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63 サーファス②

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昔々の話。
ある所に醜い男がいた。
化け物と周りから呼ばれていた男の人生は不幸で、理不尽ばかりだった。

ある日、男は美しい姫に出会う。
金色に輝く髪と瞳。
優しく、人々から愛される美しい姫。
ドライト王国でどんな宝石よりも価値のある黄金に因んで、姫は黄金姫と呼ばれていた。

蔑まれ、嫌悪され、汚れたぼろ切れを着ていた男を見つけると姫は駆け寄り、そして初めて、美しい顔を歪めて怒った。

“同じ人間であるというのに、何故この様な仕打ちが出来る。
化け物とはそなたらの事。人を人とも思わぬその心こそ、真実化け物である。”

男は姫に救われ、そして側仕えとして姫の元へ。
そして長い時を一緒に過ごす内に男の傷付いた心は癒えていき、二人は互いを強く思うようになる。

『姫。貴女は私の黄金。一等大切な、価値のある黄金。
身分も容姿も弁えぬ愚かな私を、どうか、この思いを抱き続ける事をお許し下さい…。』

『許しましょう。…私は貴方のもの。貴方の黄金です。』


当然周りは反対した。美しい姫と醜い男では釣り合わない。身分も違う。
二人はその身一つで城を飛び出し…見知らぬ土地で幸せに、その生涯を終えたのだった。




『父上、これは本当にあった話?』

『どうかなぁ。…お話だからね。でも、ずっとずうっと昔からある話だがら…もしかしたら本当かも知れないね。』

『…いいなあ…。』


幼い頃に聞いた話が今でも心に残っている。
ずっと昔からあるその話に、酷く惹かれている。憧れている。
物語の男と自分が重なって、自分の“黄金姫”を待ち望んだ。
そんな奇跡は起きない。あれはお伽噺だ。そう理解していても、心の底では希望を捨てきれずにいた。

年頃になって、色んな女性と出会った。
けれど誰もが俺を嫌な目で見ていた。
どんな時も笑顔で。例え悪意のある言葉や視線を受けようと、それがどうしたと笑顔で居続ける内、仲良くなれた女性もいた。

『ふふ!サーファス殿下は楽しい人ね!』

『顔は醜いけれど、サーファス殿下は恐くないわ。』

『人柄って本当ね。』


それでも。“恋人”という枠には入れない。
醜い容姿は“友人”としては受け入れられても、“恋人”としては受け入れられない。
そしてそれが分かっているからか、俺も彼女たちに“恋”をする事はなかった。
異性として“好き”と思う気持ちも沸かなかった。
彼女たちもまた、俺を友人と言いつつ、でも他人だった。
夜会で笑われていれば寄って来ない。
馬鹿にした、見下した様な囁きが聞こえていれば寄って来ない。
そして場が収まった時にのこのことやって来る。
“大変だったわね”なんて、心配した素振りを見せながら。
形だけの心配を見せつけながら。

それはレスト帝国でも同じだった。
医療を学ぶ為に訪れた大国。
だけど差別はドライト王国と何ら変わりなかった。
よく話す仲になったとしても、やっぱり他人のまま。
偶然ばったりと町中で合い、話をしていると囁かれる悪意の言葉、そして冷たい視線。
その言葉が聞こえると、視線を感じると彼らも彼女らもそっと距離を取る。
庇って欲しいとか、助けて欲しいとか、そんな事じゃない。
ただ、…ただ。寄り添ってくれるだけでいい。それだけでいいんだ。
だけどそんな人はいなかった。


『サーファス、今度御前試合が行われるのは知っていますね?』

『はい。毎年ありますしね。』

『ええ。実は国から要請がありました。
御前試合で、救護を手伝ってほしいと。』

『え!凄いじゃないですか!』

『サーファス。貴方も一緒に行くんですよ。…きっといい経験になるでしょうから。』

『有り難うございます!』


御前試合当日。
先生は先に闘技場へ。俺は朝、先生に頼まれた備品を買ってから向かう事になっていた。
人の多さに思っていた以上に時間が掛かってしまい、慌てて先生の元へ向かう途中に彼女にぶつかってしまう。
ぱっちりとした二重、小さな鼻と口。整ったその顔に驚き、見惚れている内に彼女は去る。
すごい美人がいたものだと、その時はそれだけだった。
そう、本当にそれだけだったんだ。


試合が始まり、怪我をした選手たちが次々に運ばれてくる。
俺たちのいる救護室と試合が行われている場所は近く、仮に重傷者が出てもすぐ処置が出来るようになっていた。
怪我人を手当てして、手が空いた時は試合を見て楽しむ。

『…凄いですねー。皆、やる気がみなぎってる。』

『そうですね。…御前試合で勝ち、その頂点に立つというのは名誉な事ですから。皆さん自分の力を認めて欲しいのでしょう。
…まあ、だから軽傷では済まない場合もあるのですが…。』

『はは、それだけ熱くなってるんですね。』


“彼”がその場に立った時、起こったのはまずざわめきだった。
その醜い姿が大勢の前に晒され、ざわめきの後には容赦ない悪意の言葉。

“化け物”“やっちまえ”“負けろ化け物”“姿を見せるな”

“彼”へ向けられたその言葉が、自分と重なる。
じっと彼を見続けた。笑いもせず、泣きもせず、怒りもしない彼を。
だけど、まるで誇らしげに前を見る彼を。どうしてと思いながら。
彼は相当な実力を持った人だったようで…彼と戦った相手は皆、殆ど打撲と打ち身だけで済んでいた。
準決勝、決勝までと試合は進み……そして彼と、ドライト王国の騎士との戦いが始まった。

それまでの言葉が可愛く思える程、決勝戦の場に響く観衆の言葉は酷いものだった。

“いい加減くたばれ化け物!”“死ね”“行け!化け物を殺せ!”“くたばれ化け物!”

恐ろしいと思った。周りが。何よりも恐ろしいと思った。
一体彼が何をしたというのか。まるで犯罪者じゃないか。何もしていない。彼は、俺は、何もしていないのに。なのにどうしてそんな言葉を、視線を投げつける。


『……酷いものです…。真剣に戦っている者を、誰も認めない。』

『……っ、』

『……この悪意ある言葉の中で、…味方のいない中で、勝利を得る事は難しいでしょうね…。』

『……そう、ですね…。』


負けると思った。きっと勝てないだろうと。
誰も彼の勝利を望んでいない。誰も、そんな事を望んでいない。
勝ってほしいと思う。自国の騎士が戦っているけれど、その騎士よりも彼に勝ってほしいと思った。
まるで自分の事みたいに。いや、完全に重なっていたんだ。
だって俺も、彼と同じ醜い容姿だから。沢山、同じような言葉を言われてきたから。だから重ねていた。重ね、辛くなった。もう止めてくれ。これ以上傷付けないでくれと、まるで自分が責められているような錯覚。

そんな時だった。

化け物、殺せ、行け、負けろ、くたばれと変わらず悪意の声が響く中、澄んだ、よく通る声が聞こえた。

“負けないで”“勝って”“頑張って”

まるで魂の叫びだった。
誰が彼の勝利を望まなくても、自分が望んでいる。
誰が彼を蔑もうと応援していなくとも、自分は応援する。
誰が彼を認めなくとも、自分は彼という存在を認める。
皆が彼を化け物と呼ぶ。だけど自分は彼の名を呼ぶ。
そう、伝わってきた。

怒りだ。あの叫びは、彼女の怒りだ。
探した。身を乗りだし、声の主を探した。
そして気付く。遠目ではあったけれど、あれはあの時の女性だと。
あの時にぶつかってしまった美しい女性が、声の主だと分かった。
帽子が邪魔でその顔はよく見えなかったけれど、でも確かにそうだと確信した。
彼が勝ち、彼女が笑った。ちっとも淑女らしくないけれど…でもみっともないとは思わなかった。
ぞくぞくと体が、心が震えた。嬉しくなった。まるで自分の事のように嬉しくなって、涙が一つ、頬を流れていた。

ああ、彼女だ。
彼女が俺の黄金だ。
この世で一等尊い黄金だ。
他の誰も違う。彼女がそうなんだ。

『サーファス殿下は気の合う友人よ。
私、サーファス殿下は好きだわ。』

『貴方が困っていれば力になるわ。
だって私たち、友人でしょう?』

それならどうして。どうして助けてくれない。
どうして、庇おうとしてくれない。
否、そんな事はしてくれなくていい。
一番してほしいのは、何もしなくていい。
ただ、ただ側にいてほしいだけなんだ。
寄り添って、崩れそうになる俺を支えてほしいだけなんだ。
たったそれだけ。それだけを望んでいた。


昔から伝わるお伽噺に酷く惹かれていた。憧れていた。
お伽噺に出てくる男の心情は書かれていない。
だけど容易に想像が出来た。
男は理不尽に耐えながらもいかっていたに違いない。
周りの人間に対して、どうしてと。
どうして誰も自分を認めない。どうして誰も自分を庇わない。
一つの悪意が周りを巻き込み、大きくなっていくその辛さを、理不尽さを。
周りと一緒になって自分を責める、その非情さを。
きっと誰よりも一番、疑問に思い、腹が立ったことだろう。

そして出会ったんだ。男の怒りをそのまま周りに伝えてくれた人に。
真実、人の心を持った彼の黄金姫に。



『…サーファス…?』

『……ああ、羨ましいよ…彼は、彼の理不尽を、怒りを彼女が叫ぶ。
彼にはあの子がいる…周りなんて気にせず…彼の為に心を砕く…理不尽を叫んでくれる人が……羨ましい…羨ましいなあ…、』


まるでお伽噺のようじゃないか。そう思った。
心の底から羨ましい。
彼女は彼の為に叫んだ。怒った。
誰が味方しなくとも、自分は味方だと。
物理的な距離じゃないんだ。心が、側にいる。
寄り添って、今にも崩れそうになる心と体を支えている。

惹かれ、憧れ、羨望していたものがそこにあった。
幼い頃からずっと、焦がれているものがそこにあった。


『…俺も、あの子が、あのひとがほしい……心からほしい…。』


一目惚れだった。
正にあの瞬間俺は彼女しか見えておらず、彼女という存在に恋をしたんだ。
彼女という存在がとても眩しく見えた。
とても、尊い存在に思えたんだ。
とても不思議な事だけど、それからの日々は世界が違って見えた。
毎日がきらきらと輝いて見えた。
この国には彼女がいる。今、同じ空の下で生きている。
毎日が楽しく、そして彼女を思う日々へと変わる。


『一緒にいたのは…確かクライス候だったはず…』

一度だけ、彼を見たことがあった。
当時の王と王妃、マティアス殿下、そしてレスト帝国で力を持つ貴族を招待した…九十年だか九十五年だかの親交を祝う場で。
パーティーは苦手だ。苦手というか嫌いだ。
笑ってはいるけれどあからさまな態度は当然傷付くし酷く疲弊する。
このパーティーは普段よりうんと人が集まる場だったから、この時は体調が悪いとか何とか言ってそのパーティーには参加はしなかったけど、楽しそうだなと隠れて見ていた。

彼、クライス候は大勢で賑わう会場の中で一際高い身長だったからよく目立ってもいた。
それに容姿も同じく醜い。気にならないはずがなかった。
直接会った事はないから、あちらはきっと俺の事を知らないだろう。


彼女はクライス候の恋人なのだろうか。
それとも…親族か何か?
では御前試合で戦った彼とは何なのだろうか。
どういう間柄なのだろう。
もしかしたら彼ともクライス候とも恋人関係なのかも知れない。
彼らと恋人関係なのであれば、彼女は醜い容姿には拘らない?
…だとしたら、俺にもチャンスがあるんじゃないだろうか。そんな打算的な考えが浮かんだ。

気になって仕方がない。会いたい。確かめたい。彼女に会いたい。
初めましてときちんと挨拶して、出会いをもう一度。

紙とペンを取り、クライス候へ手紙をしたためた。
王族である事は伝えず、一人の男として、ただのサーファスとして。

けれど不審に思われたのだろう。結局、クライス候からの返事は無かった。
いや、気持ちは分かる。だって挨拶と彼女に会いたい、会わせてもらいたいという内容はどう見ても怪しい手紙だったからね。

返事は返って来なかったけれど、それでも何度か手紙を送った。
相変わらず返事はなくて、こうなれば直談判だとクライス領へも足を運んだ。
…まあ、クライス候に合う事すら叶わず門前払いだったけど。
屋敷にいる使用人たちは一言も彼女の事を口にはしなかった。
何人かに尋ねても一切彼女の情報は出なかった。
使用人としては満点だ。素晴らしい仕事振りだと思う。

しかしこうなるともう手詰まりだった。気持ちだけが焦ってしまう。
このまま何の進展もなければ、彼女と再会する事が叶わないままであればどうしようと途方に暮れた。

もう一度、いや、許されるなら彼女に会い続ける許可が欲しい。
そして互いを知って、時が経って、そして俺を好きになってくれたなら…もうとんでもなく幸せだろう。
ああ、どうか会わせてほしい。俺にチャンスを下さいと信じてもいない神に祈りを捧げた。
……叶ったと思えば…まさか娼館で再会するとは思わなかったけど。




「…サ、サイカ…、」


抱き締められ、甘く、優しい匂いに包まれ…柔らかく暖かい体に包まれ、混乱した。

「…ど、どうしよう、…幸せ過ぎる…、」

急な出来事に頭も心も戸惑って…だけど、嬉しくないわけがなかった。
好きなひとに抱き締められて喜ばない男はいない。
俺もそう。恋焦がれたひとに抱き締められ心の中で大いに喜んだ。

「……サイカは優しいんだね。
会ったばかりの俺を心配してくれてる。
でも大丈夫だよ。この年になるまでずっとだったからね…もう慣れたもんだよ。」

「……。」

「大丈夫。何てことないんだ。…本当だよ?」


問題ないよと笑顔で言った。顔は見えなくても、声でも笑顔って分かる時があるだろう?
だからサイカの前でも、努めて明るい声を出した。


どうしてと彼女は言う。
どうしてと。
彼女の“どうして”は俺の“どうして”でもあった。
どうして、そんなか細い声をするんだろう。
大丈夫だよと、安心して欲しいのにどうして彼女は不安そうに俺を抱き締めたままなんだろうか。


「俺は君よりも十は上だからね。それなりに沢山経験をして心は鍛えられてるよ。だから気にしないようにしてるし、気にしないように出来る。」


にっこりとそう、心からの笑顔と明るい言葉が出た。この笑顔も声も、決して嘘でもなく偽りでもない。
…だけど彼女は。
…彼女は、ゆっくりと俺から体を離し、少し怒ったような表情でこう言った。

「でも、傷付かないわけじゃない。
気にしないのと、傷付かないのはまた違うもの。」


ああ、この子はいい。やっぱり、いい。
むすっとする彼女を見て、俺は心の底から嬉しくなった。


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