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89 お泊まり&デート マティアス 後編
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お義父様のいない、一人での外泊。
私の為に仕事を調整してくれていたマティアスとの時間はとびきり甘いものだった。
お城に着いてからの私の行動範囲は始めにマティアスがいた執務室とマティアスの自室内しか行動していない。
トイレやお風呂もマティアスの広い部屋の中に揃っている。
浴場にある物よりかはかなり小さめだが、と言うマティアス。
トイレも広くて綺麗だしお風呂も10人くらいは入れそうな大きさだった。
月光館の自室にあったお風呂はマティアスにとってかなり狭く感じたのではなかろうか。
そう問うとマティアスはこう答える。
『サイカと入るのであればあのくらいが丁度いい。……そうだ、この浴室にあるバスタブもあのくらいの物にするか。』
止めなかったら本当にバスタブを変えそうな気がしたので勿体無いと割りと本気で止めた。
夕食も何処かの部屋で食べるのではなくマティアスの部屋で。
会えない間にあった出来事、お義父様やお屋敷での話などなど。時間はあっという間に過ぎていく。
「あ!?マティアス…!私、上皇両陛下にご挨拶してない!」
「ん?ああ、父上と母上は今国にいないんだ。だから気にしなくていい。」
「…よかった…。」
「………。」
「マティアス?」
「実は母上がサイカと話をしたいと言っていてな。」
「皇太后様が…?」
「ああ。何の話があるのかは知らんが…サイカが嫌なら適当な理由を付けて断る。」
「嫌だなんて。マティアスのお母様だもの。それに…マティアスと結婚すれば私のお義母様にもなりますし。
打算的な考えですけど、今後のお付き合いも考えれば会わないという選択肢は無いですよ?」
「まあ…そうなんだが。
…サイカ。母上と二人きり、ではないかも知れん。それは心に留めておいてくれ。」
「え?」
「是の返事をした場合。もしかしたら母上だけでなく、女の集まりの場に呼ばれるかも知れんという事だ。」
「お、女の集まり……それは何だか恐そうですね…。」
「女狐共の集まりだからな。しかも年を取っている分質が悪い。…俺も散々回りくどい嫌味を言われた。まあそなたが相手の場合は恐らく興味本意ではあるだろうが…俺の事は何かしら言われるかも知れん。
万が一そなたが危なくなった時は助けに行く。」
「…マティアスはその場にいないのに?」
「居なくともどうとでもなる。俺は皇帝だぞ?」
「その台詞が似合うのよねこれがまた…。」
「?」
「こっちの話。…分かりました。皇太后様と二人じゃないかもしれない…その可能性も有り得ると…そう思っておきます。」
「ああ。心構えはしておくに越した事はない。
……さて。明日に備えて今日はもう寝よう。」
「えっと、寝るのもマティアスと一緒で…いいの?」
「構わんさ。俺がそなたに熱を上げている事は皆知っている。
それに……万が一がないとも言えん。客室に行かせるより俺の側にいてくれる方が安心する。」
「?」
「こちらの話だ。サイカ、もっと側へ。」
「はい。」
背中に回ったマティアスの腕に引き寄せられ、ほんの僅かに空いていた距離がぴったりと埋まる。
逞しい胸板に寄り添い、マティアスの腕を枕にして横になった。
「…そなたを抱き締めていると落ち着く…。」
「腕…辛くないですか?」
「いいや。重みが心地いい。それに…こうしてそなたの髪をいじれるのもいい。
そなたが俺の妃になったら…毎日共に眠りたい。
俺はそなたと共に眠る為に何が何でもその日の政務を終わらせるんだ。」
「ふふ。」
「そなたが待つ部屋に帰る為に。それだけで毎日頑張れるだろう。お帰りなさいとそなたが笑顔で俺を出迎える。
それだけで一日の疲れも吹き飛ぶだろう。
こうして共に眠る事が出来れば…例えその日に嫌な事があったとしても、一日の終わりに幸せな気持ちで眠る事が出来る…。」
「…私も……マティアスと一緒にいると……幸せ…」
「ああ。……おやすみサイカ。」
「……おやすみ…なさい……マティアス…」
規則正しく脈打つ鼓動とマティアスの香り、そして優しく私の頭を撫でる手が心地よくて。
私はすぐ側まできていた睡魔に抗う事もせず眠りについた。
おやすみもおはようも、今日と明日はマティアスと共に迎える事が出来る。それだけで幸せな気持ちになった。
翌朝は私より先に起きていたマティアスに見つめられながら目が覚めた。
朝から幸せそうなマティアスとおはようの挨拶をして、マティアスの部屋で朝食を取って、それから客間でデートの支度に掛かる。
今日はデートなのでうんと可愛くして欲しいと三人の侍女に伝えると『お任せ下さい!』と勢いのいい返事が返ってきた。何とも頼もしい。
ドレスも自分でどのドレスを着るか悩みながら選んだ。
色んな色のドレスが用意されていたけれど、やっぱりマティアスとのデートなのだからマティアスのイメージカラーである(私の中では)青いドレスを着たい。
青色のドレスでも何種類かあったけれど、私が選んだのは腰に大きなリボンが付いてあるものにした。
「はあ……!このドレス、サイカ様のウエストの細さを強調して……素晴らしいです…!」
「ええ、本当に!リボンできゅっとメリハリが付いていますわ!他のご令嬢だときっとこうはいきませんもの!」
「サイカ様はスレンダーな上に本当にお美しいですから…どのドレスを着てもきっとお似合いです。ですがこのドレスはより一層、似合っておいでです!」
「ありがとうございます。あの…青いアイシャドウはありますか…?」
「青…ですか?ええ…御座いますが…」
「青は似合わない方が多いので余り使われないお色ですけれど…。」
「他の方たちが駄目でもサイカ様でしたらお似合いになるかも知れませんわ…!」
「グラデーションを付けて…濃い青を目尻にお願いしたいんです。」
「やってみますね!」
色々と指示を出しながらの支度は一時間近くかかって終了。
出来ました!と言われ鏡を見ればまるで別人になった私が目の前に居た。
メイクは青いドレスに合わせ青いアイシャドウを。
唇には濃い紅ではなく、少し色付くくらいの控えめなものを。
髪の毛は後ろで一つに編み込まれパールが散りばめられている。
もう正直……百点満点所か百二十点満点の出来映えだった。
必要最低限のメイクしかして来なかった私の腕前ではこうはいかなかっただろう。
髪型も自分でやるより凄く綺麗な仕上がりになっている。
「青いシャドウは似合わない方が多いのに…サイカ様の大きな黒い瞳にピッタリ…!」
「本当に羨ましい程ぱっちりとした二重ですから難しい青色も違和感なくお似合いに…!」
「御髪に付いているパールが光で煌めいていてとっても素敵ですわ!
サイカ様は美的センスに優れていらっしゃるのですね!」
雑誌の受け売りなので私にセンスがあるかどうかは怪しい。
そしてこうして改めて見ると……ちょっとマティアスの色を強調し過ぎたかも知れない。
青いドレスに青いシャドウ、そして見えないけれど身に付けているサファイアのネックレス。
どう見てもマティアス色に染まった私の完成である。
「面倒な事ばかり頼んでごめんなさい。でもこんなに素敵にして下さって…ありがとうございました。」
「い、いいえ!とんでも御座いません!」
「…こんなにお美しいのになんて優しい方なのでしょう…」
「仕事なのについ楽しんでしまいました…こちらこそありがとう御座います…!」
「サイカ様、陛下にサイカ様の支度が整ったと報告して参りますね。」
「あ、はい!宜しくお願いします…!」
どきどきしながらマティアスを待つ。
ドレスもメイクもマティアスの瞳の色に合わせたとすぐ分かるだろう。
きっとマティアスは喜んでくれるに違いないけれど…多分、分かる人には分かってしまうのだろうなと思う。
どれだけマティアスが好きなんだと心の中でツッコミでも入れられそうだ。
だけど今日はマティアスと初めての帝都デート。
大好きな彼氏に可愛く思われたい!という乙女心は全世界共通なのではなかろうか。
「サイカ様。陛下が参りました。入っても宜しいでしょうか。」
「は、はいっ!どうぞ!!」
鏡で見てもおかしくはなかった。
侍女たちも褒めてくれた。
だというのに何故これ程緊張してしまうのか。
…マティアス本人に『可愛い』『綺麗だ』と言ってもらえるまで安心出来ないなんて、何とも不思議な話。
だけどきっとこれが、“恋”をしているという事。
ゆっくりと扉が開きマティアスの体が半分だけ見える。
どきどきと鼓動は早まり、妙に緊張してしまう。
「………。」
「………。」
部屋に入るなりすぐ立ち止まりその場で動かなくなったマティアス。
「……マティアス、」
気に入らなかっただろうか。そう不安になってしまう。
だけど次の瞬間マティアスは赤らんだ顔の口許を片手で覆うようにしてその場にしゃがみ込んだ。
「マ、マティアス…?」
「……ちょ…っと、待ってくれ……今、耐えている…。」
「?」
「……はぁーーーーーーーーー、」
長い溜め息を吐いた後、マティアスは立ち上がり、それはそれは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「サイカ……何と愛らしい娘だろうか…。
そのドレスも、メイクも。本当に俺の為に…?」
「う、うん。……その、おかしく…ない?」
「とんでもない。青いドレスもそのメイクも、髪型もそなたにとてもよく似合っている。
まるでそなたが全身で俺を好いていると伝えてくれている様で……その、感極まった。」
「う……、」
何だろう。すごく照れ臭い。嬉しいけどすごく、すごく照れ臭い。
「そなたらは部屋から出ていろ。」
『畏まりました。』
マティアスの言葉に従い、三人の侍女たちが部屋から出ていき扉が閉まる。
二人きりになるとまた余計に恥ずかしくなってくる。
「…サイカ。」
「は、はい、」
「今日のそなたはいつも以上に可愛い。愛らしい。いつも美しい女だと思っているが…今日はとびきり美しい。…本当に。天上にいる女神でもサイカの美しさには敵わないんじゃないか。そう思う程…。
俺にはサイカ、そなたがこの世で一番美しい存在に思える。俺にとってはそうだ。出会った頃からずっとそう。」
「…あ、あり、がとう…、」
「本当によく似合っている。…俺の為に可愛く、美しくなりたいと言ってくれたそなたが俺は愛しい。
今日、こうして俺の為に美しく着飾ってくれたそなたが、俺は心から愛しい。
…可愛い。綺麗だ。」
「マ、マティアスが喜んでくれたなら、う、嬉しいです。
それに…可愛いって、綺麗って言ってくれて、……すごく、嬉しい。」
「…っ、くそ、紅が取れるか…。今…口付け出来ないのは辛いな…。」
「?」
「…今日は…皆にそなたを自慢してもいいだろうか。
そなたが、俺の愛する唯一の宝だと…皆に見せつけてやりたい。
俺とそなたが真実、愛し合っている仲だと見せつけてやりたい。」
「はい…!私も、こんなに素敵な男が私の愛する人だってこと…周りに見せつけたいです。
マティアスは凄く格好いい。魅力的で、素敵な男性です。私にとってはずっとそう。出会ってから、ずっと。」
「……。」
引き寄せられ、唇に口付けられる。
そなたが愛らしい事を言うから我慢が出来なかったと顔を赤らめて。
「行こうか、サイカ。」
自分の唇を指で拭い、とてもいい笑顔のままマティアスは私の手を掴む。
階段を降り外へと続く大きな扉の前、その左右に今日護衛をしてくれるであろう騎士たちがずらりと並んでいた。
「カイルは今日の護衛に外しておいた。
そなたの事だ…気になってしまうだろう?」
「…はい。」
「それにカイルもそなたに関してはかなり嫉妬深いだろうからな。…いや、それは俺を含め皆そうか。
今日、そなたには他の誰も気にせず俺だけを見て欲しい。
そういう欲もある。」
「ふふ。」
「皆にはそなたが気にならぬよう、付かず離れず護衛に当たれと言ってある。
本当の意味で二人きりにはなれないが…配慮はしてくれるだろう。二人きりではないが許してくれ。」
「マティアスは皇帝陛下だもの。護衛が誰もいないのはおかしいでしょう?気にしてないです。」
「俺もそうだがそなたに万が一があっては困る。
そなたはもう、ただのサイカではない。
俺の唯一である女性なのだから。」
すごく大切にされていると感じる。
いつもいつも。出会ってからずっとそう感じている。
マティアスはいつも私に優しくて、大切にしてくれて、とても大きな愛を与えてくれている。
今日のデートは勿論凄く楽しみではあるけれど、私はこのデートでもっと、うんとマティアスを喜ばせたいと考えていた。
マティアスの為のお洒落もそう。いや、可愛いと思って欲しいという気持ちもあるけれど、マティアスに喜んで欲しいから。
今日の私はマティアスの為に着飾って、マティアスの為にうんと可愛い女になる。
「大好きなマティアスと一緒にデート出来るの、すごく楽しみで嬉しいです。」
可愛い私で。とびきりの笑顔でそう言えば。
「……これは……いつも以上に破壊力が凄まじいな、」
またマティアスは顔を赤らめて口許を手で覆った。
私の為に仕事を調整してくれていたマティアスとの時間はとびきり甘いものだった。
お城に着いてからの私の行動範囲は始めにマティアスがいた執務室とマティアスの自室内しか行動していない。
トイレやお風呂もマティアスの広い部屋の中に揃っている。
浴場にある物よりかはかなり小さめだが、と言うマティアス。
トイレも広くて綺麗だしお風呂も10人くらいは入れそうな大きさだった。
月光館の自室にあったお風呂はマティアスにとってかなり狭く感じたのではなかろうか。
そう問うとマティアスはこう答える。
『サイカと入るのであればあのくらいが丁度いい。……そうだ、この浴室にあるバスタブもあのくらいの物にするか。』
止めなかったら本当にバスタブを変えそうな気がしたので勿体無いと割りと本気で止めた。
夕食も何処かの部屋で食べるのではなくマティアスの部屋で。
会えない間にあった出来事、お義父様やお屋敷での話などなど。時間はあっという間に過ぎていく。
「あ!?マティアス…!私、上皇両陛下にご挨拶してない!」
「ん?ああ、父上と母上は今国にいないんだ。だから気にしなくていい。」
「…よかった…。」
「………。」
「マティアス?」
「実は母上がサイカと話をしたいと言っていてな。」
「皇太后様が…?」
「ああ。何の話があるのかは知らんが…サイカが嫌なら適当な理由を付けて断る。」
「嫌だなんて。マティアスのお母様だもの。それに…マティアスと結婚すれば私のお義母様にもなりますし。
打算的な考えですけど、今後のお付き合いも考えれば会わないという選択肢は無いですよ?」
「まあ…そうなんだが。
…サイカ。母上と二人きり、ではないかも知れん。それは心に留めておいてくれ。」
「え?」
「是の返事をした場合。もしかしたら母上だけでなく、女の集まりの場に呼ばれるかも知れんという事だ。」
「お、女の集まり……それは何だか恐そうですね…。」
「女狐共の集まりだからな。しかも年を取っている分質が悪い。…俺も散々回りくどい嫌味を言われた。まあそなたが相手の場合は恐らく興味本意ではあるだろうが…俺の事は何かしら言われるかも知れん。
万が一そなたが危なくなった時は助けに行く。」
「…マティアスはその場にいないのに?」
「居なくともどうとでもなる。俺は皇帝だぞ?」
「その台詞が似合うのよねこれがまた…。」
「?」
「こっちの話。…分かりました。皇太后様と二人じゃないかもしれない…その可能性も有り得ると…そう思っておきます。」
「ああ。心構えはしておくに越した事はない。
……さて。明日に備えて今日はもう寝よう。」
「えっと、寝るのもマティアスと一緒で…いいの?」
「構わんさ。俺がそなたに熱を上げている事は皆知っている。
それに……万が一がないとも言えん。客室に行かせるより俺の側にいてくれる方が安心する。」
「?」
「こちらの話だ。サイカ、もっと側へ。」
「はい。」
背中に回ったマティアスの腕に引き寄せられ、ほんの僅かに空いていた距離がぴったりと埋まる。
逞しい胸板に寄り添い、マティアスの腕を枕にして横になった。
「…そなたを抱き締めていると落ち着く…。」
「腕…辛くないですか?」
「いいや。重みが心地いい。それに…こうしてそなたの髪をいじれるのもいい。
そなたが俺の妃になったら…毎日共に眠りたい。
俺はそなたと共に眠る為に何が何でもその日の政務を終わらせるんだ。」
「ふふ。」
「そなたが待つ部屋に帰る為に。それだけで毎日頑張れるだろう。お帰りなさいとそなたが笑顔で俺を出迎える。
それだけで一日の疲れも吹き飛ぶだろう。
こうして共に眠る事が出来れば…例えその日に嫌な事があったとしても、一日の終わりに幸せな気持ちで眠る事が出来る…。」
「…私も……マティアスと一緒にいると……幸せ…」
「ああ。……おやすみサイカ。」
「……おやすみ…なさい……マティアス…」
規則正しく脈打つ鼓動とマティアスの香り、そして優しく私の頭を撫でる手が心地よくて。
私はすぐ側まできていた睡魔に抗う事もせず眠りについた。
おやすみもおはようも、今日と明日はマティアスと共に迎える事が出来る。それだけで幸せな気持ちになった。
翌朝は私より先に起きていたマティアスに見つめられながら目が覚めた。
朝から幸せそうなマティアスとおはようの挨拶をして、マティアスの部屋で朝食を取って、それから客間でデートの支度に掛かる。
今日はデートなのでうんと可愛くして欲しいと三人の侍女に伝えると『お任せ下さい!』と勢いのいい返事が返ってきた。何とも頼もしい。
ドレスも自分でどのドレスを着るか悩みながら選んだ。
色んな色のドレスが用意されていたけれど、やっぱりマティアスとのデートなのだからマティアスのイメージカラーである(私の中では)青いドレスを着たい。
青色のドレスでも何種類かあったけれど、私が選んだのは腰に大きなリボンが付いてあるものにした。
「はあ……!このドレス、サイカ様のウエストの細さを強調して……素晴らしいです…!」
「ええ、本当に!リボンできゅっとメリハリが付いていますわ!他のご令嬢だときっとこうはいきませんもの!」
「サイカ様はスレンダーな上に本当にお美しいですから…どのドレスを着てもきっとお似合いです。ですがこのドレスはより一層、似合っておいでです!」
「ありがとうございます。あの…青いアイシャドウはありますか…?」
「青…ですか?ええ…御座いますが…」
「青は似合わない方が多いので余り使われないお色ですけれど…。」
「他の方たちが駄目でもサイカ様でしたらお似合いになるかも知れませんわ…!」
「グラデーションを付けて…濃い青を目尻にお願いしたいんです。」
「やってみますね!」
色々と指示を出しながらの支度は一時間近くかかって終了。
出来ました!と言われ鏡を見ればまるで別人になった私が目の前に居た。
メイクは青いドレスに合わせ青いアイシャドウを。
唇には濃い紅ではなく、少し色付くくらいの控えめなものを。
髪の毛は後ろで一つに編み込まれパールが散りばめられている。
もう正直……百点満点所か百二十点満点の出来映えだった。
必要最低限のメイクしかして来なかった私の腕前ではこうはいかなかっただろう。
髪型も自分でやるより凄く綺麗な仕上がりになっている。
「青いシャドウは似合わない方が多いのに…サイカ様の大きな黒い瞳にピッタリ…!」
「本当に羨ましい程ぱっちりとした二重ですから難しい青色も違和感なくお似合いに…!」
「御髪に付いているパールが光で煌めいていてとっても素敵ですわ!
サイカ様は美的センスに優れていらっしゃるのですね!」
雑誌の受け売りなので私にセンスがあるかどうかは怪しい。
そしてこうして改めて見ると……ちょっとマティアスの色を強調し過ぎたかも知れない。
青いドレスに青いシャドウ、そして見えないけれど身に付けているサファイアのネックレス。
どう見てもマティアス色に染まった私の完成である。
「面倒な事ばかり頼んでごめんなさい。でもこんなに素敵にして下さって…ありがとうございました。」
「い、いいえ!とんでも御座いません!」
「…こんなにお美しいのになんて優しい方なのでしょう…」
「仕事なのについ楽しんでしまいました…こちらこそありがとう御座います…!」
「サイカ様、陛下にサイカ様の支度が整ったと報告して参りますね。」
「あ、はい!宜しくお願いします…!」
どきどきしながらマティアスを待つ。
ドレスもメイクもマティアスの瞳の色に合わせたとすぐ分かるだろう。
きっとマティアスは喜んでくれるに違いないけれど…多分、分かる人には分かってしまうのだろうなと思う。
どれだけマティアスが好きなんだと心の中でツッコミでも入れられそうだ。
だけど今日はマティアスと初めての帝都デート。
大好きな彼氏に可愛く思われたい!という乙女心は全世界共通なのではなかろうか。
「サイカ様。陛下が参りました。入っても宜しいでしょうか。」
「は、はいっ!どうぞ!!」
鏡で見てもおかしくはなかった。
侍女たちも褒めてくれた。
だというのに何故これ程緊張してしまうのか。
…マティアス本人に『可愛い』『綺麗だ』と言ってもらえるまで安心出来ないなんて、何とも不思議な話。
だけどきっとこれが、“恋”をしているという事。
ゆっくりと扉が開きマティアスの体が半分だけ見える。
どきどきと鼓動は早まり、妙に緊張してしまう。
「………。」
「………。」
部屋に入るなりすぐ立ち止まりその場で動かなくなったマティアス。
「……マティアス、」
気に入らなかっただろうか。そう不安になってしまう。
だけど次の瞬間マティアスは赤らんだ顔の口許を片手で覆うようにしてその場にしゃがみ込んだ。
「マ、マティアス…?」
「……ちょ…っと、待ってくれ……今、耐えている…。」
「?」
「……はぁーーーーーーーーー、」
長い溜め息を吐いた後、マティアスは立ち上がり、それはそれは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。
「サイカ……何と愛らしい娘だろうか…。
そのドレスも、メイクも。本当に俺の為に…?」
「う、うん。……その、おかしく…ない?」
「とんでもない。青いドレスもそのメイクも、髪型もそなたにとてもよく似合っている。
まるでそなたが全身で俺を好いていると伝えてくれている様で……その、感極まった。」
「う……、」
何だろう。すごく照れ臭い。嬉しいけどすごく、すごく照れ臭い。
「そなたらは部屋から出ていろ。」
『畏まりました。』
マティアスの言葉に従い、三人の侍女たちが部屋から出ていき扉が閉まる。
二人きりになるとまた余計に恥ずかしくなってくる。
「…サイカ。」
「は、はい、」
「今日のそなたはいつも以上に可愛い。愛らしい。いつも美しい女だと思っているが…今日はとびきり美しい。…本当に。天上にいる女神でもサイカの美しさには敵わないんじゃないか。そう思う程…。
俺にはサイカ、そなたがこの世で一番美しい存在に思える。俺にとってはそうだ。出会った頃からずっとそう。」
「…あ、あり、がとう…、」
「本当によく似合っている。…俺の為に可愛く、美しくなりたいと言ってくれたそなたが俺は愛しい。
今日、こうして俺の為に美しく着飾ってくれたそなたが、俺は心から愛しい。
…可愛い。綺麗だ。」
「マ、マティアスが喜んでくれたなら、う、嬉しいです。
それに…可愛いって、綺麗って言ってくれて、……すごく、嬉しい。」
「…っ、くそ、紅が取れるか…。今…口付け出来ないのは辛いな…。」
「?」
「…今日は…皆にそなたを自慢してもいいだろうか。
そなたが、俺の愛する唯一の宝だと…皆に見せつけてやりたい。
俺とそなたが真実、愛し合っている仲だと見せつけてやりたい。」
「はい…!私も、こんなに素敵な男が私の愛する人だってこと…周りに見せつけたいです。
マティアスは凄く格好いい。魅力的で、素敵な男性です。私にとってはずっとそう。出会ってから、ずっと。」
「……。」
引き寄せられ、唇に口付けられる。
そなたが愛らしい事を言うから我慢が出来なかったと顔を赤らめて。
「行こうか、サイカ。」
自分の唇を指で拭い、とてもいい笑顔のままマティアスは私の手を掴む。
階段を降り外へと続く大きな扉の前、その左右に今日護衛をしてくれるであろう騎士たちがずらりと並んでいた。
「カイルは今日の護衛に外しておいた。
そなたの事だ…気になってしまうだろう?」
「…はい。」
「それにカイルもそなたに関してはかなり嫉妬深いだろうからな。…いや、それは俺を含め皆そうか。
今日、そなたには他の誰も気にせず俺だけを見て欲しい。
そういう欲もある。」
「ふふ。」
「皆にはそなたが気にならぬよう、付かず離れず護衛に当たれと言ってある。
本当の意味で二人きりにはなれないが…配慮はしてくれるだろう。二人きりではないが許してくれ。」
「マティアスは皇帝陛下だもの。護衛が誰もいないのはおかしいでしょう?気にしてないです。」
「俺もそうだがそなたに万が一があっては困る。
そなたはもう、ただのサイカではない。
俺の唯一である女性なのだから。」
すごく大切にされていると感じる。
いつもいつも。出会ってからずっとそう感じている。
マティアスはいつも私に優しくて、大切にしてくれて、とても大きな愛を与えてくれている。
今日のデートは勿論凄く楽しみではあるけれど、私はこのデートでもっと、うんとマティアスを喜ばせたいと考えていた。
マティアスの為のお洒落もそう。いや、可愛いと思って欲しいという気持ちもあるけれど、マティアスに喜んで欲しいから。
今日の私はマティアスの為に着飾って、マティアスの為にうんと可愛い女になる。
「大好きなマティアスと一緒にデート出来るの、すごく楽しみで嬉しいです。」
可愛い私で。とびきりの笑顔でそう言えば。
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