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第四章 時に愛は、表現を間違えがち

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 真純が負った火傷は、軽症だった。ルチアーノは聖女を呼ぶと言い張ったが、真純は固辞し、自分で冷やした。フィリッポも食事は遠慮すると言ったので、ブランデーを振る舞うだけにする。落ち着いた三人は、ルチアーノの部屋に集まった。向かい合いながら、真純はふと気付いた。いつもならすぐにやって来るはずのジュダが、姿を見せないことに。

(僕が殿下の部屋に入ろうとした時に、フィリッポさんが現れるなんて、タイミングが良すぎる。まさか……)

 だがそこで、フィリッポが巻物に何やら書き付け始めた。真純は、そちらの話に集中することにした。

『先ほどは、軽率な真似をしてすみませんでした。ニトリラへ行った際は、心からマスミさんのお役に立ちたいと思っていました。魔術を学びに異世界からいらしたマスミさんに、これまで何の協力もして差し上げなかったお詫びのつもりだったのです。幸いにも本が見つかったので、馬車を急がせて、一日早く帰って来ました。ところがその矢先に、王子殿下と繋がっていると知り、騙されたと感じたのです』

 すると、ルチアーノが尋ねた。

「貴殿は、火魔法も扱えるのか?」
『いえ。ニトリラからの帰りの馬車内で、学んだのです。ちょうど、この本に書いてありましたから』

 フィリッポは、先ほどの魔術書を指した。

『本には、短縮詠唱に関する記載もありました。本格的な呪文を唱えずとも、簡単な魔法なら実現できるのです。これなら私にもできるかと思い、馬車内で勉強しました』

 そういうことか、と真純は納得した。フィリッポが微笑む。

『ここへ戻る途中、私は、もう一度魔術師を目指そうかと考え始めていました。マスミさんに励まされたせいもありましたが、実はニトリラで、思いがけず師匠からのメッセージを受け取ったのです』

「メッセージ?」

 真純は、身を乗り出した。するとフィリッポは、懐から封筒を取り出した。

『花畑から無事本は取り戻せたのですが、せっかくニトリラまで来たので、私は例の神殿に立ち寄ったのです。もしかしたら、パッソーニが盗み損ねた本が、他にもありはしないかと考えまして。その期待は外れましたが、思いがけずこちらを受け取りました。ベゲット様が、生前私に宛てて書いた手紙です。そこの神官の方が、預かってくださっていたのですよ。きっと、パッソーニの襲撃を予想して、遺書のつもりで書かれたのでしょう』

 フィリッポが便せんを広げ、ルチアーノと真純に差し出す。ルチアーノは、少しためらったようだった。

「私たちが読んでいいのか?」

 フィリッポが頷くので、ルチアーノは便せんを受け取った。真純も、横からのぞき込んだ。手紙には、こう書かれていた。

『親愛なるフィリッポへ

 君は、日に日に成長している。これまで弟子など取ろうと思ったことは無かったが、君を迎え入れてよかったと、心から思う。

 フィリッポ、君は立派な魔術師になることだろう。魔術書をしっかり読んで、私がいなくなった後も、頑張りなさい。

 だが、一つだけ注意だ。他者に害を与える目的で、魔法を用いてはならぬ。私は、すでにその禁を破ってしまった。ジーナと約束したというのに……。君は、私と同じ過ちを犯してはならぬ』

 禁を破ったとは、恐らくボネーラの父親殺害のことだろうな、と真純は想像した。無罪だと主張していたが、死を予期して、自白する気になったのだろう。一方ルチアーノは、チラとフィリッポを見て尋ねた。

「ジーナとは、ベゲット殿の奥方か?」

 フィリッポは頷くと、巻物にこう書き付けた。

『そうです。そしてこれを読んで、私は心を打たれました。ベゲット様が、かくも期待してくださっていたのです。何としても失声症を克服し、再び魔術師を目指そうと……。それで、まずは短縮詠唱にチャレンジしようと思ったわけです』

 なるほど、と真純は頷いた。フィリッポが、気恥ずかしそうな顔で綴る。

『それなのに、先ほどは自棄になってしまい……。申し訳ありません』
「いえ! 僕、応援しますよ。失声症、一緒に治しましょう!」

 明るく語りかけながら、真純はふとルチアーノの顔を見た。彼は、険しい眼差しで、何事か考え込んでいる。ようやく便せんを畳むと、ルチアーノはフィリッポに尋ねた。

「神殿の神官が、貴殿にこれを渡したと? なぜ、今頃になって?」
『火災の後、私はすぐにモーラントへ移りましたから。渡しそびれたのだと仰っていました』

 ルチアーノは、首をかしげた。

「だが、あの大火から、もう二十一年も経っている。ニトリラ・モーラント間は、貴殿が三日で往復できる距離だ。これまでに届けようとは思わなかったのだろうか」
『疑っておられるのですか?  これは、確かにベゲット様の筆跡ですよ。私が保証します』

 フィリッポはムッとしたように口を尖らせたが、ルチアーノはかぶりを振った。

「いや、偽物だと言いたいわけではない。ただこの手紙には、色々と不審な点がある。まず、『禁を破ってしまった』の文言は、何を指すと?」

 フィリッポは、顔をゆがめた。

『認めたくはありませんが……、宰相殺しではないでしょうか』
「それは違うだろう」

 ルチアーノは、即答した。やけに断定的な口調だ。

「ジーナというのが、奥方なのだろう? マスミ殿から聞いた話によると、魔法は正しく使うと彼女と約束したのは、二人が故郷へ帰った後のことだ。文面を読む限り、ベゲット殿が『禁を破ってしまった』のは、さらにそれより後。宰相殺しを指しているとすると、時系列がおかしい」

 フィリッポは、パッと顔を上げた。

『ではやはり、ベゲット様は無実だと?』
「宰相殺しについては、恐らく。けれど、他に何かしてしまったのだろう。何かはわからぬが……』

 言いながらルチアーノは、再び便せんを広げた。
 
「フィリッポ殿。手紙は、この一枚きりだったのか?」

 フィリッポが、怪訝そうに頷く。ルチアーノは、仮面の上から眉間を揉んだ。
 
「妙だな。これほど改まった手紙を書くのなら、普通は最後に己のサインをするものだが」

 あっと、真純は思った。思わず、フィリッポと顔を見合わせる。

「まさか……」
「さよう。この手紙には、続きがあるはずだ。神官は、わざと一枚目の便せんしか渡さなかった。長年隠し持っていたことといい、その神官は信用できぬ」
 
  フィリッポは、即座に立ち上がった。ルチアーノが尋ねる。

「ニトリラに戻るつもりか? それは止めておけ」

 でも、と言いたげに、フィリッポが眉をひそめる。だがルチアーノは、重ねて制止した。

「頼んで見せてくれるくらいなら、最初から渡しているはず。貴殿が再度訪れたところで、意味は無かろう……。安心せよ。ベゲット殿の手紙の続きは、私が責任を持って入手する」

 フィリッポは、巻物に書き付けた。

『よろしいのですか?』
「ああ。魔術書を入手してくれた礼だ。もっとも、すでに焼却処分などされていた場合は無理だが。私の勘では、残っているように思う……。神官の名は何と言う?」

 ユリアーノ、とフィリッポは綴った。ルチアーノが頷く。

「承知した。……ところで、貴殿はなぜこの宿に?」

 それは、真純も知りたかったところだった。するとフィリッポは、懐から別の封筒を取り出した。

『私は今日モーラントへ戻ったのですが、家に帰ってしばらくすると、見知らぬ子供がこれを持って来たのです』

 フィリッポが広げた便せんを、ルチアーノと真純はのぞき込んだ。

『フィリッポ様
 
 あなたは、騙されています。あなたに近付いているマスミという男は、第二王子ルチアーノ殿下の愛人。異世界から魔術を学びに来たというのは嘘で、あなたと親しくなり、知り得た魔法をアルマンティリア王室のために利用する計画です。お疑いなら、今夜二十時、今から記す宿へお越しください』

 記載されていたのは、まさしく今三人がいる宿だった。内容の衝撃もさることながら、真純はその筆跡に打ちのめされた。薄々予感してはいたが、認めたくなかったのだ。

(ジュダさんの字……)
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