平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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109 結束 後編

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馬が嘶く。風を切って走る。
船から降りた大軍は列を乱す事なく二人の男に続いていた。



「さ、サイカ嬢。今日は此方の町で休みましょう。宿屋で申し訳ありません。事情があって領主の屋敷で休む事が出来ませんので。
新居まではまだ日数がかかります。ずっと船で過ごしていたのですから、お疲れになったでしょう?宿は貸しきりにしましたから寛いで下さいね。
ああ、まだローブを脱いではいけません。宿に入っていない状況で美しい貴女の姿を周りに見せるわけにはいかないのです。ご理解下さい。」

サイカは男に抱えられ、馬車を降りる。
体を包んだローブの隙間から見えるのは、無人の宿。
男をちらりと見ると、目が合った。
うっそりと弧を描いて細まった目は、欲に染まっていた。

「ああ、ベルナンド侯爵の部屋は二階の角部屋ですよ。約束をお忘れなく。」

「っ、…約束ですぞ、王太子殿下。約束は、お守り下さい。
いいですな?」

「誰に言ってるんです?
お前、まさかとは思いますが…僕を下に見ているのですか?」

「そ、そのような事は!」

「では命令に従いなさい。
ちゃんと約束は守りますよ。言われなくとも。」

悔しげな表情でベルナンドは頭を下げる。
そんなベルナンドを一瞥した男、リスティア連合国王太子であるフィル・アルダ・リスティアは興味を無くしたように背を向けた。

「…恐い思いをさせてしまいましたね。
大丈夫です。ベルナンドのような男に貴女を触れさせはしませんから。どうぞご安心下さい。
貴女に触れてもいい取引はしましたけど最後までさせる約束はしていませんから。」

「…え…?」

「ああ、……こうして貴女が目の前にいる…僕は今…初めて心から満たされています。
一目惚れなのです。あの日、僕は貴女という女性ひとに心を奪われました。
王太子になっても、人から評価されても満たされない。
だけど貴女を初めて見た時、感じた事のないものが胸に。
僕には貴女が必要なのだと、そう感じました。」

「わ、私はマティアス、陛下の婚約者です。
貴方の側にはいられないし、貴方のものにはなれませんし、なりません。」

「いいのです、今は。ゆっくり身も心も僕のものになってくれさえすれば。
ほら、言うじゃないですか。人の心は移ろうと。
それに、貴女の意思はどうでもいい。貴女が僕の側にいるのなら。」

うっとりとサイカを見る目には、サイカしか写っていなかった。
何処か狂っている、そんな気がした。

「あの、」

「はい。」

「聞いても、いいでしょうか。」

「貴女の質問なら、何なりと答えましょう。」

「…どうして、こんな事を?
こんな事、もし、知られたら。貴方が失うものは大きい。
なのにどうして。」

「そうですね。もし明るみに出たら、僕は全てを失うでしょう。
だけど、それ以上に貴女が欲しくて堪らない。だたそれだけです。」

にちゃりとした笑み。その目は光もなく虚無で、ぞわりとサイカの背筋が粟立つ。

「僕は、普通である自分が嫌いです。どうして“特別”に生まれなかったのだろう。そう思って生きてきました。」

フィル・アルダ・リスティアは今でこそ周りに“素晴らしい跡継ぎ、素晴らしい王太子”と言われるまでになったが、それ以前は厳しい目に晒されていた。
大国、リスティア連合国の第一子。長子として生まれた彼は生まれて数年間は大層喜ばれた存在だった。
両親、そして周りの大人たちから愛され、期待され、特別優しくされながら生きていた。
変わったのは国王夫妻に第二子が生まれてから。
弟として生まれてきた男児は、恵まれた容姿で生まれ、瞬く間に周りにとって特別な存在だった。自分よりも。
国王夫妻の愛情は変わらない。ただ、周りはそうではなかった。普通な自分と美しい弟を比べていた。
絵を描く、字を書く。褒められる。
美しい弟が同じ事をする。自分以上に褒められる。
些細な事かと他人は思うだろう。けれど、フィルには堪らなかった。

王妃が第三子を身籠って、フィルは子供心に安堵した。
自分と同じく“普通の弟妹”が生まれてくれたら、少しは楽になるだろう。
この頃、五歳になったフィルは王族の息子らしく勉学を学ぶようになった。
二つ下の弟は兄であるフィルが好きで、フィルの隣で自由に絵を描いたりしていた。
簡単な問題を間違えると溜め息を吐かれる。ただの溜め息。
それがフィルの心を蝕んでいく。
いつも比べられているのだと、疑心暗鬼になっていく。

早く弟か妹が生まれてほしい。
もう嫌だ。悲しい。
けれど、フィルの希望は砕かれた。
妹として生まれた子供は、またそれなりに恵まれた容姿で生まれていた。
三男も次女も。国王夫妻、両親の美貌を受け継いだ特別な容姿で生まれてきた。
自分だけが“普通”。自分だけが、“異質”。
自分には何もない。容姿も普通、頭も普通。
特別になるには“王太子”になるしかなかった。
普通な頭で精一杯勉強し、政治を学んだ。
その努力が実を結び、フィルは自分の力で“王太子”になった。
けれど、またそれから地獄が始まる。
王太子という席の責任はとても重かった。まるで一つの失敗も許されない。
もし、王太子であるフィルが何か失敗したとしたら。“やっぱり二人の弟のどちらかの方が”と思われてしまう。
悔しかった。屈辱だった。努力してフィルは評価を得た。毎日朝から夜まで勉強して、血の滲むような努力をして、そうして掴み取った居場所。
弟たちは大人たちの味方がいて、自分のような努力をしなくとも何かを手にいれる事が出来る。
それを知った時、フィルの心は完全に歪んでしまう。

容姿では劣っている。けれど、他で劣ってはならない。
でなければ奪われてしまう。特別な人間は血の滲むような努力をしなくとも与えられる。手に入る。
自分が苦労して得たものは、特別の前では簡単に奪われてしまう。
フィルは努力し続けた。周りから馬鹿にされないように、失望されないように。両親に自分が一番であると思われたくて、特別である弟妹たちに普通な自分が見下されない為に。

少しずつ、確実に歪んでいく。
自分を守る為の努力が、弟妹たちを見下す為のものへ変わっていく。
僕はこの問題をすぐ解く事が出来る。
でも弟たちは出来ない。
僕は父に頼られている。
でも弟たちはそうじゃない。
僕は臣や民から、“素晴らしい王太子”だと言われている。
弟たちはただの王子。

ああ、お前たちは容姿こそ特別だけど、その他は平凡なんだ。
でも僕は違う。僕は、お前たちより“特別”なんだ。ざまあみろ!僕はお前たちより上の存在なんだ!
そういった風に、フィルは心を歪ませた。
優しい兄を演じながら、心の中で弟妹と大人たちを罵った。
けれど、優越に浸れたのはほんの一瞬だった。
王太子という特別な席に座った自分は、リスティア連合国の中では特別だけれど、他国では“普通”だったのだ。

“マティアス陛下は凄い”
“マティアス陛下が統治してから、レスト帝国は更に強固になった”
“マティアス陛下の才は他にない”
“ドライトの王太子も負けていない”
“ドライトの王太子が国王になった時、どんな国になるんだろうな”
“ドライトの王族は優秀な能力を持っている方が多い”

他国の王族貴族の集まりに参加すると、同じ大国の王や王太子の噂が囁かれている事もあった。
どれだけ努力しても、埋められない差があった。
特別が自分と同じく血の滲むような努力をすれば、敵わない。
埋まらない、満たされない心。
常に不安と劣等感があって、怯えながらフィルは生きている。
弟妹と大人たちを見下しながら、それでも怯えて生きている。


「貴女を一目見て、満たされた。
マティアス陛下を見る貴女の表情、瞳、仕種。その全てが欲しいと思いました。
こんな思いを抱いたのは初めてで、何としても手にいれたいと思ったのです。」

それは一方的過ぎて、サイカの心、意思を無視している。
けれどフィルにとってはそんな事は些細な事だった。

「僕はリスティア連合国では特別ですが、マティアス陛下には敵わない。きっとドライトの王太子にも。
三つの大国の中で、僕が一番劣っていると分かっています。
マティアス陛下にもドライトの王太子にも特別な才能がある。王としての特別な才能が。
なら、僕に分けてくれてもいいのではないかとそう思うのです。」

「分ける…?」

「特別だから、特別ではない僕に、特別をくれてもいいのではないかなと。
貴女をもらっても、罰は当たらないのではないか。
僕は欲しいのです。特別が。欲しくて堪らない。貴女という特別な存在が、欲しくて堪らない。
僕を受け入れて。貴女の特別が欲しい。いいでしょう?」

抱えられ、どさりとベッドに落とされたサイカの上に、フィルが覆い被さった。
狂っている。歪んでいる。そう思っても、恐怖はなかった。
サイカは信じている。マティアスたちが駆けつけてくれるのを。
仮に、間に合わなかったとしても。マティアスたちが自分を愛する心は変わらないと信じてもいる。
これはサイカ自身が望んだ事。覚悟した事。マティアスたちはサイカを守る為必死で動いてくれている。
いつも、今回も、ずっと。
覚悟しているから。サイカに恐れはなかった。

「私は貴方のものにはならない。
私の心はマティアスのもの。私の大切な恋人のもの。
私の心はいつだって、愛する人のもの。
だから、決して貴方のものにはなりません。
貴方は特別にはならない。私の特別を与えるのは、私が愛する人だけだもの。」

真っ直ぐな瞳に、フィルがたじろいだ。
カッっと顔を赤らめて、湧く怒りをサイカにぶつけた。

「僕を特別にしろ!僕だけを!
貴女は僕のものだ!この国から出さない!レスト帝国に返すものか!貴女は僕の用意した屋敷で、僕の妻として過ごす!一生、死ぬまで!」

「だとしても。私は貴方のものにはなりません。
抱かれても、何をされても。
貴方は私の特別じゃない。私は貴方を好きにはならない。
決して。」

「…っ、」

フィルは目の前が真っ赤に染まっていた。
愛しいと思っているサイカが、途端に憎らしくなった。
否定され、拒絶され、自分に従わない。
真っ赤になる視界の中、無意識に手が、サイカの細い首に触れる。

「う、…ぐ、…、」

「言え。僕に従うと言え。
今なら許してやる。僕を拒絶するな。僕の言う通りにしろ。
そうしたら、許してやる。優しい僕で接してやる。」

「っ、…ぁ、……、」

それでも、サイカはフィルには従わなかった。
言葉が出なくとも、視線でフィルを拒絶した。
その時だった。ドアが外れんばかり、勢いよく開かれマティアスが現れる。
サイカの細い首を締め付けていた手が、ゆっくりと離れたと同時にマティアスはサイカの視界を覆い、フィルの両手めがけて剣を振り落とした。


「…あああああああああああああ…!!」

けたたましい悲鳴。
むせながらマティアスの逞しい体に隠されるようにして抱き締められているサイカは、何が起こったのかを正確に把握出来ない。
けれど耳をつんざく悲鳴は、ただ事ではなかった。

「リスティア連合国の王太子殿下だ。治療はしてやれ。」

「畏まりました。」

視界を遮られ、声と音だけしか情報を得る事が出来ないサイカ。
すぐ近くの部屋のソファーに下ろされ、漸く、視界が開ける。

「……痕になって…遅くなってすまなかった…。」

「けほ、……っ、だ、じょうぶ、」

信じていた。だから恐くなかった。

「もう大丈夫だ。二度と、こんな目に会わせない。
よく頑張ってくれた。サイカ。よく、耐えてくれた。」

掻き拉くようにマティアスに抱き締められ、サイカは安堵の息を吐く。
よくやってくれたとマティアスに褒められ、サイカは不安よりも何よりも嬉しさしかなかった。

「後は任せろ。そなたの努力を、決して無駄にはしない。
そなたの覚悟を、決意を。決して、無にはしない。」

「…うん。」

「側にいる。もう大丈夫だ。」

「…うん。」


マティアスに抱えられたサイカは宿の外に出る。
そこには…至る所に騎士の姿があった。
大軍とも呼べる騎士たちは、町中を占拠していた。
掲げられた旗はレスト帝国の旗と、そしてドライト王国の旗。
町の人間の姿は一切なく、騎士たちの姿しかなかった。
そしてその中に、サイカは信じられない人物を見つける。

「…サーファス、様…?ど、して、」

名を呼ばれたサーファスはサイカの目の前まで歩き、礼を取る。

「俺はサーファス・イグニス・ドライト。
ドライト王国の第四王子。ラグーシャは侯爵の仕事をする時に使ってるんだ。
…黙ってて、ごめんね。」

「…え。……え?」

「サーファス殿…サイカを診てくれるか。王太子に首を絞められていた。」

「!!…サイカ、大丈夫かい!?
首を見せて、……ああ、手痕が付いてる…!これは爪痕か。…強い力で絞められたんだね。
俺の指を診て、…そう。指の動きを追って。
………うん、意識障害は起こしてない。首の治療をしよう。」

「ここからは馬ではなく馬車を使おう。
長時間の馬での移動はサイカが辛くなる。」

「そうですね。」

混乱するサイカを余所にサーファスは的確な治療を進めていった。
馬車の中、治療を受けならがら向かっているのはリスティア連合国の王宮。
そこでサイカは、改めてサーファスの身分を聞かされた。
どうして身分を明かさなかったのかも。

「言ったでしょ?
君には俺自身を見て、知ってほしいって。
ドライト王国の王族としてでなく、俺自身を知ってほしかったから。
黙っていた俺を、許してくれるかい?」

「それは…勿論です。…そもそも、怒ってないです、から。」

「よかった…。」

安堵したように笑うサーファスをマティアスは見やる。
自分やリュカたちと話をした時も笑顔を崩さかったサーファス。自分たちの前とは全く違う笑顔は、きっと作り物ではなく、本当の笑顔なのだろう。
それからの展開は早かった。


レスト帝国内のベルナンド領では犯罪組織の拠点がカイルによって制圧され、十数名の男たちが捕縛された。
カイルはヴァレリアが待つベルナンド邸へ馬を走らせ、地下で何が行われていたかを知る。
広い地下には殴られ傷だらけの女たちが閉じ込められ、中には子を身籠っている女もいた。どの女も無傷ではなかった。
手紙を送った妹の姉も、ベルナンド邸の地下に監禁されていた。
地下の大きな一室には、女を苦しめる様々な道具があった。
薬物、枷、鎖、鞭、…様々なものが大量に。


「家令を捕らえてもらっています。
彼も、証人になるでしょう。」

「…加わってた、人間は…分かった?」

「ええ。ご丁寧に書面がいくつかありましたので。
家令からも教えて頂き、メモにまとめましたから…此方をどうぞ。」

「…ありがと。……任せて、大丈夫?」

「ええ。一人で大丈夫ですので、残りをお願いします。
私はまだ地下にあった大量の金銭や宝石類…色々出所を調べる必要がありますので。」

「ん。…了解。」

家令の証言を元に、カイルはベルナンド邸での“遊び”に加わっていた貴族たちを捕らえた。
騎士たちに命じ、多くの貴族たちを捕らえた。
遊びに加わっていた貴族の中には、ベルナンドと同じく女を監禁している者も多数いた。
女たちはベルナンド邸で監禁されていた者たちで、ベルナンドが飽き、貴族が気に入れば譲渡されまた地獄の日々を送っていた。

クラフ邸にいたリュカとディーノはサイカが拐われ、マティアスらが動くと同時にリスティア連合国へ私兵を連れ立って向かう。
レスト帝国、そしてドライト王国の軍から一部隊、リュカとディーノの私兵の十数名は諜報の為予めリスティア連合国へ先立たせていた。
拐ったサイカの存在は公に出来ない。
匿うのは王宮ではなく、匿う、監禁する場所が当然用意されている。
諜報部隊はサイカを乗せたバロウズの商船が到着する港町に先回りをして滞在し、行き先の方角にある町や村を推察し連携を取る。
そしてマティアスらがリスティア連合国に軍を連れて到着し、滞在している町を連れ立った大軍で包囲した。
リュカとディーノはリスティア連合国の王都で落ち合う事になっている。

大国であるリスティア連合国とて、二つの大国が手を結んだ状況では敵わない。
王都にレスト帝国とドライト王国の軍が!と臣下から報告を受け王都を見渡せる部屋の窓から見た景色は二つの大国の旗を掲げた大軍…それだけでなく、リュカとディーノの私兵が王宮を目指しているという信じられないものだったのだ。


そしてリスティア連合国の国王夫妻、王族貴族は……両手を失った自国の王太子を見てただ事ではないと悟った。


「そちらの王太子が俺の婚約者である令嬢をベルナンド侯爵、バロウズ伯爵と結託し拐うという事件が起こった。
拐うだけでなく、手込めにしようとしただけでなく、俺の最愛の首を絞め殺そうとしていたので両手を切ったまで。
何か問題があっただろうか。」

国王夫妻は信じられなかった。
自慢の息子が、国の未来を担うに相応しい息子が、そんな事をするはずがない。
けれどそれは、事実として突きつけられている。
意味もなく二つの大国が自国に来るわけもない。
大国同士の国際問題はその他の国とは違い、世界情勢への影響が大きいのだから。
信じられない。どうして。こんなのは何かの間違いだ。
きっと誤解がある。息子は、兄は、王太子はそんな事はしない。そういう人だ。

「此方が求めるのはフィル・アルダ・リスティア王太子の廃嫡と…そうだな…国外追放で手を打つとしよう。
今ある関係を崩したいわけではない。だが、俺の婚約者を拐うような男がいる国といい関係が築けるはずもない。」

馬鹿な。息子、兄が、そんな事をするはずがないのに。
何かの間違いに決まっているのに。
そんな夫妻と弟妹たちのフィルを信じる思いは、フィル自身には伝わらなかった。

「は、はは…!
僕を、追放だって?父が退位した後、僕以外に、誰が国を治めるんです?
弟は無能です。容姿に恵まれているだけ。勉学だって、政だって、容姿以外の何もかもが僕には及ばない!
僕が代わりにやってきたんです。弟たちが出来ないから、僕が!僕がいなくなったら、リスティアは終わりだ!弟たちが僕以上にやれるものか!容姿だけの、弟たちが!」

品行方正。優しい息子、優しい兄。
その姿が崩れた瞬間だった。

「と、王太子はこう言っているが。
本性はこれだ。これが王に相応しい男か、その判断を仰ぐまでもないだろう。」

マティアスの言葉に夫妻や弟妹たちは言葉を失う。
それでも喚き立てるフィルに向かい、サーファスが微笑んだ。

「ここまで来るとみっともないよ?
君くらいの存在なら、いくらでもいる。でも、サイカを拐う前までの君は特別だった。特別でいられたんだ。
それを崩したのは君自身。だから受け入れないとね。
君がこんな事をしなかったら、俺もマティアス陛下も動かなかった。
君は、自ら“どこまでも平凡”であると証明してしまったんだよ。」

そんなサーファスの容赦ない言葉は、フィルの自尊心を砕いた。
分かっていた現実が、目の前にあった。
どれだけ念入りに考えても、計画しても、平凡な自分の頭は特別には敵わない。
完璧だと思った計画はこうもあっさりとマティアスたちに見破られ、フィルは断罪されている。
本物の特別には敵わないのだ、いつも。
自尊心を砕かれ、現実を突きつけられ、見せしめのように断罪され、フィルは抗う事を諦めた。

マティアスの望みは廃嫡と国外追放だったが話し合いの結果、両手を失ったフィルは他国で生活するのもままならないだろうという事になり、城で幽閉されるという結果となった。
夫妻と弟妹たちはフィルの本性を知っても彼を見捨てられなかった。
こうなってしまった原因が自分たちにもある。
そう、涙ながらにマティアスに訴えた。

「では生涯、フィル・アルダ・リスティアが表に出てこぬよう責任を持て。
約束してくれるのであれば、此度の事はこれまでとする。」

「お約束します。マティアス陛下。
陛下の寛大なお心に、深く、感謝申し上げます…!」

どこまでも甘い肉親、家族としての愛情を、マティアスは無下にする事なく許容した。
今回、フィル、ベルナンド、バロウズの企てによってサイカが拐われた件はたちまち他国へも知れ渡った。
ベルナンド、バロウズは“死”という極刑が。
ベルナンド邸での“遊び”に加わっていた貴族たちも同じく。
そしてリスティア連合国の王太子であったフィルは両手を失い、廃嫡。王宮で生涯幽閉され生きていく。
自国の高位貴族だけでなく、同じく大国、リスティア連合国の王太子が罰せられた事は良からぬ事を企む人間に対してこれ以上ない抑止となった。
これだけの大事件。衝撃は走ったものの、マティアスやサイカを擁護する声が殆どであったのもベルナンドという存在が極めて悪だったからだろう。
そしてリスティア連合国の王太子が関わっていた事で、人々の認識も大きく変わる。サイカの恋人であるマティアスたちの策が見事に成就しようとしていた。

美しく、優しい。レスト帝国の時期王妃であるサイカは、大国の王太子すら狙う存在である。
強固に守らねばならない存在であると。





「ヴァレリア・ウォルト。カイル・ディアストロ。
そなたらの働きにより、腐った多くの貴族を捕らえる事が出来た。
礼を言うぞ。」

「勿体無いお言葉に御座います。」

「…有り難う、御座います。」

「そなたらの功績を称え、ヴァレリア・ウォルトには伯爵位と領地を与える。何れウォルト宮中伯を継ぐ身であろうがそなたの能力を王宮の中だけで発揮させておくのは惜しい。
此度の件でいくつかの家が取り潰しとなった。これからまた、我が国は大きく変わると共に多くの苦労もあるだろう。
今後もそなたの力を貸してほしい。」

「拝命いたします。
陛下の期待に応えられるよう、一層努力すると誓います…!」


「次に、カイル・ディアストロには勲章を授与す。
これにより、今ある帝国騎士団を大きく二つに分ける。
一つはダミアンを団長とし、もう一つはカイルを団長とする。
ダミアン、カイル。双方は軍の名と旗色、紋を決めておけ。
階級も新たに考慮する。二人を元帥とし軍事に関わる全ての権限を与え、有事の際は俺の許可を取らずともよいものとする!」


このマティアスの言葉。
これはダミアンやカイルが騎士であれど、決して蔑ろにしてはならない存在と宣告した。
立場は違えど、レスト帝国にいる高位の貴族と変わらぬ存在であると宣言したのだ。
ヴァレリア、カイル共に。サイカの夫に相応しい身分が、彼ら二人に与えられた。


「此度の件で、俺は自分の力にも限界があるのだと知った。」

マティアスは玉座から立ち上がり、集まった貴族たちを見渡す。

「俺一人であれば大切な存在を守れなかったろう。
俺の愛する、愛しい女を守れなかったろう。
何よりも恐ろしいのは俺の愛する婚約者、サイカを失う事だと知った。
サイカを守る為に、此度と同じ事が起こらないようにするその為には、俺と同じくサイカを守る存在が必要不可欠である事にも気付いた。」

マティアスが一体、何を言い出すのか理解出来ず、集まった貴族たちは互いの顔を見合い首を傾げる。

「前例なき例外がこうして起こってしまった事実がある。
それを考えた結果だ。
リュカ・シルフィード・クラフ。
ヴァレリア・ウォルト。
カイル・ディアストロ。
今回、力を貸してくれたこの三名をサイカ・クライス侯爵令嬢の婚約者とする!」


此度の件を踏まえて尚、異論ある者は申し出よ!
高らかに宣言されたその言葉は集まった貴族たちを大いに驚かせたが…マティアスの宣言に反対する声は少なかった。

前代未聞の大事件が現実として発生してしまったのだ。
大国の時期王妃を、大国の王太子が拐うという大事件が現実に起こってしまったのだ。
気付いたから良かった。阻止出来たから良かった。
気付かなければ、阻止出来なければ、サイカは二度とレスト帝国に、マティアスの側には帰れなかっただろうから。


「陛下のお考えを支持いたします。
陛下、クラフ侯爵閣下、ヴァレリア・ウォルト卿、カイル・ディアストロ卿。
私の最愛の娘、サイカを救って下さり…有り難う御座います。
陛下や皆様が娘を救って下さらねば、私は大切な娘を失っておりました。
感謝の念が尽きません。」

そんなディーノの言葉に、一人、また一人と賛同者が現れる。
“私も支持致します。”
“私もです。こうした事が起こる、恐ろしい事です。”
“令嬢の存在を考えれば、守りを固めるのは当然かと。”
“異論御座いません。”

数を増していき、そうあれ、そうするべきという声が次々に上がっていく。
リュカ、ヴァレリア、カイル。サイカの恋人である三人の男が、サイカの夫になる事を周りが認めた瞬間だった。


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