向かい席

五味千里

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第一話 都落ち

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 茜色の空が、果てしない田園に懸 かかっている。そこへ山々の桜紅葉が加わり、辺りの景色は鮮烈な朱と緑のコントラストで覆われた。間を一閃筋を描くように、霞んだ白銀の普通列車が揚々と進む。地は嶺春れいしゅん。渡る鉄道は夢響ゆめきょう線、その名前から通称「夢列車」として親しまれている。

 聡太は、雑多な揺れに身を任せながら、一面の赤緑せきりょくの景色を眺めていた。
 しかしこの鮮やかな自然の発露も、彼の心を決して動かしたりはしない。
 彼は都落ちの学徒である。地方の国立大から研究の道を志し、都会の院生となるも夢儚くして帰路についたしがない学生である。
 色とりどりの草木も、ノスタルジーを想起させる秋空も、彼にとっては無色透明な記号と化している。

 一時、彼は学問の職に就くことを夢見ていた。大学一年の頃に出会った社会学に魅了され、内から湧き出る情熱のままに研究書を読み、己の構想する社会をありありと描いた。
 辛酸を嘗めることもあったが、雪に埋もれる種子のようにその萌芽ほうがの訪れを信じることができた。
 そして遂に見事なまでの卒論を書き上げ、威風堂々と学問の聖地に足を運んだ。
 この時、聡太は、帰郷即ち凱旋の換言であるべしとその身に刻む。大旗を振って故郷に錦を飾ることが、蔑視されがちな地方国立大の学友の希望になる、と。

 しかし、今の彼にはあの頃の決意はない。
 両の眼も、思考も曇天の如く濁っている。
 院を辞め、田舎の錆びれた町に帰すこの男に、学問の情熱は残っていない。彼の軸を構成していた全てのほむらは鎮まり、燃えかすとなっている。
 彼にあるのは、残った灰を大仰に扱うだけのプライドと、夢破れた青年特有の途方もない自虐指向のみであった。

 いつしか秋空は黒さを帯び、悠久の沈黙をうつす。
 真暗まくらをバックに窓ガラスに反射する己の姿は何処か皮肉めいていて、聡太の力ない苦笑を誘った。
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