に書き付けた。

『マスミさんは、それでよろしいので?』
「殿下のためですから。呪文も、なかなかわからないことですし……。あ、あの手紙に書いてあったことは、デタラメですよ? あれは、殿下の呪いが解けることを恐れた人が書いた嘘です」

 言い終えるなり、ルチアーノは真純の肩を抱いた。

「そういうことだ。貴殿も魔術師なら、理解していただけるな? では、ゆっくり休まれるがよい」

 そう言うとルチアーノは、真純の隣の部屋を指した。 

「宿の中でも、良い部屋を用意させた。それでは、また明日」

 一方的に言い残すと、ルチアーノは真純を連れて、部屋に入ったのだった。
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