平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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147 カイルとのデート

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「サイカ…。」

「あ、カイル!……あれ?何だか元気がない様子だけど…何かあったの?」

ヴァレとのデートでばっちり気分転換出来た数日後のこと。
いつもの様に仕事の合間の気分転換を楽しんでいたそんな時、同じく休憩中だったカイルとばったり会えた。
…会えたはいいのだけど、何だか元気がない。元気がないというか、しょんぼりしているではないか。
東屋にある石造りの椅子に二人で腰掛け、どうしたの?私で良ければ話を聞くよ?と聞いてみたら。

「…ヴァレリアと、デート…。」

「え?あ、うん。この前の話ね?」

「……俺、護衛出来なかった、けど……様子、聞いた。…楽しそうだった、って。……楽しかった…?」

「え?うん、勿論!すごく楽しかった!」

「…やだ。」

「ん?」

「やだ。ずるい。…俺、サイカと…デート、してない。婚約者になって、から。…一度も、してない。
…俺だけ。」

「え。」

「…陛下も、ヴァレリアも、サイカとデート、してる。リュカも、リュカの所で、デートした…でしょ。…俺だけ、してない。俺も、サイカとデート、したいのに。…したいのに。ずるい。」

予想だにしていなかった可愛い理由でしょんぼりしていたカイルに母性が溢れて止まらない。
衝動的に立ち上がった私は隣に座っていたカイルをぎゅうぎゅうと抱き締め、ふわふわの頭を撫でまくった。

「しよう!しましょう!デート!」

「…でも、サイカ…忙しそう…。体、休ませないと、」

「安らいでます!正に今現在も!!カイルの癒しオーラですっごく安らいでるから大丈夫です!予定を確認したらちゃんと伝えるからね!」

「…ほんと?…いいの?」

「いいよぉ!いいに決まってるっ…!」

「……やった…うれしー…、」

もうカイルが可愛くて可愛くて堪らなかった。
カイルはよく私を可愛い可愛いと言うけれど、カイルの方が可愛いと私は思う。
あざとい。でもカイルだから許せる。カイルだからいい。あざといけれどとっても可愛い。

「…じゃあ、早速、陛下に伝えないと。
俺、デートで…いっぱい、色んなこと、したい。」

ふにゃんと柔らかく笑うカイルはそれはもう凶悪なくらいの可愛さだったと言っておこう。
そして二週間後。約束通りカイルとデートをする日がやって来た。

「カイル。そなたが付いているから問題ないとは思うが…何かあった時は妃を頼むぞ。」

「ん、…はい。」

「傷一つなく俺の元へ帰すように。」

「お任せ、下さい。」

「それから…余り、食べさせ過ぎぬよう気を付けてくれ。」

「…ん。俺が、食べます。」

「疲れた様子なら直ぐ帰らせるように。」

「大丈夫、です。最初から、最後まで、抱っこ、して歩く。…俺が、歩きます。なら、疲れない。」

「…それは止めておくように。
あとは「マティアス…ちょっと長いと思うの。」む、そうか…?」

あれ?このやり取り前にもした事があるぞ?と思ったのは勘違いではない。ヴァレとのデートの時もこんなやり取りをかれこれ十五分はした。つい最近の出来事なのでよく覚えている。
ヴァレとのデートの時もそうだったけど、今回もマティアスに“いってきます!”と言ってからが結構長かった。
そして今回も『マティアスは心配性ですねぇ』とカイルに伝えると『別の心配…と、思う。』と返事が返ってきたのだ。はて?

「今日は何処へ行くんです?」

「…んと、最初は…平民街。」

「…最初は?」

「平民街も、貴族街も、行きたい。…駄目?」

「駄目じゃない。カイルが行きたい所に行こう?楽しみにしてるね!」

「ん。…俺も、楽しみ。」

人の多い場所でカイルとデートするのは今回で二度目だけど、一度目の時は私は変装していたな、と思い出した。
恋人になったばかりの頃だ。デートがしたいと言ったカイルに私は一つ返事で頷いたけれど、当時は私の存在を秘密にしていたから出掛けるのも大変だった。

お義父様監修の元、リリアナとレジーヌにこれでもかという量のタオルを体とドレスの間に巻かれた当時の私。本当…動くのも大変なくらいの量だった。
それだけではない。ウィッグに帽子に日傘は勿論の事、万が一顔を見られた時の事も考え……元の顔が分からないくらいの化粧を施されたのだ。
リリアナ…はいつも通りだったけれど、レジーヌは『ううう、サイカ様のお美しい顔が、うう、面影もないっ…!』ともう号泣しっぱなし。
お義父様もカイルも、『サイカです』と言わないと分からないくらい別人になっていた変装後の私。でもあれはあれで楽しかった。

「サイカと、デート、嬉しい。変装してないサイカとのデート、…すごく、嬉しい。」

「あはは!あの時はカイル、変装した私の姿に慣れるまでそわそわしてましたよね。」

「ん。…サイカだって、分かってるけど、声は、サイカなのに…違う人に見えて、…でも、やっぱりサイカだった。」

「?」

「別人に見えてた、けど。でも、…気遣い、とか。そういうの…見て。…サイカだなって。そこから、そわそわ…してなかった、でしょ…?」

「ああ…確かに!」

「…今日は、変装してない、サイカのままで、サイカとデート…。
俺、嬉しくて、…あんまり眠れなかった。…手、繋ごう?…繋いでも、もう、いいよね?俺、サイカの恋人だって、堂々としてたい。」

「うん!」

カイルと手を繋いで堂々と市民街を歩く。
至る所から驚きの声が聞こえるけど、嫌な視線は少なかったし、寧ろ好意的な視線を多く感じた。

「こ、これは王妃様…!」

「こんにちは!」

「は、はいっ!こんにちは、です!
あの、…隣の男性、は…?」

「カイル・ディアストロ卿です。今日はカイル卿とデートなの。」

「ああ…!新たに婚約者となられた…!」

「おめでとうございます!王妃殿下、ディアストロ卿!」

「ありがとう!」

「あ…りがと。」

「楽しんで下さいね!」

「ええ!」

カイルを見れば、カイルは何処か呆然としていた。

「どうしたの?」

「…ちょっと、吃驚…してた。」

「?」

「まさか、おめでとうって、言われると…思ってなかった、から。
それに……受け入れて、くれてる…。」

「うん…嬉しいですよね。」

「ん。…嬉しい。…嬉しい、なぁ…。」

勿論、全ての人たちが今の人たちのようにカイルを受け入れているわけじゃないって分かってる。
好意的な視線や言葉に混じって『醜い男』だとか『なんであんな男が王妃様の婚約者に?』だとか、否定的な言葉も聞こえてくるけれど…でも貴族街に比べれば否定的な声や視線は少なく感じた。

「やりたい事、沢山あるって言ってましたよね?
カイルのしたい事、いっぱいしよう。」

「…ん。…したい。サイカとのデートで、したい事、いっぱい…ある。」

「どんな事?」

「まず、…買い物。サイカ、可愛いの好き、でしょ?今日の、デート…贈り物、したい。
豪華なのより、可愛いのも、いっぱいあるって…皆、言ってた。」

「皆?」

「皆。騎士、の。サイカと、デート行くって行ったら、教えてくれた。
…しちゃいけない、顔、してたけど。
でも…皆、サイカが、好きだから。サイカが、喜ぶならって、教えてくれた。」

「お礼を言わないとですね!」

「ん。…後ろ、着いて来てるから。
手、振ったら…喜ぶ。すごく。」

後ろを振り返ると十数人いる護衛たちがじいっと私を見ていたので、カイルに言われた通り手を振ってみた。…ら。どういう事か。数人、地面に崩れてしまったではないか。

「あの、カイル…」

「大丈夫。」

「でも…」

「大丈夫だから。」

「そ、そう…?」

とても大丈夫には見えなかったけれど、カイルの言葉を信じる事にした私。
カイルに手を引かれやって来たのは雑貨屋さん。
市民街にも沢山お店があって、入った雑貨屋は以前マティアスと訪れた雑貨屋とは違うお店だった。
マティアスと入った雑貨屋は男女で使える物が色々あったがこの雑貨屋は女性が使う物をメインに置いているらしい。
可愛らしい物が沢山あって、私のテンションも上がりっぱなしだった。

「わあ…!可愛いっ…!」

「いらっしゃいま…お、王妃様…!!?ちょ、あなた!あなたあああ!!うちの店に王妃様がっ!王妃様がああああ来てるううううううぅっ!!!?」

「はあぁ?何言ってんだお前、王妃様がうちの店なんかに来る…王妃様ああぁぁぁぁ!!?」

「だ、だだ、だから言ったじゃない!!お、お、おお王妃様だって!!」

「いいいいい、いら、いらっしゃ、いらしゃいましぇええええ!?」

「ぷふっ!はい、いらっしゃいました。」

「すごい、慌てよう…」

大混乱な店主夫妻?に歓迎され、私とカイルは店内を見回る。
元一般人な私からすれば、貴族街にあるいかにも高級そうなお店に比べ、誰でも入れるようなこういう雑貨屋さんは気を使わなくてとても安心する。

「これ可愛い…!これも可愛いっ…!」

「ほんと、可愛いね。」

「ね?どれも置いている物が私の好みで…もう、好き…!」

「好き?」

「うん!」

「…じゃあ、全部、買おう。」

「……え?」

「店主、この店の商品、全部買う。」

「…え。待って、待ってカイル、」

「俺の家に送れる?」

「は、はいっ!!大丈夫です!!」

「じゃあ、とりあえず…代金。
大金貨一枚で、足りる?」

「大金貨っ!!?い、いえ!そんなにしません!しませんからっ!!!お、お釣りがありませんからっ!!」

「じゃあ、貰っといて。」

「は、はあぁぁ!?い、いえいえ、それは、それは駄目でしょう!?」

「…別に、駄目じゃ…ない。
…サイカの可愛い笑顔、見れた。…それだけで、十分価値が、あるよ。俺には。」

「た、確かにとんでもなくお美しい笑顔でしたけど…?」

「ん。だから、感謝の気持ちも、こもってる。…受け取って。」

「は、はいっ!あ、ありがとうございます…!」

私を置いてどんどん話が進んでいくのはちょっと待って欲しい。
確かにこのお店に置いてある商品はどれも私の好みとは言ったけれど、それにしても全部買うのはどうかと思う。
いや、可愛いけど。可愛いんだけどね?

「あの、カイル、」

「ん?」

「全部は、やり過ぎだと思うの!
贈り物は嬉しいよ?でも一つでいいんです、一つで!一つでいいの!」

「…いらない…?…駄目…?」

「う、」

「俺の、したい事…しようって…言った。」

「うっ、…で、でも、」

「…したいのに、…駄目…なの?」

結果どうなったかって?子犬のようなカイルのおねだりには勝てなかった。
買った商品数点はお城へ持って帰り、他の物はカイルの新居へ運ばれる事となった。
店主夫妻はいい笑顔で送り出してくれたし……うん、彼らの生活が潤ったと思えば、うん。もういいや。と思う事にした。人生諦めも肝心である。

「いい買い物した…」

「そ、そう。カイルが嬉しそうで何よりです…。」

「…ん、でも…まだ、満足…してない。
次、行こう?」

「えっ!?」

「?」

「あ、うん、そうね!」

あれだけ買い物をしてまだ満足していないと言うカイルに唖然としてしまったけれど、あのお店で買ったのは全て私への贈り物だ。つまり、次のお店ではきっと自分の欲しい物を買うに違いないとこの時の私はそう思っていた。
…がしかし。私のこの予想は見事に裏切られてしまう。
次にカイルと一緒にやって来たお店は花屋。そこでもカイルは私へ渡す花束を楽しそうに見ていた。

「…サイカ、陛下と会う時…花、ねだった…って、聞いた。」

「え…?あ、はい。お花がいいですって言いましたね。」

「…陛下、それ、自慢してた。
それで、…俺も、お花、あげたいなって。種類も、名前も、全然知らない…けど。でも、サイカにぴったりの、可愛いお花…どうしても、あげたいなって。」

「!!」

「…この小さいの…サイカに似てて、可愛い。サイカは小さくて、可愛いから。そこが似てる。
こっちの花、頬っぺた赤くした時のサイカだ…。あの可愛い顔する時、こんな風に…真っ赤になるんだよ。」

「…カ、カイル、ちょ、ちょっと待とう?」

「あっちの真っ赤な薔薇、着飾ったサイカみたい…。綺麗、だね。」

カイルは私を殺しにかかっている。そう確信した。
それほど広くない店の中をぐるぐると見回ったカイルは、あの花は私のこんな部分に似ている、あっちの花は私がこういう表情している時に似てる…などなど、此方の羞恥心をこれでもかという程刺激しつつ可愛い事を言いまくり私を悶えさせた。
花屋を出た私は、もう息も絶え絶えの状態だった。恥ずかしいのと、カイルが可愛すぎて。

「…小腹、空いた…。貴族街に行く前に、ちょっと、休憩する?」

「さ、賛成です…。」

貴族街ではあり得ないと言われる光景だけど、市民街ではお店の中で食べる人もいれば買った物を歩きながら食べたり、至る所にあるベンチに座って食べている人も多い。
私とカイルも屋台のようなお店で食べ物を買って、ベンチに座って食べる事に。
きっと王妃としては褒められた行動ではないけれど…誰かに何かを言われた時は市民の暮らしを見たいと思った、実際に体験して、知っておきたかった、など色々それらしい事を言えばいい。
…とはマティアスからの助言である。

「…カイルはがっつりお肉ですねぇ。」

「ん。…肉が、一番…食べたって気がする。」

「ふふ、私も同じ。だからパンにお肉を挟んだやつを選んだんですけどね。」

「…肉って、…最強だ。」

「うん、最強ですね。」

そよ風がとても気持ちよくて、風に乗ってくる自然の匂いもすごく濃い。
何故だろうか。お腹も満たされて自然を身近に感じて癒されて、そしてカイルが隣にいると思うと…。

『幸せだなぁ…。』

呟いた言葉はカイルと見事に重なった。

「ふふ。同じ事を思ったんですね。」

「…ん。そう、みたい。…何か、嬉しい。」

「嬉しいですね。」

何ともほのぼのな一時。
しかし、この後向かった貴族街で私は今日のデート最大の修羅場を迎える事になる。

「あれ、可愛い。サイカに似合う。」

「カイル、」

「あ…あれも、いい。絶対、サイカに似合う。」

「ね、ねえ、」

「あれも、…ああ、あっちのも見てみよう…?」

貴族街に来て約二時間程。
入ったお店、三店目。
一店目の靴屋さんと二店目帽子屋さんでもカイルはまた大量の買い物をした。勿論私へ贈る物だ。女性向けの店だと思った瞬間から悪い予感はしていた。
その予感はまたまた的中。

「サイカ、好きな色…教えて?」

「…因みに、理由を聞いても…?」

「サイカの好きな色の宝石、買う。」

「ですよね。」

カイルの返答を聞いた瞬間、私はカイルの腕を引っ張りお店の隅へ移動する。

「カイル、もう沢山買ったでしょう?
もう十分です。カイルの気持ちは嬉しい。嬉しいけど、自分の為に使って?
カイルにだって必要な物は沢山あるでしょう?」

「?」

「私を喜ばせようとしてくれてるのは分かります。し、とても嬉しい。
でも、今日…私の物ばかり選んで買ってる…。お金は大事な物です。カイルが一生懸命頑張って働いた報酬、対価なんです。
だからカイル、私の為に使うんじゃなくて、自分の為にお金を使って?」

「…自分の為に、使ってる…けど?」

「え?」

「俺が、欲しいから…買ってるよ?」

「え?」

「俺が買ったの、全部、サイカに着てほしい。俺が、見たいやつ。
俺たちの家で使うのも、あるし。着るものとか、まだ、揃ってなかった…から。それで、結婚したら…買ったの着て、おかえりなさいって言って。あ、“おかえりなさい、あなた”がいい。
想像するだけで…すごく、癒される…すごく、幸せ…。」

「あ、…うん。」

「それに、…俺、特に欲しいもの、ない。子供の頃から。物欲とか…なかった。
その時は、…自分の意思とか、伝えて…これ以上、嫌われたくないって、思ってたから…だと思う。」

「……。」

「でも、不思議。サイカの事考えたら…いっぱい、欲しいのあって、いっぱい、買いたくなる。
…こういう時…高級取りで、良かったって思う。いっぱい、お金あるから…心配しないで。俺の為に、…お金、使ってるからね?」

「…ん…分かった。」

何故だろう。何だか泣きたくなってきた。
カイル自身が言った通り、カイルの物欲の無さはきっと、幼少期のトラウマが大きく関わっている。
ディアストロ伯爵家のあの大きなお屋敷の中で孤独だったカイル。
手を伸ばしても誰も取ってくれなかった幼少期。
人恋しくて、母親の愛が恋しくて。
本や玩具、人形。沢山の物があっても満たされなかったのだろう。
一番欲しいのは、愛情だったのだから。

「…カイル。」

「ん?」

「このお店での買い物が終わったら、次は私に付き合ってもらいますからね!」

「ん、勿論いいよ。」

両親から沢山愛情をもらった私は知っている。
物にも、価値があるのだ。高価とか安価とか、そういうのじゃない。
相手の心がこもった物は、例え安い物だって最高に嬉しい。
誕生日、クリスマス、祝い事がある度に増える物は、いつだって私の心を和ませてくれた。
使えなくなって捨てた物もあればずっと、この世界に来るまで持っていた物もある。
誰かの思いが、その時の嬉しい思い出が詰まっている物は、いつだって心を温かくしてくれるのだと、私は十分知っている。
両親がくれた物、友人たちがくれた物。
マティアスがくれた物、リュカがくれた物、ヴァレがくれた物、お義父様がくれた物、カイルがくれた物。
皆から貰った物は、私の宝物なのだから。
手に取って眺めるだけで、その時の光景、その時の私の気持ち、その時の相手の表情、想いを思い出して…心がぽかぽかと温かくなるのだ。

何を贈ろう。
私の大切な、大好きな、愛するカイルへ。
何を贈ろう。ずっと残る物がいい。
ずっとずっと残る物を贈り続けて、沢山の物がカイルを囲んで、見ると心が温かくなる贈り物をしたい。


「カイル、こっち!このお店に入りましょう!」

「…でもここ、…男向けの店、だけど。サイカの、ないよ…?」

「それでいいんです!」

入ったお店は貴族の男性が身に付ける洋服や靴、帽子、アクセサリーなど色々揃っているお店。
そのお店の中をカイルの手を引いて見回り、商品を見るカイルの反応を確かめる。
でもやっぱりカイルは商品には特に反応を見せなかった。
寧ろ“興味がない”といった反応が正しいだろう。
カイルが何か興味を示してくれれば、それを贈ろうと思ったけれど…この調子だと難しそうだ。
となれば自分で選ぶのみ。
店内をぐるぐる徘徊しながら考える。
カイルが使える物…鍛練とかで汗を掻くだろうしハンカチ?いや…もっと、今日の記念に残るような物をあげたい。
靴?でも騎士だからかカイルは大体ブーツだ。このお店に置いてあるのは余り使わなそう。
騎士御用達のお店の方が良かっただろうか。

難しい。これは難しい。大体私は男性に贈り物をした経験が其ほどないのだ。
日本でも男性に何か贈り物をしたのは亡くなった祖父か父親にしかなく、恋人に贈り物をする…という行為をしたのはマティアスが初めてだった。
これは難易度が高すぎるのでは?と、絶望しかけた時、それを見つけた。

「…あ。」

一番星を模したであろうブローチは周りに置かれているブローチよりシンプルな作りに見える。他のがギラギラしているからかも知れないが…。一番星の中心には小粒の金の宝石が付いているだけ。
金のチェーンブローチだけど、中心に付いてある金の宝石は一際美しく輝いて見えて、このブローチに私はとても惹かれた。
騎士の制服にも使えるだろうし、礼服にも勿論使えるだろう。
何より、きっと、絶対カイルに似合う。
ううん、カイルが持つべきブローチだとそう思った。


「こちらのブローチを貰えますか?」

「え!?この品物ですか…!?し、しかし王妃殿下、こちらのチェーンブローチは…」

「何か問題がある商品なのですか?」

「い、いえ!問題などは!
その、…このブローチは…知人が…無名の職人が作った物でして、…どうしても、置くだけ置いて欲しいと頼まれ…置いている物なのです。
ですが、やはりずっと売れずで…。店にやって来るのは貴族の方ばかりですから。」

「……。」

「で、ですので!このブローチは、王妃殿下が購入されるような代物では…!
…良い作品だと、私は思うのですが、その…貴族の方が、まして王族の方が持たれる物としては…、」

「こんなに素晴らしいのに誰も欲しいと思わなかったんですね。
そのお陰で今日、このブローチに出会えたのは幸運でしたけど!」

「…え?」

「物の価値はよく分かりませんが…よく見るととても繊細な細工をされているのは分かります。
人の手で作るのは、とても時間が掛かっただろうと。
この素晴らしい品を、是非買わせて下さい。」

「……よ、宜しいの、ですか…?」

「このブローチにとても惹かれたのです。一目見て、これしかないと。
この素晴らしいブローチは絶対買わなくてはと思ったの。
きっと、ううん。絶対良く似合う。…カイルに。」

「…俺…?」

「そう。カイルだけがきっと似合うと思ったの。知ってた?カイルの笑顔って、きらきらしてるの。この一番星みたいにね。私の大好きな笑顔です。」

「……。」

「無名なんて勿体無い。
この素晴らしいブローチを作って下さった方に会って、直接お礼を言いたいくらいです。
素敵なブローチをありがとうって。」

「…王妃殿下…!あ、ありがとう存じます…!
作った者に、必ずお伝えしますっ…!!」

「ええ、お願いしますね。
…カイル、私からの贈り物です。…受け取ってくれる?」

「っ、」

「今日のデートの記念、その楽しくて幸せな思い出に。
このブローチを受け取って欲しいの。」

一瞬小さく震えたカイルが小さく頷く。
一番星のブローチをカイルの胸元へ付けると…うん。思った通り、一番星のブローチはやっぱりとてもよく似合っている。

「忘れないで。
このブローチには贈った私の、カイルへの愛が沢山詰まってるからね?」

カイルはそっと、繊細な手付きで胸元のブローチに触れ…あったかい、と嬉しそうな笑顔のまま目を潤ませた。
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