平凡な私が絶世の美女らしい 〜異世界不細工(イケメン)救済記〜

宮本 宗

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91 多忙なサイカ①

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マティアスとの婚約式を兼ねたお披露目が終わってから…私の毎日は忙しさが増した。
まず貴族令嬢としては勿論、マティアスの妻になるべく、王妃教育が始まった。
まあこの国にとって重要な国だったり懇意にしている国だったり、周辺の国についての勉強が主だったりする。
クライス邸に来てから少しずつお義父様から教わったりもしていたのだけど…お義父様にもお義父様の仕事があるわけだからみっちりと、とはいかない。
私を教えてくれる先生は勿論、ユリエル・カーク伯爵夫人。
…それから、あと一人。


「この一件でレスト帝国とドライト王国が親しくなったの。
それから今に至る100年も深いお付き合いをしているのよ。」

「なるほど…そういった経緯があったのですね…。
ありがとうございます。ルイーザ様。」

「う、ううん!いいのよ!…私も、二十年近くも貴族とてしでなく一市民として過ごしていたから…。サイカ様と一緒に勉強が出来て嬉しいわ…。」

にっこりとルイーザ様と顔を見合わせて笑う。
私の先生にルイーザ様も加わって、勉強がある日は賑やかになった。
付け加えると…ルイーザ様は先生でもあり、一応生徒でもある。
長く貴族社会から離れていたルイーザ様は将来お義父様の奥さんになるかもしれないので。
そうなるとルイーザ様だって侯爵の妻として周りに振る舞わなくてはいけなくなる。

「それではサイカ嬢。ドライト王国、リスティア連合国双方の特産品は何でしたか?」

「はい。ドライト王国は真珠と金。リスティア連合国は鉄や銅、銀といった、各国で使われている硬貨の原料になっているものです。原料の輸出は約七割り。殆どの国がリスティア連合国から硬貨の原料を買い取っているという事ですよね?」

「ええ、そうです。レスト帝国やドライト王国、大国はある程度自国で資源を補えますが…他国はそうではありません。
以前に一度教えただけなのに素晴らしい回答でしたよ、サイカ嬢。…本当、貴女は真面目で…覚えもよくって。こんなに楽しく…遣り甲斐を感じるのは初めて…。」

「あ、ありがとうございます。」

おほほ、と笑いながら遠い目をした先生。
一体これまでに何があったのか…。きっと大変な思いをしたんだろうなと何かを察してしまう。…労ってあげたい。

「では一旦休憩に致しましょうね。」

「はい!」

休憩中は女同士で楽しく談笑。
この休憩のお陰でルイーザ様の私に対する気まずい感じが薄れたと言っても過言でない。
ルイーザ様はとても努力家だった。既に知っている事にも私と同じように真剣に勉強して、終わるまで付き合ってくれる。
先生が来られない日はルイーザ様がクライス邸へ来てくれて勉強を見てくれる事も。
そういった二人きりの時に、私とルイーザ様はお互いの事を深く話し合った。

『売られて……そうだったの…、…ぐす。大変だったのね…。』

『いいえ。皆にはとてもよくして頂きましたから。大変だったというより、楽しかったです。』

『ふふ、そうなのね。きっと、貴女のそういった部分に皆惹かれたのだわ。お店の人たちも、陛下や貴女の恋人も、そしてディーノも。
…お兄様もね、貴女の事を気に入ってるの。少しずつ、話してもらえるようになったのよ…。』

『よかったですね。』

『ええ。…まだまだ、昔のようにはいかないけれど…でも、嬉しくって。……私は、子供はもう、望めないから……だけどそうだとしても、仲良くなりたい。お兄様や貴女と。いつか家族として……温かくて、賑やかな家庭を築きたいの…。』

『…え…?』

『二十年近くの間…子供が生まれなかったんだもの…。
それに…私、もうおばさんよ。もう、二十歳の娘でもない。四十四のおばさんだもの。年を取るって嫌ね。』

『……。』

『仮に。仮に…ディーノと結婚して、子供を授かる事が出来たとして。その子が二十歳になる頃、私もディーノも同じように年を取るわ…。それに…子供は、望んですぐ出来るわけじゃないもの…。
…私、恐いの…ディーノ、こんな私を愛し続けてくれるかしら…。ディーノは、昔こう言ってた…。子供が欲しいって、結婚して、私たちの子と一緒に、温かい家庭を築きたいって…!』

『ルイーザ様…』

『そのディーノの願いを、私はもう、叶えてあげられそうにない…!私は、ディーノに沢山、もらってるのに!なのに、ディーノの願いを、私は、一つもっ、叶えてあげられない…!』

誰だって色んなものを抱えてる。
お義父様とルイーザ様だって。二人が思いを伝え合って、めでたしめでたしとはいかない。だってその先も人生は続くから。
思いが結ばれた先に、ルイーザ様の大きな不安と恐怖があった。
女としてどれだけ辛い思いをしてきたんだろう。
気付いてしまった。ルイーザ様も、蔑まれてきた人だったんだと。
元夫や義父、義母。もしかしたら元夫の妻にも。
子が出来ない、女として欠落してるんじゃないか、お前は女として欠陥品と言われ続けたルイーザ様は…お義父様と結ばれても、未だ心に深い傷を負っているままだったのだ。

『…ルイーザ様。お義父様は…ルイーザ様を心から愛しています。子供の頃からずっと、お義父様はルイーザ様だけを愛し続けてきたんです。お義父様言ってました。“思い出が生涯の宝”だって。あれはきっとルイーザ様との思い出。』

『…サイ、カ、さま、』

『ルイーザ様、お義父様を信じて。お義父様は貴女の元夫とは違う。自分の幸せより貴女の幸せをいつも、いつも祈ってきた人なんです。
ルイーザ様。不安を、全部お義父様にぶつけて下さい。
大丈夫です。お義父様はきっと、ありのままのルイーザ様を受け入れて、愛し続けてくれます。』

医者でもない私に言える事は少ない。
二十年もの間子供を授からなかった原因が精神的なものなのか、それとも肉体的なものなのかさえ分からない。
もしかしたら私だって、ルイーザ様のように悩む日が来るかもしれない。
ルイーザ様が言った通り、子供は望んですぐ授かるわけではなくて。
もしかしたら私だって、ルイーザ様と同じように十年、二十年、授からないかも知れない。
それを誰かに、まして夫やその家族に責められるとなれば…どれだけ辛いだろうか。
そういった不安は一人で抱えるものじゃない。一人で抱えて乗り越えられるものじゃないはずだから。
お義父様はきっと大丈夫だからと、私はルイーザ様を抱き締めてそう伝え続けた。
だけど、私が伝え続けたって…お義父様に話す事はすごく勇気のいる事だろう。
お義父様を愛していれば尚更。大好きな人に嫌われたくない。大好きな人には、自分をよく思われたい。がっかりもさせたくなくて、だからこそ、大好きな、大切な人に話しにくい話をするのはとても勇気がいる。


「本日はここまでにしましょう。」

「はい。先生、ルイーザ様。本日もありがとうございました!」

「カーク夫人、ありがとうございました。サイカ様もお疲様でした。」


勉強が終われば二人でお義父様の元へ。
そして沢山話をする。夜になる前にお義父様は領内にあるルース様とルイーザ様の祖父母の家までルイーザ様を送り届ける。
ルース様とルイーザ様の両親は年を取ってはいるけれどまだまだ元気なのだそう。
亡くなった祖父母の代わりに屋敷の管理が必要だと、ここ最近の間にルース様とルイーザ様の二人が祖父母の家で暮らすようになったのだとか。
クライス邸とルース様、ルイーザ様の祖父母の家は結構近い。往復二時間くらい、といった距離だった。
一人きりになった部屋でごろごろしながら考える。

「…お医者様には診てもらったのかな…。」

言葉に出してサーファス様の存在が頭に浮かんだ。
マティアスにプロポーズされて、あれよあれよと月光館を去る日が来てお義父様の娘になった私。それからもう長く会っていないサーファス様。

「………。」

オーナーが信頼するクロウリー先生。そのクロウリー先生の元で医療を勉強しているサーファス様。

「……クロウリー先生とサーファス様に診てもらえないかな…。」

クロウリー先生は腕のいいお医者様だとオーナーが言っていた。
それにそのクロウリー先生が、サーファス様を優秀だと言っていた。
既にお医者様に診てもらったと思うけれど…でもまた違うお医者様に診てもらえば新たに分かる事だってある。
考え事をしていると丁度お義父様が帰って来たので相談する事にした。
ルイーザ様が子供の件をお義父様に話していない事も考慮して…当たり障りなく…とどう切り出そうか思っていたら…お義父様からこんな話が。

「…サイカ…今日な、ルイーザから聞いたんだ。」

「?」

「…彼女の不安や悩みを。…お前が俺に伝えるようルイーザにそう言ってくれた事も。それで、まあ、また後日話をする事にしたんだ。…サイカ、ありがとう。」

「……お義父様は、ルイーザ様に何と…?」

「…俺の気持ちは変わらないさ。ルイーザを幸せにしてやりたい。それだけだ。
子供が出来なくともいい。ルイーザと、お前が居てくれるのならそれだけでいい。俺には愛する女と、愛する娘がいる。それだけで本当に満ち足りた気持ちなんだ。お前たちは俺の宝なのだから。」

「…よかった。お義父様なら大丈夫だって、そう思ってました。ルイーザ様…ちゃんとお義父様に打ち明ける事が出来たんですね…。」

「お前のお陰だ。お前がルイーザを励ましてくれたから、ルイーザが俺に話す決心をしてくれたんだ。
しかし…許せんのはルイーザを酷い目に合わせたやつらだ…。
怒りが収まらん…。」

「…あのねお義父様…ルイーザ様も…お義父様やマティアスたちと同じだと思うんです。
戻ってくるまでの間に色んな事を言われて…酷く傷ついてる。
悪い言葉って、良い言葉よりも心に残ってしまうから…。」

「…ああ……そう、だな…。その通りだ…。」

「…だから出来るだけ側にいてあげて、お義父様。ルイーザ様の心を癒してあげられるのは、お義父様が一番適任だから。沢山ルイーザ様の側にいてあげて。
不安に思わなくても、心配しなくても大丈夫って言い続けてあげて。そうしたら、そうかもって段々思えてくるはずだから。」

「…サイカ…。」


マティアスたちもそうだった。
素敵だと言っても、容姿を褒めても、沢山嫌な事を言われ続けてきた彼らは私の言葉をすぐには信じてくれていなかったと思う。
ありがとうと言いつつも、どこか切ない顔をしていたから。
疑いながら、少しずつ信じようとしてくれているのも分かった。
心の中で葛藤し続け、そしてある時に吹っ切れて…信じてくれるようになる。

「それでねお義父様!お義父様にルイーザ様の体の事でお願いしたい事があって!お願いというか、提案なんですけど!」

「?」

「月光館にいた時、お医者様に来てもらった事があるんです。
オーナーの古い知り合いの先生でとっても腕がいいって帝都でも有名なんですって。」

「帝都で有名……もしかしてクロウリー・アボット医師か?」

「!!ご存じだったんですね!」

「アボット医師はマティアスが王宮医師に引き抜こうとした方だ。」

「え…!?」

「王宮医師だと市民の診察が出来ないと断った傑物だな。
多くの人の力になりたいと…いやはや、実に気持ちのいい御仁だと思ったものだ。丁寧で的確な診察、治療の腕もいいと…確か御前試合での救護長も任されていたはず。
はは!キリム殿の顔の広さには驚かされるな…。」

そんなにすごい先生だったのかと驚けばいいのか、それともそんなすごい先生と古い知り合い…旧知の仲というオーナーに驚けばいいのかもう分からない。

「ルイーザは医師に診てもらったとは言っていたが…そうだな…医師…それも帝都で指折りの医師であるアボット医師に診てもらうのもいいだろう。」

「別のお医者様に診てもらえばまた違う答えが出る可能性もありますし、診てもらって損はないんじゃないかと。
それに、クロウリー先生には優秀な見習いがいるんです。
サーファス・ラグーシャ様って言う方なんですけど、その方もとっても優秀だって先生が仰っていました!
まだサーファス様が先生と一緒にいるならきっと二人で来てくれるはずですから!」

「!!………サーファス・ラグーシャ、か。これは…一応マティアスに伝えた方がいい案件か…。」

一瞬だけお義父様の目が見開く。
囁くような小さな言葉は私には聞こえなかった。

「?…お義父様…どうかしましたか?」

「いいや。…お前の言う通り、別の医者に見てもらえばまた違う発見に繋がる事もあると考えていただけだ。
診てもらった方がいいだろうな。」

「!!じゃあ私、オーナーに手紙を書きますね!
沢山報告したい事もありますから!」


うきうきとしながらオーナーへの手紙をしたためる。
まずは元気にしてますかとオーナーや皆の体調を気遣う内容から始まり、色々と沢山書きたい事がありすぎてペンを持つ手が止まらない。

「…もし可能であれば、クロウリー先生とサーファス様に診て頂きたく思います……っと。うん。こんなものかな。」

書き終えて封をすれば……なんとまあ、随分と分厚い手紙になってしまっていた。

「サーファス様にも会えると嬉しいけど。」

サーファス様はドライト王国からレスト帝国に医療を学ぶ為に訪れていると聞いたけど…いつまでいるかは聞いていない。
もしかしたらもうドライト王国へ帰っているかも知れない。
でも久しぶりに会えたら…嬉しい。
何も言えずにお別れしてしまった事も気になっているし…月光館で過ごしたサーファス様との日々もまた、すごく楽しくて、いい思い出ばかりだから。


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