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58 ヴァレリア④
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「…ヴァレリア、聞いたかい?」
「陛下と側妃様のことですね。」
「……まさか側妃様が愛人の子を先に身籠るなんてね…馬鹿な事をしたものだ…。
対して陛下の寛大な処遇。あの方は本当にお優しい…。」
「…ええ、そうですね…。」
父は知らない。
陛下のその優しさが、計算されたものであるとは。
いいえ。きっと父だけじゃなく、皆知らないでしょう。
「この国は素晴らしい皇帝を頂いたね。
先代皇帝…上皇様も素晴らしい方だけれど、マティアス陛下には本当に驚かされる。
私も仕事の遣り甲斐を強く感じるよ…ふふ。まだまだ頑張らないと。」
「ええ。陛下がまだ王太子殿下だった頃に提案した案件は今の帝国にとってなくてはならないものばかりです。」
「そうだね。…新しい騎士団在り方に税の公平さを図る為の住民台帳、医師の確保…どれも画期的なものばかりで当時は反対があったけれど…今となっては当たり前になった。
陛下には先見の明が備わっているんじゃないかな。
そう思わずにいられないよ。」
「将来を見通す力だけではないでしょうね…。
元々、強い意思を持ったお方でもあったんです。
……きっと、それまで周りに遠慮し一歩も二歩も引いていたから…表に余り出ていなかった…。
ですが……その必要が無くなって、陛下はこれからももっと、変わってくでしょうね…。」
「…ヴァレリア…?」
父の手伝いをし始めてから。陛下の元で王宮に勤め出してから。私は陛下の優れた能力を目の当たりにしてきた。
自身の見目が醜いから周りに遠慮してきた陛下の能力、本質、本性。
それまで周りに隠して、見せずに過ごしてきた陛下の本質を、父も皆も知らない。
「父さんは…陛下をどのように思いますか?」
「ん?…そうだね……お優しい、慈悲に溢れたお方だと思うよ。とても優秀でもあるし、意思の強い方だ。元々そういう部分はあったと思う。新しい案件を通す時とか、一歩も後ろに引かない姿を見ていたからね。
だけど少し前までは…何だろう、さっきヴァレリアが言った通り、引いている様にも感じていた。」
「……。」
「私は陛下の見目に関して思う所はないんだ。
見目なんて関係ない。陛下のお陰でいい方に変わった事は沢山あるからね。
…だけど陛下の見目に対し、周りの目が厳しいのも確かだ。周りの目というか…世間の目も、かな…。
…そういう部分を陛下も強く感じて…だから遠慮していたのだと思う。」
「ええ…そうだと思います。」
「だけど最近、そういう“遠慮”が無くなったとも思うよ。強く…そうだね…言ってしまえば…輝いて見える。最近の陛下はとても強く、威厳に溢れて見えるんだ。」
「…私も、父さんと同じ様に思います。
陛下を支えられるよう…頑張らないとですね。」
「そうだね…!」
父や皆が知らない陛下の本質を、私は知っている。
だから私は、陛下を敵に回したくない。
ファニーニの件。そして今回の側妃の件。
陛下は自分の手を一切汚す事なく、終息させた。
自分に一切の非がないように、そう向かわせた。
凄い方だと思う。そしてそれと同時に、恐ろしい方だとも。
サイカと出会ってから既に、陛下は決めていたのでしょう。
側妃を降格させる事を。そしてサイカを正妃にする事を。
側妃に愛人の子を先に孕ませ、愛人に娶らせる。
それはこれ以上なく慈悲に溢れた処遇に見えたでしょう。…真実を知らない者たちから見れば。
けれど私は真実を知っている。
そうさせたのは陛下自身。そうあるように策を立てたのは陛下自身。
自分の手を一切汚さず、あの方は物事をやり通す。
その能力に長けていると私は知った。
ファニーニの件もそうだった。
陛下がサイカの後ろにいると匂わせず、ファニーニは罰を受けた。
本来、死刑になってもおかしくなかったファニーニには最大の温情がかけられた。
本人からすればまだ死んだ方がマシだっただろう。
二回目の裁判には陛下も参加していた。
禁止されている他国への武具輸出。
他国へ輸出しない代わりにファニーニはこの国から相応の金銭を与えられていたのだから、今回の件は国を謀る行為でもあった。
国に関わる犯罪は陛下も裁判員として参加し意見を言ったり判決に携わる事が出来る。
『禁止されているはずの輸出行為は許しがたい。
この行為は国を謀る大罪である。』
『その通りで御座います…!』
『禁止行為と知っていながら己の利益のみを考えた身勝手な行為!許す事は出来ないでしょう!死刑に処すべきと進言致します!』
『…そうさな。…だが、ファニーニ伯爵家は120年に渡りこの国を支えた功績がある。
特に先代、先々代は本当によくしてくれた…。先の大戦に勝ち、この国を守れたのもまたファニーニ伯爵家の功績あってこそ。
それ故に既に他界した二人もさぞ無念だろう…努力して栄えさせた伯爵家だ…。仕方ないとは言え…今回は先代、先々代の国への功績を考慮するべきか…。皆も考えてほしい。』
『そうですね…。…これまでの功績を考慮すれば…死刑にはせず罰を与えるというのも有りかと。』
『確かに、先代は豪気なお方でしたな…。
民の為に私財を惜しまぬ方でした。私も残念に思います…。』
『そも、先々代が国に武具を献上したのは騎士や兵、そして民を思ってのことだった。
金は戦に勝った時でいい。不安になっている民を守って欲しい、そして一人でも多く生還して欲しいと、その慈悲に溢れた心で献上してくれた。
先代、先々代の考えでいけば…ファニーニは死刑ではなく、生きて国や民に償わせるのはどうだろうか。
そしてその生涯を終えた時、ファニーニ家の罪は晴れる事だろう。』
『おお…!それは名案です…!国と民に尽くしてくれた先々代と先代の意思通り、現ファニーニもそうあれと…!』
『死刑ではなく、生涯尽くす事で…、そうですな。
今回の事は許されない行為。ですが、それはあの者の行い。罪は今代のファニーニにあり、“ファニーニ伯爵家”はそれまで素晴らしい心構えで国や民を支えて下さった。今代の汚名まで先代たちが負う必要はないでしょう。』
『陛下の慈悲ある判決に従いましょう。
今代が生きている内は伯爵家を取り潰し、爵位は返上。財産も返上。今代のファニーニは生涯罪を償い、そして国と民に尽くし終えた後は、ファニーニ家の汚名は晴らされる…皆様方、それで宜しいですな?』
『意義なし。』
『賛同する。』
この裁判でも、陛下は“慈悲ある素晴らしい判断をした”と周りからの支持を得た。
判決がファニーニに下される間、憂い顔でファニーニを見る陛下の本心を誰が読めただろうか。
“生きて地獄に落ちろ”そう、私には読めた。
勿論、私も同じ気持ちだった。
大切な女を傷付けられ、黙ってはいられない。
死刑なんて生ぬるい。そう、生きて苦しみ続ける事を私も望んではいたけれど、陛下の言葉がなければそのまま死刑になっていただろう。そう思う。
陛下は恐ろしい方だ。
サイカを愛する私や、同じ思いを抱いている二人が動く事も読んでいた。
実際にファニーニ自身が起こしていた罪は横領のみ。
数や金額はそのままに、騎士団へ卸す武具の質を落としていた事だけ。
それだけでも十分な罪ではあったが…厳重注意と慰謝料、罰金で済むものだったはず。
これは後からカイル殿が調べ、陛下に伝えていたと判明。
私は私でファニーニに重い、言い逃れなんて出来ない罪を着せる為に動いた。
禁止されている武具の輸出をファニーニにさせる為に。
裁判が終わり、サイカを思う面々が対峙して直ぐ、私は陛下にこんな事を言われた。
『ヴァレリア、そなただろう?』
『…はい?』
『禁止されていた輸出だ。
そなたが、動いたのだろう?』
『……どうして私だと?』
『そなたの知っている男が一人、拘束されている。その男はそなたに嫌がらせをしていた内の一人だ。』
『……。』
『そなたが誘導したのだろう?
ある書類に小さなメモを張り付けたままにした。
片付け忘れた様に見せ掛け、男がファニーニに会うよう仕向けた。
半年に一度、拘束されている男が必ず見るであろう書類だ。
書類の間に挟まれたメモを見て男はファニーニに他国へ武具を輸出するよう甘い契約を持ち掛けた。』
『……そうだったのですね。』
『最近のそなたの働きは目を見張るものがあった。
その男も、かなり焦ったのだろう。見下していたそなたの、今まで表に出ていなかった能力を目にして。
金が入ればどうとでもなると思ったのかも知れないな。
実際、金で動く連中がこの王宮にも多い。嘆かわしいことに。』
『……サイカの事があって…ファニーニ家の事は確かに調べていましたが…。
どんな男か、気になるのは当然です。』
『サイカを愛しているならそうだろうな。
…その小さなメモには…他国に武具を輸出した際の金銭の計算式が書かれてあったそうだ。答えは書かれていないものだったと。
自分がメモを忘れていった者より早くファニーニにコンタクトを取ることが出来れば…甘い汁を吸い続ける事が出来る。…そんな愚かな事を思って仕出かしたらしい。』
『……。』
『ある国とは昔交わした盟約により、レスト帝国から大量の物資を毎年半年に一度送っている。時期に合わせ送っているから半年に一度、その際荷は船三隻分に及ぶ大量の物資になる。
通常、他国に運ぶ荷は前日から当日にかけ目録を確認しながら数が合っているかを確かめる。
だがこの時ばかりは荷の多さ故に、数日掛け荷を数えれば後は船に積むだけ。その間荷は放置される。
荷の受け取りはその国が抱えている商会に任されている。
そして…そのある国に送る荷の管理を任されているのが…今拘束されている男だ。商会とも当然縁がある。』
恐ろしい方だ、と本当に思う。
きっと、全て計算されていた。
私が動く事も、他の二人が動く事も。
『…陛下の前で、誤魔化しは通じないという事ですね…。
その通りです。私は餌を撒きました。そろそろ半年に一度、荷を送る時期になる。管理はあの方がしていましたが…実際に食いつくかまでは分かりませんでした…。ですが、あの方は見事に食いついてくれましたね。』
『だろうな。そなたが優秀な男であるから、焦ったに違いない。
自分の仕事を奪われる、場所を奪われるとも思っただろう。
だが金さえあれば周りの者を味方に付ける事も出来る。…本当に愚かよな。』
『…そうさせたのも、陛下でしたか…。』
私に色々な仕事を任せ、周りを焦る状況に追い込んだのも恐らく陛下だとこの時に気付いた。
『陛下は…いつから、知っていたのですか…?
私が、サイカの客の一人だと…。』
『さてな。…そうかも知れないと思っていただけだ。俺もそなたも、変わった時期がある。微々たる変化でもあったが…十分過ぎた。
或いはと勘ぐってもおかしくないだろう?』
『…そう、ですね…。』
『だが勘違いするなよヴァレリア。
俺がそなたに仕事を任せたのは今回の事があったからではない。
そなたは仕事に対し、父親譲りの真面目さと実直さ、誠実さと正確さを持って取り組んでいた。
そこを、俺は高く評価している。だから任せているのだ。』
『はい。その言葉を疑ってはおりません。
有り難いお言葉と過分な評価だと、常々思っておりましたから。
ただ…やはり陛下は恐ろしい。そうも思います。』
『そうか?…俺は単純な男だぞ。こと、サイカに対してだが。それを言うならヴァレリア、そなたこそそうだろう。
…優男の皮を被っているが…その本質は腹に獣を飼っているな。正直、そなたを見誤っていたのは俺の方だ。』
『…ふふ。ご冗談を。
私なぞ、陛下の足元にも及ばないでしょう…。
けれど私も男です。愛する女を傷付けられ、黙っていられなかっただけ…。』
『そうか。…ともあれ、そなたらの働きがなければ…ファニーニにあの実刑を下す事は出来なかった。…よくやってくれた。』
そう、その時の陛下は私に言ったけれど、きっと陛下であれば私たちが何もしなくともファニーニに罰を下せただろう。
よくやったと労る陛下のその言葉。
陛下はただ優しいだけの方ではないと、もう、十分知っている。
私たちが動かなければ、きっと私たちは今頃、サイカを失っていたはず。
サイカを愛する男として、陛下には認められなかったはずだとそう思う。
今、私たちがサイカの恋人としていられるのは勿論サイカの気持ちもあるでしょうが…陛下に認められている部分も大きい。
愛する女を守ろうともせず、何もしないままでいたら…陛下はきっと、私たちがサイカに近付く事を認めなかった。
「…恐い方だ…。」
恋人である事は認められた。
けれどまた、結婚となると変わる。
きっと陛下は私たちを見定め続けるだろう。
同じくサイカを愛する一人の男として、同じ女性を愛する者として…私が、私たちがサイカに愛されうる存在であるか。彼女の愛に見合う、その資格がある男か。
「私は、まだまだですね…。」
「…そうかな。…父さんは、ヴァレリアも変わったとそう実感しているよ。」
「…そう、でしょうか。」
「ああ。…以前のヴァレリアはいつも怯えて、背中を丸めて自分を隠そうと必死だった。
だけど今のヴァレリアは、ぴんと背筋を伸ばして前を見ている。
家族以外の人の顔も、正面から見ている。
……強くなった。そう実感するよ。」
「……ええ。強くならなくては、認められないのです…。
自分では少しだけ変わったかもしれないと思って、でも、本当に変われているか不安でしたが…父さんにそう言って貰えたという事は…そうなんでしょう。
…よかった。」
「いやはや…この国の未来が楽しみでもあるね…。
陛下にヴァレリア、それから少し前にクラフ公爵も代が変わった。
陛下の従兄弟であられる新たなクラフ公爵もとても優秀な方だ。
騎士団の副団長も御前試合で優勝する腕。
若く、優秀な人材がこうも一度に揃うと…恐くもあるし、けれどとても楽しみでもある。」
「……。」
本当に、不思議な事だ。
今、父の言葉で出た全員がサイカを愛し、強く在ろうと変わっている最中でもある。
きっと私を含め皆がそうなんだ。
サイカに愛されたい。彼女に愛される、その資格を持ち続けようと努力しているのだ。
「…ただの偶然か…それとも、天の思し召しか…。
けれど、この幸運は決して逃しません。」
側妃と離縁が成されたからには、これからまた陛下は動く。
サイカを妻に、正妃にする為に。
猶予はサイカが月光館の人々に恩を返し終わるその時まで。
私がサイカと共に在り続けるには、陛下に示し続けなければならない。
サイカの傍に居続ける、その資格を。
「陛下と側妃様のことですね。」
「……まさか側妃様が愛人の子を先に身籠るなんてね…馬鹿な事をしたものだ…。
対して陛下の寛大な処遇。あの方は本当にお優しい…。」
「…ええ、そうですね…。」
父は知らない。
陛下のその優しさが、計算されたものであるとは。
いいえ。きっと父だけじゃなく、皆知らないでしょう。
「この国は素晴らしい皇帝を頂いたね。
先代皇帝…上皇様も素晴らしい方だけれど、マティアス陛下には本当に驚かされる。
私も仕事の遣り甲斐を強く感じるよ…ふふ。まだまだ頑張らないと。」
「ええ。陛下がまだ王太子殿下だった頃に提案した案件は今の帝国にとってなくてはならないものばかりです。」
「そうだね。…新しい騎士団在り方に税の公平さを図る為の住民台帳、医師の確保…どれも画期的なものばかりで当時は反対があったけれど…今となっては当たり前になった。
陛下には先見の明が備わっているんじゃないかな。
そう思わずにいられないよ。」
「将来を見通す力だけではないでしょうね…。
元々、強い意思を持ったお方でもあったんです。
……きっと、それまで周りに遠慮し一歩も二歩も引いていたから…表に余り出ていなかった…。
ですが……その必要が無くなって、陛下はこれからももっと、変わってくでしょうね…。」
「…ヴァレリア…?」
父の手伝いをし始めてから。陛下の元で王宮に勤め出してから。私は陛下の優れた能力を目の当たりにしてきた。
自身の見目が醜いから周りに遠慮してきた陛下の能力、本質、本性。
それまで周りに隠して、見せずに過ごしてきた陛下の本質を、父も皆も知らない。
「父さんは…陛下をどのように思いますか?」
「ん?…そうだね……お優しい、慈悲に溢れたお方だと思うよ。とても優秀でもあるし、意思の強い方だ。元々そういう部分はあったと思う。新しい案件を通す時とか、一歩も後ろに引かない姿を見ていたからね。
だけど少し前までは…何だろう、さっきヴァレリアが言った通り、引いている様にも感じていた。」
「……。」
「私は陛下の見目に関して思う所はないんだ。
見目なんて関係ない。陛下のお陰でいい方に変わった事は沢山あるからね。
…だけど陛下の見目に対し、周りの目が厳しいのも確かだ。周りの目というか…世間の目も、かな…。
…そういう部分を陛下も強く感じて…だから遠慮していたのだと思う。」
「ええ…そうだと思います。」
「だけど最近、そういう“遠慮”が無くなったとも思うよ。強く…そうだね…言ってしまえば…輝いて見える。最近の陛下はとても強く、威厳に溢れて見えるんだ。」
「…私も、父さんと同じ様に思います。
陛下を支えられるよう…頑張らないとですね。」
「そうだね…!」
父や皆が知らない陛下の本質を、私は知っている。
だから私は、陛下を敵に回したくない。
ファニーニの件。そして今回の側妃の件。
陛下は自分の手を一切汚す事なく、終息させた。
自分に一切の非がないように、そう向かわせた。
凄い方だと思う。そしてそれと同時に、恐ろしい方だとも。
サイカと出会ってから既に、陛下は決めていたのでしょう。
側妃を降格させる事を。そしてサイカを正妃にする事を。
側妃に愛人の子を先に孕ませ、愛人に娶らせる。
それはこれ以上なく慈悲に溢れた処遇に見えたでしょう。…真実を知らない者たちから見れば。
けれど私は真実を知っている。
そうさせたのは陛下自身。そうあるように策を立てたのは陛下自身。
自分の手を一切汚さず、あの方は物事をやり通す。
その能力に長けていると私は知った。
ファニーニの件もそうだった。
陛下がサイカの後ろにいると匂わせず、ファニーニは罰を受けた。
本来、死刑になってもおかしくなかったファニーニには最大の温情がかけられた。
本人からすればまだ死んだ方がマシだっただろう。
二回目の裁判には陛下も参加していた。
禁止されている他国への武具輸出。
他国へ輸出しない代わりにファニーニはこの国から相応の金銭を与えられていたのだから、今回の件は国を謀る行為でもあった。
国に関わる犯罪は陛下も裁判員として参加し意見を言ったり判決に携わる事が出来る。
『禁止されているはずの輸出行為は許しがたい。
この行為は国を謀る大罪である。』
『その通りで御座います…!』
『禁止行為と知っていながら己の利益のみを考えた身勝手な行為!許す事は出来ないでしょう!死刑に処すべきと進言致します!』
『…そうさな。…だが、ファニーニ伯爵家は120年に渡りこの国を支えた功績がある。
特に先代、先々代は本当によくしてくれた…。先の大戦に勝ち、この国を守れたのもまたファニーニ伯爵家の功績あってこそ。
それ故に既に他界した二人もさぞ無念だろう…努力して栄えさせた伯爵家だ…。仕方ないとは言え…今回は先代、先々代の国への功績を考慮するべきか…。皆も考えてほしい。』
『そうですね…。…これまでの功績を考慮すれば…死刑にはせず罰を与えるというのも有りかと。』
『確かに、先代は豪気なお方でしたな…。
民の為に私財を惜しまぬ方でした。私も残念に思います…。』
『そも、先々代が国に武具を献上したのは騎士や兵、そして民を思ってのことだった。
金は戦に勝った時でいい。不安になっている民を守って欲しい、そして一人でも多く生還して欲しいと、その慈悲に溢れた心で献上してくれた。
先代、先々代の考えでいけば…ファニーニは死刑ではなく、生きて国や民に償わせるのはどうだろうか。
そしてその生涯を終えた時、ファニーニ家の罪は晴れる事だろう。』
『おお…!それは名案です…!国と民に尽くしてくれた先々代と先代の意思通り、現ファニーニもそうあれと…!』
『死刑ではなく、生涯尽くす事で…、そうですな。
今回の事は許されない行為。ですが、それはあの者の行い。罪は今代のファニーニにあり、“ファニーニ伯爵家”はそれまで素晴らしい心構えで国や民を支えて下さった。今代の汚名まで先代たちが負う必要はないでしょう。』
『陛下の慈悲ある判決に従いましょう。
今代が生きている内は伯爵家を取り潰し、爵位は返上。財産も返上。今代のファニーニは生涯罪を償い、そして国と民に尽くし終えた後は、ファニーニ家の汚名は晴らされる…皆様方、それで宜しいですな?』
『意義なし。』
『賛同する。』
この裁判でも、陛下は“慈悲ある素晴らしい判断をした”と周りからの支持を得た。
判決がファニーニに下される間、憂い顔でファニーニを見る陛下の本心を誰が読めただろうか。
“生きて地獄に落ちろ”そう、私には読めた。
勿論、私も同じ気持ちだった。
大切な女を傷付けられ、黙ってはいられない。
死刑なんて生ぬるい。そう、生きて苦しみ続ける事を私も望んではいたけれど、陛下の言葉がなければそのまま死刑になっていただろう。そう思う。
陛下は恐ろしい方だ。
サイカを愛する私や、同じ思いを抱いている二人が動く事も読んでいた。
実際にファニーニ自身が起こしていた罪は横領のみ。
数や金額はそのままに、騎士団へ卸す武具の質を落としていた事だけ。
それだけでも十分な罪ではあったが…厳重注意と慰謝料、罰金で済むものだったはず。
これは後からカイル殿が調べ、陛下に伝えていたと判明。
私は私でファニーニに重い、言い逃れなんて出来ない罪を着せる為に動いた。
禁止されている武具の輸出をファニーニにさせる為に。
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『ヴァレリア、そなただろう?』
『…はい?』
『禁止されていた輸出だ。
そなたが、動いたのだろう?』
『……どうして私だと?』
『そなたの知っている男が一人、拘束されている。その男はそなたに嫌がらせをしていた内の一人だ。』
『……。』
『そなたが誘導したのだろう?
ある書類に小さなメモを張り付けたままにした。
片付け忘れた様に見せ掛け、男がファニーニに会うよう仕向けた。
半年に一度、拘束されている男が必ず見るであろう書類だ。
書類の間に挟まれたメモを見て男はファニーニに他国へ武具を輸出するよう甘い契約を持ち掛けた。』
『……そうだったのですね。』
『最近のそなたの働きは目を見張るものがあった。
その男も、かなり焦ったのだろう。見下していたそなたの、今まで表に出ていなかった能力を目にして。
金が入ればどうとでもなると思ったのかも知れないな。
実際、金で動く連中がこの王宮にも多い。嘆かわしいことに。』
『……サイカの事があって…ファニーニ家の事は確かに調べていましたが…。
どんな男か、気になるのは当然です。』
『サイカを愛しているならそうだろうな。
…その小さなメモには…他国に武具を輸出した際の金銭の計算式が書かれてあったそうだ。答えは書かれていないものだったと。
自分がメモを忘れていった者より早くファニーニにコンタクトを取ることが出来れば…甘い汁を吸い続ける事が出来る。…そんな愚かな事を思って仕出かしたらしい。』
『……。』
『ある国とは昔交わした盟約により、レスト帝国から大量の物資を毎年半年に一度送っている。時期に合わせ送っているから半年に一度、その際荷は船三隻分に及ぶ大量の物資になる。
通常、他国に運ぶ荷は前日から当日にかけ目録を確認しながら数が合っているかを確かめる。
だがこの時ばかりは荷の多さ故に、数日掛け荷を数えれば後は船に積むだけ。その間荷は放置される。
荷の受け取りはその国が抱えている商会に任されている。
そして…そのある国に送る荷の管理を任されているのが…今拘束されている男だ。商会とも当然縁がある。』
恐ろしい方だ、と本当に思う。
きっと、全て計算されていた。
私が動く事も、他の二人が動く事も。
『…陛下の前で、誤魔化しは通じないという事ですね…。
その通りです。私は餌を撒きました。そろそろ半年に一度、荷を送る時期になる。管理はあの方がしていましたが…実際に食いつくかまでは分かりませんでした…。ですが、あの方は見事に食いついてくれましたね。』
『だろうな。そなたが優秀な男であるから、焦ったに違いない。
自分の仕事を奪われる、場所を奪われるとも思っただろう。
だが金さえあれば周りの者を味方に付ける事も出来る。…本当に愚かよな。』
『…そうさせたのも、陛下でしたか…。』
私に色々な仕事を任せ、周りを焦る状況に追い込んだのも恐らく陛下だとこの時に気付いた。
『陛下は…いつから、知っていたのですか…?
私が、サイカの客の一人だと…。』
『さてな。…そうかも知れないと思っていただけだ。俺もそなたも、変わった時期がある。微々たる変化でもあったが…十分過ぎた。
或いはと勘ぐってもおかしくないだろう?』
『…そう、ですね…。』
『だが勘違いするなよヴァレリア。
俺がそなたに仕事を任せたのは今回の事があったからではない。
そなたは仕事に対し、父親譲りの真面目さと実直さ、誠実さと正確さを持って取り組んでいた。
そこを、俺は高く評価している。だから任せているのだ。』
『はい。その言葉を疑ってはおりません。
有り難いお言葉と過分な評価だと、常々思っておりましたから。
ただ…やはり陛下は恐ろしい。そうも思います。』
『そうか?…俺は単純な男だぞ。こと、サイカに対してだが。それを言うならヴァレリア、そなたこそそうだろう。
…優男の皮を被っているが…その本質は腹に獣を飼っているな。正直、そなたを見誤っていたのは俺の方だ。』
『…ふふ。ご冗談を。
私なぞ、陛下の足元にも及ばないでしょう…。
けれど私も男です。愛する女を傷付けられ、黙っていられなかっただけ…。』
『そうか。…ともあれ、そなたらの働きがなければ…ファニーニにあの実刑を下す事は出来なかった。…よくやってくれた。』
そう、その時の陛下は私に言ったけれど、きっと陛下であれば私たちが何もしなくともファニーニに罰を下せただろう。
よくやったと労る陛下のその言葉。
陛下はただ優しいだけの方ではないと、もう、十分知っている。
私たちが動かなければ、きっと私たちは今頃、サイカを失っていたはず。
サイカを愛する男として、陛下には認められなかったはずだとそう思う。
今、私たちがサイカの恋人としていられるのは勿論サイカの気持ちもあるでしょうが…陛下に認められている部分も大きい。
愛する女を守ろうともせず、何もしないままでいたら…陛下はきっと、私たちがサイカに近付く事を認めなかった。
「…恐い方だ…。」
恋人である事は認められた。
けれどまた、結婚となると変わる。
きっと陛下は私たちを見定め続けるだろう。
同じくサイカを愛する一人の男として、同じ女性を愛する者として…私が、私たちがサイカに愛されうる存在であるか。彼女の愛に見合う、その資格がある男か。
「私は、まだまだですね…。」
「…そうかな。…父さんは、ヴァレリアも変わったとそう実感しているよ。」
「…そう、でしょうか。」
「ああ。…以前のヴァレリアはいつも怯えて、背中を丸めて自分を隠そうと必死だった。
だけど今のヴァレリアは、ぴんと背筋を伸ばして前を見ている。
家族以外の人の顔も、正面から見ている。
……強くなった。そう実感するよ。」
「……ええ。強くならなくては、認められないのです…。
自分では少しだけ変わったかもしれないと思って、でも、本当に変われているか不安でしたが…父さんにそう言って貰えたという事は…そうなんでしょう。
…よかった。」
「いやはや…この国の未来が楽しみでもあるね…。
陛下にヴァレリア、それから少し前にクラフ公爵も代が変わった。
陛下の従兄弟であられる新たなクラフ公爵もとても優秀な方だ。
騎士団の副団長も御前試合で優勝する腕。
若く、優秀な人材がこうも一度に揃うと…恐くもあるし、けれどとても楽しみでもある。」
「……。」
本当に、不思議な事だ。
今、父の言葉で出た全員がサイカを愛し、強く在ろうと変わっている最中でもある。
きっと私を含め皆がそうなんだ。
サイカに愛されたい。彼女に愛される、その資格を持ち続けようと努力しているのだ。
「…ただの偶然か…それとも、天の思し召しか…。
けれど、この幸運は決して逃しません。」
側妃と離縁が成されたからには、これからまた陛下は動く。
サイカを妻に、正妃にする為に。
猶予はサイカが月光館の人々に恩を返し終わるその時まで。
私がサイカと共に在り続けるには、陛下に示し続けなければならない。
サイカの傍に居続ける、その資格を。
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