平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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153 サーファス⑦

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変わったのは多分、良い方も悪い方もどちらもだ。


「ラグーシャ侯爵」

「ああ、姉上。どうしたんですか?」

「いえ、ただ……お礼をお伝えしておこうと思いまして。」

「お礼?」

「食事の後、妃殿下との時間を作って下さったでしょう?
ありがとうございました。」

「ああ…。別に気を使ったわけじゃないよ。実際マティアス陛下と話をしたい事は山程あったからね。」

「…本当、変わられましたね。」

「そうだね。自分でも変わったなと思ってる。」


人から差別され生きている俺と、区別され生きているアメリアは境遇が似ているようでまた違う。
俺は沢山の人間から嫌悪される容姿だけど、アメリアは主に女性から嫉妬される容姿であっても嫌悪はされない。
周りから見られる視線や言われる言葉もまた違う。
それが差別と区別の違いだ。
それに男女という違いもある。
俺とアメリアには決定的な違いがあって、だから互いに慰め合ったりだとか、傷の舐め合いさえ出来ないんだ。
彼女の夫である兄は特にそう。
兄は次期国王として区別され生きてきたけれど、だからと言ってそれを不満に思った事はない人間だ。
寧ろあの兄の性格からすると…感傷的になった事もないと思う。
あの人はそういう類いの人間なんだ。
けど、アメリアは違う。彼女は兄とは違って繊細な女性だ。
だから区別されてきた同士でも互いを理解出来なくて、歩み寄れもしないままなんだけど。


「…その様子だと…いい話が出来たみたいだね。」

「…はい。とても。」

「変わった子でしょ?サイカ。」

「ふふ。…ええ…本当に、不思議な方です。」

「サイカと君がどんな話をしたかは知らないけど。
…サイカは、誠実な女性だ。
とても素直で、正直で、誠実な子なんだ。」

「…ええ。まだ、知り合ったばかりではありますが…不思議と、その様に感じました…。
ラグーシャ侯爵が何故、妃殿下を愛したか…そのお気持ちが分かる気がいたします。」

「出会ってしまえば愛さずにはいられない。そういう子でしょ?」

「ふふ。」

笑みを浮かべるアメリアの表情はいつものように作った表情ものではなく、それはそれは嬉しそうに。
自然な笑みに思えた。
彼女がまだ幼い頃に見せていた、あの可愛らしい笑顔だったんだ。

「サイカがきっかけを作ってくれたんだ。後は兄上の頑張り次第…かな。」

「?」

「何でもない。じゃあ姉上、俺はまだやる事があるので自室に戻りますね。
…いい夢を。」

「ええ、貴方も。」

兄はアメリアの事を愛している。
ずっとずっと、長い片想いをしている。
彼女を婚約者にした時からきっと、兄は無意識に『伴侶は彼女でないと』と直感が働いたのだと思う。
あの人、そういう勘が凄いからね。
アメリアの家、ライオット侯爵家は古くから王家と縁があって懇意にしている家だったから、兄や俺も幼い頃の彼女に何度か会った事がある。
幼い頃からとても可愛い女の子だったアメリアは当時、とてもよく笑う子だったけれど…暫くしてそれは変わった。
彼女はとても隠し事が上手で多くの人たちは彼女が変わった事も気付かなかったと思うけど、きっと兄は最初から気付いていた。
まるで人形のように作った表情しか浮かべなくなった彼女を、きっと一番兄が心配していたと思う。

婚約者に選んだ当時は無意識に。
そしていつからか、兄はアメリアに恋をしていると自覚した。
アメリアはとても努力家で頑張り屋さんだったから、容姿だけじゃなくきっとそういう部分にも惹かれたに違いない。基本的に兄は人の好き嫌いも激しいから、アメリアを婚約者に選んだ時点で…いや、もっと前から好意的には思っていた。
彼女を婚約者にして、彼女への感情を自覚してから兄の片想いは始まった。
自分の婚約者に。そして妻となっても一途に。
正直驚いた。あの兄が“待つ”ことをするだなんて。
あの飽きっぽい兄が、面倒を嫌う兄が、アメリアの心が開くのをずっと待っている。待つ事が出来ている…その事に驚いた。

兄は鈍いけれど鋭い。
普段は人の気持ちやら色々鈍感な部分が多いけど、本能や直感は鋭いからアメリアの抱えているものが自分では解決出来ないものだって分かってたんだ。
下手に刺激する事も出来なければ、慰める事も出来ない。だから待つしかない。
自分に出来るのは変わらない想いを伝え続けることだけ。
アメリアを愛していると言葉や行動、表情で伝えるだけ。
兄は我が儘で尊大で傍若無人でデリカシーのない…そんな男だけど。
アメリアに対しては意外にも繊細な心を持っていた。
要するに兄は、アメリア愛する人に嫌われたくなかったというわけだ。
愛する妻は自分を愛してはいない。寧ろ好意を持たれてもいない。
アメリアにとって兄は夫ではあるけれど、それは言葉や形だけ。
彼女にとって兄はどうでもいい存在だった。
自分に対するアメリアの感情を知っていたから、これ以上悪いものにしたくもなくて、兄は現状維持に徹するしかなかった。
兄でも、俺でも、周りの誰かではアメリアの心を開かせることは出来ない。
兄はそれを直感で理解していた。
だからいつ開くかも分からないアメリアの心が開くその時を、きっかけを兄は長いこと待っている。

俺は兄がアメリアを心から愛しているのを知っていた。
アメリアの表情や感情が偽りである事も知っていた。
周りに向ける笑みも、兄に向ける態度も言葉も何もかも。
彼女は誰かの求めるアメリアを演じているだけだって気付いていたけれど、俺はどうとも思ってなかった。
寧ろどうでも良かった。
母も兄もアメリアも他の兄や弟妹たちのことも、友人という言葉だけの存在である彼らや彼女たちのことも臣下たちの事だって俺にはどうだって良かったんだ。
今も、二人が俺にとってどうでもいい人間には変わりないけれど。
…以前の俺は自分の幸せだけを願うことしかしなかった。
民のことはドライト王国の王族に生まれた俺の責任だと思っているから、幸せに…と言うか、安心して暮らせるようにするのは当たり前。
他のことはどうでもいい。誰が悲しんでいようと、誰が怒っていようと、誰が不幸であろうと苦しんでいようと。
だけどサイカと出会ってから、俺は少しずつ変わっていった。
俺の幸せよりもサイカの幸せを願うようになった。
サイカが幸せでいる姿を想像するだけで俺も幸せな気持ちになった。
誰かの幸せを願う日が来るなんて、想像してもいなかった。
まあ一番はサイカと一緒に俺も幸せになるのが理想だけどね!
今も幸せなんだけど、サイカと結ばれたら…それは奇跡のような出来事で、今以上の幸福なんだろうなあ、と思う。

種は蒔いた。後はサイカが俺を好きになってくれれば、愛してくれれば。
だけどきっと、それが一番難しいことだ。
好きな人に好きになって欲しい。
愛する人に愛されたい。
人の心は自由に出来なくて、だから難しい。
兄上。今は兄上の気持ちもよく分かるよ。
愛する人に振り向いてもらえないのはとてももどかしくて苦しいものだね。


「サーファス様、お元気でしたか?」

「忙しくて疲れてたけどサイカの顔見たら元気になったよ。
サイカはどう?体調とか崩してない?」

「はい!元気いっぱいですよ!」

「みたいだね!元気な姿を見れて俺も嬉しいよ。」

にこにこと可愛い笑顔で笑うサイカに俺の頬も簡単に緩むけれど、サイカの隣に座っているマティアス陛下の顔は明らかに俺が邪魔だと言っている表情だ。

「…で。何故サーファス殿がここに?今日は午後からの話し合いまでは夫婦の時間を楽しもうと思っていたんだが。」

「少し大目に見て下さいません?マティアス陛下。夫婦の時間はほら…話し合いが早く終わればその後にでも。」

「…そなたはカイルとはまた違う意味で図太い男だな。」

「ああ…ちょっと似てますよね、カイル卿と俺。自由な所とか。」

「まだカイルの方が可愛らしい性格をしている気がするんだが。
カイルは天然だろうがそなたは意図してだろう?」

「え?そうですけど。」

「ぷ、ふふ…!サーファス様正直…!」

大好きなひとに振り向いてもらえないのは苦しいけれど。
でも、ほんの些細な事で嬉しくもなる。
例えば今。俺の事でサイカが笑ってくれている、ただそれだけの事なのに嬉しくなる。
俺の大好きなひとの大好きな笑顔を俺が引き出した、ただそれだけの事がこんなにも。
サイカの幸せは俺の幸せ。
サイカが幸せなら俺も幸せ。
自分の事ばかりだった俺が今はサイカの幸せを願ってる。
だけど一つ奇跡を望むなら、どうか俺を愛して欲しい。
俺に恋をして、俺を愛して欲しいんだ。
同情でもない、確かな情が欲しい。
恋の情、愛の情。そういうものがサイカの心に芽生えますように。
奇跡のような願いを心の中で何度も、呪いのように呟く。
もし奇跡が起こるなら、願いが叶うなら、俺は親兄弟だろうとあの子だろうと、俺自身だろうと利用出来るものは利用する。
良い方にも悪い方にも変わった俺は、今が一番人間らしくなっていると思う。

「サイカ。」

「はい?」

「姉上のこと、ありがとう。」

「!」

「あの子のこと、宜しくね。」

「はい…!」

アメリアは俺を変わったと言った。
だけど変わったのは良い方に、だけじゃない。
俺はやっぱり、どうでもいい人間はどうでも良くて、そのどうでもいい人間に対しては自分本意な人間で、サイカと出会って悪い方に変わったのは…自分の幸せを我慢しなくなったこと。
願いが叶うなら、最も幸せな事が実現するなら、俺は手段を選ばない。そう思うようになったこと。
元々俺は自分のことを良い人間だなんて少しも思ったことなんてなかったんだ。

兄上のアメリアに対する気持ちも分かる。
アメリアの区別され続けた苦しみも分かる。
分かるけど慰めようだとか励まそうだとかは思わない。
気持ちは分かるんだけどね。
どうしてあの子アメリアにサイカの話をしたか。
それはサイカとアメリアがとても深い仲になれると思ったから。
アメリアが誰かを信じるようになる為には彼女にとっての理解者が必要だった。それも異性ではなく同性の理解者が。
サイカは娼婦だった事を除けば身分ある高位貴族の令嬢であり、また陛下の奥方だ。それに聡く、容姿もとびきり美しい。
アメリアと似た環境下にあるし、おまけにサイカもアメリアと同じく周りが想像する、そうだと思っているサイカでなければと思っていた過去もある。
二人は同じ性別であり、同じ悩みを抱えているからこそ互いを理解しあえる仲に、それこそ生涯の友とも言える仲になれるだろう。

何故、あの子アメリアにサイカの事を伝えたか。
それはサイカにも、互いを理解しあえる同性の友人が必要だから。
サイカにとってかけがえのないものが増え、その中に俺の存在を紛れ込ませる。
大切なもののいくつかに関わることで俺の存在はサイカの中でより色濃くなる。
サイカにアメリアのことで礼を伝えたのも、宜しくと伝えたのも俺の存在を色濃くする為。
伝えることで、またサイカと秘密の共有が出来る。
アメリアの悩みという秘密だ。彼女が何に苦しみ悩んでいたか、知っているのはアメリア本人と現段階ではサイカ、そして俺の三人のみ。
褒められたやり方ではないけれど、サイカを手に入れる為には手段なんて選んでられないからね。
でも誰にも迷惑はかけていないし、これくらいは許されるだろう?

人間が持つ、誰かへの感情。
それは好きか嫌いか、どうでもいいか。
苦手っていうのは嫌いと同じ意味だと思うから、大体この三つじゃないかなと思う。
俺の場合は好きかどうでもいいかの二種類だけだったけど。
母も父も、兄も弟も妹も、臣下も友人という言葉だけの存在もアメリアも、俺にとってはどうでもいい存在で、好きと思う人の方が少ない。
クロウリー先生やサイカは好きだ。
マティアス陛下たちへの感情は…また少し違うもの。
好きとは思った事ないけど、どうでもいいとも思えない。寧ろどうでも良くはないね。サイカが関わっているのだから。

「きっと二人はいい友人になれるよ。
それこそ生涯の友になれるだろうね。絶対に。」

「そうだといいな…。ううん、そう思ってもらえるように頑張ります!」

「あはは、サイカはいつも通りにしていれば大丈夫。きっとね。」

他人の悩みや不安、苦しみ。
サイカはそういったものを本人の許可なしで誰かに言うような事はしない。まして誰かが一番悩んでいる事なら尚更。
少しだけ不安そうな表情をしたサイカに、大丈夫だと安心させるようにっこり微笑む。
サイカとアメリアの間に俺という存在がいる事で、サイカは少しだけ安堵出来る。
だって俺は、アメリアあの子の悩みや苦しみをサイカと同じく知っているから。
俺がアメリアの悩みや苦しみを知っていることをアメリア自身も知っている。
アメリアが知っているのならば、俺がサイカに助言をするのも可能だし、逆にアメリアからサイカについて聞かれることもあるはずだ。

アメリアは絶対にサイカにとって大切な存在になる。
それこそかけがえのない、生涯の友と呼べる存在にまでなるだろう。そう断言出来る。
サイカにとってかけがえのない存在になるだろうアメリアに、俺の存在を紛れ込ませれば…サイカはアメリアを思うたび、俺の存在も一緒に思い出すだろう。
今はまだ、サイカの感情を動かす事が難しい。
サイカは陛下と婚儀を挙げたばかりだ。
まだクラフ公爵やヴァレリア卿、カイル卿と続く。
真面目なサイカは国母の責任も果たそうと日々忙しく頑張っているから、俺の事を考える、思い出すこともきっと少ないに違いない。
忘れられる事はないと思うけど、考える、思い出す頻度が少ないんじゃ俺への感情の変化も期待できやしない。
恋や愛へ感情を動かすには会う頻度も足りなくて、だから少し卑怯かも知れないけれど、手段は選んでいられない。
だから種を蒔いておくんだ。
俺自身を思う気持ちとまた別に、アメリアを思う時も、俺の存在を思い出せるように。
サイカの中で俺の存在を思う、思い出す頻度を増やしておく。

今はまだ、愛する人の心を変えられないから。
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