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命の灯

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しばらく歩くと、やけに明るいトンネルが見えた。

「…近くにトンネルなんて、有ったっけ?」

不思議に思ったけど、ずっと暗い道を歩いてきたから、明るいことに安心して、ふらふらと近付いて行ってしまう。
トンネルに入ると、そこには椅子に座った男と、側に腕を組んで立っている男、そして、やけに明るかった光は、沢山の懐中電灯やランタン、兎に角、光を放つ様々な道具が両端をびっしりと埋め尽くしていたのだ。

「いらっしゃっい」

「変な格好…」

初対面の相手に失礼極まりないと思いながらも、思わず心の声が出た。
眉目秀麗で神秘的な雰囲気を醸し出す2人の男の格好は、真っ白い布を纏って、布の上から腰の辺りに紐を巻きつけ、端を飾りのついた輪っかを通して垂れ下げている。
白い布っていうのは、着物っぽいが、腰帯が変なのだ。
結んだ方が、楽だと思うのに。

「うるせぇな、訳があるんだよ」

椅子に座ってる少年と青年の間っぽい人が答えた。

「支配人、お客様です、もう少し丁重に…」

「わかってる。それでー、お客様。どんな人に生まれ変わりたいんです?」

「うっ…生まれ変わるって、私、死ねたんですか?」

「あ?いや、まだ生きてんよ。死んだ後に、転生したくて来たんだろ?あんたはあんた自身の命の光を手に入れて」

支配人と呼ばれた男が、手に持ったライトを指差した。

「…私の命の光って…」

疑問に思いながらも、指差されたライトを、これ?と言わんばかりに横に振る。
支配人は首を縦に振った。

「でも、このライトは学校で皆んなが配られた、きっと一個数百円とか安い量産型の照明器具ですけど?」

しかも、私に配られたのは、不良品だし、と呟いて、自分にぴったりかもと思う。
父親の顔なんて知らない、実の娘を疎んじて、男が大好きな母親を持ち、学校では友達も居なくて無視や陰口を言われる対象だし、確かに、不良品の量産型の命だ。

「いいや、そいつには、安い量産型の不良品なんて無ぇよ。持ち主の扱い方によって変化したりするけどな」

「変化って?」

「調節出来ずに美しく強い光を放つあまり、光源をすぐ失ってしまったり、あんたみたいに、要らないものとして扱ってる内に、そう在るものになったり…。だから、そいつは、放っておいても、もうすぐ完全に消える」

「支配人」

「あ、言葉遣いね、はいはい。消えたら死にまーす」

「…そっか、そっか。…もうすぐ死ねるんだ、私。…よかった」

安堵して、つい言ってしまったと口元を手で抑えて支配人を見れば、変わらぬ様子で立っていた。
こういうネガティブな発言は、普通の日常を送る人達にとっては、耳障りで、甘ったれた愚かな言葉に聞こえるはずだ。

世の中には、もっと苦労している人がいる。
生きるって素晴らしい。
命は何よりも大切だ。

ずっと、こんな騒音の中で生きてきた。
自殺するのは怖いだけで、生きていこうと決めて過ごしてきたわけじゃない。

「…ああ、良かったな」

だから、こんな風に、微笑んで肯定してもらえるなんて思ってもみなかった。
普段なら愛美は他人と会話を楽しむなんてことはなかったが、なんだか、支配人の少年のような一瞬の微笑みに絆されて、もう少し会話を続けてみたくなって、

「…今度、生まれ変わる時は優しいお父さんとお母さんがいて、大好きとか、可愛いとか言ってもらえて、愛して大切にしてくれる幸せな家庭に生まれたいな」

別に王女様になりたいとか、チートが欲しいと言った訳ではない、ただ些細な願いを口にしただけなのに、支配人は、

「はあ?」

なんだ、この夢見がちでアホな子は、という冷たい眼差しを愛美に向ける。

「えっと…だから、普通の…」

「お客さん、あんた、いくら持ってる?」

「いくらって…お金?」

「あっ…たり前だろっ」

「支配人、お言葉が…」

「当然でございます、お客様。地獄の沙汰も金次第らしいですからね、夢を叶えるにも当然、金がかかります」

「夢って…」

死後の話に、夢とか…、あ、永眠っていうもんね、などと、なんだか腑に落ちないなりに、自分を納得させていると、

「で、いくら持ってんですかぁ?」

柄の悪い相手にカツアゲされてる気分だ。

「…200円なら」

バイト禁止の学校で、昼食は売店か持参。
その為、家に残り物も何も無い時に、母親に頼み込んでやっと、投げ付けられる100円玉。
年頃の女の子として、必要な物もこのお金でやり繰りしなければならないから、どんなにお腹が減っても全部使う訳にいかなくて、昼は30円の駄菓子とかで乗り切って細々と貯めた200円。
家に置いておけるプライベートな空間なんか無いから、ずっと持ち歩いている大切なお金。

「じゃあ、無理だな。さっさと帰れ」

「無理って…」

「支配人、ですから、お客様に対して…」

「客じゃねぇよ。こんな貧乏人」

支配人は愛美を手で追い払うように、シッシッとやる。
愛美は他人に怒りをぶつけたりしない、いつも自分が悪いせいだと溜め込むタイプだ。
でも、もうすぐ死ねるとわかって、心が軽くなったせいか、

「あのっ、ひとが必死に溜めたお金をバカにしないで!どんな思いでっ…それにっ、客とか、いくら持ってるとかっ、なんなの?こんな不気味なトンネルをっ、灯で飾り付けて、男2人で変な格好してっ、気持ち悪いっ…んですけど」

瞳に涙を溜めながら震える声で、生まれて初めて他人に面と向かって悪口を言った。最後は気後れして敬語になってしまったが。
悪口のレパートリーが、普段よく言われてる、不気味、気持ち悪い、しか出てこなくて、もっと母親や他人から色々言われているのに、自分の語彙力も記憶力もない、頭の悪さにガッカリした。

「…変な格好って、二度も言うな。あんなぁ、コレは俺たちの趣味じゃねぇよ。制服みたいなもんだ。それに、ここは…お店ですよ。お客さん。死んだ後に転生する命の灯を買える店です。お値段は最低でも五百万円します。お客さんがさっき言ったような命の灯は、そうですね、軽く億は超えます。それでも、金で買えれば相当運が良い方で、ある意味、大金持ちの権力者、チート能力を得るよりも得難いものなので」

悪口が若干応えたのか、眉間に皺を寄せながらも、支配人は丁寧に教えてくれた。

「…なんで?だって、そんな家庭ありふれてるでしょう?」

「………」

無言の支配人に代わって、

「そう…見えているだけでしょう。他人の貴女から見れば、どんな家庭も、そう、見えるだけですよ」

と、支配人の背後に控えている美丈夫が、感情の読めない表情で言う。

「…で?どうする?」

「どうするも何も」

金が無いのだから帰るしか無い。
どうすれば帰れるのか解らないが、来た道は戻っても仕方ないし、とりあえず、このトンネルを通り抜けようと足を踏み出す。

「では、足元もこの先も大変お暗いので、お気を付けて」

美丈夫の言葉を受け、進む先を見渡す。手に持っているライトは存在を忘れるくらいの光で、売り物の明かりが途切れた先の全ては真っ暗闇。

「…ここ、すごく明るくて安心する。みんなそれぞれ、形が違うだけで、特別に強く光るライトなんて一個もないのに。…幸せな家庭に生まれるのがとても難しい事なら、私はせめて…、家族や誰かを一時でも安心させてあげられる灯火を持って生まれたいな」

「…ふーん、一時でも良いのか?」

愛美の呟きを拾って支配人が問いかける。

「え?…うん」

欲を言えばずっーと安心させてあげたいし、出来れば安心させて欲しい。だけど、それは支配人がいうには贅沢な事で、出来る人は稀有な存在なんだろうから、せめてひと時の間だけというやつだ。

「だったら、アレに全財産つぎ込んで回せ」

丸いガラスケースにコインを入れる所が付いていて、回せるつまみが付いている。
中には無数のこれまた丸いカプセル。
様々な所で見た事がある、子供から大人まで金が尽きるか、お目当てのものが出るまで夢中になってツマミを回してカプセルを出す、アレだ。

「え、これって…」

「やるのか、やらないのか、さっさと決めろ」

「やっ…やりますっ」

なけなしの200円だが、近々死ぬようだし、美形だが変わった二人が居るこのおかしな空間にある、アレだ。
きっと普通じゃないものに違いないし、一度もやったことが無いから、試してみるのも良いかと思って100円を2枚、順番に入れてツマミを回す。
コロンっと音を立ててカプセルが下の取り出し口に落ちてきた。
中には紙が入っていたようだが、カプセルの蓋を開けると光となって、愛美の脇に抱えていたライトの中に吸い込まれてしまった。
ライトは特に変わりなく。

「え?詐欺?」

「いいえ、商品のお渡しは完了致しました。では、お客様、この度はお買い上げ、ありがとうございました。お帰りはあちらでございます」

また口調がお客様に対するものに戻った支配人の指先へ視線を向ければやっぱり真っ暗闇で、示された方向へ、足は勝手に向かって行った。

あっと言う間にも、果てしなく永くも感じたトンネルを抜ければ、目の前には愛美の家の表札。
振り返ってトンネルを確認しようと思ったけど、恐くなってやめた。
ドアをそっと開けて、母親が寝静まって男も居なくなっている事を確認して家に入り、自室へと向かう。
着替えてから唯一、自分を包み込んでくれる布団へと潜り込む。
本来なら、母親が寝静まっている間にシャワーを済ませたいけど、今日は不思議な事があって、疲れたから眠ろう。
早く起きて、母親が寝ていたらシャワーを浴びて、起きてたら勿体ないと激怒するから、濡らしたタオルで身体を拭こう。
前に毎日お風呂に入ってない事を不潔呼ばわりする人達がいたけど、そういう人達ってとても恵まれていると思う。親にも経済力にも。
恵まれた人間が当たり前のような表情をして、不潔と言って虐めてきた事を思い返すと、愛美は惨めな気持ちになって、支配人は近い内に死ぬと言っていたけど、もうこのまま二度と目覚めなくても良いのにと思った。

それでも、いつもと同じ、朝が来て。
いつもより早く起きて仕度していると、いつも以上に不機嫌な顔をして起きてきた母親から、いつも聞き流す嫌味と文句のシャワーを貰う。
「はあーぁ、辛気臭い顔して、気持ち悪い。その顔、あの男に似ていて嫌だわぁホント、あんたみたいなの産まなきゃ良かったわ」
いつもの決まり文句。
でも、もうすぐ死ぬってわかって、その事実に勇気をもらって背中を押されて、愛美も今まで溜めたものを打ちまける。

「…私だってっ、私だってあんたみたいな阿婆擦れから産まれたくなかったっ」

言ってやった。阿婆擦れなんて、連れ込んだタチの悪い男から母親が時たま掛けられる台詞だ。
激昂する台詞。

「なっ…んだってぇ!!」

掴みかかってきた母親の手を避けて廊下を走って玄関で慌てて靴を履き、外へと出る。
背後を振り返れないが、音からして母親は追いかけて来ている。

闇雲に走っていたら、この時間、車通りの多い交差点に出た。
車は途切れる事なく走っている。
背後から迫ってくる母親。
このままだと追い付かれる。逃げ続ける事なんて出来ないけれど逃げなくちゃ。
車と車の隙間、頑張れば通り抜けられそう。
愛美の身体は前へと飛び出した。
トラックの前に。
子供の時から鈍足とバカにされながらも全力で走って来た足は、運悪く絡れて身体は走り迫るトラックの前に倒れた。

耳をつんざく声と、上から被さる温かくて重たい何かと、衝撃。

あ、死んだなと思った。
しかも、転生ものでよくある死に方。
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