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114 お泊まり&デート リュカ②
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「おお…!あの方が噂の…!!」
「何て綺麗な方なんでしょう…本当に、女神様のよう…」
「新聞の絵姿は充てにならないな!実物はとんでもない美女じゃないか…!!」
「クラフ公爵様と婚約なさったんだよな!」
「私たちの領主夫人になる方なのね!」
「ディアゴ村の噂も聞いているし、きっと良い領主夫人になって下さるだろう。」
町のあちこちから聞こえてくる会話。
見せつけるようにリュカが私の肩を抱き、自分の方へ引き寄せる。
今日はクラフ公爵領にある一番大きな町でデート。
リュカの屋敷も、そこから少し離れた場所にある。言わばこの町は領地の中心地。
リュカと一緒に馬車から降りるとしんとその場が静まり、数分後、わぁ!と歓声に包まれた。
「さて。僕も視察ではなく遊ぶ為に訪れるのは初めてだ。
僕自身がお前に紹介したいおすすめ…の場所もない。知らないからな。
でも、精一杯エスコートしよう。事前に情報は集めてある。」
「ぷ。」
「…何だ。何故笑った。」
「ううん。おすすめの場所とか…色々調べてくれたんだなぁって思っただけです。」
「当たり前だろう?お前とのデートだ。
事前にしっかりと調査しておくのは当然の事じゃないのか?
デート…がどんなものか僕にもよく分からんが。」
「ふふ。私もです。日本にいた頃は恋人もいた事なかったですし、デートもした事がなかったので…そういう男女交際の何たるかはよく分からないと言いますか…。知識としては知っている事もあるんですけどね。でも、一緒にいる事に意味があるのは分かっています。」
「…別に、今となってはそれでいい。故郷にいたお前が知らない男と付き合って色々経験していたと想像すると……気にいらない。お前には僕らだけでいい。
…その、ルドルフに聞いたのだが。」
「はい。」
「デートとはつまり、一緒に何かをして楽しむ事なのだと。
なら…お前と会っている時はいつもデートをしているという事になるわけだ。」
「はい。」
「庭に出たなら庭デート。部屋なら部屋デート。
今日は町デートというやつだ。
場所場所で、デートには楽しみがあると言われた。
……その通りだと思う。僕は、今日の町デートでお前と…その。」
「はい、何でしょう。」
「その、だな。
…人目を弁えず、いちゃいちゃとしたい。
お前が僕の恋人で、婚約者であると、皆に見せつけて自慢したい。
僕とお前が愛し合っている仲だと、知らせたい。」
今日の私はエメラルドグリーンのドレスを来ている。
ドレスのスカートには金の糸でリュカの好きなジニアの花が刺繍されていて、リュカからもらったエメラルドのイヤリングを着けている。
リュカのイメージカラーでコーディネートしている今日の私は誰がどう見てもリュカのものだと一目で分かる格好をしていた。
「お前には僕の色がよく似合う。でもそれだけじゃ足りない。
…無理矢理じゃない。マティアスが命じたからでもない。
僕とお前は、愛し合って結ばれた恋人だと知らせたい。
お前は僕のもので、僕はお前のものなんだって。」
「…うん。分かった。」
ぴったりとリュカにくっついている状態で、私はリュカに抱きつく。
どよめく多くの声。だけど、私はリュカが大好きだ。愛している。
リュカが私との仲を見せつけたいというように、私だって見せつけたい。
この男を心から愛しているんだと見せつけて、知って欲しい。
綺麗も醜いもない。誰かは誰かを心から愛しているのだ。
誰かを愛する事に周りの目や意見は関係ないのだと、少しでも分かってくれたらいい。
「こら、歩きにくい。…嬉しいが。
抱き付くなら腕にしろ。腕なら、ずっと抱き付いていていい。」
「はい!」
照れたように笑うリュカが、私に口付ける。
人目があるのも気にせず、慈しむように唇を啄む。
甘く、蕩けそうになる優しいキス。
嬉しくて、私も笑う。
ざわめきはなく、しんと静まり返っていた。
「町で人気の店がある。
お前の好きなケーキやらが色々揃ってあるらしい。」
「わ!行きたいです!」
「だと思った。
好きなだけ注文すればいい。僕はお前が美味しそうに食べている所を見るのも好きだ。気になるものがあれば全部注文しろ。」
「それは嬉しいですけど…。でも残すのは勿体無いじゃないですか。」
「護衛も使用人もいる。
ルドルフは甘い物が好きだ。それによく食べる。
……いや、お前が食べたものを他にやるのもな……嫌だ。
三つか四つを選べ。三つ四つ程度であればお前が残しても僕が食べる。」
「ぷっ。」
「何で笑う。お前の食べかけを僕が誰かに食べさせるわけがない。手を付けていないのであれば別として。
僕は嫉妬深いんだ。おまけに狂ってる。前に言ったろう?」
「…言ってましたね。」
「まあ、マティアスに比べたら僕などまだ可愛いものだ。
あとサーファス。あいつも危ない奴だ。僕の中でマティアスとツートップで並んでいる。」
「…サーファス様が?」
「ああ、あれは駄目だ。口で敵う気がしないな。
にこにこしながら話すから尚読めない。読めないから恐ろしい。
説教された時だってにこにこしながらの圧が…。思い出しただけでゾッとした。」
「…サーファス様が恐い…余り想像つかないですね…。」
「お前だからだ。お前には優しい。他には容赦ないんだろ。
僕らもそうだ。お前だから優しい部分がある、寛大な部分も。
好きとその他がきっちり分かれてるんだ。僕らは。」
確かに、と頷く。
マティアスやヴァレ…はまだ想像出来るけど、カイルやリュカが私以外の誰かににこにこしていたり私にするのと同じように優しいくしていたり…は余り想像出来ない。
「確かここだったはずだ。
毎日それなりに混んでいるらしいからルドルフが先に行って席を取っている…はずなんだが。」
ちりんと可愛らしい鈴の音を立てドアが開くと広い店内にいた人たちが一斉に私たちを見る。
余りの大注目に居心地が悪い。スイーツを刺したフォークを、カップを持ったままに此方を凝視したままぴたりと時間を止めているお客さんたちが恐い。
するりとリュカの腕から手を離してしまうと、逆にリュカがぐっと私の肩を掴んだ。
「サイカ、席はあそこだ。ルドルフがいる。」
「あ、はい。」
「堂々としていろ。お前が美しいから見とれているだけだ。」
僕がいるんだから、何も恐くないだろう?とリュカが囁く。
「緊張するなら僕だけ見ていろ。席までエスコートしてやる。」
上からな物言いだけど、肩を抱く力は優しい。
席に着くとルドルフがメニューを渡してくれた。
…あれ?ルドルフお店の人?転職した?
「サイカ様、この店のおすすめはミルフィーユだそうです。」
「ミルフィーユ…!」
「特に苺のものが人気だそうです。」
「苺…!」
「……ルドルフ。お前態とか。何の為に僕が情報を集めたと…!」
「あ、申し訳御座いません旦那様。」
「…サイカ。さっきルドルフが言った通り、一番人気はミルフィーユだ。二番人気はチーズを使ったケーキで、三番人気はシフォンケーキ。どれも紅茶によく合う。
人気は気にせずお前の食べたい物を食べろ。何でも頼め。」
「じゃあ、さっき言ったおすすめのを…」
「全部だな?」
「…そ、そうですね。全部、頂こうかな。」
「では僕は紅茶と…そうだな、パンケーキにしようか。」
「…パンケーキ…リュカ、」
「分かってる。僕のをやるからそんな物欲しそうな顔をするな。可愛いからその顔今すぐ止めろ。」
「やった。」
「笑うな。可愛い。襲うぞ。」
「旦那様、語弊力語弊力。
…では私は店員に注文して参ります。」
そう言って私たちの傍を離れるルドルフは数分後、紅茶を持って帰って来た。
私たちの席だけ給仕(ルドルフ)が付いている…凄く注目されているのが分かる。
「旦那様、サイカ様、どうぞ。」
「ああ。」
「ありがとう、ルドルフ。」
「いいえ。」
紅茶を口に含み、こくりと喉を潤すと注文したケーキがテーブルに並べられた。
本当にこの世界はよく分からない。
古い時代であるのは分かるけど、ケーキが普通に存在していたりもする。
ミルフィーユ、パンケーキ、チーズケーキ、シフォンケーキ、ショートケーキ、パフェなどなど。
日本に当たり前にあったようなお菓子も存在していたりして本当によく分からない。
昔だとお菓子によく使われる蜂蜜や砂糖は大変貴重な物で、お金のある所にしか流通しない…のではなかったのか。
メニュー表に書かれてあるスイーツは少しお高めだ。
マティアスとデートをした時、りんご一つが鉄貨一枚だった。
ミルフィーユは銅貨八枚。チーズケーキは銀貨一枚。シフォンケーキは銅貨七枚。パンケーキは銅貨八枚。紅茶銀貨一枚。
中々の値段である。が…庶民でも手が出せない程ではないのである程度、普通に稼ぎのある人たちは自分へのご褒美としてこのお店に来ているのかも知れない。
だって疲れた脳と体に甘味は最高のご褒美だから。
私も残業の合間によくチョコレートやシュークリームを食べていたものだ。
「頂きます…!」
「頂きます。」
層になったミルフィーユをナイフで切り分け、口に運ぶ。
さくっとしたパイの食感。その後に苺と甘い生クリームとカスタードの味。甘いけれど、あっさりしていて凄く食べやすい。
「……んーーーーーー、……美味しい…!
リュカ、美味しいです!」
「見れば分かる。幸せそうな顔だからな。
サイカ、僕にもくれ。」
「はい、どうぞ!」
お皿ごとリュカに渡すとむっすりとするリュカ。
成る程、あーんをご所望で。
「あーん。」
「あー。……うん、甘いがあっさりしているな。」
「ね。これならぺろりと食べれそうです。」
「ほら、パンケーキだ。あーんをしろ。」
「え、いや、私は自分で、」
「あーんだ。ほら、あーん。僕の手からは食べられないとでも?」
「…あの、でも、注目されてて、恥ずかしいといいますか、恥ずかし過ぎるといいますか、」
「気にするな。あーんしろ。お前が僕の手ずから食べるまで引っ込めん。」
「……。」
「口付けで食わせて欲しいか。」
「あーん!!」
「よしよし。それでいいんだ。」
何という羞恥プレイ…!!
周りを見る事が出来ない私はリュカだけを見つめて食べる事にした。今どんな目で見られているか…。
「うまいか?」
「……。」
恥ずかしいのでこくりと頷くだけにする。
正直味が分からない。美味しいは美味しいけど、美味しい以上に恥ずかしい。
「…サイカ。」
「はい?」
席から立ち上がったリュカが前のめりになった体制で私の唇、そのすぐ横をぺろりと舐める。
「クリームが付いていた。」
「ーーーー!!」
顔に熱が集中する。
きっと今真っ赤だ私。リュカもリュカだ。クリームが付いていたなら言ってくれたらいい。それか手で取ってくれるとか。
こんな公衆の面前で何も、口で取らなくとも!
じとりと見るとリュカは満足そうに笑っている。
“したかったからしただけだ、何か問題でも?”そんな顔だった。
「…リュカ、」
「うん?」
「う、嬉しいけど、…嬉しいですけど。
……恥ずかしいから止めて。恥ずかしくて、ちゃんと食べれない…。」
「…あーーー、可愛い…。」
目元を手で覆い、はーーーー、と長い溜め息を吐くリュカ。
世の中のカップルはこんな恥ずかしいやりとりをしているのだろうか。こんな、馬鹿っぷるみたいな事を。
その後何とか私は全部のケーキを美味しく食べる事が出来た。
にこにこと私が食べるのを見続けていたリュカの甘い視線に耐えながら。
お店を出る時は何故か従業員一同が並んで見送りをしてくれたので日本でしていたようにご馳走様でしたと一言伝える。
「ご馳走さまでした。とても美味しかったです。」
「!!?は、はいっ!有り難う御座います…!!」
「…サイカ?」
「美味しいものを食べた時は感謝の気持ちを伝えなくちゃ。
感謝は大事でしょう?私だったら言われて嬉しいし、頑張って良かった、頑張って働こうって気持ちになるもの。」
「…成る程。
…中々旨かった。僕の婚約者もとても満足したようだからな。礼を言う。」
「は、はいっ…!!も、勿体無いお言葉ですっ…!!」
「また食べに来させて頂きますね。」
「はいぃ…!!ぜ、是非、是非ともお待ちしております…!!」
真っ赤になったおじ様やお姉さんたちに挨拶をして店を出ると、リュカが私を抱き締める。
「全くお前は…本当に最高の女だな…。
見たか、店の者のあの嬉しそうな顔を。
お前の言う通り嬉しかったんだろうさ。」
「そうでしょうね。
態々店の者にお礼を言う方はいませんから。」
「え?どうしてです?」
「それは自分たちが“客”で、相手が“店の者”だからですよ。
食べに来ている、買いに来ている。自分ではなく相手が礼を尽くすのが当然で、自分たちは相手に利益を与えている存在と考えているからです。」
そういう考え方もあるのか。純粋にそう思った。
確かに日本でだってお礼を言う人もいれば言わない人もいる。
私がお礼を言うのは両親がそうしていたからだ。
食べに行った時、買い物をした時、両親は必ず“ご馳走様”や“ありがとう”とお店の人にお礼を言っていた。
言われた相手も“有り難う御座いました!”といい笑顔で対応してくれる。
クレームは嫌だ。あれはメンタルにくる。
何も言わず去るのも別に何とも思わないけれど、一言でもいい事を言われると次が違う。
会社でだって、資料を渡して何も言われないより“ありがとう”と一言あった方がやって良かったと報われるものだ。
出会いは多くあるけれど、出会って仲が深まるのは結局、こういった些細なやり取りがあるからだと思う。
「私はまたあのお店でケーキを食べたい。
だったら、何でもないお客さんより良いお客さんでいたいじゃない。
私は美味しいケーキを食べて嬉しい。お店の人はありがとうと言われて嬉しい。どっちも嬉しい。お互い良い気持ちでその場を終える事が出来るじゃない。」
「ああ、その通りだな。
きっとお前にまた来て欲しいと思っているだろう。
相当嬉しかったに違いない。皆の顔が明るくなっていた。
…僕はまた惚れ直したぞ。」
「大袈裟ですよ。」
「大袈裟なものか。なあルドルフ。」
「はい。大袈裟ではありませんね。事実ですよサイカ様。
私ももう、嬉しいと言いますか。誇らしい気持ちでいっぱいです。あと優越感が凄いです今。
見たか。これが未来のクラフ公爵夫人だぞ。私たちの奥方様だぞ、っと。そんな気持ちです。ええ。」
「そ、そうですか。」
「そうです。見てください、後ろにいる使用人たちの顔。
にやにやしててみっともない。」
「お前もだぞルドルフ。」
「あ、これは失礼致しました。」
笑いながら町を歩く。
気になったお店を見回りつつ、リュカが調べてくれた町のおすすめスポットを巡りつつ。
楽しい一時を過ごした。
「何て綺麗な方なんでしょう…本当に、女神様のよう…」
「新聞の絵姿は充てにならないな!実物はとんでもない美女じゃないか…!!」
「クラフ公爵様と婚約なさったんだよな!」
「私たちの領主夫人になる方なのね!」
「ディアゴ村の噂も聞いているし、きっと良い領主夫人になって下さるだろう。」
町のあちこちから聞こえてくる会話。
見せつけるようにリュカが私の肩を抱き、自分の方へ引き寄せる。
今日はクラフ公爵領にある一番大きな町でデート。
リュカの屋敷も、そこから少し離れた場所にある。言わばこの町は領地の中心地。
リュカと一緒に馬車から降りるとしんとその場が静まり、数分後、わぁ!と歓声に包まれた。
「さて。僕も視察ではなく遊ぶ為に訪れるのは初めてだ。
僕自身がお前に紹介したいおすすめ…の場所もない。知らないからな。
でも、精一杯エスコートしよう。事前に情報は集めてある。」
「ぷ。」
「…何だ。何故笑った。」
「ううん。おすすめの場所とか…色々調べてくれたんだなぁって思っただけです。」
「当たり前だろう?お前とのデートだ。
事前にしっかりと調査しておくのは当然の事じゃないのか?
デート…がどんなものか僕にもよく分からんが。」
「ふふ。私もです。日本にいた頃は恋人もいた事なかったですし、デートもした事がなかったので…そういう男女交際の何たるかはよく分からないと言いますか…。知識としては知っている事もあるんですけどね。でも、一緒にいる事に意味があるのは分かっています。」
「…別に、今となってはそれでいい。故郷にいたお前が知らない男と付き合って色々経験していたと想像すると……気にいらない。お前には僕らだけでいい。
…その、ルドルフに聞いたのだが。」
「はい。」
「デートとはつまり、一緒に何かをして楽しむ事なのだと。
なら…お前と会っている時はいつもデートをしているという事になるわけだ。」
「はい。」
「庭に出たなら庭デート。部屋なら部屋デート。
今日は町デートというやつだ。
場所場所で、デートには楽しみがあると言われた。
……その通りだと思う。僕は、今日の町デートでお前と…その。」
「はい、何でしょう。」
「その、だな。
…人目を弁えず、いちゃいちゃとしたい。
お前が僕の恋人で、婚約者であると、皆に見せつけて自慢したい。
僕とお前が愛し合っている仲だと、知らせたい。」
今日の私はエメラルドグリーンのドレスを来ている。
ドレスのスカートには金の糸でリュカの好きなジニアの花が刺繍されていて、リュカからもらったエメラルドのイヤリングを着けている。
リュカのイメージカラーでコーディネートしている今日の私は誰がどう見てもリュカのものだと一目で分かる格好をしていた。
「お前には僕の色がよく似合う。でもそれだけじゃ足りない。
…無理矢理じゃない。マティアスが命じたからでもない。
僕とお前は、愛し合って結ばれた恋人だと知らせたい。
お前は僕のもので、僕はお前のものなんだって。」
「…うん。分かった。」
ぴったりとリュカにくっついている状態で、私はリュカに抱きつく。
どよめく多くの声。だけど、私はリュカが大好きだ。愛している。
リュカが私との仲を見せつけたいというように、私だって見せつけたい。
この男を心から愛しているんだと見せつけて、知って欲しい。
綺麗も醜いもない。誰かは誰かを心から愛しているのだ。
誰かを愛する事に周りの目や意見は関係ないのだと、少しでも分かってくれたらいい。
「こら、歩きにくい。…嬉しいが。
抱き付くなら腕にしろ。腕なら、ずっと抱き付いていていい。」
「はい!」
照れたように笑うリュカが、私に口付ける。
人目があるのも気にせず、慈しむように唇を啄む。
甘く、蕩けそうになる優しいキス。
嬉しくて、私も笑う。
ざわめきはなく、しんと静まり返っていた。
「町で人気の店がある。
お前の好きなケーキやらが色々揃ってあるらしい。」
「わ!行きたいです!」
「だと思った。
好きなだけ注文すればいい。僕はお前が美味しそうに食べている所を見るのも好きだ。気になるものがあれば全部注文しろ。」
「それは嬉しいですけど…。でも残すのは勿体無いじゃないですか。」
「護衛も使用人もいる。
ルドルフは甘い物が好きだ。それによく食べる。
……いや、お前が食べたものを他にやるのもな……嫌だ。
三つか四つを選べ。三つ四つ程度であればお前が残しても僕が食べる。」
「ぷっ。」
「何で笑う。お前の食べかけを僕が誰かに食べさせるわけがない。手を付けていないのであれば別として。
僕は嫉妬深いんだ。おまけに狂ってる。前に言ったろう?」
「…言ってましたね。」
「まあ、マティアスに比べたら僕などまだ可愛いものだ。
あとサーファス。あいつも危ない奴だ。僕の中でマティアスとツートップで並んでいる。」
「…サーファス様が?」
「ああ、あれは駄目だ。口で敵う気がしないな。
にこにこしながら話すから尚読めない。読めないから恐ろしい。
説教された時だってにこにこしながらの圧が…。思い出しただけでゾッとした。」
「…サーファス様が恐い…余り想像つかないですね…。」
「お前だからだ。お前には優しい。他には容赦ないんだろ。
僕らもそうだ。お前だから優しい部分がある、寛大な部分も。
好きとその他がきっちり分かれてるんだ。僕らは。」
確かに、と頷く。
マティアスやヴァレ…はまだ想像出来るけど、カイルやリュカが私以外の誰かににこにこしていたり私にするのと同じように優しいくしていたり…は余り想像出来ない。
「確かここだったはずだ。
毎日それなりに混んでいるらしいからルドルフが先に行って席を取っている…はずなんだが。」
ちりんと可愛らしい鈴の音を立てドアが開くと広い店内にいた人たちが一斉に私たちを見る。
余りの大注目に居心地が悪い。スイーツを刺したフォークを、カップを持ったままに此方を凝視したままぴたりと時間を止めているお客さんたちが恐い。
するりとリュカの腕から手を離してしまうと、逆にリュカがぐっと私の肩を掴んだ。
「サイカ、席はあそこだ。ルドルフがいる。」
「あ、はい。」
「堂々としていろ。お前が美しいから見とれているだけだ。」
僕がいるんだから、何も恐くないだろう?とリュカが囁く。
「緊張するなら僕だけ見ていろ。席までエスコートしてやる。」
上からな物言いだけど、肩を抱く力は優しい。
席に着くとルドルフがメニューを渡してくれた。
…あれ?ルドルフお店の人?転職した?
「サイカ様、この店のおすすめはミルフィーユだそうです。」
「ミルフィーユ…!」
「特に苺のものが人気だそうです。」
「苺…!」
「……ルドルフ。お前態とか。何の為に僕が情報を集めたと…!」
「あ、申し訳御座いません旦那様。」
「…サイカ。さっきルドルフが言った通り、一番人気はミルフィーユだ。二番人気はチーズを使ったケーキで、三番人気はシフォンケーキ。どれも紅茶によく合う。
人気は気にせずお前の食べたい物を食べろ。何でも頼め。」
「じゃあ、さっき言ったおすすめのを…」
「全部だな?」
「…そ、そうですね。全部、頂こうかな。」
「では僕は紅茶と…そうだな、パンケーキにしようか。」
「…パンケーキ…リュカ、」
「分かってる。僕のをやるからそんな物欲しそうな顔をするな。可愛いからその顔今すぐ止めろ。」
「やった。」
「笑うな。可愛い。襲うぞ。」
「旦那様、語弊力語弊力。
…では私は店員に注文して参ります。」
そう言って私たちの傍を離れるルドルフは数分後、紅茶を持って帰って来た。
私たちの席だけ給仕(ルドルフ)が付いている…凄く注目されているのが分かる。
「旦那様、サイカ様、どうぞ。」
「ああ。」
「ありがとう、ルドルフ。」
「いいえ。」
紅茶を口に含み、こくりと喉を潤すと注文したケーキがテーブルに並べられた。
本当にこの世界はよく分からない。
古い時代であるのは分かるけど、ケーキが普通に存在していたりもする。
ミルフィーユ、パンケーキ、チーズケーキ、シフォンケーキ、ショートケーキ、パフェなどなど。
日本に当たり前にあったようなお菓子も存在していたりして本当によく分からない。
昔だとお菓子によく使われる蜂蜜や砂糖は大変貴重な物で、お金のある所にしか流通しない…のではなかったのか。
メニュー表に書かれてあるスイーツは少しお高めだ。
マティアスとデートをした時、りんご一つが鉄貨一枚だった。
ミルフィーユは銅貨八枚。チーズケーキは銀貨一枚。シフォンケーキは銅貨七枚。パンケーキは銅貨八枚。紅茶銀貨一枚。
中々の値段である。が…庶民でも手が出せない程ではないのである程度、普通に稼ぎのある人たちは自分へのご褒美としてこのお店に来ているのかも知れない。
だって疲れた脳と体に甘味は最高のご褒美だから。
私も残業の合間によくチョコレートやシュークリームを食べていたものだ。
「頂きます…!」
「頂きます。」
層になったミルフィーユをナイフで切り分け、口に運ぶ。
さくっとしたパイの食感。その後に苺と甘い生クリームとカスタードの味。甘いけれど、あっさりしていて凄く食べやすい。
「……んーーーーーー、……美味しい…!
リュカ、美味しいです!」
「見れば分かる。幸せそうな顔だからな。
サイカ、僕にもくれ。」
「はい、どうぞ!」
お皿ごとリュカに渡すとむっすりとするリュカ。
成る程、あーんをご所望で。
「あーん。」
「あー。……うん、甘いがあっさりしているな。」
「ね。これならぺろりと食べれそうです。」
「ほら、パンケーキだ。あーんをしろ。」
「え、いや、私は自分で、」
「あーんだ。ほら、あーん。僕の手からは食べられないとでも?」
「…あの、でも、注目されてて、恥ずかしいといいますか、恥ずかし過ぎるといいますか、」
「気にするな。あーんしろ。お前が僕の手ずから食べるまで引っ込めん。」
「……。」
「口付けで食わせて欲しいか。」
「あーん!!」
「よしよし。それでいいんだ。」
何という羞恥プレイ…!!
周りを見る事が出来ない私はリュカだけを見つめて食べる事にした。今どんな目で見られているか…。
「うまいか?」
「……。」
恥ずかしいのでこくりと頷くだけにする。
正直味が分からない。美味しいは美味しいけど、美味しい以上に恥ずかしい。
「…サイカ。」
「はい?」
席から立ち上がったリュカが前のめりになった体制で私の唇、そのすぐ横をぺろりと舐める。
「クリームが付いていた。」
「ーーーー!!」
顔に熱が集中する。
きっと今真っ赤だ私。リュカもリュカだ。クリームが付いていたなら言ってくれたらいい。それか手で取ってくれるとか。
こんな公衆の面前で何も、口で取らなくとも!
じとりと見るとリュカは満足そうに笑っている。
“したかったからしただけだ、何か問題でも?”そんな顔だった。
「…リュカ、」
「うん?」
「う、嬉しいけど、…嬉しいですけど。
……恥ずかしいから止めて。恥ずかしくて、ちゃんと食べれない…。」
「…あーーー、可愛い…。」
目元を手で覆い、はーーーー、と長い溜め息を吐くリュカ。
世の中のカップルはこんな恥ずかしいやりとりをしているのだろうか。こんな、馬鹿っぷるみたいな事を。
その後何とか私は全部のケーキを美味しく食べる事が出来た。
にこにこと私が食べるのを見続けていたリュカの甘い視線に耐えながら。
お店を出る時は何故か従業員一同が並んで見送りをしてくれたので日本でしていたようにご馳走様でしたと一言伝える。
「ご馳走さまでした。とても美味しかったです。」
「!!?は、はいっ!有り難う御座います…!!」
「…サイカ?」
「美味しいものを食べた時は感謝の気持ちを伝えなくちゃ。
感謝は大事でしょう?私だったら言われて嬉しいし、頑張って良かった、頑張って働こうって気持ちになるもの。」
「…成る程。
…中々旨かった。僕の婚約者もとても満足したようだからな。礼を言う。」
「は、はいっ…!!も、勿体無いお言葉ですっ…!!」
「また食べに来させて頂きますね。」
「はいぃ…!!ぜ、是非、是非ともお待ちしております…!!」
真っ赤になったおじ様やお姉さんたちに挨拶をして店を出ると、リュカが私を抱き締める。
「全くお前は…本当に最高の女だな…。
見たか、店の者のあの嬉しそうな顔を。
お前の言う通り嬉しかったんだろうさ。」
「そうでしょうね。
態々店の者にお礼を言う方はいませんから。」
「え?どうしてです?」
「それは自分たちが“客”で、相手が“店の者”だからですよ。
食べに来ている、買いに来ている。自分ではなく相手が礼を尽くすのが当然で、自分たちは相手に利益を与えている存在と考えているからです。」
そういう考え方もあるのか。純粋にそう思った。
確かに日本でだってお礼を言う人もいれば言わない人もいる。
私がお礼を言うのは両親がそうしていたからだ。
食べに行った時、買い物をした時、両親は必ず“ご馳走様”や“ありがとう”とお店の人にお礼を言っていた。
言われた相手も“有り難う御座いました!”といい笑顔で対応してくれる。
クレームは嫌だ。あれはメンタルにくる。
何も言わず去るのも別に何とも思わないけれど、一言でもいい事を言われると次が違う。
会社でだって、資料を渡して何も言われないより“ありがとう”と一言あった方がやって良かったと報われるものだ。
出会いは多くあるけれど、出会って仲が深まるのは結局、こういった些細なやり取りがあるからだと思う。
「私はまたあのお店でケーキを食べたい。
だったら、何でもないお客さんより良いお客さんでいたいじゃない。
私は美味しいケーキを食べて嬉しい。お店の人はありがとうと言われて嬉しい。どっちも嬉しい。お互い良い気持ちでその場を終える事が出来るじゃない。」
「ああ、その通りだな。
きっとお前にまた来て欲しいと思っているだろう。
相当嬉しかったに違いない。皆の顔が明るくなっていた。
…僕はまた惚れ直したぞ。」
「大袈裟ですよ。」
「大袈裟なものか。なあルドルフ。」
「はい。大袈裟ではありませんね。事実ですよサイカ様。
私ももう、嬉しいと言いますか。誇らしい気持ちでいっぱいです。あと優越感が凄いです今。
見たか。これが未来のクラフ公爵夫人だぞ。私たちの奥方様だぞ、っと。そんな気持ちです。ええ。」
「そ、そうですか。」
「そうです。見てください、後ろにいる使用人たちの顔。
にやにやしててみっともない。」
「お前もだぞルドルフ。」
「あ、これは失礼致しました。」
笑いながら町を歩く。
気になったお店を見回りつつ、リュカが調べてくれた町のおすすめスポットを巡りつつ。
楽しい一時を過ごした。
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