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124 ディーノとルイーザ、そしてルース

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この世にはこうしたいという望みがあっても、どうしようもない事も沢山ある。
私たちは生まれてから一つ一つ年をとり、何れ老いて死ぬのだ。
その間の人生の中では望みを叶えられない事も多く、何かを諦めて生きていかなければならない時も多々ある。
誰もがいつだって望む通りに、とはいかない。
楽しい事もあれば苦しい事もある。幸せな時もあればそうでない時もある。それが人生だから。
お義父様とルイーザさんもまた、大切な何かを諦める決断を下した。
けれどその決断は決して不幸なものではなかったのだ。



「サイカ、お前に聞いてほしい事がある。」

お義父様と、その隣に並ぶルイーザさんはとても穏やかな顔をして私を呼ぶ。

「ルイーザと今後の事を話し合った。
今後の人生。老いてからの人生。俺とルイーザがどうしたいか、どうするべきか。
俺の娘であるお前は、俺の人生に関わっている。俺の愛するルイーザにも決して無関係ではない。」

「はい。」

「ディーノ、私が話すわ。」

「……分かった。」

「サイカ嬢…私、子供を一度…きっぱりと諦めるわ。」

「…え!?どうしてです!?治療だって始まったばかりなのに…諦めるなんて、どうして…!」

「ふふ、落ち着いて。
全部を諦めたわけじゃないの。…今はやるべき事が多くて、ううん、やりたい事が多くて、そういう決断になっただけ。諦めるとは言ったけれど…子供の事はもう全部、神様に任せようと思って。授かることが出来たなら、きっととても幸せで嬉しいけれど、授からなくとも今の私は一人じゃない。愛する人たちがいるもの。」

「……。」

「サイカ嬢、ありがとう。
アボット医師とラグーシャ様を紹介して下さって。
違う意見が出て、私は本当に嬉しくて、希望が持てました。」

「…いいえ、私は何も。…ただ、違う方に診てもらえばまた…違う答えが出る事もあると思っただけで…本当に何も。」

「ううん。お二人に診てもらわなければ…私はきっと、今も自分を責めていたもの。女として出来損ないじゃないのか、子供を生めない女に価値はない。言われ続けてきた事全部、その通りだと、自分のせいだと思い続けてきた。」

「それは違います…!私だって、月経がちゃんと周期通りに来ない事もあるし、子供だって授かり物じゃないですか…。
それが、ルイーザさんのせいだなんて思いません!」

「ありがとう。
ええ、今は少し…そう思えるようになったのよ。私のせいではなく、誰にでもある事なのだと。
色んな事が重なって、タイミングも悪かった。運が悪かった。たまたま私だったのだと思えるようになれたの。
…ディーノと、貴女のお陰。」

穏やかに微笑むルイーザさん。
この結論に辿り着くまでとても悩んだことだろう。

「ディーノもそれでいいと言ってくれたの。
私たちの間に実子が授からなくとも、また別の幸せがあると気付いたわ。それはディーノと一緒に老いていく幸せ。貴女の幸せを二人で見守っていく幸せ。貴女に子供が出来たなら私たちの孫。…想像してみると、とても楽しみで仕方ない。」

「お義父様も…一緒に、決めたんですか…?
どちらかだけの意思…ではなくて、二人の…。」

「勿論だ。…サイカ、俺はな。お前という娘が出来てから家族とは血の繋がりだけではないと知った。」

「……。」

「俺はお前が可愛くて仕方ない。
お義父様と呼ばれると何でもしてやりたくなる。
実の子ではないお前を、実の子のように…心からそう思っている。幼かろうが成人していようが関係なく、サイカという俺の子が可愛く、愛おしくて仕方ない。」

「…はいっ。」

実の両親にも愛されていた。
お義父様にも、同じ様に愛されていると感じている。それこそお義父様の元に来てから毎日。


「昔の俺には夢があった。
まだルイーザが許嫁だった頃は…俺とルイーザ、二人だけの家族を作りたい。そう思っていた。温かい家庭というものを知らなかったのでな…その頃は愛するルイーザと結婚し、ルイーザとの子が欲しいとばかり思っていたんだ。ルイーザとなら、理想の家族を作れると強く思っていた。」

結果、ルイーザを苦しめてしまっていたんだが、とお義父様が苦笑すると、“今は素直に嬉しいわ”とルイーザさんが言う。

「若い頃の俺の世界は狭く、ルイーザだけしかいなかった。
だがルースがいて、それからマティアスとも出会い、そしてサイカ、お前と出会った。
ルイーザだけしかいなかった世界は広がり、お前という最愛の娘を貰ってからはまた違う考えを持つようになっていた。」

「ディーノも私も求めている家族像は同じなの。時々喧嘩したりはあると思うけれど、理想は笑顔の絶えないそんな家庭がいい。苦しいも悲しいも楽しいも幸せも、皆で分かち合える。そういう家族。」

「俺とお前に血の繋がりはない。
けれど、他人ではなく家族だろう?
血の繋がりはないが血の繋がった家族と何ら違わないだろう?」

「はい!」

「何事もなければ俺もルイーザもまだ先は長い。
他人ではなく供に過ごすのであれば変な気を使う必要も、気を負う必要もない。
俺たちの間では子供が授からなくとも責任を感じる必要もない。子は神から授かる宝なのだから。
色んな家族の形がある。俺たちも俺たちに合った形を探せばいいのではないかと何度も話し合った。」

「…アボット医師とラグーシャ様も仰ってたわ。何としてでも子供を作らなければと…そう気負っていると心が疲れるでしょうと。心の不調は身体にも影響してくると。
…今思うと、本当にその通りだった…。」

あの頃はただ、地獄だったもの。とルイーザさんは目を伏せる。
子供が授からないことを責められ、次こそは、次こそはと自分を追い詰める。
誰が悪いわけでもない。勿論ルイーザさんが悪いわけでもない。
けれど、周りからの期待が失望に変わるたび、指を差され責められるたびに自分が悪いのだと追い込んでしまった。たった一人でもいいからこの苦しみを分かち合える誰かが欲しい。
味方でいて欲しい夫にすら同じように責められて。子供が出来なければ同じように失望されて。
義務と責任で行う子作りはどれ程苦痛だっただろうか。

「ディーノはどちらでもいいと言ってくれたわ。血の繋がった実子に拘る必要はないし、何なら養子をもらっても構わないって。貴女という最愛の娘を貰って、実子か養子かなんて関係なくなったと。
私もね、それでも全然いいかもって、そんな気持ちになっているの。
…ふふ、前と今で全く気持ちが違うのよ。おかしいでしょう…?」

「…いいえ。何もおかしくないですっ…。その、今の気持ちは、ルイーザ様が沢山悩んで達した結論、その結果だと思うから…!
それにきっと、今のような気持ちになれたのはルイーザ様の努力と、相手がお義父様だからかも知れませんね。」

「ええ、私もそう思ったの。
相手がディーノだから気負わずに、自分を追い込まずに考えられたのだわって。ディーノならどんな私でも受け止めてくれる。受け入れてくれる。そういう人だと知っていたから。」

「サイカに言われたからそう言っているのではないな?」

「そんなわけないでしょう?
心からそう思っているわ!」

「そうか。それは嬉しいな。」

本当に穏やかな表情で笑い合う二人。
無理をしているのではなく、心から納得して出た結論なのだろう。
ルイーザさんは強いひとだと思う。
きっと色んな問題があって、その一つ一つを二人で話し合ったのだろう。
ルイーザさんの体のこと、精神的なこと、二人の年齢や子供が成人するまでのこと。
その決断に至るまで、きっと涙も流しただろう。
だけど大切な何かを諦める、その決断は決して不幸ばかりではないと。また別の幸せがあるのではないかと、お義父様もルイーザさんも悲観的にではなく前向きな気持ちで決断を下したのだ。

凄いな、と心から思う。
悩んで悩んで、だけど強さを持って決断したルイーザさんを心から尊敬する。
私はどうだろうか。想像も出来ない。
もしかしたら私も不妊で悩むかも知れない。
私の体に問題があって、子供を産めないかも知れない。
可能性はゼロではないのだ。
そうなった時に、私たちはどんな結論を出すのだろうか。
ルイーザさんのように、悩みながら、葛藤しながら、心折れず、強い気持ちで目の前の問題と向き合えるのだろうか。


「サイカ嬢。」

「は、はい。」

「今、考えても仕方ないことは考えないの。でないと苦しくなってしまうわ。
その時になったら一緒に悩みましょう?ディーノ、そして貴女の旦那様たちも一緒に。ね?」


まるで母のような優しい笑顔にじわりと心が温かくなる。
穏やかな風とともに、二人から優しい緑の匂いがした。
一つの壁を乗り越えたルイーザ様の顔は穏やかで、母のような慈愛に満ちた表情だった。
お似合いの二人だと心から思った。


「ありがとうございます、お義母様。
こんな娘ですが、どうぞ宜しくお願いします…!」

「!!」

「サイカ…!」

「それから、お義父様を絶対に離しちゃ駄目です。お義父様みたいないい男は中々いないですからね?
絶対に、絶対に。二人で幸せにならないと駄目ですよ?」

「ええ、…ええ…!二度と離れないわ…!失ったりしたくないもの…!もう二度と、自分から手離したりしない…!約束するわ…!
ありがとう、…ありがとう、サイカ嬢、嬉しい…ありがとうっ…、」

「呼び方、サイカがいいです。
…サイカ嬢より、サイカがいいです。」

「っ、ぐすっ、……少しだけ、待って、……嬉しくて、すごく、嬉しくて、……胸が詰まって、」


ルイーザさん改めお義母様はゆっくり私の前まで来ると震える体で私を抱き締め、そして泣きじゃくった。

「うああぁぁ、うああああん…!」

「…お義母様…」

「子供が、子供が欲しかった…!
さい、最初は、純粋にっ!だけど、だ、だんだん、欲しい理由が、責められない為だけになって…!
歩く母親と子供を見るたび、辛くて、羨ましくて、遊んで、る、子供を見るたび、ど、して、私にはって、悲しくて、苦し、くて、…嫌な気持ちになった…!」

「…ルイーザ、……っ、」

「連れ去って、しまおうか、とか、子供がいる、母親が、憎らしい、とか、…自分が恐くて、恐くて、堪らなかったっ…!
こんな、私の元に、生まれてくる子が、可哀想だって、子供が出来なくて、良かったって、だって、だってもう、もう!純粋な気持ちじゃなかった…!
早く、早く楽になりたい…!子供を生んで、楽になりたい、ただそれだけを望んでたのよ…!」


今、お義母様が泣きじゃくりながら叫んでいる言葉、気持ちはお義父様も知らなかった様で、お義父様は目を見開いた後にすぐ、苦しそうに表情を歪めた。


「一緒に、眠って、一緒に食事をして、一緒に遊んでっ、男の子、だったらっ、昔、ディーノやお兄様としたように、駆けっこしよう、…女の子だったらっ、…ドレスを買って、お茶をしてっ、…そんなの、もう、出来ないんだわって、…母親には、なれない、なることが、出来ないっ…!そう、思ってたのっ…、」


だけどね、とお義母様は言う。
お義父様と再会してから、お義父様は私の話を何度もお義母様にしたそうで、最初は私やルース様に認められなければと、それを一番に考えていた気持ちが変わった。

「貴女が可愛くて仕方ない。ディーノはいつもそう言ってた…。少しの疎外感を感じていた私に、ディーノは、こう言ったの。
サイカが俺を父にしてくれた。あの子の素直な、深い愛情が俺を一人の父親にしてくれたって。
笑えば同じように笑う、気落ちしていると心配した顔で寄り添って、何かをすれば当たり前に感謝を、何もなくとも大好きだと伝えてくれて、父と慕ってくれて、素直な、純粋な愛情を返してくれるあの子が、可愛くて可愛くて仕方ない。」


一言一句覚えてるわ、とお義母様が言えば、お義父様は顔を赤らめた。


「ディーノの気持ちがね、分かった。
貴女と過ごす内、貴女とディーノを見ている内に。
だって、真っ直ぐな愛情がディーノに注がれていたから。
ああ、心の底からディーノが羨ましい。貴女という最愛の子に親として慕われて、親である喜びが伝わってくる。
貴女の母親になりたい。私もいつか、お義母様と、あの真っ直ぐな愛情を向けてもらえたら…。
母親と思ってもらえたなら…きっととても、嬉しいだろうって、」


あの頃のように純粋に子供が欲しい、母親になりたいと思っていた気持ちが心の中に大きく育っていた。
だから嬉しくて堪らないの。
お義母様がそう言った瞬間、私とお義母様をお義父様の大きな体が包み込んだ。


「色んな事をしよう。共に食事をし、共に眠り、共に出掛けよう。家族として当たり前の事を当たり前に。親子三人で。」

「……この年で両親と一緒に寝るのはどうかなと…。」

「何を言う。ここに来たばかりの頃魘されていたお前の側にいたのを忘れたのか?」

「うっ……」

「女同士なら全く問題ないわね!
ね、…サイカ。」

「!ですね、お義母様!女同士なら全然問題ないです!」

「待て待て。俺は除け者か?」


ふふふ、とお義母様と二人で笑うと私たちを抱き締めていたお義父様の体が離れ、お義母様に向き合う。
そのまま跪いたお義父様はお義母様への愛が溢れんばかりの優しい表情で問う。



「…ルイーザ、改めて伝えよう。
俺の愛するルイーザ。どうか俺の妻になってほしい。
俺の妻に、そしてサイカの母親に。
俺の家族になってくれるか?」


ぽろぽろと涙を流しながら、勿論よ!とお義父様に抱きついたお義母様。
お義父様もしっかりとお義母様を抱き締め返し、そして…二月後、二人の結婚式が行われた。
結婚式は大々的に、ではなくお義母様の希望で身内、親しい人たちのみを招待して行われた…が、お義父様は侯爵なので当然記者が駆けつけていた。
招待していない者以外は参列不可、と断られていたけれど…そこは流石記者。めげない。
中は駄目でも外から様子を…と怪しい動きをしていた彼はクライス邸を警護している皆に摘まみ出されたという。


「…ふふ!お義父様…本当に嬉しそう…!」

「そうだな。確かにみっともないくらいに緩みきった顔だ。……だが、悪くはない。」

何れは私の夫になる皆も勿論招待されているが…マティアスも凄く嬉しそうな顔をしている。
それもそうだろう。
マティアスにとってお義父様は師であり友であり、そして第二又は第三の父でもあるのだ。因みにもう一人は言わずもがな、長年マティアスを見守ってきたミケーレさんである。

「…嬉しいものだ。こうしてディーノの結婚式に参加出来るのは。
愛する女と結ばれる幸せ…それをディーノも噛み締めているだろう。」

「…うん。」

お似合いの二人。
今日という日はとても良い日だ。
お義父様もお義母様も、マティアスも皆、幸せな気持ちになっているだろう。表情がそう伝えている。

「…お義母様、とっても綺麗…。
それに、お義父様の隣に並んでいるお義母様って、何だか可愛いんですよね。」

恋をしている顔だ。
恋をして、誰かを愛して、誰かに愛されているひとの顔をしている。

「では、そなたも誰かの目にとびきり愛らしく、そして美しく映るに違いない。
純白のドレスを身に纏いながら俺の隣に並び、幸せそうに笑うそなたを見て。」

「…も、もう。……あと少しですね。」

「ああ。…待ち遠しい。」

次は私とマティアスの番だ。
とは言っても大国の王の結婚なのでお義父様たちみたいに身内、親しい人たちだけを招待したもの…とはいかない。
マティアスにとっては二度目の結婚式ではあるけれど、二度目であっても各国の王族、貴族を招待しなくてはならないし準備も念入りにしなくてはならない。
私と言えば…各国の偉い人たちを前に主役として立たなければならないということに今から恐怖している。
マティアスとの結婚は勿論嬉しいけれど、大勢の前で何かとんでもない粗相をしないか不安だ。
例えばドレスの裾を踏んで転んだりとかね…!
貴族令嬢が着るドレスは何せ重い。
日本で着ていたものが如何に軽かったかが分かる。
今着ているドレスも…中々重いし歩くのにも実は結構気を使っていたりするわけで…大勢の前で転んでマティアスや皆に恥をかかせるのだけは何としても阻止したい所存。

「ディーノ、おめでとう。」

「ルース…来てくれたか…!ああ、ありがとう!」

「親友の祝い事だ。来ないわけがないだろう?
…ルイーザもおめでとう。」

「お兄様…」

「…いいか?ディーノをお前自身のように大切にしろ。
俺の友を二度と裏切るな。これからは夫婦になるんだ。一人で、自分勝手に判断せずちゃんと話し合って解決しろ。」

「はいっ…!」

「ディーノ。」

「何だ。」

「……ルイーザを、妹を、…頼む。
今度こそ幸せにしてやってくれ。
……馬鹿な妹だが、大事な妹だ。」

「約束しよう。」

「お兄様、…お兄様、ありがとう…ありがとう、ございます…、お兄様…、」

「全部を許したわけじゃない。
お前の行いはディーノを傷付けたし、俺や家族にも迷惑を掛けた。父上も母上も甘い人だからお前を直ぐに許したが…俺はずっと覚えている。お前が同じ過ちを繰り返す様なら…今度こそ縁を切る。それを忘れるな。」

「はいっ…!」

お義父様にお義母様、そして叔父になるルース様のやり取りを見守っていると…ルース様と目が合う。
ルース様は何やら恥ずかしい所を見られたと言わんばかりに私から目を逸らし…かと思うと近付いて来た。

「陛下、少しの間…サイ…こほん。姪をお借りしても宜しいでしょうか。」

「許す。」

「有り難う御座います。」

側にいたマティアスはお義父様の所へと向かい、私はルース様と二人になった。

「…感情といはうのは中々難しいものだね。」

「…ル…お義母様のことですか?」

「ああ。ディーノのこと、家族のこと、家のことを考えると割り切れるものじゃない。怒りはあるし、嫌いという感情もある。
でも一方で…ルイーザを可愛い妹だ、大切な妹だと思う自分もいる。正直、ちゃんと祝えるか昨日まで分からなかった。…難儀なものだ。」

「それは……当たり前だと思います。
大事だったから、大好きだったから。
だから一層憎らしくもあるし許せないとも思う。
私の国の言葉には愛と憎しみは表裏一体という言葉もあるくらいですし…。」

「…表裏一体か……確かに。……情けない叔父さんの話を聞いてくれるか?誰かに聞いてもらえたら…答えが出るかも知れないだろう?」

「?」


ルース様が訥々と話したのは幼い頃の話だった。
ルース様もまた、この世界では人から嫌われる容姿をしていて友人はいなかった。
ルイーザさんという妹が生まれ、嫌われないかと悩んだ日々。
だけどルイーザさんは兄であるルース様を純粋に慕ってくれた。それからは何をするにも一緒で仲のいい兄妹だった二人。
妹が可愛くて仕方なかったと言う。
お義父様という友が出来て、三人一緒はもっと楽しかったと、ルース様は遠くを見つめながら楽しそうに話した。

「永遠に続くものだと思ってた。俺がこんなだからか、ルイーザは人の容姿を余り気にしていなかったし…ディーノともいい関係を築いていた。」

「……。」

「三人で過ごした日々は俺にとって宝物だったんだ。
それがあの日に崩れた。ディーノとも疎遠になったし、会いにも行けなかった。会わす顔もなかったし、クライス侯爵家に払う慰謝料の工面でそれどころでもなかった。」

「…そうだったんですね…。」

「両親は殊更妹を可愛がっていたこともあって…父は塞ぎ混むし母は心労で倒れるしで…まあ、色々大変だったんだ。
でも…俺にとって一番悲しかったのはもう、三人で色んな話が出来ないことだった。」

宝物だった、本当に。
そう呟くルース様の見つめる先には、きっと三人で楽しく過ごした思い出があるのだろう。

「あいつはあいつで苦労をしたし、辛いことも沢山あっただろう。
けど、ディーノ、俺、家族を捨ててあいつは好いた男の元へ行った。何の相談もなく。だからこそ、ルイーザが憎い。」

「……。」

「俺たちはルイーザにとって何だったんだ。事前に相談でもしてくれれば…また違った結末を迎えたんじゃないのか。
薄情者と、そう何度も思った。
嫌いだ、大嫌いだ。そうずっと思っていた。
でも、…でもなぁ。」

やっぱり、顔を見ると可愛い妹なんだよ。
ルース様は堪えるように、拳を強く握りながら言う。

「嫌ってても、憎いと思っていても。
ぼろぼろの姿で帰ってきたルイーザを見ると…放っておけなかった。
ディーノとの約束なんて建前だった。
俺が、俺自身が、あいつを放っておけなくて、」


ああ、何となく分かった。
この人は答えの出ない、ハッキリしない自分が嫌いで、自分の心が決まっていないから、だからお義母様への態度も分からないまま。
かけがえのない友、家族、そして自分を傷付け、不幸にした妹。
憎くて憎くて、憎らしくて。
けれどその一方で大事な妹で、可愛い妹で…かけがえのない家族。
許せない、許すべきじゃない。
だけど許してあげたい。
中途半端な自分が嫌いで、ルース様はお義母様を受け入れることも拒絶することも出来ないままなのだ。


「えと……凄く、生意気なことを言いますけど…人間らしくていいじゃないですか。と、思います。
憎しみもある。でも愛情もある。
頭では許せない。でも心は違う。
昔には戻れないけれど、また始まるものもあって、…成るようになる。今はそれでいいんじゃないでしょうか。」

「……。」

「許す、許さない。今は考えるのは止めにして、立ち止まったままでもいいんじゃないでしょうか。
後々答えが出ることもあります。」

「…いいのかな、それで。
曖昧なままでも、いいのか?」

「私はいいと思いますよ…?
離れていた二十年の間、ルース様のお義母様への信用は失われました。
二十年は人の一生から見ても長いです。これから二十年分の空白を埋めていくことも出来て、その過程で最終的な結論が出るんじゃないかと思います。
きっと、今答えを出すのは早すぎるんです。」

「……ああ……そうか、…そうだよな。…二十年…そうだ、二十年だ。俺もディーノも、ルイーザも年を取った。昔みたいに若くもない。
二十年間心にあった問題…あいつが帰って来てそう経ってない今の段階で結論を出すものでもなかったか…。」

「はい。そう思います。」

「……みっともない所を見せて悪かったね。二十も年が下の娘さんに…情けない所を見せた。」

「そんなこと…。だってもう、私も家族ですもの。ルース叔父様の。」

悪戯っぽくルース様にそう言うと、ルース様は笑ってくしゃくしゃと私の頭を撫でた。

「はは、ディーノが鬱陶しいくらいに自慢するわけだ!
可愛い姪が出来て本当に嬉しいよ。」


それから私は叔父様、そしてお義母様の家族と対面し……お祖父様お祖母様に初孫宜しく可愛がられるのだった。
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