1 / 7
第一話 都落ち
しおりを挟む
茜色の空が、果てしない田園に懸 っている。そこへ山々の桜紅葉が加わり、辺りの景色は鮮烈な朱と緑のコントラストで覆われた。間を一閃筋を描くように、霞んだ白銀の普通列車が揚々と進む。地は嶺春。渡る鉄道は夢響線、その名前から通称「夢列車」として親しまれている。
聡太は、雑多な揺れに身を任せながら、一面の赤緑の景色を眺めていた。
しかしこの鮮やかな自然の発露も、彼の心を決して動かしたりはしない。
彼は都落ちの学徒である。地方の国立大から研究の道を志し、都会の院生となるも夢儚くして帰路についたしがない学生である。
色とりどりの草木も、ノスタルジーを想起させる秋空も、彼にとっては無色透明な記号と化している。
一時、彼は学問の職に就くことを夢見ていた。大学一年の頃に出会った社会学に魅了され、内から湧き出る情熱のままに研究書を読み、己の構想する社会をありありと描いた。
辛酸を嘗めることもあったが、雪に埋もれる種子のようにその萌芽の訪れを信じることができた。
そして遂に見事なまでの卒論を書き上げ、威風堂々と学問の聖地に足を運んだ。
この時、聡太は、帰郷即ち凱旋の換言であるべしとその身に刻む。大旗を振って故郷に錦を飾ることが、蔑視されがちな地方国立大の学友の希望になる、と。
しかし、今の彼にはあの頃の決意はない。
両の眼も、思考も曇天の如く濁っている。
院を辞め、田舎の錆びれた町に帰すこの男に、学問の情熱は残っていない。彼の軸を構成していた全ての炎は鎮まり、燃え滓となっている。
彼にあるのは、残った灰を大仰に扱うだけのプライドと、夢破れた青年特有の途方もない自虐指向のみであった。
いつしか秋空は黒さを帯び、悠久の沈黙を映す。
真暗をバックに窓ガラスに反射する己の姿は何処か皮肉めいていて、聡太の力ない苦笑を誘った。
聡太は、雑多な揺れに身を任せながら、一面の赤緑の景色を眺めていた。
しかしこの鮮やかな自然の発露も、彼の心を決して動かしたりはしない。
彼は都落ちの学徒である。地方の国立大から研究の道を志し、都会の院生となるも夢儚くして帰路についたしがない学生である。
色とりどりの草木も、ノスタルジーを想起させる秋空も、彼にとっては無色透明な記号と化している。
一時、彼は学問の職に就くことを夢見ていた。大学一年の頃に出会った社会学に魅了され、内から湧き出る情熱のままに研究書を読み、己の構想する社会をありありと描いた。
辛酸を嘗めることもあったが、雪に埋もれる種子のようにその萌芽の訪れを信じることができた。
そして遂に見事なまでの卒論を書き上げ、威風堂々と学問の聖地に足を運んだ。
この時、聡太は、帰郷即ち凱旋の換言であるべしとその身に刻む。大旗を振って故郷に錦を飾ることが、蔑視されがちな地方国立大の学友の希望になる、と。
しかし、今の彼にはあの頃の決意はない。
両の眼も、思考も曇天の如く濁っている。
院を辞め、田舎の錆びれた町に帰すこの男に、学問の情熱は残っていない。彼の軸を構成していた全ての炎は鎮まり、燃え滓となっている。
彼にあるのは、残った灰を大仰に扱うだけのプライドと、夢破れた青年特有の途方もない自虐指向のみであった。
いつしか秋空は黒さを帯び、悠久の沈黙を映す。
真暗をバックに窓ガラスに反射する己の姿は何処か皮肉めいていて、聡太の力ない苦笑を誘った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
うちの息子はモンスター
島村春穂
現代文学
義理の息子と一線を越えてしまった芙美子。日ごとに自信をつける息子は手にあまるモンスターと化していく。
「……も、もう気が済んだでしょ?……」息子の腕にしがみつく芙美子の力は儚いほど弱い。
倒錯する親子の禁戒(タブー)は終わりを知らない。肉欲にまみれて二人はきょうも堕ちていく。
彼女
根上真気
現代文学
心に傷を抱える「彼女」と「僕」は、互いに惹かれ付き合う事になる。だが、幸せな時を過ごしながらも「彼女」の傷はそれを許さなかった...。これは、いつしかすれ違っていく二人を「僕」が独白形式で語る物語。
10年以上前に書き上げ、己の恥部だと思いお蔵入りにしていた小品(短編小説)の数々を、思うところあって投稿しようシリーズ(自分で勝手にやっているだけ...)第一弾。
おそらく、当時、恋愛をテーマにしたものはこれだけだったと記憶しています。
ハッキリ言ってウェブ小説には合わないと思いますが、よろしければご覧になっていただければ幸いです。
あと、念のため......こちらすべてフィクションです。
いわゆる独白形式の私小説です。
エッセイではないので、くれぐれもお間違いないように存じます。
というわけで、長々と失礼しました。
読んでいただいた方に、ほんの少しでも何かが伝われば、作者として幸甚の極みです。
金色の回向〖完結〗
華周夏
現代文学
横川領、十八歳。村に来た美女、中野虹子と出会い、逢瀬を重ねる。彼は彼女と出会い。男女の仲の是か非かを知っていく。
そんな彼女だが、秘密を抱えていた。懇意だった領の母と、虹子と随分前に亡くなった村長さんしか知らない秘密。虹子はニッコウキスゲが大嫌いだった。
回向とは─自分自身の積み重ねた善根・功徳を相手にふりむけて与えること。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
抱きたい・・・急に意欲的になる旦那をベッドの上で指導していたのは親友だった!?裏切りには裏切りを
白崎アイド
大衆娯楽
旦那の抱き方がいまいち下手で困っていると、親友に打ち明けた。
「そのうちうまくなるよ」と、親友が親身に悩みを聞いてくれたことで、私の気持ちは軽くなった。
しかし、その後の裏切り行為に怒りがこみ上げてきた私は、裏切りで仕返しをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる