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176 新婚の心得に翻弄される新妻の一日

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額に一つ。
眉に瞼、目尻に鼻、頬にも一つ温かいものが落ちる。
髪を撫でられる感覚にそっと目をあけると、逞しい腕で自分の頭を支え、ふにゃりと目尻を下げた優しい目で私を見るカイルの姿。

「おはよ、サイカ。」

「…おはよ、カイル。」

唇にもカイルからのキスが落ちて、二人で目を合わせて微笑めば幸せな一日の始まりだ。
目が覚めてもすぐに起き上がる訳じゃない。

「こっち。もっと、ぴったりくっついて。」

「ふふ、」

横になったままカイルにぴったり近付くとぎゅう、と抱き締められる。
抜け出せない逞しい腕の中でこれから夫婦のじゃれ合いが始まるのだ。
朝からそういう気分になってそのまま致すのは仕方がない。
何せ夜の営みが終わっても私の中から出ていかないのだから、朝の生理現象も含めじゃれ合っている内に質量が増すのは当然と言えよう。

「……んっ、」

「…はぁ…、…朝から、すごい幸せ…」

一応は私の体調を慮っているのか、この朝のじゃれ合いでは激しさはない。
ただ、その代わりにもどかしいくらいゆっくりと愛されて…だけど、とんでもない快楽を与えられる。
じゃれ合いが終われば寝室で朝食を取る。
カイルと私の朝の食事は食べさせ合うのが日課になった。
しっかり食べた後、カイルは“ゆっくりしてて”と私に数回の口づけをしてから日課である鍛錬を行う為庭へ向かう。
羨ましい事にカイルは食べてすぐ運動してもケロッとしている人間だった。
私はお腹いっぱいな状況だと機敏には動けない人間なので、カイルが鍛錬している束の間の時間、微睡みながら体を休ませてもらっている。太るぞ、とは言わないで。不思議な事なのだけど、何故かこの世界では食っちゃ寝をしても太らない。
本当に何の力が働いているのか分からない。この世界に来て年単位経つけれど、お義父様の家で食事もおやつも毎日沢山食べたしマティアスたちからもよく食べ物を与えられたけど不思議なくらい体型が変わらないのだ。
この世界の人々がこぞって言う、“容姿は神が与えた器”“一生を終えるまで器の質は変わらない”というのは事実なのかも知れない、と思う。
来たばかりの頃はそんな馬鹿なと信じていなかったけれど、月光館のお姉様たちが私がしているストレッチや運動等を参考にダイエットに励んでも全く変わらないと言っていた事もあるし、マティアスも太ろうと色々努力したけど変わらなかったと似たような事を言っていた。
何より私自身の、自分の体型が来た頃と何一つ変わっていないのが衝撃だった。
食べすぎた日が続いてお腹周りがぷよぷよしている気がする…というのは日本にいた頃結構な頻度で経験していた為脳が錯覚を起こしているだけな事実に気付いたのは結構最近だったりする。
…嬉しい事ではあるけれど、何とも不思議な事だ。
日本基準での“普通体型”がわんさかいてもおかしくないはずなのに、男女共に見たことがない。
この国のほんの一部での事しか知らないけれど、私がこれまで出会った女性達の中で“日本での普通体型”に限りなく近いのが少しぽっちゃりとしているアメリアだけだった。今の所。

「奥様、そろそろ旦那様が戻って来られる時間なので入っても宜しいでしょうか。」

「あ、ええ!どうぞ。」

「失礼します。」

クライス家でも、マティアスのいるお城でも、リュカの所でもヴァレリアの所でも、カイルとの新居で働く女性の使用人たちは少し差はあれどだいたい同じ体型をしているのだ。…本当に不思議。だからと言って蔑む気持ちも馬鹿にする気持ちもない。似たような体型をしていたって、知り合った皆それぞれが私にも他にもない、とても魅力的な部分を持っているのだから。

「本日の“お召し物”は此方と、旦那様より言付かっております。」

「……ああ!今日のは可愛い…!可愛いけど可愛すぎて着るのが戸惑うやつ…!!」

「うふふ。奥様によくお似合いになるかと思います。」

一体どれだけ用意したのか。
結婚早々…っていうか新婚初日でカイルは私で着せ替えごっこを楽しむようになった。
昼間は可愛いものや綺麗な、まだ健全(?)と呼べる衣装を、夜は……言わずとも分かるだろう。
特に動物シリーズはカイルが大変喜んでしまいその後の私の体力が一ミリも残らない事態に陥る為、お願いしまくって一週間に一回とさせてもらった。
今日の“衣装”は日本で言うゴスロリ…ゴシック・アンド・ロリータな衣装と言えばいいのか。
黄色と、差し色に赤色の布がふんだんに使われた膝丈のゴスロリ衣装はふりふりでもの凄く可愛い。大変メルヘンな衣装でそれはもう、見る分には本当に可愛い。
……ただし、二十六…もう二十七になろうかというアラサーにはとっても勇気のいる衣装である。

「さあさ、急いでお支度をしませんと!
皆様!本日も完璧に仕上げますよぉ~!!」

『はいっ!!』

因みに身支度を手伝ってくれる侍女たちも大変楽しんでいるというか…非常に喜んだ様子で仕事をしてくれているので……誰もこの羞恥心を分かってくれる人はいない。

「はあぁ…!なんて細いウエストでしょう…!いつ見ても本当に素敵です…!」

「奥様の鎖骨って本当にはっきりしていてお美しいです…!」

「もう全身が輝いてますもの!
お顔だって絶世の美女…!本当、此方で働けて幸せです…!」

「奥様のこの美しい素材を更に磨き上げる…!毎日腕が鳴るわ…!」

そうして出来上がる、ゴシック・アンド・ロリータな私。
頭に付けるヘッドドレスはないけれど、サイドアップアレンジされた髪には大きな黄色のリボンが付けられており、ドレスでは小鳥たちが木の実を咥えている。…なんてメルヘン…まるで絵本の世界。
化粧だって今日の服装に合わせたような若干子供っぽく見えるような可愛らしいもの。
…嘘……これが…私?と毎回お決まりのセリフを言ってしまいそうになる腕前で本当に凄い。いや本当に、色々技術がすごいのよ。お城の専属侍女もリリアナもレジーヌもリュカやヴァレリアの所の侍女も、皆。どこで身に付けたのこの技術。逆に教えて欲しい。

「皆、今日もありがとう。」

『はぅん…!!』

お礼を言って侍女たちを下がらせ、私はカイルの訪れを待つ。
今日はどんな反応を見せてくれるのだろうかと、楽しみな気持ちで。
とは言え恥ずかしいという気持ちは勿論ある。
婚約者、妻になって周りに隠す必要もなくなってから誰かが近くにいても堂々といちゃくつようになったけれど、だからといって羞恥に耐性が付いたわけでもなかった。多少は耐性が付いた…とは思うけれど、シャイで大人しい日本人な私には人前で憚る事なくいちゃつくという行為はまだまだハードルが高い。やっぱり人の目が気になって。でも。

「サイカ…!」

「カイル、鍛錬お疲れ様でした。」

「!!…んん……かわい…!
今日のサイカも、すごい、やっぱり可愛い…。
似合ってる。すごい、とても似合ってる…可愛い…。」

毎回カイルが私を見るなり目を輝かせるので、羞恥心はあるもののこんなに喜んでくれるなら…という気持ちでいる。
恥ずかしかろうとも、私はカイルや皆が喜んでくれたり、楽しんでくれたり、幸せな気持ちになってくれるのなら何だってしたいと思うのだ。惚れた弱みというやつだと思う。

「ああ、もう、幸せ…。
俺の、奥さんなサイカ、可愛い…最高…、大好き。
ぎゅってしたい。していい?…汗くさい?いや?」

「ぷっ。汗臭くてもカイルなら何だっていいよ。
それに…汗臭いっていうか、カイルの匂い、私好きだもの。」

「!!……そ、…それって、…誘ってる…?」

「え!?ちが、誘ってないよ…!?」

「…なんだ………残念。夜まで、我慢するの…頑張る。」

俺いい子でしょ?とあざとい上目使い。
自分よりずっと大きい男の人、カイルがそんな仕草をするだけで心臓がきゅんと痛い。
昨日も一昨日も似たようなやり取りをしたはずなのに、私はカイルのあざとい仕草に一々母性が擽られてしまう。
そんな私の様子をカイルも分かっててやっていると知っているけれど……何度同じ事をされてもめちゃくちゃ可愛いと思ってしまうのだから仕方ない。
“衣装”に着替えた後はカイルのしたい事をさせる。
カイルの新婚休暇は七日しかない。マティアスやリュカ、ヴァレの時とは違い休暇が終わればカイルは勤務先のお城へ、私はカイルのいない新居で其々の時間を過ごさなくてはならない。
ならば短い新婚休暇は全て、カイルの為に使ってあげたい。自分のしたい事はカイルがこの屋敷にいない時間にいくらでも出来るのだから。

「んー…、サイカ、…だいすき。」

「私もカイルが大好きよ。」

ソファーに座ったカイルの膝の上で私はカイルに後ろから抱き締められ、すんすんと首筋の匂いを嗅がれている。カイル曰く、私の匂いは落ち着くのだそう。なにそれ可愛い。
くんくん、すんすんと匂いを嗅いで、ぐりぐりと肩口に頭を擦る。満足したらぎゅうぅ、と力いっぱい抱き締められ、またくんくん、すんすんと匂いを嗅ぎ出す。なんなの可愛い。
そんなカイルのふわふわな髪を私は撫でる。
するとふにゃんと気持ちよさそうに目を細めてカイルは笑う。猫ちゃんかな?可愛い。
そうやって過ごす内にお昼の時間が来る。
後ろから抱き締めた状態のまま動く気配のない可愛い夫に食事を食べさせるのは妻たる私の役目だ。

「カイル、食べ辛くない?」

「ううん、平気。…嬉しい。」

「うん、ならいいや。」

嬉しいと言って、ぽ。っと顔を赤らめるカイルが可愛い。もう何でもしてあげたい気持ち。
カイルを食べさせている中で自分も食べる、そうやって過ごす昼食は結構時間もかかって、でも幸せな時間。
幸せそうな顔のカイルを見ると、それだけで幸せになる。

「ごちそうさま、…今日も、美味しかった。」

「ご馳走様。美味しかったね。」

「うん。…仕事の時も、こうやって食べたい…。無理なの、分かってる、けど。」

「ふふ、そうだね。でも…お家でなら。一緒に暮らしている間は毎日だってしてあげる。」

「…ほんと?」

「本当。だって、嬉しいんでしょう?」

「…うん、すごく、嬉しい。」

「なら、してあげる。カイルが嬉しいと私も嬉しいから。」

「~~~、…だいすき。」

「私も大好き!」

照れたカイルのキスは拙くて、まるで子供が初めてキスをするような。
だけど私は知っている。彼の、全く拙くなんてない、此方を翻弄するようなキスだって。
子供みたいな人。でもちゃんと大人の男の人。
可愛いだけじゃない、すごくかっこいい。
優しいけど、意地悪な時だってある。どちらも私は好きだ。

「カイル、午後から何しよっか。」

「…んと、……お庭。デート、しよ。
それで、…そのまま、そこで、ケーキ食べたり。」

「賛成!」

カイルとの新婚生活は朝と夜を除けば割りと健全だった。
常にいちゃいちゃと過ごしてはいるけれど、そのままセックス…にはなっていない。多分、いや、とっても我慢してくれているのだろう。例えばさっき。すんすんと匂いを嗅がれていた時だって、私のお尻の下ではカイルのモノがむくむくと硬さを増して、以降は硬いモノがずっと当たっていた。
時折何か耐えるようにじっと動かない時も多々あって…“ああ、私の体の事を考えて我慢してくれているんだな”と感動すらしてしまう。
一日中しても平気な体力が私にあったなら遠慮しないでと言ってあげられるけれど、現実は朝と夜の営みで精一杯。全く体が動かない…とまでにはなっていないが夫婦になってから毎日体が怠いのでお庭デートもカイルに横抱きに抱えてもらった状態だ。

「カイル、長い時間じゃないなら全然歩けるよ?」

「手を繋いで歩くのも、すごく、好きだけど。…今は抱っこ…したい。」

「…そう?」

「うん。…抱っこの方が、顔、近いから…ちゅって、いっぱい出来る。」

「んっ!」

「ね?」

「た、確かに…?わあ!?」

「ふふ、…サイカと、一緒…毎日、楽しい…」

嬉しそうにくるくる回るカイルの足取りはずっと軽いまま。
流石騎士。体を鍛えているだけあって長い時間私を抱えていても疲れを見せない。
カイルの身体は四人の夫の中で一番大きく逞しい。
彫刻のように整った筋肉質の美しい肉体にはいつも見惚れてしまう。
厚い胸板に頭や体を凭れ掛けさせてもらいながらカイルの目線を体験する。
月光館で初めて会った時も、カイルに抱えてもらって同じ目線になって窓の外を見た。
自分より三十センチは高いだろう景色はいつも見ている景色とは全く違って見えた。

「カイルの目線になると色んなものが見えて楽しい。」

「そう?」

「うん。私の身長だと遮られて見えないものがカイルの目線だと見えたりするの。
月光館での時も、いつもは建物が邪魔して山が隠れちゃってたけど…カイルに抱えてもらって見たら、はっきり見えて感動したの今でも覚えてるよ。
今も、空が近く感じて不思議で、楽しい感覚。」

「…いつだって、見せてあげる。俺が一緒にいて、サイカが見せて欲しいって望んだ時は、どんな時だって。」

「お互いに年をとった時でも?」

「そう。お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、こうして抱っこして、俺の目線、見せてあげる。
…んと、その時は、背中曲がって、ちょっと、今よりは縮んでるかも、知れないけど。そうなったら、ごめん。
足腰も、背中も、鍛え続けるよ、俺。頑張る。」

「ふ、…あはは…!背中が曲がってもしてくれるつもりなんだ…、ふふ、…ありがとう、カイル。」

そうしてカイルに抱えられたまま散歩を楽しんだ後、庭の開けた所でお茶をする。
こうして庭でお茶を楽しむのは結婚五日目にして既に三回目になる。
隣に座るカイルと一緒に沢山咲いている花を愛でながら話すのは色んな事。
近くに使用人たちが控えているから娼婦だったのが分かる内容や月光館での思い出話なんかは出来ないけれど、それでも話は尽きない。

「それで、団長とケンカ、なった事ある。」

「それはダミアン様のお肉を盗ったカイルが悪いでしょう?」

「…そうかな。」

「でも確かに、前に騎士団の食堂で食事をした時も…皆すごい量がお皿に乗ってたね。
レナードたちが自分のお皿をこうやって腕でガードしてたけど…まさかカイル…。」

「…うーん、…とって、なかったと…思うけど。」

こうして一緒にいて分かるのはカイルが私の前ではよく喋るという事。
使用人たちであれば一言二言話すだけのカイルが、私とだととてもよく喋ってくれるのも嬉しい。
結婚して初めて給仕する使用人たちが控えた状態で食事をした時なんて…皆すごく吃驚していたな、と思い出す。
カイルがこの新居で暮し始めたのは私と婚約して暫く経った頃だ。
とは言っても職場でもある騎士団の部屋の方が便利は便利だから、騎士団の部屋と新居と半々くらいの割合で寝泊まりをしていたらしいのだけど……多分、新居で過ごすにしても使用人たちと余り会話をしていなかったのは想像に難くない。じゃなければ使用人たちがあんな『ええぇ~!?旦那様がめっちゃ喋ってる~!?そんな喋れんの!?』みたいな表情はしないので。

「ふふ…!」

「…どうしたの?」

「ううん。こうしてカイルとお喋りするのが楽しいなぁって思っただけ。」

「…俺も。俺も、サイカとこうして、お喋りするの…楽しいよ。」

「うん!」

本当に感慨深いものがある。
出会った事は言葉よりも頷くだったり首を振ったり…そうやって体を使った意思表示が多かったけれど、少しずつ会話が増えて、今では体を使った意思表示よりも言葉の方が多い。
それはきっと、カイルが他人だった私という人間を信じてみようとしてくれて、そして信じてくれたからで…そうやってカイルと私の信頼が築かれていった証拠じゃないのか。
色んな事があったなぁと、それほど昔の事でもないのにすごく懐かしい気持ちになってしまい、思い出すだけで涙が出そうになる。すごく幸せだと思ったから。

「…サイカ?」

「……」

「サイカ!!」

じわりと涙が目に溜まってしまい、心配したカイルが勢いよく席を立ち上がって私を抱き締めた。

「なんで、泣いてる?どこか痛い?苦しい?…俺が、無理させたから…?」

「あはは、違うよ。心配させてごめんね。
…ずっと幸せだったけど、…今はもっと、すごく幸せだなぁって思ったら涙が出ちゃった。」

「……うん、分かるよ。サイカの気持ち。」

ふわりと優しく抱き上げられて、私はまたカイルの膝の上へ。
私の体を自分の胸板に引き寄せて、よしよしと頭や背中を撫でてくれる。
時折旋毛に口づけながら、“幸せって、沢山あるね”と穏やかな優しい声で言う。

「胸が、きゅってなる事も、あって、じんわり、温かい時も、ある。堪えられなくて、泣きたい時も、叫びたい時も、…にこにこ、笑顔にも、なる。
幸せって、一つじゃない。一つの気持ちだけじゃ、ない。いっぱい、ある。」

「…うん。」

「サイカが、教えてくれたんだ。
だから、もう、分かるよ。貴女の、その気持ち。
泣かせたくない…けど、幸せなら、泣いていいよ。
でも、幸せでも、泣くのは…俺がいる時にしてね。
俺の前で、泣いて、そしたら俺、サイカの涙、拭うから。」

「ふふ、…うん。お願いします。」

“大好き。俺も、すごく幸せだよ。”と、カイルは私の目尻から伝う涙を指で優しく拭い、甘やかすように何度も唇にキスを落として少し落ち着いた頃、はっと思い出す。近くに控えているであろう、使用人たちの存在を。

「あ、………!!」

恥ずかしくて顔を手のひらで覆うとカイルが笑う。

「…どうして、隠す?」

「だ、だって、…皆見てる…!」

「見てたら、ダメ?恥ずかしい?…どうして?
俺とサイカ、新婚さん。
新婚は、人前でいちゃいちゃしても…いいって。
そういう、常識があるって。そうでしょ?」

“そうでしょ?”は私に聞いたわけじゃないと分かったので恐る恐る使用人たちに目を向けてみる。
答えは一応分かってはいるけれど、やっぱりちょっと疑ってしまう気持ちもあったから一応、念の為。

「左様で御座います、旦那様。」

「仰る通りで御座いますとも、旦那様。
私共の事はどうぞお気になさらず…そう、空気と思って下さって結構です、奥様。」

「新婚の夫婦が仲睦まじいのは当然で御座いますので、どうぞ奥様は堂々と旦那様に愛でられて下さいませ。」

使用人たちは皆一様に微笑みながら頷いている。
やっぱり答えは変わらなかった。リュカの時もヴァレとの時も同じ。ここでも同じ。
リュカと結婚して初めて知った“新婚の心得え”なるものはやはりこの世界の一般常識だったらしい。もう疑いようがない。

「ね?サイカ。皆こう言ってる。
皆の前で俺がサイカにこうやって沢山キスしても、ぎゅってしても、誰も変な顔、してないでしょ?」

「う、うん、そだね。」

ちゅ、ちゅ、ちゅ。ちゅうぅ。軽いのからちょっと濃いのまでいっぱいキスをされ出したけれど、新婚だから、新婚の常識だから問題ないと自分に言い聞かせ全部受け止めた私はよくやったと褒めてあげたい。
何とかこの場の羞恥プレイを乗り切った後は寝室に戻り再び二人きりの時間を過ごす。

「幸せで泣いちゃったサイカ、可愛かった…。
今日はいっぱい、サイカを甘やかしてあげる。
部屋、使用人いないし、…いっぱい、俺に甘えてね。」

周りに人がいない状況であればいちゃいちゃもべたべたも大歓迎なので私は対面するようにカイルの膝の上に座り、ぎゅう、と大好きなカイルに抱き着いて遠慮なく甘えさせてもらう。
カイルの服に化粧がついてしまうのも気にせず逞しい胸板に顔を押し付け、子供のようにしがみつく私をカイルはよしよし、いい子いい子と甘やかす。
何と言う幸せか。
鼻と鼻をくっつけたり、そのまますりすりとしたり。
二人で子供のようにじゃれ合って…でも、私たちは子供じゃないから、次第に恋人同士の、愛し合う夫婦の甘い雰囲気に変わっていく。

「ん……んぅ…、」

「…サイカとのキス、大好き。気持ちよくて、ふわふわした気持ち…。これも、一つじゃない、幸せな気持ち。」

「…ん、…わたひも…」

何度もキスを続ける内にお互い気持ちはどんどん昂って、この日は夕食の時間までソファーで愛し合った。
そして夜。夕食を食べ終え入浴も済ませ、寝室で待つ夫の元へ向かう今からの時間が今の私が過ごす、一日の内で最も“恥ずかしい”時間と言ってもいい。
何せガウンの下には人に見せられない、見せたくない“素敵な衣装”を装備しているので。
行為中はそれどころではなくなるのでいいけれど…見せるまで、いや、行為が始まるまでの時間、羞恥が半端ない。
今日の衣装は胸元にある紐のリボンを解けばあっという間に胸が見えてしまうネグリジェと……Tバックだった。しかも前側の布の面積も少ないっていう……いや、一体どこの国がこのパンツを使ってるの?今すぐ廃止すべきだと思う。
この姿をカイルだけじゃなく入浴のお世話をする侍女たちにも見られてしまう私の気持ちを五文字以内で述べよ。“恥ずか死ぬ”しかない。
ただ、幸いなのはめちゃくちゃ恥ずかしい思いをしている私に対し、侍女たちはごく当たり前のような…なんてことないような反応である事。

『奥様、お気持ちは分かりますがそう恥ずかしがる必要はありません。とてもお似合いですよ。』

『新婚の心得も所変われば様々です。
我が家の地方では“妻は夫に愛されるのが務め”と言います。この愛らしい奥様を見れば…旦那様も愛さずにはいられないでしょう。』

『ええ、その通りです。長い夫婦生活の中では色んな事がありますから。総じて“円満な夫婦生活”を築いているご家庭は夫や妻の、小さな影の努力があってこそ。新婚の心得とはそういった沢山の“影の努力”が詰まっているものなのです。』

『…な、なるほど~…』

つまりこの、私にとっては羞恥プレイな衣装を着る事も長く夫婦円満に導く新婚の心得の一つなのだという事は理解出来た。
まだまだ続く羞恥プレイから目を背け、ああ今日も月と星はすごく綺麗だこと…と、そんな現実逃避は長く続かない。
目の前はもう、夫が待つ寝室だからだ。

「旦那様、奥様をお連れ致しました。」

“うん”という声が中から聞こえ、私に一礼して侍女たちが下がる。
どきどきと、不安と羞恥を胸に私は今日も覚悟を決めてドアノブを掴んだ。
その後の事は容易に想像がつくだろう…。
ガウンを引っ剥がされ私のあられもない姿を見たカイルは大喜び。
目を爛々と輝かせた夫に空が薄明るくなるまで何度も何度も泣かされ愛され続け…そうしてまた、一日が始まるそんな日々。

此方はぐったり疲労困憊。逆にほくほくと可愛い笑顔で満足げな様子のカイルを見ながら、世の中の新婚夫婦…いや、主に妻たちはとても大変な思いをしているのね…と、自分と似たような経験をしている、してきたであろう奥様たちに頑張ろうねと今日も心の中でエールを送った。
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